組織・人事改革から始める経営のV字回復【SmartHR Agenda #3】
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“企業の「リアル」から紐解く、経営を支える人材マネジメント”をテーマに3月7日(火)に実施されたオンラインイベント「SmartHR Agenda #3」。
オープニングセッションでは、クリスピー・クリーム・ドーナツ・ジャパンの若月貴子さんを迎え、「組織・人事改革から始める経営のV字回復」と題して単独講演を行っていただきました。
クリスピー・クリーム・ドーナツ・ジャパン株式会社 代表取締役社長
筑波大学卒業後、株式会社西友入社。経営企画部門にてグループ会社管理および海外法人の整理再編に従事した後、株式会社経営共創基盤に参画。主に小売・衣料・食品等BtoC事業の支援に携わる。2012年クリスピー・クリーム・ドーナツ・ジャパン株式会社に管理本部長として入社後、2014年10月に副社長就任しマーケティング部門も統括。 2017年4月代表取締役社長就任。2021年4月よりオープンワーク株式会社の社外取締役に就任。
復活のカギは、大量閉店前からの改革にあり
当社は2015年の後半から2016年の前半にかけて、64あった店舗を47にまで縮小しています。当時はコンビニ大手がドーナツの提供をスタートしており、その影響を受けたという見方が数多くありました。しかし大量閉店に追い込まれたというよりは、日本市場で長く経営をしていくために、いわゆる「選択と集中」をし、既存店の立て直しを図った結果といったほうが正しいと思います。
結果的に、会社の立て直しにあたって定めていた KPI(重要業績評価指標)の数値は、良い方向に向かい、店舗数も再拡大しています。そこで、よくいただくのが「大量閉店後にさまざまな施策を行って復活した」との言葉。しかし当社の改革は、実は大量閉店の3年前からスタートしています。
きっかけは2012年、私が管理本部長として入社し、2日目にオリエンテーションで行った店舗見学にあります。入社前、クリスピー・クリーム・ドーナツは若く明るい、モチベーションのある成長会社というイメージがありました。しかし見学してみて「少し違うな」という印象を抱いたのです。
バックヤードの整理整頓ができておらず、物がどこに置いてあるのかまったく分からない状況でした。それから、掲示物が乱雑。どの情報を知るべきなのかが分かりにくく、店舗にいる人たちに指示・共有したいことが伝わりづらい環境であると感じました。
また、店舗には「本年度の目標を達成しましょう、売上高は●億円、営業利益率が●%」という目標値が貼ってありました。このような大きな数字が目標となっていても、従業員にとっては、具体的に自分が何をすべきなのか分からない状況なのではないかと思いました。
キャリア重視の短期成果か、長期戦の組織人事改革か葛藤
入社前、私はファイナンスや人事を統括する管理本部長に就くからには「会社は成長フェーズにある。自分の役割は成長のサポート役だ」と思っていました。
しかし店舗見学の後には、「日本市場での生き残りに向けた改革がきっと急務になってくる」、「自分に期待される役割というのが、組織人事改革の先導者なのではないか」と考えるにいたったのです。
当時特に悩んだのが、長期戦を覚悟して組織人事改革に取り組むのか、それとも自身のキャリアを重視して短期的な結果を出すかという選択。短期間で成果を出すには、コスト削減など多くの方法がありました。
一方、当時まだ好業績だったなかで将来に備えるために、成功しないかもしれない組織再生を行うのはリスクがあるといえます。結局は長期戦を覚悟して改革を決意し、自身のミッションを組織を生まれ変わらせる「第2創業の成功」と設定しました。
当時の目論見では、2012年にどのように取り組むかを設計。2013年から2014年で実行に移し、15年以降は変革した状態でさらに躍進していく見通しでした。
しかし、創業バブルマインドが根強かったことや、元々経営と現場の距離が遠く一緒に何かを取り組みづらかったことで、変革に時間がかかり、結局2015年度に大量閉店にいたりました。
しかし、大量閉店とそれに伴う社員の離職という痛みを味わいながらも、その中で残ったメンバーが変革をリードしたことで、現在の組織ができたと考えています。大量閉店という荒療治がなければ、日本市場撤退という最悪の事態もありえたと思います。
トレーニングのDX化促進や従業員育成制度の導入で、意識改革に注力
我々は、大量閉店に先だって、かねてから既存店の立て直しに着手していました。店舗サービスレベルの向上、店舗誘引策の実施、ブランドコミュニケーション強化など、数々の施策を進めました。そのなかで高いプライオリティを置いてきたのが、組織人事改革です。
私の入社前までは、大学サークルのようなゆるい雰囲気が社内にありました。そこで改革にあたって、「組織のオトナ化 - 自律する個人と組織」というテーマを掲げ、組織・人事課題の解決に取り組みました。
まず、2012年から2015年にかけて人事制度の改定や、階層別の育成計画などを実施しています。加えて、当社ならではといえるのが登用システムの透明化。後で詳しく述べますが、目に見えて会社が変わろうとしていることを、社内に向けていかにして見せられるかを考え、仕組みづくりを行いました。
それから、2016年の大量閉店以降、現場の意識改革にも注力してきました。各店舗にタブレット端末を使用したデジタルツールを導入。従業員に対する動画での現場トレーニングや、お客様に向けたレシートアンケートなどの仕組みを取り入れ、従業員一人ひとりの意識を変える体制作りを整えています。
また、新卒の従業員に対する育成にも尽力。ゆくゆくは会社の基盤となると考え、メンターとトレーナーの2制度による教育・サポート体制を構築しています。
そのほかに取り組んだのが、社内インターンシップ制度の導入です。従業員は希望する部門・職種で2週間、業務体験をできるようにしました。店舗ビジネスをされている方なら、本社で働きたいという従業員が、新卒・中途採用問わず相当数いることはご存じかもしれません。
たとえばマーケティング部に行きたいという従業員がおり、マーケティング部でも現場にいる方で誰かを引き上げたいという場合もあります。両者がマッチングをしやすくなる機会を提供し、従業員のキャリアをよりイメージしやすくしました。
さらに大量閉店後の出店抑制も意識しました。とにかく出店、出店と意気込んでいると、従業員が1つの店舗について落ち着いて学ぶ機会がなくなってしまいます。そこで店舗数を限定し、従業員がなるべく1つの店舗に1年以上所属する、という方針をとりました。
これにより、従業員それぞれでPDCAを回しやすい状況になり、従業員一人ひとりが学び・成長の機会を得やすくなったかと思います。
最後に従業員へのビジョンの浸透という取り組みもありますが、これも後ほど詳しくお話しします。
組織の階層を増やし、若手のキャリアパスを可視化
ここで、掘り下げたいのが「登用システムの透明化になぜ取り組んだのか」ということです。改革前の組織は、店舗運営部をまとめる本部長がいて、その下にエリアマネジャー(AM)、エリアマネジャーの下に店長がいました。
エリアマネジャーの平均年齢が40代半ば、一方で大半の店長は20代という状況でした。両者には大きな年齢差や上下関係があり、店長にとって上の階層に行くというイメージがつきにくい状態でした。
従業員のキャリアパスが見えにくい状態を何とかしなければならない。そこでエリアマネジャーという役職を解体し、店長とエリアマネジャーの間にスーパーバイザー(SV)という新しい役職を作りました。
加えてスーパーバイザーと本部長の間にもリージョンマネジャー(RM)という役職を新設。つまり、あえて組織階層を増やし、店長から見て次のキャリアをイメージしやすくしました。
スーパーバイザーを誰に任せるかは、通常なら人事部や本部長などから任命するところです。しかし新体制では、社内での公募・選抜としました。
まずは社内で「スーパーバイザーを決める公募を行います。立候補者に対してはアセスメントを行います」とアナウンスし、それに手を挙げた人を全員集めます。そして外部コンサルタントの協力も得ながら集合研修などを実施し、候補者を絞っていくのです。
このような仕組みを作った理由は、人事が誰かのえこひいきによらず、「公平かつ透明性をもって行われている」と周知したかったからです。
組織人事改革は従業員の「自分ゴト化」も重要
これまでお話ししてきた変革のプロセスにおいて、主なポイントを3つほどお話しします。
1つ目は、会社が変わろうとしていることを従業員によく理解してもらうこと。しかし現場の従業員は店舗の運営に携わっているので、日々の業務に気を取られて、改革の動きをなかなか察知できない可能性があります。
かといって店舗の運営を止めるわけにもいきません。そこで登用システムの透明化などを通して、とにかく目に見えるわかりやすい変化を、社内で感じ取れるようにしました。
2つ目が、改革を全従業員レベルで「自分ゴト化」すること。組織人事改革といっても、従業員のなかには「改革は社長や管理職がやるもの。自分たちは関係ないよね」と、他人ゴトとして認識しているケースが多いかと思います。そうではなく、自分もその変革を担う一人なんだという「自分ゴト化」のプロセスを、さまざまな新設制度のなかに取り入れました。
3つ目として、経営と現場のコミュニケーションを怠らないことも、改革に当たって意識しました。
経営層のメッセージは、わかりやすい言葉で繰り返し伝える
「自分ゴト化」や「経営と現場のコミュニケーション」に関連して強調したいのが、経営陣の考えや思いを、従業員に向けて分かりやすく落とし込むことです。私は従業員に対して、同じメッセージを折に触れて繰り返し伝えています。
まず第一のメッセージは、「私は謝罪会見をしたくない」ということ。謝罪会見をする、これはすなわち重大なコンプライアンス違反があったことを意味します。従業員の誰かがコンプライアンス違反を行えば、会社は潰れるかもしれない。そのため、現場の店舗でもオフィスでも、全員がコンプライアンスに気を配らなければならないということを端的に伝えています。
次に、「予算を大幅に達成したら、みんなで豪華な懇親会で盛り上がりましょう」というメッセージ。これは業績の向上を、従業員全員の目的として認識してもらう狙いがあります。
最後は、「一度撤退した福岡県に、もう一回進出しよう」という話。これは、数年にわたって実行してきた改革が成功したと、自負できる状態になったことを意味しています。これら3つのメッセージは私のみならず、前社長のときから一貫して伝えてきたことです。
社内コミュニケーションに関しては、事業戦略実現の拠り所である会社のビジョン浸透にも力を入れています。戦略を実現していく従業員にビジョンを認識してもらうべく、2016年から毎年、従業員集会でワークショップを行ってきました。
2016年は大量閉店の直後だったので、多くの従業員が辛い思いをしました。そこで、辛かったことをみなで共有する「カタルシス系」のワークショップを開催。一方で、2018年は初めて札幌エリアに進出したので、既存メンバーから新しいエリアのメンバーに向けた、動画の製作などを行いました。
こうしたワークショップでは、自社がどのような会社なのかを言語化するプロセスを取り入れて、従業員にビジョンを意識してもらうようにしています。
そのほかにも社内コミュニケーションの取り組みはあります。毎月1日には、私自らが動画とメールで従業員にメッセージを発信。現場がどうあるべきかを考えるヒントになればと考えて発信しています。
また、従業員それぞれの誕生日には、一人ひとりに、手書きで毎年バースデーカードを送っています。1年のうちに2、3分、その人のことだけを考える時間をいただき、従業員に思いを伝えています。このように、経営者が言いたいことだけを現場に伝える状態にならないよう、しっかりと伝わるように試行錯誤しています。
「現場に寄り添わない」のも社内コミュニケーションの1つ
最後に、ここ10年の改革で気をつけてきたことについて、いくつかお話しします。まずは何より、目標を「明確」かつ「絶対」とすることに注意しました。
たとえば我々は会社のビジョンを、ここ10年ほど変えていません。このように、頻繁に譲れない「軸」をつくることで、それ以外の細部は「臨機応変」にとにかくやり切る、ということを常に意識しています。
たとえば、先ほど現場にデジタルツールを導入した話をしましたが、まったく上手く使えない可能性もあったと思うのです。もしそうであったならば、ツールが悪いわけではなく、我々が使い切れていないと考えたでしょう。ツールを使い倒す工夫をどれだけ考えているのかが、臨機応変にやり切ることだと思っているからです。
次に気を配っているのが、狙って起こす従業員同士での「摩擦」の重要性。当社は「前向きな摩擦」とよく呼びます。我々は社内の議論などで、あえて摩擦を起こすことを奨励しており、摩擦の熱を、前に進む原動力にしています。
そして最後に、「現場に寄り添わない」ように注意もしています。これを聞くと少し身構えてしまう方もいるかもしれません。はじめに断っておくと、私は現場をものすごく注意して観察し、従業員の話を聞いて理解しようともしています。
それでもあえて「寄り添わない」としているのは、従業員の話をただ鵜呑みにせず、なぜこのような意見や提案が出てくるのか、掘り下げることこそが重要だと考えているからです。
現場とは別の視点で話を考えてみると、現場では気づかないヒントが隠れている場合もあります。そのため、従業員が自ら課題解決の糸口を得られるような質問をするよう、気を配っています。こうした細かい取り組みにより、経営と現場のコミュニケーションを実現できるのではないかと思っています。
さて、今まで話してきた組織人事改革は、もう10年以上前に始めたことです。当時から新卒入社した従業員も増え、2020年からは新型コロナウイルスの感染拡大という状況にもなりました。コロナ禍でオンラインでの業務が増え、課題の「自分ゴト化」が希薄になってきたのではないかということも懸念しています。状況が変わっている中で、新たな課題に合わせた制度設計をすることが大事だと考えています。
また、今まで私は「みんな頑張ってるね。応援してるよ」という従業員へのエールをすごく大事にしてたのですが、最近では求められていることが少し異なってきていると思うようになりました。自分のマインドセットを変え、別のテーマを見つけていくのが、新たな組織人事戦略の柱となるのではと考えています。