【Next2021】人を生かして事をなす。人材マネジメントの理論と実践のツボ
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6月22〜24日、株式会社SmartHR主催イベント『SmartHR Next 2021』が開催されました。有識者の登壇に加え、参加型ワークショップや参加者の交流・情報交換を通じて、VUCAの時代に新たな一歩を踏み出す機会創出を促す人事労務イベントです。
同イベントのセッションにて、株式会社壺中天 代表取締役である坪谷 邦生さんをお招きし、人材マネジメントの理論と実践のツボをご解説いただきました。この記事では、イベントで語られた内容から、領域が広く捉えにくい「人材マネジメント」の本質を捉えるためのヒントをご紹介します。
株式会社壺中天 代表取締役
1999年、立命館大学理工学部を卒業後、エンジニアとしてIT企業(SIer)に就職。2001年、疲弊した現場をどうにかするため人事部門へ異動、人事担当者、人事マネジャーを経験する。2008年、リクルートマネジメントソリューションズ社で人事コンサルタントとなり50社以上の人事制度を構築、組織開発を支援する。2016年、急成長中のアカツキ社で人事企画室を立ち上げる。2020年、「人事の意志を形にする」ことを目的として壺中天を設立し現在。20年間、人事領域を専門分野としてきた実践経験を活かし、人事制度設計、組織開発支援、人事顧問、人材マネジメント講座などによって、企業の人材マネジメントを支援している。 主な著作“人材マネジメントの壺”シリーズ(2018)、“図解人材マネジメント入門”(2020)など。
「マネジメント」とは何か?
多数の書籍出版やコンサルティングの実績を持つ坪谷さん。一方で自身も一企業の人事担当者として働いた経験を持つ、実践者であることを冒頭で強調しました。
「人事とは、人を生かして事をなすこと。人を犠牲にしてでも事をなす、ではありません。人は元気に生きているが事がなされない、という状態も違います。“人”と“事”を同時に実現することが人事です」(坪谷さん)
坪谷さんのスタンスが明確に示されたところで、いよいよ本題へ。あらかじめ用意された問いに対して、参加者の意見を募りながら、坪谷さんの見解を述べる形で進行しました。
1つ目の問いは、「マネジメントとは何か」。壮大なテーマを前に、たじろいでしまう人もいるかもしれません。
坪谷さんが人事の責任者として活躍しはじめたのは20代。取引先の社長が集まる場でマネジメントについての説明を求められた時、うまく言えずにドギマギした経験があったそうです。その経験から、マネジメントとは何かを一言で言えるようになろうと決心したのだとか。
参加者からは“人を育てること。人が動ける環境を整えること” “人、メンバーを活用して目的をなす” “ヒト・モノ・カネ等をやりくりし、限られた資源の中で自分の思いを部下の行動を通して実現すること”などの回答が集まりました。
「あくまで私の考えですが」と断りを入れた上で、坪谷さんによる解説へ移ります。
坪谷さんの考えるマネジメントとは「組織が成果を出すためになんとかすること」。アメリカ発祥の考え方である“マネジメント(Management)”と日本語の“管理”とは異なる点を念頭に置く必要があると述べました。
「まず“管理”とは、ある基準などからはずれないように全体を統制することを指します。つまり、その基準の範疇に収まっている限りはうまくいくけれど、基準から外れたり、世の中が変わると円滑に進まなくなる。日本語の“管理”とは基準をもとにした統制を意味するのに対し、マネジメントは成果を出すためにマネージャーが踏ん張ってなんとかする行為なのです」(坪谷さん)
「人材マネジメント」とは何か?
次に、本イベントSmartHR Next 2021のテーマにも掲げられている人材マネジメントという言葉についての問いが挙げられました。
参加者からは“メンバーの能力を最大化すること” “人の能力を解放すること” “前向きで自発的な行動を促すアプローチ”といった回答が集まりました。また、“適材適所” “組織内の人材を発掘して登用すること” “戦略を実行するために人材を適切に配置すること”など配置系のタスクに焦点を当てた回答が目立ったようです。
人材マネジメントとは、アメリカで発祥した“Human Resource Management”という英語の日本語訳だそう。本来の意味は「人に投資するマネジメント手法です」と坪谷さん。この言葉が生まれた発端は、アメリカの経済力低下にありました。日米貿易摩擦に代表される1950〜60年代、アメリカでは労務管理に重点を置いていた管理体制が流布していました。
しかし経済の劣勢がきっかけでマネジメントのやり方から変えていく必要があると考えられるようになり、“Human Resource Management”の発祥に至ったのです。
坪谷さんは、労務管理と人材マネジメントの一番大きい違いは、人を「コスト」ではなく「投資する対象」と捉えている点にあると言います。
「私はあえて“人材”という言葉を使っています。“材”という字はもともと才能という意味で使われていた文字なんですよ。ですから私は「人の才能に投資するマネジメント」という解釈をしています」(坪谷さん)
一方で“人財”という言葉の存在については、「人を財産のように大切にする。宝物として扱うという意思が込められた言葉だと思います。私は才能のほうを重視して“材”の字を使っています」と語り、このトピックを締めくくりました。
「人材マネジメント」の目的とは?
3つ目の問いは人材マネジメントの目的について。
視聴者からのコメントでは“目標を達成するため” “組織の価値最大化のため” “組織が成果を上げるため” “関わるすべての人が幸せになるため” “組織成長と個人成長” “会社の目的、求める人材を多くするため” “会社を永続的に発展させること”などが挙げられました。組織や人の成長や幸せに関するワーディングが目立ったようです。
坪谷さんの解説によると、人材マネジメントの目的とは「人を生かし、短期・長期の組織パフォーマンスをあげること」。
ここでは経営学者の守島基博氏の著書『人材マネジメント入門』を基に作成された、経営と人、短期と長期のマトリックスが提示されました。これによると、目的は4つに分類されます。坪谷さんから、それぞれについての詳しい解説がありました。
(1)経営×短期
目標によって成果をマネジメントしていくことで、組織・経営の短期の成果を上げていくのが人材マネジメントの目的であるという見解。戦略達成への貢献を高めるパフォーマンスマネジメントです。
(2)経営×長期
戦略をつくる側の人をつくっていくということも人材マネジメントの目的であると考えられています。戦略を構築する能力を獲得・向上させ、次のリーダーを育てていくことが、組織にとって必要だと語られました。
(3)人×短期
公平で情報開示に基づいた評価と処遇を提供すること。評価の仕組みによるフィードバックを行い、次のチャンスを得るための支援を行うのも目的の一つであると考えられます。
(4)人×長期
キャリアを通じて「人材」としての成長を支援すること。働きがい、働きやすさ、キャリアの開発支援においてもマネジメントサイドからの支援が必要となります。
これら4つの項目すべてが、人材マネジメントの目的に相当すると坪谷さん。冒頭でも語られた「人を生かして事をなす」というキーワードと重なる部分がありました。
「人材マネジメント」を構成する要素とは?
4つ目の問いは、人材マネジメントを構成する要素について。
視聴者からのコメントでは、“関わる人がつくりだす空気” “対話とフィードバック” “人事制度と組織” “人を知ること。信頼関係”など、関係性や人そのものが大切であるという信念を窺い知れる回答が多くみられました。
ここでは、坪谷さんの著書『図解人材マネジメント入門』でも紹介されている6要素の構造図についての解説がありました。人材マネジメントは、人事評価、報酬、等級、リソースフロー、人材開発、組織開発の6要素からなります。
人事評価は、人材マネジメントのシステムの中心となる構成要素。“やってもやらなくても同じだ”という悪平等をなくすためのものであり、人材マネジメントが機能するための土台であると坪谷さんは捉えていると述べました。
等級を決定する上でも、報酬に反映する上でも、評価が中心となります。ここでいう報酬には、お金などの外的報酬だけではなく、働きがいなどの内的報酬も含まれます。
「等級・人事評価・報酬のこのトライアングルが、いわゆる「人事制度」と呼ばれるものの塊になります」(坪谷さん)
人材開発は、一人ひとりの成長に対して、企業が意志を持って行う投資のことを指します。人事評価は、人材開発の設計や手法選択のためのソースの役割も果たすと考えられるそう。異動は、人材開発の手法の一つでもあり、どんな仕事を与えるかというアサインメントもここに含まれます。
「アサインメントは人材開発において一番大事な要素です。研修をすれば人材が育つとは限りません。仕事をやってもらうことでどう育つかをデザインすること自体が、人材開発になります」(坪谷さん)
採用・異動・代謝のリソースフローは、人材が入社してから退職するまでの一連の流れを表した言葉で、「代謝」については別の言い方では「アウトフローマネジメント」とも呼ばれています。定年退職の制度や、等級が何年もあがらなかったら退職するUp or Outの制度、退職金制度などがこれにあたるそうです。
この構造図は、坪谷さんが長年かけて導いた結論。一企業の人事担当者として働いた経験から、自身が抱えていた悩みの答えを人々に伝えたいと考えているそうです。
「どうやって人事を学んでいけばいいのか、人材マネジメントを捉えればいいのか、その方法にたどり着くことができず非常に苦労しました。書籍や雑誌から学んでも、中小企業診断士という経営コンサルタントの勉強をしても、全てを理解することはできませんでした。そこでリクルートという会社に転職したのです。人事コンサルタントの先輩たちと多くの企業の経営者・役員の方とやりとりをする中で、人材マネジメントの構造を見出しました。それに費やした時間はおよそ8年。幾度ものアップデートを重ねて導いた構造です」(坪谷さん)
効果的な「人材マネジメント」のために大切なこと
続いて投げかけられたのは、効果的な人材マネジメントを実践する上で重要なこととはどのようなものであるか、という問い。
視聴者からは、“信頼関係と納得感” “すべての構成要素の考え方の軸を通すこと” “適切な評価とフィードバック” “公平性、透明性、コミュニケーション” “対話” “コミュニケーション、雑談と心理的安全”など、多くのコメントが寄せられました。
坪谷さんが人材マネジメントで最も重要視するのは、「環境への適応性」と「施策の一貫性」の2項目。
環境への適応性とは、会社の状況と環境を照らし合わせて、今やるべきことを示すことであると語りました。
「例えば、コロナ禍なのでリモートの仕組みを整えて、その中でもマネジメントができるような施策を打っていこうと、舵をきること。これが環境への適応性です。会社のとった施策に対して、皆がなるほどと思えることが大切です」(坪谷さん)
施策の一貫性は、何をしようとしているのかが明確であることです。参考として、好ましくない評価基準の例を挙げました。
「経営者が、“うちの会社は頑張っている人が報われる会社なんだ!”とおっしゃったとします。はじめは誰もが言葉通りの評価を期待するでしょう。しかし蓋を開けてみたら、社長と縁故のある人ばかりが良い評価を受けていたら? 言っていることとやっていることが違うと思われてしまいますよね。このときに人材マネジメントはすべての価値を失います」(坪谷さん)
逆に好例として挙がったのは、会社負担で本を購入できる制度でした。仮に経営者が、自ら学んで勉強していく人を認めるスタンスを示したならば、本を買うことを推奨するような制度は一貫性があります。施策同士の関連性が明確で、筋が通っていることが非常に大事だと強調しました。
人材マネジメントの施策一つひとつは、会社から人材に向けたメッセージのようなもの。その施策自体よりも、どのような意図が一貫しているのか、が効力を発揮すると考えられます。
これからの日本企業において「人材マネジメント」はどうなる?
日本企業における人材マネジメントは一体どうなっていくのでしょう。参加者のコメントからは、“現状維持” “360度評価が一般的になる” “戦略の中心的存在になっていく” “マネジメントしなくてすむ方向。具体的に思いつきません” “社員の自己実現の手助け” “個人が能力を発揮できるような教育と場を整える” “大切なことは変わらず、人を生かす会社が選ばれ生きぬく” “個の重視。自律”とたくさんの意見が集まりました。
中にはユニークなアイデアもあり、視聴者同士でも新しい視点を交換できたと思われます。
坪谷さんのアンサーは「不易流行。流行は起こり続けるが、その中で原理原則は変わらない」という考え。不易流行とは、松尾芭蕉が奥の細道において俳句の極意として示した言葉だそうです。
いつまでも変化しない本質的なものをさす“不易”を中心として、時代の変化“流行”を取り入れていくという姿勢が、人材マネジメントにおいても重要なのではないかという考えを示してくれました。
「人材マネジメントにはいろいろな流行が起きますが、調べていくと歴史の中で実践されてきたことが多いんですよ。例えばマインドフルネス。これは2500年前の仏教が起源となっています。Googleのグッドマネジャーの条件も流行しましたが、海軍大将山本五十六の言葉とほとんど同じ内容でした。流行は時代時代で起こり続けるんですけれど、原理原則はずっと変わらないんじゃないかなと私は捉えています」(坪谷さん)
1「時代の変化に適応し自ら改革」→2「社会の中での存在意義」→3「長期的な視点での経営」→4「人を尊重し、人の能力を十分に生かす経営」というフローは、30年以上好業績かつ100年以上続いている長寿企業がとっている行動の調査結果を元に作られています。
「別段変わった項目があるわけではなく、世のため、人のためになることをしていこうというシンプルなメッセージが読み取れる」と坪谷さん。どんな時代でも、基本的なことは変わらずに重視されるのだということを強調しました。
企業のカタチに合わせたポリシーを
最後に、参考になりうる人材マネジメントのポリシーを、性格の異なる4つの企業からピックアップしたものをご紹介いただきました。
横軸で表されているのは企業規模、左側は「ベンチャー・中小企業」、右側は「グローバル・大手企業」となっています。縦軸は、人材に対する考え方を表しており、上は「流動・排出」、下は「長期・育成」となっています。ちなみに「流動・輩出」というのは長期的な勤続だけでなく、退社して活躍することも推奨している企業のことです。
坪谷さんは、この4象限の枠組みのうち「流動・排出のベンチャー・中小」としてサイボウズ。「ベンチャーの長期・育成型」としてアカツキ。「グローバルの流動・排出」としてリクルート。「グローバルの長期育成」としてトヨタの4社をピックアップしました。
軸で捉えることで、その会社の状況によってマネジメントが大切にしていることが少しずつ違うことがわかります。
セッションは終盤へ。坪谷さんは締めの言葉に、冒頭に述べたスタンスを繰り返しました。
「“人事”とは、人を生かして事をなすこと。まずはあなたが自分自身を生かすところから始まると私は考えています。私のお伝えしたいことは以上です。どうもありがとうございました。」(坪谷さん)
40分の間に視聴者へ向けて投げかけられた問いには、はっきり答えるのが難しく感じるような壮大なテーマも含まれていました。しかしながら、一貫した人材マネジメントを実践していく上では非常に重要な問いばかりだったと感じます。同時に坪谷さん自身のアンサーを提示することにより、視聴者各々が抱いた考え方と照らし合わせることができました。今回のセッションは、人事の皆さんが“意志”を持って語るための持論形成のきっかけとなったと言えるでしょう。
【執筆・まえかわ ゆうか】
エディター / ブランディングプランナー / カレー屋さん。アパレルからビジネス分野まで幅広い分野でクリエイションを提供する。専門分野は食。