個人のパーパス発見と実現を支援。ユニリーバとグロービスの実践例
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目次
“飛翔する企業への変革” をテーマに3日間にわたり開催されたカンファレンス「SmartHR Next 2023」。さまざまなゲストをお招きし、経営戦略・組織戦略・人事戦略についてのセッションを開催しました。
「組織の未来図」をテーマに行われたDAY2では、ユニリーバの岸本さん、グロービスの内田さんが登壇。12万人の従業員を抱えるグローバル企業、経営教育を提供する成長企業の実践から「働きがいと幸せを突き詰める」組織づくりを考えます。
- 登壇者岸本しのぶ氏
ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス合同会社 ヒューマンリソース人事総務本部長代理
学生時代からモチベーションやチームに興味を持つ。2002年外資系小売業にストアマネジャーとして入社。2005年に人事へ異動し、採用担当、アソシエイトマネジャー、HRマネジャー、HRシニアマネジャーを経験。2017年にユニリーバへ入社。採用と育成、後継者開発を統括し、役員のHRビジネスパートナーも兼務。さらにEDIを推進する従業員リソースグループの立ち上げとサポートも行い、社員一人ひとりが自分を誇りに思える組織文化の醸成に勤しむ。個人のパーパスは「未知なる可能性を照らす、ハワイの花、イリマ(※)であること」。2児の母。 ※花言葉は“あなたを誇りに思います”
- 登壇者内田圭亮氏
株式会社グロービス グロービス・コーポレート・エデュケーション マネジング・ディレクター グロービス経営大学院教授 顧彼思(上海)企業管理諮詢有限公司 董事
慶應義塾大学法学部法律学科卒業、グロービス経営大学院経営研究科経営専攻修了。アクセンチュアにて経営コンサルティングに従事した後、出前館の上場に寄与。その後、グロービスにて、法人向け人材育成・組織開発のコンサルティング、経営管理本部長を経て、現在はコーポレート・エデュケーション部門の事業責任者を務める。著書に「経営を教える会社の経営 理想的な企業システムの実現」(東洋経済新報社)、共著に「グロービスMBAマネジメント・ブックⅡ」(ダイヤモンド社)がある。
- ファシリテーター入山章栄氏
慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で、主に自動車メーカー・国内外政府機関 への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008 年に米ピッツバーグ大学経営大学院より Ph.D.(博士号)を取得。 同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。2013 年より早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール准教授。2019 年より現職。専門は経営学。「Strategic Management Journal」など国際的な主要経営学術誌に論文を多数発表。著書は「世界標準の経営理論」(ダイヤモンド社)、「世界の経営学者はいま何を考えているのか」(英治出版)「ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学」(日経BP社) 他。テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」のレギュラーコメンテーターを務めるなど、メディアでも活発な情報発信を行っている。
「企業・ブランド・人々」のパーパスをそれぞれ明文化
入山
近年、経営において「幸せ」や「働きがい」を重視する動きが注目されています。実際に若い人を中心に、働きがいやウェルビーイングを感じられない職場を辞めていく方も多い印象です。
ユニリーバでは社員の幸せや働きがいのためにどういった取り組みをされていますか?
岸本
働く人の幸せのために、パーパスを軸とした経営を大切にしてきました。
ユニリーバの企業としてのパーパスは「サステナビリティを暮らしの“あたりまえ”に」です。
そのうえで各ブランドのパーパスが別にあります。たとえばビューティーケアブランドの「Dove」のパーパスは「あなたらしさが美しさ」。Doveに関わるメンバーは、製品をとおして消費者の方々の自己肯定感を向上させようと取り組んでいます。
さらに社員一人ひとりがパーパスを掲げます。たとえば私のパーパスは「未知なる可能性を照らす、ハワイの花、イリマ(※)であること」。ユニリーバの社員や自分自身の家族が、誇りをもって生きられるよう照らしたいといった思いを込めました。
このようにユニリーバでは企業・ブランド・人々がそれぞれのパーパスを掲げています。
※花言葉は“あなたを誇りに思います”
入山
なぜ、働く人の幸せにパーパスが必要と考えているのでしょうか?
岸本
先の見えない世の中において個人が力を発揮するには、立ち戻れる信念が必要だと考えるからです。
また若い世代にとって、自分の人生において大切な価値観やパーパスを職場でも実現できることは、より重要になっていると認識しています。
入山
なるほど。元ユニリーバCHROの島田さんと定期的にお話をする機会があるのですが、御社は「社員がパーパスによってどう幸せになるか」を徹底して考え、実践していますね。
岸本
そうですね。パーパスを実現するために働く場所や環境に配慮が必要なら制度でカバーします。代表的な制度が2016年に導入した「WAA(Work from Anywhere and Anytime)」です。パフォーマンスとクリエイティビティ、安全衛生に配慮できていれば、働く時間と場所は問わないという制度です。
またパーパスはパフォーマンス評価においても重視されます。年に一度の社員向けのサーベイでもパーパスに関わる項目を設定し、組織や従業員の状態を把握しています。
9つのファクターに分解して考えるグロービスの幸福経営
入山
つづいてグロービスの幸福経営についても教えてください。
内田
私たちは経営の本質は、いかに人を幸せにする方法を追求するかだと考えています。ここでいう“人”は顧客だけではなく従業員も対象です。
働いている時間は起きている時間の半分を占めます。働く時間こそ幸せに楽しくするという考え方を世の中に普及させていきたい。グロービスは経営教育を提供していますから、まずは自分たちがそれを体現したいと考えています。
体現するにあたって「幸福」はかなり抽象的な言葉です。そこで私たちは9つの要素から成るフレームワークを用意し、幸福経営の実現に取り組んできました。
内田
それぞれの要素について説明させてください。まず幸福の中心となるのは、以下4つのファクターだと考えています。
人生の目的:なぜ生きているのか、何のためかを突き詰められている
周囲とのつながり:人とのつながりがもてている
自分らしさ:組織のなかで肩肘張らず、素のままでいられる
可能性への信頼:自分の可能性に蓋をせず、解放できる
上記の4つのかけあわせが、次の4つのファクターを生みます。
人生目的を成就できるコミュニティ:「人生の目的」を成就させるために刺激し合える、切磋琢磨できる「周囲とのつながり」をもてている
自然体でいられるコミュニティ:「自分らしさ」を表現できる「周囲とのつながり」をもてている
強みの認識:「可能性への信頼」をもとに「自分らしさ」を見つめ、強みを認識し、自信がある
自己成長(能力開発):「可能性への信頼」をもとに「人生の目的」のために自己成長を遂げ、充実感を得られている。
そして9つ目は「内なる心の声を聞くこと」です。個人的にシークレットファクターと呼んでいます。
人間は頭で考えていることと心の声が異なるケースも多々あります。8つのファクターを見出すためには、まず心の声を聞くことが大切です。
入山
非常にわかりやすい図ですね。上部が目的で下部が個性。左が自分の内なる声で、右は社会との関わりと捉えることもできそうです。
いずれも人が生きるうえで重要である一方、仕事のなかで認識・言語化する機会は多くはありませんね。
内田
だからこそ、節目節目で「何のために仕事をしているのか」を振り返る時間をつくっています。グロービスでは自由と自己責任を重視していますので、自分自身が何をやりたいかを大切にしているんです。
岸本
ポジティブ心理学のマーティン・セリグマンの掲げる「PERMAモデル(※)」とも関わりが強いと感じました。ちなみにどのような頻度、形式で振り返りをされているのですか?
※人のウェルビーイングには、P(Positive emotion:ポジティブ感情)E(Engagement:物事への積極的な関わり)R(Relationship:他者とのよい関係)M(Meaning:人生の意味や意義の自覚)A(Accomplishment:達成感)が強く関係すると考えるモデル
内田
日常的に上司との1on1を実施しています。「個の爆発」をどう起こしていくのか、潜在能力を開花させるのかを重視して対話を重ねます。
個の爆発は社内でもよく使う言葉です。周りが止めないと仕事をやり続けるくらい楽しんでいる。夢中になってどんどん行動していく状態を指しています。
半日かけて自分自身と向き合う、個人のパーパス発見を支援
入山
ユニリーバでもグロービスでも自分が何をやりたいのか、個人のパーパスを見つけることを大切にされています。「とくにパーパスがない」という社員にはどうアプローチしますか?
岸本
個人がパーパスを見つけるのは非常に難しいことです。ユニリーバではパーパスを発見するプロセスを徹底的にサポートします。
具体的には、パーパスワークショップを4〜8時間くらいかけて実施します。ワークショップでは「幼少期に何の制約もなく楽しんでいたことは?」や「私を形づくったチャレンジとは?」など自己理解を深める問いについて話します。チームで対話を深めていくと、必ずしも綺麗な文章にならずとも、大切なキーワードが浮かびあがってくるんです。
パーパスは途中で変えてもいいし、アップグレードしてもいい。一度のワークショップで見つからなくてもいいと思っています。一度設定することで、さまざまな情報や物事にアンテナが立ち、より理解が深められる。それが大事だよと参加する社員にも伝えています。
入山
グロービスでは、社員の大切な価値観やパーパスの発見をどう支援されていますか?
内田
大切にしているのは価値観の棚卸しです。自分自身の心が震えることと、見逃せない社会の課題やイシューを考えてもらいます。個人的な意義と社会的な意義の重なるところにパーパスがあると考えているからです。
岸本さんもおっしゃるとおり、いきなり綺麗に言語化するのは難しいです。言語化が得意ではない人には「たとえばこういった価値観がありますよ」といった例をいくつか提示し、理由を聞いていくこともあります。
“個の爆発”を起こすために管理統制を徹底的に排除する
入山
先ほど、グロービスでは“個の爆発”のための幸福経営を実践されていると伺いました。実践にあたって意識している考え方はありますか?
内田
やりたいことをやりたいようにできる状態を全員で追求・実現する。人の可能性を信じることを重視しています。
グロービスの経営理念においても「自己実現の場の提供(対個人)」をもっとも大切にしています。経営陣も含めて、全社員が自己実現できるよう取り組むのです。
そこで重要なのが管理統制型の経営からの脱却です。組織の上から下に命令を伝え、管理統制するほうが短期的には効率が高いですし、ミドルマネジメントの負荷も少ないですが、個人の働く時間を幸せに、楽しくするのは難しくなると捉えています。
入山
管理統制型の脱却と言われても「まずは土台となる管理ができていないので......」と躊躇される方もいるかと思います。内田さんはどのように考えますか?
内田
放っておくと人間は動かないという前提に立っているから生まれる悩みなのかなと感じました。
グロービスでは性善説に則った自由と自己責任を重要視しています。人を性善説で捉えて、ルールやポリシーをできる限り排除するんです。決まりがあればあるほど、抵触しないように縮こまって、本来のポテンシャルが発揮できないと考えるからです。
もちろん、その結果としてトラブルが繰り返し起きるような状態になれば見直しが必要ですが、現状はそういった状態には陥っていない認識です。
入山
企業にとってルールや管理をできる限り排除するのは容易ではないでしょう。採用時に信じられる人かを厳しくチェックする、行動規範を徹底するなどの工夫はありますか?
内田
グロービスには存在意義や大切にする価値観を明文化した「グロービス・ウェイ」があります。「この観点を守って仕事をしてもらえば、あとは自由です」といえる基本理念・指針です。日ごろの業務から人事評価、異動の意思決定においても徹底してこの価値観を軸に進めています。
採用においてもグロービス・ウェイに共感・共鳴できる人かを詳しくチェックします。これまでの経験や成果より、人生を振り返りながら価値観を掘り下げていくんです。グロービス・ウェイを徹底できていればマネジメントは必要ないくらいの捉え方をしています。
幸福経営のために、まず人事自身が幸せでなければ
入山
本セッションへの参加者からの質問も取りあげたいと思います。「パーパス経営や幸福経営の浸透度・達成度を測定する目標値や進捗管理の方法・仕組みをご教示ください」とのことです。
岸本
ユニリーバの場合、企業としてのパーパスは「サステナビリティを暮らしの“あたりまえ”に」です。これについては製品ライフサイクルからのCO2排出量やプラスチックの使用量など、具体的な数値目標を設けて達成度を測っています。ブランドや個人のパーパスは社員向けのサーベイに専用の設問を置き、達成度合いを確認しています。
内田
すでに幸福度を定量的に計測するツールがあるので、いくつか試しに導入しています。いずれも効果がないとは思いませんが、計測自体が目的化してしまう恐れもあります。
個人的に、社員が幸福感を抱いているかは数値化せずとも、日々対話をしていればわかる気もするんです。リモートワークになると把握しきれない部分もあるかもしれませんが、日ごろ接するなかでわかる部分もあるのではないかとも考えています。
入山
ありがとうございます。先進的な事例から勉強になるお話を伺えました。最後にお互いの話を聞いて、本日の感想を教えてください。
内田
幸福経営は自分自身を大切にしている人にしか実践できないと考えています。まずは人事の皆さんが幸福になるための一歩を踏み出していただけたらと思います。
岸本
まさに自分が整っていないと、ほかの人を助けることはできないと思います。人事は「人のために」を考え、行動することが多い。だからこそ、まずは人事である自分自身が幸せになるには?を考えていただきたいです。