「未経験・若手社員が辞めない」経営難から脱した社内改革の全貌
- 公開日
“中小企業が目指す 攻めの人材戦略” をテーマに開催されたカンファレンス「SmartHR Agenda #5」。さまざまなゲストをお招きし、「人材戦略」「採用」「評価」「定着」「育成」「組織づくり」についてのセッションを開催しました。
「経営難から脱却した中小企業の事例から学ぶ、従業員の能力&生産性を向上させるための人づくり・組織づくり」と題した講演では、従業員と組織のアウトプットを最大化させる方法や、組織において経営者が果たすべき役割について共有されました。登壇したのは、ダイヤ精機株式会社の諏訪 貴子さん、Cast a spell合同会社の青田 努さんです。
- 登壇者諏訪 貴子 氏
ダイヤ精機株式会社 代表取締役
1971年東京都生まれ。成蹊大学工学部卒業後、ユニシアジェックス(現・日立Astemo)でエンジニアとして働く。32歳(2004年)で父の逝去に伴いダイヤ精機社長に就任。新しい社風を構築し、育児と経営を両立させる女性経営者として活躍中。日経BP社「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2013」大賞を受賞。「NEWS ZERO」や「日曜討論」等のメディアに多数出演し、中小企業の現状を伝えている。
- 登壇者青田 努 氏
Cast a spell合同会社 代表
リクルートおよびリクルートメディアコミュニケーションズに通算10年在籍し「リクナビ」の学生向けプロモーション、求人広告の制作ディレクター、自社採用担当を務める。その後、ドリコム、アマゾンジャパン、プライスウォーターハウスクーパースなどで人事マネージャー(主に中途採用領域)を経て、2015年より日本最大のHRネットワーク『日本の人事部』にて、人事・人材業界向け講座、人事の交流会・勉強会組織、HR Techメディアなどを立ち上げる。2017年にLINE入社。人材支援室副室長を務めたほか、マネジメント層の成長支援プロジェクトのリード、採用・タレントマネジメント関連のさまざまなプロジェクトを推進。LINE在籍中の2021年にCast a spell合同会社を設立。
「3年の改革」で組織の若返りに成功
諏訪さん
弊社は、「ものづくりのまち」として知られる大田区に、本社工場と矢口工場をもつ精密金属加工メーカーです。昭和39年に創業し、現在社員数は28名です。“鉄の磨き屋”として高度な職人技術を有しており、この技術を後世に残すことこそ使命だと考えています。
私は二代目の代表です。2004年に創業者の父が急逝し、それまで専業主婦だった私が、代表に就任しました。当時の年齢構成は50代〜60代の社員が多い逆ピラミッド型で、私より年下の社員は3名のみ。「後世に残す」を実現するには、若い世代の力を借りる必要があると考えました。就任してすぐ私に課されたミッションは、技術を維持しながらも次世代を担う20代・30代の従業員を増やすことでした。
就任当時は経営難で、金融機関から合併を求められるような状況でした。半年で結果を出すという約束のもと、背水の陣で挑んだのが「3年の改革」です。経費削減や人員整理でわずかながら業績は回復しました。ですが、会社を立て直すには、さらなる改革が必要でした。社員に「自分たちは生まれ変わったんだ」と感じてもらうためにも社内改革に着手しました。
「3年」と期間を区切ったのは、それだけ強いエネルギーを集中的に注ぎ込みたかったからです。改革は間延びをすると単なる「改善」に終わってしまいます。1年目は意識改革、2年目はチャレンジ、3年目は維持・継続・発展の仕組みづくりという3ステップを意識し、スピード感をもって改革を進めていきました。
諏訪さん
改革の軸としたのは「5ゲン(現場・現物・現実・原理・原則)主義」と呼ばれる考え方です。これはものづくりの基礎となる考え方で、現場に行って、現物を見て、現実を確かめて、原理・原則に立ち返って対処することで、適切な問題解決が可能になるというものです。5ゲン主義に沿って、改革も基盤の強化からはじめようと考えました。
青田さん
小手先のテクニックで変化を起こすのではなく、会社のベースから変えていったのですね。
諏訪さん
はい、そうなんです。ただ、社員からの反発も大きかったです。当時の彼らが私に求めていたのは、ただ社長室のイスに座っている「経営者の象徴」でした。それが突然「改革をやろう」なんて言い出したのですから、当然といえば当然かもしれません。「とにかく10分だけ私の話を聞いてください」という声掛けからはじめて、なんとか改革を進めていきました。
「3年の改革」で学んだことは、経営者やリーダーの役割です。部下に対して方向性を明確に示し、モチベーションを上げる仕組みをつくることこそが、経営者やリーダーの役割なのだと感じました。役割を心に置きながら試行錯誤をくり返した結果、技術を維持しながら20〜30代が過半数を占めるピラミッド構造への変革に成功しています。
リーダーシップが自然と生まれる「意見集約型組織」とは
諏訪さん
2007年からは、人材確保・育成に注力しました。しかし、若い人たちを育てていこうとハローワークで求人を出したものの、まったく効果が出なかったんです。そこでプロジェクトチームを立ち上げ、パンフレットの作成やマッチングフェアへの参加、ハローワークでの求職者体験などを行いながら、経験者のみだった募集枠を「未経験者可」へと変更しました。これらによって人材確保が軌道に乗りはじめました。
諏訪さん
育成のプログラムには、未経験の若手社員の“辞めどき”にあわせて、スタート・1か月・3か月・1年・3年という区切りを設けました。退職を考えるときは、なんらかの心境の変化があるはずです。共通項を探るために心理学や哲学を学び、彼らがそのときに抱いている感情にアプローチできる育成プログラムを目指しました。
青田さん
社内改革の1年目に「意見集約型組織の構築」があります。具体的にどのような取り組みをされましたか?
諏訪さん
先代は創業者としてのオーラがあり、リーダーシップにあふれ、1人で社員全員を引っ張るほどエネルギッシュな経営者でした。私にそんな力はないと悩んだ末、行き着いたのがボトムアップ型・意見集約型の組織づくりです。業務ごとにサークルをつくってリーダーを置き、サークル内に年齢別(若手・中堅・職人)のチームを組成。各チームにもリーダーを置きました。2種類のチームを設けることで、部署からも、年齢別のチームからも意見が出るようになります。組織の細分化によって肩書きや年齢に関わらず意見が出る仕組みを目指しました。
各チームから出てきた意見を集め、優先順位は私が決めます。ボトムアップでありながらリーダーシップも発揮できる組織を実現しました。
青田さん
社内改革の2年目にある「生産性の維持と技術継承を同時に進行する教育モデル」とは、どのようなものでしょうか?
諏訪さん
従来の教育モデルでは、汎用機を使えるようになってから、コンピューターで動く専用機の操作を教えるという順序が一般的でした。しかし、若手社員はパソコンの操作が得意です。それなら専用機の操作を最初に覚えてもらい、専用機で業務を進めている間に汎用機の操作を覚えてもらおうと考えました。当時はものづくりの常識を覆す斬新な試みでしたが、生産性の維持と技術継承の両立に貢献できたと思います。
優秀な人材こそ、即採用しない理由
青田さん
人材確保の面接時のポイントで「優秀だと思われる人材はすぐには採用しない」が気になりました。どのような意図でしょうか?
諏訪さん
優秀な人材にこそ、ほかの選択肢を含めて自分のキャリアを見つめなおしてほしいという意図です。そのうえで「ダイヤ精機で働きたい」という人材に入社してもらえば、人材も会社も幸せになれると思いました。
そのため、優秀だと感じた人には「ほかの会社も見てきてください。それでもやはりダイヤ精機に入社したいと思ったら、あらためて面接でお話ししましょう」と伝えてきました。するとほとんどの人が戻ってきてくれて、その後も辞める気配がないんです。社員たちに理由を聞くと「ダイヤ精機で働くことを自分で決めたからです」との答えが返ってきました。自分で下した決断というのは、これほど強い意志を生むのかと驚いたものです。
青田さん
それは“キャリア自律”と言えますね。キャリア自律系の働きかけをすると、社員が考えた結果辞めていってしまうケースが多々あります。ダイヤ精機さまは、社員の人生やキャリアと真摯に向き合い、「それでも働きつづけたい」と思える組織を実現できているのが強いポイントだと思いました。
配置や担当業務は、社員の得意・不得意を踏まえて決めているのでしょうか?
諏訪さん
私は4年前に上級心理カウンセラーの資格を取得して、社員との接し方について学んでいます。年に一度、全社員に対して1対1で一緒に目標を設定する機会を設け、一人ひとりと丁寧に向き合うことを大切にしています。配置や担当業務についても、その際に相談し、会社の判断だけで意思決定しないよう心がけています。
青田さん
育成の流れにある「自分辞書」とは、どのようなものでしょうか?
諏訪さん
ダイヤ精機では入社してから1か月の間、私との交換日記をしてもらいます。1日1ページずつ書くのを1か月続けると、1冊の本ができます。これを「自分辞書」と呼んでいます。
「自分辞書」というネーミングには「見ると自分の成長がわかる」という意味が込められています。ダイヤ精機には機械を使う業務をイメージして入社してくる人が多いものの、安全面を考えると入社してすぐに機械に触らせてもらえません。ここで「つまらない」「成長が実感できない」と辞めてしまう人も少なくないのが実情です。そんなとき「自分辞書」を見返してもらえば、「1ヶ月の間にこんなに成長したんだ」と実感してもらえると考えました。
青田さん
同じく育成の流れにある「はしごを外す」というワードが気になりました。どのような意図でしょうか?
諏訪さん
弊社にはたくさんの技術がありますが、その技術のなかの1つをその人にしかできない技術にしています。ほかの人には助けてもらえないという意味で「はしごを外す」という言葉を使いました。自分にしかできない技術を1つもってもらうことで、責任と自立を促しています。
青田さん
その人にしかできない技術があることは、技術が属人化するという側面もあるように思いますが、そのリスクについてはどうお考えでしょうか?
諏訪さん
おっしゃるとおり、非常にリスクが高い取り組みだと思います。しかし、そのくらいのリスクを背負わないと、弊社のような小さな会社は社員との信頼関係が築けないと思いました。経営者と社員との力関係は、どうしても経営者の方が上になりがちです。そこですべての従業員に自分にしかできない技術をもってもらうことで、対等な信頼関係を築きたいと考えました。
この取り組みをはじめてから、従業員の仕事に対する責任感や情熱が非常に大きくなったと感じています。大きな物事を任されること自体が、喜びにつながっているのかもしれません。本人としても属人化のリスクを認識しているからこそ、「しっかりやらなくては」「この技術は自分にかかっているから手抜きはできない」という気概をもってくれているのだと思います。
青田さん
「人を育てる余裕がないから即戦力の人材がほしい」という中小企業は多いですが、こうした人材はそもそも市場に少ないのが実情です。即戦力として採用した経験者が入社すると「お手並み拝見」と、はじめから突き放す企業も多いのですが、経験者もその組織や働く人について知ることが重要です。結局、入社後の教育・育成の仕組みは外せません。
今中小企業に求められているのは、人材を磨き育てる力です。磨く力があると同じ原石でも輝きが違ってきますよね。ダイヤ精機さんは育成に注力しつづけてきたからこそ人材が定着し、それが会社の成長にもつながっているのだと感じました。本日はありがとうございました。