人事領域でAI活用はどう進むのか。求められるのは企業の行き先を描く力
- 公開日
“AIとHRのつながり”をテーマに7月17日(火)に実施されたオフラインイベント「SmartHR Connect」。
京都橘大学工学部情報工学科 教授の松原仁さんと、独立研究者、著作家、パブリックスピーカーの山口周さんを迎え、「AIが創るHRの新時代 人が活躍することの変化とは」と題した特別セッションが講演されました。
企業でもAIが活用されつつあるなか、HR業務での活用方法や人が活躍する領域について、具体的なケースを交えて議論された内容をお届けします。
- 登壇者松原 仁 氏
京都橘大学工学部情報工学科 教授
1986年東京大学大学院工学系研究科情報工学専攻博士課程修了。工学博士。同年通産省工業技術院電子技術総合研究所(現産業技術総合研究所)入所。2000年公立はこだて未来大学システム情報科学部教授。2020年東京大学次世代知能科学研究センター教授。2024年京都橘大学教授。元人工知能学会会長、元観光情報学会会長、情報処理学会副会長。専門は人工知能。著書に「将棋とコンピュータ」、「鉄腕アトムは実現できるか」、「先を読む頭脳」、「AIに心は宿るのか」など。
- 登壇者山口 周 氏
独立研究者、著作家、パブリックスピーカー
1970年東京都生まれ。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策、組織開発等に従事。著書に『クリティカル・ビジネス・パラダイム』『ビジネスの未来』『ニュータイプの時代』『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』『武器になる哲学』など。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修士課程修了。株式会社中川政七商店社外取締役、株式会社モバイルファクトリー社外取締役。
AIの活用で、偏見なく採用・人事評価が可能
松原さん
人事領域においてAIは、すでにさまざまな業務に使われています。たとえば、採用プロセスでは、学生のエントリーシートのチェック業務などが挙げられます。さらに、1次面接にAIを用いる企業も現れていますね。最終的には人事担当者や経営陣が判断を下しますが、AIで学生の答えに応じた質問や、面接の評価もできます。
また、日々のパフォーマンスや人事適性の評価、人事異動などでも活用可能です。ディープラーニングというAIの学習機能で、過去の人事情報があればあるほど妥当な結果を出しやすくなります。
AIの評価は、人間が無意識にもつ偏見やしがらみをもたない、客観性の高さが長所です。
山口さん
企業のなかにもさまざまな職種があって、それぞれ人によって向き不向きがありますよね。組織全体では多様な人材が求められているのに、AIで採用基準を平均化して評価すると、何をやらせても中途半端な人材だらけになってしまう恐れがありませんか。
松原さん
ほとんどの企業は、ある職種に特化した人材を採用したがると思います。だから、採用活動では企業の経営陣や人事担当者が、事前に職種ごとに評価項目を設けることが重要です。また、最終的な採用の可否はAIではなく人間が判断します。
山口さん
採用は現場の人材が駆り出されて「何となく」で判断しています。人間には類似性バイアスがあり、自分と近い人材を採用しがちなので、どんどん社内に似たタイプの人材が集まり、均一化する傾向がある。そこで人事担当者が採用評価項目を具体的に設定して、AIが評価すれば、人材の多様性向上が期待できます。
採用や異動以外で、AIを活用できる業務はありますか?
松原さん
教育分野での活用も期待できます。AIの長所であるパーソナライズ(個人に合わせた提供をする機能)を生かせば、新入社員を集めて同じ研修をするのではなく、本人や企業の希望に沿ってeラーニングなどの研修を実施できます。
山口さん
今私が気になっているのは、人的資本開示の問題です。人的資本の情報をデータ化して株式市場に対して発表しなさいという流れがあります。実際に、社員のエンゲージメントや経営陣のリーダーシップなど、企業の人的資本の開示が進んでいます。
どの指標が経営効率の改善に役立つかも分かるようになりますが、株主は指標を元にした改善案を求めるようになると思います。人事にAIが関わって、人と組織のさまざまな要素の数値化が進むと、株式市場から多様性を排除する圧力がかかる時代になっていきませんか?
松原さん
必ずしも均一化する方向に向かうとは限りません。今のところ、AIに経営判断を任せるのは厳しいので、AIが指標から計算した値を見てどうするかは、人間の経営陣に任されています。
AI研究者としては、データをもとにして企業ごとの長所を伸ばせるような進化に期待したいです。
山口さん
データの活用が前提になってくると、人事担当者にも、これまでの人事の枠組みを超えたリテラシーや、経営陣的な一段上の目線も必要になると考えられますね。
松原さん
人事担当者は、これまで膨大な時間を要してきたエントリーシートのチェックや休暇管理などをAIに任せられます。その分、人事業務にとらわれない視点から、AIをどこまで利用するかの判断を担う必要が生じるでしょうね。
AIの進歩によって、業務が楽になることは確実ですが、AIが業務の標準を向上させてしまった側面もあるので、人間はその上をいかないと差別化ができなくなります。
福利厚生にAIを活用する事例も
松原さん
AIを社員のエンゲージメント調査や福利厚生に活用する事例もあります。
社員に出社から退社までバッチを付けさせて、位置情報の把握をしている企業もあります。嫌がられる可能性もありますが、他の社員との会話やお手洗いの時間の頻度や長さから、社員のメンタルヘルスの兆候を読み取れる点がメリットです。
別の企業では、男女のマッチング支援を福利厚生として導入しています。勤務先や独身であるかどうかなど、素性が保証されているほか、同じ企業の従業員同士はマッチングしない機能もあるため、利用者にとって安心できるシステムです。さらに、AIによるメッセージ管理も利用できます。このサービスは、数千社の登録があります。
松原さん
すでに技術的には、AIで社員の行動をすべて管理可能です。だからこそ、人事担当者には経営的な視点で、「どこまで使うか」「どこまで開示するか」を判断できるようになってもらいたい。
AIはあくまで過去のデータから学習しているので、過去にとらわれる点にも注意が必要です。Amazonが管理職候補をAIで評価した際に、男性に優位な点数をつけた事例があります。これは、過去の履歴で管理職は男性が圧倒的多数であったというデータを学習したためです。
AIそのものには偏見はありませんが、データが示している暗黙の偏見を学習してしまう可能性があります。
山口さん
人事担当者は、過去の延長線上ではなく、「良い組織」や「必要とされるリーダーシップ」について思い描いたうえで、逆算して採用する人材を考える力が重要になりますね。
人事担当者にも経営的な視点が重要に
山口さん
エンゲージメントサーベイや人事評価など、人事担当者は多くのデータを扱っています。ただ、元々はデータとして扱われていなかった情報を、データとして活用する時代になりつつあります。
たとえば、アメリカのテネシー州では、旅行サイトやホテルのフェイクレビューが、観光客の満足度を低下させるケースが多発していました。そこで、州政府は子どもにバッジを配り、子どもの笑い声と位置情報をデータとして取得。旅行サイトなどに無償で提供すると、1年で旅行の予約数が上昇しました。この事例では、これまでデータにならないと思われていた子どもの笑い声をデータとして活用したのです。
松原さん
企業でも、パソコンのカメラで社員の表情を撮影して、メンタルの状況をモニタリングする事例がありますね。
山口さん
企業では、エンゲージメントを言葉で聞いてデータにしていますが、エンゲージメントサーベイのデータは年に数回しか取れません。しかし、人のエンゲージメントは、声の強さや笑い声、机にどれぐらいいるかなどをデータとして直接取りに行けばリアルタイムで分かります。従業員は「もう駄目だ」と思うとすぐに辞めてしまうので、今、危ない状況の人に対して、救いの手を伸ばせるかは大事だと思います。
松原さん
常時モニタリングされていると、プライバシーが気になる人もいるかもしれません。防犯カメラや警察のNシステム(自動車ナンバー自動読取装置)なども、導入する際はプライバシーの観点から反発がありました。しかし、データを取ることが悪いのではなく、使い方が重要です。
また、AIは評価や分析を得意としますが、未来の予測は不得意です。AIの活用で、これまで細々とした仕事に取られていた時間が空きます。空いた時間を考えることにあてて、人事担当者も含めた従業員全体で「企業がどう進むか」という大局的な判断ができるようになりたいですね。
山口さん
「優秀な人材」の定義が変わりますね。現在も、人事担当者は「正解を出せる」人材を挙げることがほとんどです。しかし、AIがこれだけ発達して安価で手に入るようになったなかで、「正解を出せる」だけの人材を生かすのは難しい。
日本企業は、一度採用するとよほどのことがない限り解雇できないので、1人雇用すると40年間で4〜5億程度を投資することになります。
松原さん
正解を出すことはAIに任せる。一方で採用の対象となるのは、前例のない状況でどうすべきかを考えられる人になる。テストで高得点を目指す教育から脱却するのは易しくありません。ですが、特定の勉強について得意な人だけが有利だった状況は変わります。つまり、多くの人にチャンスが生まれると思います。
山口さん
よく「AIが人間に取って代わるか」という観点が議論されますが、一番強いのは人間とAIを組み合わせた場合ではないかと思います。AIを活用して価値を創出することこそが、1つの能力として評価されるようになるでしょう。
この先もAIは、勢いが止まらずに進化し続け、活用の可能性を広げると同時に、混乱も起きると考えられます。だからこそ、人事担当者の考える力が強くに求められる時代になるだろうと思いました。
松原さん
今後、人間の傍らにAIがいるのは当然になってくるはずです。AIの提案をすべて採用したり、一切排除したりするのではなく、一度自分で考えて取り入れるかどうかを考える力が必要になります。考える力は企業が教育するという感覚もあるでしょうが、今後はAIとの付き合い方が上手いかどうかも採用の一要素になると思います。