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男性育休を阻む"ラスボス"攻略法。ファクト・対話・ショック療法?

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目次

男性育休の取得率が過去最高の40.5%を記録した一方、取得者の約4割は2週間未満にとどまっています。前編では、その背景に明治時代に生まれた性別役割分業規範という根深い問題、いわば“ラスボス”が潜むことが見えてきました。後編では、この“ラスボス”に対して何ができるかを品川さんと考えます。

品川皓亮(しながわ・こうすけ)さん

1987年、東京都生まれ。京都大学法科大学院を修了後、弁護士としてTMI総合法律事務所で勤務。その後、転職・人材事業を行う株式会社LiBに転職し、キャリア支援や採用に関する新規事業に携わる。人事部門の責任者に就任するほか、同社初となる男性育休制度を立ち上げ、自身が取得者第1号に。その後、世界史データベースの研究開発を行う株式会社COTENに所属し、「女性社会参与」に関する調査プロジェクト「Gender Inclusive」に携わる。近著に『資本主義と、生きていく。』(大和書房)のほか、『日本一やさしい法律の教科書』(日本実業出版社)など。2021年より妻と子供4人と大分県で暮らす。

性別役割分業規範に対して、人事・労務担当者に何ができるのか 

前編では、男性育休が短期取得にとどまる背景に「欠員耐性の低い組織設計」「定常的・継続的に働ける人が有利な評価」「家計の男性依存構造」という3つの構造的要因があるという仮説を立てました。

この仮説に対し、品川さんは「それだけでは問題はすっきり解決しないのでは」と問いかけます。制度を整えても性別役割分業規範、つまり「男性は外で働き、女性は家庭を守る」という価値観が今でも残っている場面もあるからです。この規範は明治時代以降に形成され、現代の制度設計にも無意識のうちに影響を与え続けているといいます。

どのくらい残っているかは、組織や個人によって差はあるかもしれません。ただ、規範は内面化されているがゆえに自覚しにくいという側面もあります。一度立ち止まって問い直してみると、課題に対する新たな視点や解決の糸口が見えてくるかもしれません。

根深い社会規範が問題の“ラスボス”だとすると、打ち手は限られてしまうと感じる方も多いかもしれません。それでも道筋はあると品川さんはいいます。後編では、人事・労務担当者が変化のためにできることを探っていきます。

男性育休を、経営の成長ストーリーに組み込む

今「男性育休取得率が低い」と悩む人事・労務担当者は、どこから取り組めばいいのでしょうか。

品川さん

男性育休や女性活躍の推進を、会社に「経営課題」として捉えてもらえるよう働きかけるのは重要だと思います。

制度の整備だけでは超えられない「性別役割分業規範」が問題である以上、いち人事担当者だけが動いても変えられることには限界があります。経営層を含む組織全体が「これは自社の成長に直結する問題だ」と認識して初めて、状況を変えられるのではないでしょうか。

働きかけるうえでもっとも伝わりやすいのは、採用難や人材流出の観点です。諸外国の調査やデータをもとに「このままでは優秀な人材を失う可能性があります」と語ることはできると思います。

欧米、とくに欧州諸国では、政治家や企業役員の女性比率向上を目的に、一定割合を女性に割り当てる「クオータ制(割当制)」を導入しています。2002年に施行したノルウェーを皮切りに、後に続いたフランス、ドイツなどで2022年時点で40%前後の女性比率を達成しています。

一方の日本では、女性の企業における役員比率は同年で15.5%です。近年では少しずつ上昇傾向にありますが、まだまだ低い状態です。

今後AIの翻訳機能がますます進化し、国際的な言語の壁がなくなっていくことは容易に想像されます。そうすると役員や管理職に就けるような優秀な女性が、わざわざ日本を選ぶ必要がなくなってくるかもしれません。

もちろんこれは、女性に限った話ではありません。男性も、年を追うごとに労働人口が減っていくのは周知の事実。そうしたなかで古い社会規範の残る「働きにくい日本企業」と時代に合わせた制度を取り入れて「働きやすい外国企業」を比較したときに、優秀な人材が日本を選択するメリットはあまり感じられませんよね。

たしかに、人材の流出という観点から見てみると、企業が喫緊で取り組むべき課題であると伝わってきます。

品川さん

人材流出のリスクを踏まえて、男性育休や女性活躍を自社の中期経営計画や自社の成長ストーリーに沿って語れるかが鍵になると思います。

5年・10年後にどういう状態でありたいかを人材計画として描くなかで「このままでは優秀な人材が集まらない」という危機感が生まれると、「では今何をすべきか」という問いが自然と生まれてきます。

何年後かに管理職や役員にこれだけの女性が必要だとすれば、そのための人材プールが今どれだけいるか。そのプールを育てるためには、育休取得後も女性社員がキャリアを継続できる環境が必要で、そのためには男性のサポートも欠かせない——という流れで、男性育休の促進が経営上の必然として位置づけられていきます。

いわば、自社版のクオータ制を設計するイメージです。もちろん、男性育休や女性活躍は人権の観点でも重要ですが、同時に経営層や組織全体に向けて「そうしないと人材が育たない」と経営ロジックでも伝えるのが、現実的なアプローチだと思っています。

会議室でお話をする品川さん

まずは自社の経営戦略や人事戦略に立ち返り、「なぜやるのか」を明確にすることが、組織を動かす第一歩になりますね。

品川さん

そうですね。もうひとつ、少し飛躍した話になりますが、COTENで実施した調査での気づきからヒントが得られるかもしれません。

歴史を振り返ると、もともと既得権益をもたなかった人々が権利を獲得していく事例がいくつもあります。近代の人権思想によるもの以外に、鎌倉時代の武士など、当事者の主体的な行動が契機になった事例も多いのですが、その過程には、共通する5つのステップがありました。

  1. グループとして認識される
  2. 有期プロジェクトに貢献する

  3. 権利を主張する
  4. 権利が明文化される
  5. 社会規範がリバイズされる

なかでも私たちが注目しているのは2つ目です。既存の構造や「既得権益」が根強い社会において、自分たちの権利を実質的に認めさせていくプロセスでは「目に見える成果」が突破口として大きな役割を果たしてきたんです。

企業に置き換えて考えてみると、新規事業や期間限定のプロジェクトなど可視化されやすい場所で活躍することが、地位や権利の獲得につながるといえます。ただ日本においては、このステップが弱いと感じています。

育休制度を整えるのは前提として、育休から復帰した社員が目立つ場で活躍できる機会をいかに設計できるかも大きな鍵になるのではないでしょうか。

“ラスボス”が内面化した組織を揺さぶるには

性別役割分業規範を強く内面化した経営層や制度設計を担う人たちに働きかけるには、どうすればいいでしょうか?

簡単ではありませんが、いくつかのアプローチはあると思います。

1つ目は、客観的なファクトを知ってもらい、経済合理的な観点からファクトを加味してもらうこと。COTENが「女性社会参与」に関する調査プロジェクトを発表しているのもその一環です。現状の不均衡・不平等についてのデータや、その改善による経済合理性を示すことで、意思決定が変わる経営者もいると思っています。

2つ目は、安心安全な対話の場をつくることです。ジェンダーに関する話は、とくに男性にとって「ブラインドスポット(盲点)」が生まれやすいテーマです。自分が何を知らないかすらわからない状態は、居心地の悪さや不安にもつながりやすい。

だからこそ、気づいていなかった立場や視点に気づけるような、分断を生まない対話の場が重要だと思っています。先述の調査プロジェクトを招待制の音源として発表したのも、そういう理由からです。

3つ目は、「ショック療法」とでも呼ぶべき、少々実験的なアプローチです。たとえば、子育て中の社員が家を出る前から、電車に乗り、オフィスで過ごし、夜に帰宅するまでの1日を事細かに語ってもらう。その体験を知ることで「子育て中の社員はこんなに大変なのか」といった気づきが生まれるかもしれない。そうした体験型のワークショップのような試みが、「言葉」以上のインパクトをもたらす場合があります。

上記の内容をまとめた図表

HOWの先に、解決に向かう感覚をもてているか?

最後に男性育休や女性活躍について考えている、取り組んでいる人事・労務担当者へのアドバイスはありませんか?

品川さん

人事・労務担当者の方々は、経営者の思いつきや外部トレンドに振り回されやすい大変な立場にいらっしゃると思います。

だからこそ、本質的な問題がどこにあるかを構造的に理解して、本丸に向かっている感覚をもてているかが大事だと思います。構造がわかると、目の前の業務を違う視点から俯瞰でき、そこにやりがいや面白さを感じられるかもしれない。きっと施策の質も変わってくるはずです。

属人化をなくす、評価制度を見直すといったHOWも大切です。ただ、コアな問題——つまり社会規範を経営者がちゃんと認識しているかどうかにも注目しないと、いくら施策を打っても成果が出にくい状況になりかねません。そこが変われば、HOWはいくらでも広がっていくはずです。

具体的なHOWだけでなく構造や目指す方向を捉えるのが重要ですね。

品川さん

そうですね。ここまでいろんなことを話してきましたが、社会規範全般を変えていくのは、「1社だけでは難しい」というのが、僕たちCOTENの結論です。

けれども、道筋はあります。たとえば、明治維新を思い出してみてください。明治維新は、19世紀後半に、日本が江戸幕府の封建体制(主君と家臣が主従関係を結び、家臣が自領の統治権を持つ社会・政治システム)から脱却し、天皇を中心とする中央集権国家へと変貌を遂げた大転換期です。

ただこれは、天皇がそうした革命的な大転換を指示したわけでもなければ、フランス革命のように、不満を抱いた国民が一致団結したのでもありません。明治維新は、薩摩藩の西郷隆盛、大久保利通、長州藩の木戸孝允などの有力者が力を合わせて起きたもの。政府でもなければ、平民でもない。ミドルクラスが結束して社会を変える。このパターンは、日本において変化を起こすには、非常に相性のいいやり方だと思っています。

たとえ1社だけでは社会を変えられなくても、仮に、そのほかの100社が賛同してくれたら、世の中は変わっていきます。そのためにも、COTENでは人文知を活用した社会変革を目指す企業連合『COTEN Co-Lab』などの取り組みを進めています。

明治維新というと大げさで、飛躍していると思う人もいるかもしれませんが、歴史がつくった規範なら、歴史と同じように、僕たちの手で書き換えることもできるのではないでしょうか。

(企画/長島 啓喜、取材・文/土橋水菜子、POWER NEWS編集部、写真/横関一浩)

編集後記

取得率40%という数字は確かな前進です。ただ、この取材を通じて見えてきたのは、「取得率をどう上げるか」という問いだけでは届かない領域があるということでした。問題の本丸は、明治以降に形成され、今でも無意識下に残る性別役割分業規範という、制度の整備だけでは越えられない“ラスボス”にある。

「公表されるから数字を上げてほしい」と言われながら、目の前の施策に向き合い続ける人事・労務担当者の方々にとって、この構造は頭では理解できても、実際に手を入れるのは容易ではないと思います。それでも、本丸に向かっているという感覚をもてたとき、施策の質はきっと変わってくる——品川さんはそう語ってくれました。

SmartHR Mag.でも、人事・労務に役立つ情報だけでなく、人事をめぐる労働課題の構造的な問いに向き合う視点も届けていきたいと思っています。

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