「また法改正…」をチャンスに!法令対応をよりよい働き方に活かす視点
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目次
法改正への対応は、実務を担う人事・労務担当者にとって大事な「守るべきルール」です。同時に、その背景にある社会の課題意識や政策の目指す方向性(=線)に目を向ければ、働き方をよりよくする「ツール」としても捉えられます。
本記事では、法改正をよりよい働き方や組織・事業成長に活かす視点について事例も交えながら探ります。

フォレストコンサルティング経営人事フォーラム代表、社会保険労務士・公認心理師 代表理事 社労士
情報経営イノベーション専門職大学 客員教授(専門領域:人的資本経営 雇用実務)。人的資本の開示について支援コンサルティングや実務セミナー等を多数行っている。その他、人事労務知識を展開した先進的な課題対応・上場支援・HR商品の開発支援が専門。東京都社労士会 先進人事経営検討会議(自主研究組織)議長。人的資本の国際資格、GRIスタンダード修了認証・ISO30414リードコンサルタント保持。名古屋大学法学部卒業後、前職の㈱リクルートにて東証一部上場時の事業部の体制整備の責任者。著作「人的資本経営と開示実務の教科書」等多数。日本テレビ「スッキリ」雇用問題コメンテーター出演経験あり。
法改正は、組織や事業を成長させるチャンス
近年、働き方をめぐる法改正が毎年のように続いています。2019 年の「働き方改革関連法」や直近の「育児・介護休業法の改正」に続き、2026年にはハラスメント関連の改正、そして2027年以降を目指して「労働基準法」の大改正も検討されています。
さらに近年の法改正では「最低限守るべきルール」は示されるものの、実施方法は企業の裁量に委ねられるケースが増えてきました。毎年の対応だけでも一苦労のなか「また負担が増えるのか……」と疲弊を感じることも多いかもしれません。
こうした状況について、雇用系シンクタンク代表理事・社会保険労務士の松井勇策先生は「法改正を個々の点ではなく線で捉えて、よりよい働き方のツールとして戦略的に活かすのが重要」と語ります。法改正の背景にある社会の課題意識や、政策の目指す方向性(=線)を理解すれば、法改正はよりよい働き方を実現し、組織や事業を成長させるチャンスに変わるといいます。
法改正を「線で捉えて、戦略的に活かす」とはどういうことか、松井先生にお話を詳しく伺いました。
働き方改革から始まった“流れ”をどう捉えるか
直近の働き方をめぐる法改正を線で捉えるには、どうすればよいでしょうか?
松井先生
法改正の目指す方向性を線で捉えるには、そもそもなぜ働き方を変革し続けなければならないのか、その背景を押さえる必要があります。
具体的には、日本の労働生産性の低迷、低いエンゲージメント、女性活躍の遅れなどの課題が顕在化しています。その根底には、現在の環境にあわなくなりつつある「古い働き方(性別による分業、新卒一括採用、長時間労働)」が残っています。
こうした課題に対応するために、日本の働き方に関する法改正や政策は、この10年ほどで段階的に進められてきました。一貫しているのは「生産性の低迷から抜け出し、成長につながる働き方に変えていく」という方向性です。
直近の法改正や政策は、大きく以下のように整理できます。
2017年〜「働き方改革」の本格化
- 目指す方向性
- 長時間労働の是正や有休取得の義務化など、“働かせすぎ”を正し、戦略的な人事施策が可能な状態を整える
- 主な関連法改正・政策
- 働き方改革関連法(時間外労働上限規制、有休取得義務化など)、パートタイム・有期雇用労働法(同一労働同一賃金の促進)など
2020年前後:「人的資本経営」へのシフト
- 目指す方向性
- 育成・配置・制度運用を経営戦略と結びつける人的資本経営を実行する
- 主な関連法改正・政策
- 金融商品取引法、女性活躍推進法、次世代育成支援対策推進法、人的資本可視化指針、コーポレートガバナンスコード等の企業開示関連制度整備など
2025〜2027年以降:「労基法大改正」への対応期
- 目指す方向性
- 労働時間・副業・兼業など、働き方の“自由度と公正さ”を整え、多様なキャリア形成を支える
- 主な関連法改正・政策
- 育児・介護休業法改正、労働基準法改正(多様な働き方の促進・労働時間制度改革・労使コミュニケーション等の各領域の複数の改正)、年金制度改革法、労働安全衛生法など

お役立ち資料
2026/27年にかけての人事・労務法改正ハンドブック
この資料でこんなことが分かります
- 2026年の人事・労務業務に影響する法改正
- 2027年以降の人事・労務業務に影響する法改正
- 人事・労務担当者 やることリスト
「働かせすぎを正す」から「人を活かす」、そして「働き方そのものを進化させる」へと段階的に進んできました。共通して目指すのは「多様な働き方」「従業員の付加価値の向上」「自律的な働き方」の実現という方向性(=線)です。

松井先生は、法改正を線で捉えるだけでなく「ツールとして活かす」のも大切だとお話しされていますね。
松井先生
線で捉えるのは出発点にすぎません。その理解を自社の戦略や制度設計にどう接続していくかが重要です。
たとえば「多様な働き方の実現」という社会的な流れを捉えれば、「自社ではどんな柔軟な働き方を実現したいのか」「そのためにどんな制度や環境が必要なのか」 といった問いへと発展していきます。
自社の状況にあった取り組みへとつなげることで、法改正対応は、組織や事業の成長を大きく後押しできます。

(雇用関連の法令や政策を起点に、多様な働き方・人的資本経営を通じて人材戦略と経営戦略をつなぎ、エンゲージメント向上や競争優位、顧客価値の向上へとつなげていく流れを示した図)
とくに働き方改革以降、こうした「多様な働き方を進める発想のもと施策を進める」ことが法改正の目的になっています。「最低限の内容を守る」だけでは、それらの目的と距離感が生まれてしまうのです。
加えて、興味深い調査があります。iU組織研究機構と株式会社エル・ティー・エスが人事などの管理部門や経営向けに実施した企業調査です。
調査では、人的資本経営を積極的に推進する企業ほど、育児・介護休業法改正など直近の法改正を「戦略的に活かせる度合いが上がった」と答える傾向が見られました。

(出典)「人的資本経営と法改正対応に関する調査」
こうした傾向は、法改正を“義務対応”にとどめず、“自社の人材戦略と結びつけて考える視点”が実務の精度にも影響する可能性を示唆していると思います。
線で捉えないと、法改正対応が非効率に?
「戦略といわれても、自分には遠く感じる」という方もいるかもしれません。いち担当者にも「線で捉えて、ツールとして活用する」視点は重要ですか?
松井先生
担当者の日々の実務にも大いに活きると思っています。むしろ線で捉えないと、法改正対応そのものが非効率になると考えています。理由は大きく2つあります。
理由(1):法令が「やり方」まで指定しないケースが増えている
近年の法改正で定められる法令は「最低限のルール」は明確でも、「どう実施するか」は企業の裁量に委ねられるものが増えています。
これは、どのような施策を実施すれば「多様な働き方」の実現につながるかは企業の状況によって異なるためです。つまり、各企業ごとの検討や工夫が必要になります。
具体的には、どういうことでしょうか?
松井先生
たとえば育児・介護休業法では、妊娠・出産等の申出時と子が3歳になる前の個別の働き方に関する施策を選択する場を設けることが義務化されました。また、その聴取した意向への配慮も義務として定められています。

個別の意向聴取やその配慮は義務づけられつつも、どのように従業員から意向を聴取し、どのような具体的配慮を実施するかなどは、各企業で決めていく余地が大きな法令だといえます。
法改正の目的は、あくまで「育児期の社員の、育児と両立した多様な働き方の実現」であり、施策を通じて働き方を変革しなければいけない点を意識しましょう。
「面談をして、記録を残す」だけでは不十分でしょうか?
松井先生
「面談をして、記録を残す」で法改正対応の義務は果たせます。しかし、それを「従業員が育休後も安心して活躍するための対話機会」と捉えるなら、面談のタイミングや質問内容を工夫でき、結果的に従業員の定着や復職後の活躍支援といった効果も期待できるかもしれません。
また、面談と連動して管理職の研修を実施したり、従業員の働き方に関する状況をシステムに記録して今後の働き方に活かすなど、法改正を機会として活用する企業も見られます。
法改正の目的を理解すれば、義務を果たすだけでなく、実際に効果を出す実務設計ができるようになります。背景を言語化できると、経営層にも“なぜこの対応を取るのか”が伝わりやすくなり、提案の納得度も高まるはずです。
理由(2):複数の法改正を線で整理して、重複対応や矛盾を防ぐ
松井先生
法改正の目的がわかると、重複対応も防げます。たとえば「多様な働き方」や「ダイバーシティ推進」というテーマは、複数の法改正にまたがっています。
育児・介護休業法(育児支援)、労基法改正(多様な働き方の促進・労働時間の柔軟化・労使コミュニケーション)、女性活躍推進法(ジェンダー平等)など、異なる法令が目指す共通の方向性(=線)をもっています。

この線を理解していれば、法務・労務・人事などの部署が別々に動くのではなく、共通の方針のもと施策を組み立てられるかもしれません。
具体的に、どんな工夫ができるでしょうか?
松井先生
たとえば、育休研修と女性活躍研修を別々に実施するのではなく、「ダイバーシティ推進」として統合・整理するなどです。そうすれば、部署間や経営層への説明にも一貫性が生まれるでしょう。
担当者レベルでいきなりこうした「横串」を通すのは難しいかもしれません。 しかし、まずは上司に「これらの法改正には共通して目指す方向性があります」と伝えてみるだけでも、組織の視点を変えるきっかけになる。そうしたアクションを取った例も実際に聞いています。
企業事例:線を捉えて、戦略的に活かす実践
実際に法改正を線で捉えて、ツールとして戦略的に活かしている企業の例を教えてください。
- 「子の看護等休暇」の対象を高校3年生修了まで拡大。さらに「取得事由を問わない」とするなど柔軟な運用を実施
- グループで展開する「学研アカデミー」での介護資格取得費用を全額負担し、約130時間の研修時間を「就業扱い」とする支援を提供

(出典)学研ホールディングス 育児・介護休業法の改正に合わせた法定以上の支援制度整備のお知らせ
働き方をめぐる一連の法改正の趣旨となる「多様な働き方の実現」を先行実施している企業も多くあります。たとえばiU組織研究機構の「労基法大改正戦略レポート」では、事例を数十例以上まとめています。
以下では、法改正の趣旨を先取りしていると筆者が考える捉えられる取り組みの一部を抜粋します。
株式会社足立商事
- 「フリー・フレックス」制度の導入で、短期間に人材確保
- 数時間から働ける柔軟な勤務体系で、平均就業時間は増加傾向
- 新事業では障害者雇用の拡大も予定
株式会社ニトリホールディングス
- フレックスタイム制や在宅勤務制度の導入、服装規定の廃止など、IT・DX人材の確保に向けて働きやすい環境づくりを推進
- 「マイエリア制度」により、報酬を減額せずに転勤を行わない働き方を選択できる仕組みを整備
参考:人的資本経営コンソーシアム、【ニトリHD】ワークライフバランスの推進:転勤なし・報酬の減額なしの「マイエリア制度」を3⽉より導⼊
法改正対応は、よりよい働き方を実現するチャンス
最後に、これからの法改正対応に向けて、担当者に伝えたいことはありますか?
松井先生
法改正対応を義務でのみ果たさず、組織や事業の成長のための機会として捉えてもらえたらと思います。法改正対応は、人的資本経営を推進し、よりよい働き方を実現する機会になる。これが私が一貫してお伝えしたいことです。
働き方改革、人的資本経営へのシフト、そして2027年以降の労基法大改正へ。これらは「多様な人材が、自分の意思でキャリアを築き、安心して長く働ける社会をつくる」という一本の線でつながっています。
とくに2027年以降に向けて改正が検討されている労働基準法は、働き方そのものを進化させる本格的な転換点です。中長期の視点で自社の「働き方」をどのようによりよくしていくか、戦略的な視点が欠かせません。
先述の調査でも、人的資本経営を積極的に推進する企業ほど、法改正を「ツールや機会として活用しようとしている」傾向が見られました。
法改正は「義務としての対応」をするものだというイメージがあるなら、そのイメージを完全に変える必要があります。自社の「働き方」をどう設計し、どのような組織を目指すのか。この根本的な問いに向き合って、法改正対応を機に自社の人材戦略の強化を実現しましょう。
まずはここから。法改正を活かすための4つのツール集
今回、働き方をめぐる法改正を線で捉え、自社や事業や組織に活かすための第一歩を支援する4つのツールを準備しました。

お役立ち資料
法改正をチャンスに!“働き方の未来”を描くツール集
- 中長期の法改正・トレンド 俯瞰マップ
法改正を線で捉え、流れを掴むためのツール - 2027年の労基法大改正予習ノート
最重要改正の本質を「3つの自由」から掴むツール - 自社の働き方の課題発見シート
「時間・場所・副業」から自社の現在地を整理するツール - 直近法改正のタスクロードマップ
今後の対応スケジュールや計画を立てるツール
「まずは全体像を掴みたい」「今後のスケジュールだけ知りたい」「自社の課題を整理したい」など、状況にあわせて、必要なツールからご活用いただけます。
直近の法改正を「義務対応」から「多様な働き方の実現」や「組織・事業の成長」につなげる第一歩として、ぜひご活用ください。
動画でさらに理解を深めたい方へ
本記事でお話しいただいた松井先生が登壇したセミナーのアーカイブ動画では、法改正を線で捉えて戦略的に活用する意義や、2027年労働基準法大改正の見通しについて解説しています。 記事の内容のおさらいとして、ぜひご覧ください。(視聴期限:2/27 (金) 23:59 まで)







