1. 経営・組織
  2. 人材開発

スキルマトリックスとは?作成方法と取締役の保有スキル開示事例を紹介

公開日

この記事でわかること

  • 上場企業で開示が進む「スキルマトリックス」とは?
  • 取締役・ステークホルダー双方にあるメリット、開示の目的とは?
  • スキルマトリックスでは、何を開示するべきか。作成方法と併せて解説。
  • 投資家も納得する、スキルマトリックスの開示事例。
  • 上場するなら、スキルマトリックスの開示は必須?気になるQ&Aと作成時の注意点。
目次

近年、スキルマトリックスを開示する企業が増加しています。もともと、海外企業で導入され、広がりを見せていましたが、コーポレートガバナンス強化につながることから、日本でも注目を集めつつあります。本記事では、スキルマトリックスの概要や開示の目的・項目、作成方法、作成時の注意点などについて詳しく解説します。

スキルマトリックスとは?

「スキル(Skill)」は技術や技量を、「マトリックス(Matrix)」は数字を行と列に整理したものを指し、ビジネスの世界では「スキルの表化」を意味します。

スキルマトリックスの一例

スキルマトリックスとは、取締役のスキルを一覧化・可視化したもの

株式会社には、一人又は二人以上の取締役を置かなければならない。

スキルマトリックスは、取締役のスキルをわかりやすく整理した一覧表です。企業規模によって、取締役数は異なるものの、なかには10名近い役員を選任しているケースも見受けられます。

会社組織にとって、取締役は組織の方向性や戦略などを決定づける重要なポジションです。組織の舵取りをする大勢の取締役が、どのようなスキル・経験を保有しているかを把握できないと、投資家は不安に駆られてしまうでしょう。

スキルの見える化は、ステークホルダーが抱える不安の払拭に役立ちます。スキルマトリックスを開示すれば、投資家を含むステークホルダー(利害関係者)に、取締役が保有するスキル・経験を周知でき、CSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)への取り組みにもつながるでしょう。近年では、統合報告書や招集通知などで、スキルマトリックスを開示する上場企業が増加しています。

スキルマトリックスとCGコードの関係性

本コードにおいて、「コーポレートガバナンス」とは、会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組みを意味する。

本コードは、実効的なコーポレートガバナンスの実現に資する主要な原則を取りまとめたものであり、これらが適切に実践されることは、それぞれの会社において持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のための自律的な対応が図られることを通じて、会社、投資家、ひいては経済全体の発展にも寄与することとなるものと考えられる。

スキルマトリックスについて学ぶ場合は、併せて「CGコード(コーポレート・ガバナンス・コード)」についても把握しておかなければなりません。CGコードは、上場企業が企業統治するためのガイドラインです。

金融庁と東京証券取引所が作成した原案をもとに誕生しましたが、その背景として挙げられるのが、日本企業の国際的な評価の低下です。このままでは、日本企業は国外の投資家から見向きされなくなり、ひいては国力の低下にもつながるとの懸念から、CGコードがつくられました。

CGコードにも、企業はスキルマトリックスを開示すべきである旨が記載されています。実際、統合報告書や招集通知などで、上場企業によるスキルマトリックスの開示が一般的になりつつあるため、今後はより多くの企業が開示する動きが見られるでしょう。

国内の主要上場企業約300社のうち、290社が開示したという調査結果も出ています。

(参考)取締役スキル開示、上場大手に浸透 項目は法務など偏り - 日本経済新聞

スキルマトリックスの開示目的

スキルマトリックスの開示によって、取締役会でのスキルバランスや多様性の確保につながるほか、ステークホルダーに情報開示し、判断材料として扱ってもらうことが目的です。

スキルマトリックスの開示目的

(1)取締役会でのスキルのバランス・多様性の確保

取締役会は、企業の最高意思決定機関であり、複数の取締役によって話し合われます。組織の行く末などの重要な意思決定を担います。

もし、取締役会を編成する取締役のスキルや経験などが偏っていた場合、組織にとって最善の選択や判断ができるかどうかは疑問です。たとえば、IT関連のスキルや経験が豊富な取締役がほとんどいない状況で、希望的観測のままIT市場へ参入しようとする、などのケースも起こりかねません。

スキルマトリックスを用いれば、経営や国際経験、法務、会計など、取締役のスキルが可視化されるため、スキルや経験が偏るなどの事態回避が可能です。結果的に取締役会全体のバランスがよくなり、最善の舵取りをする取締役会を編成できます。

(2)ステークホルダーへの情報開示

ステークホルダーへの情報開示も目的のひとつです。CGコードにも、経営陣幹部の選解任や取締役、監査役候補の指名について主体的に情報開示すべき旨が記載されています。

情報開示は、ステークホルダーが取締役が保有するスキルや経験の把握・判断材料として必要です。また、組織をよりよい方向へ導くためにどうするべきか、どのような人選をすべきかなど、実のある意見交換が可能です。

情報開示していない状態で、いきなり取締役を選任もしくは解任すると、ステークホルダーに納得してもらえないかもしれません。なぜなら、求めるスキルや経験が足りないことを、取締役会は理解していても、ステークホルダーは知らないからです。

スキルマトリックスの作成方法

スキルマトリックスの作成は、組織の強化や成長につながり、ステークホルダーからの信頼獲得のチャンスにも効果的です。一般的には、以下の流れで作成します。

  1. スキルの選定と保有の定義
  2. 保有スキルの確認
  3. 取締役会や経営会議で承認する
スキルマトリックスの作成方法

(1)スキルの選定と保有の定義

まずは、企業が掲げている中長期的な戦略や目標などから、達成に不可欠なスキルを選定します。

スキルを洗い出す過程では、求めるスキルが際限なくあふれてくるかもしれません。スキルの数だけ取締役を増やすわけにはいかないため、目的達成に不可欠かどうかなどを考慮し、優先順位をつけて取捨選択します。

また、スキルの定義や満たす要件、つまりそのスキルを保有すると判断するための指標も決めましょう。IT部門の場合、システム開発やプログラミングの経験者はスキルをもっている、と判断するケースが一例です。

(2)保有スキルの確認

取締役の保有スキルを現状把握します。取締役から自己申告してもらう方法がありますが、申告されたスキルが取締役会の求めるレベルではない、という問題の発生も考えられるため要注意です。

保有スキルの確認後は、評価も実施しなければなりません。スキル選定時に定義や要件を明確化しておけば、スムーズに評価できます。また、社外取締役が中心となって編成される、諮問委員会に評価してもらうのもひとつの手です。

(3)取締役会や経営会議で承認する

作成したスキルマトリックスは、取締役会や経営会議で承認を得る必要があります。一般的には承認を得てから、統合報告書や招集通知などで開示する流れです。

作成後は、取締役に足りないスキルが浮き彫りになるので、早急に対応も検討しましょう。スキルマトリックスは作成して終了ではなく、組織運営に役立てなければ意味がありません。

足りないスキルが明確化したら、取締役を対象とした、求めるスキル習得のためのトレーニングも検討すべきです。明らかに経営戦略に適さないスキルマトリックスであった場合、投資家の賛同を得られないおそれがあります。状況によっては、取締役の入れ替えも、選択肢のひとつに加わることを念頭に置きましょう。

スキルマトリックスで開示する項目

スキルマトリックスで開示する項目は多岐にわたり、業界や企業によって項目が変化します。一般的には、以下の項目を開示するケースが多く見受けられます。

(1) 企業経営

会社組織として掲げる、戦略的方針や方向性などを判断するのに不可欠な指標。

取締役会は企業のなかの最高意思決定機関であり、企業を仕切る取締役には経営のスキルが求められる。

(2)マーケティング・営業

自社商品やサービスを効率よく販売して利益を得るには、マーケティングや営業のスキルが不可欠。

取締役会にも、マーケティングや営業に長けた人物が必要。

(3)財務・会計

企業運営の根本となる資金調達をスムーズに実現するには、財務や会計のスキルが求められる。

資金調達の成否が、企業の運命を大きく左右するケースも珍しくないため、組織の上層部たる取締役には備わっているべき項目。

(4)IT・デジタル

デジタル社会が到来し、現在では至るところで、さまざまなデジタル技術が浸透。

ビジネスの世界においても、デジタル化はますます進んでおり、効率的な企業経営や革新的な商品、サービスの開発、生産性の向上などにも、IT・デジタルが活用されている。専門性の高い分野であるからこそ、取締役会に高度なスキルをもつ役員の所属が望ましい。

(5)人材・労務・人材開発

企業にとって、人材は利益に直結する重要なリソース。

どんなに素晴らしい商品やサービスを扱っていても、人材がそろっていなければ、プロモーションも販売もできない。企業の生命線でもある人材の確保や育成、労務に精通した取締役が求められる。

(6)法務・リスクマネジメント

現代は、企業のコンプライアンス意識に厳しい目が注がれる時代。

組織や従業員による法令違反など、コンプライアンスを遵守できない企業は白い目で見られ、瞬く間に信頼を失うケースも。この時代だからこそ、法務やリスクマネジメントに長けた人材が必要。

(7)グローバル経験

経済のグローバル化に伴い、「海外のターゲットを視野に入れたビジネスを展開している」「いずれ世界のビジネス市場へ打って出たい」と考えている場合、豊かなグローバル経験が求められる。

日本と海外とでは、商習慣や企業を取り巻く環境、法律などが大きく異なるため、グローバル経験や知識が豊富な人材は重宝される。

一般的には、これらの項目を開示するケースがほとんどです。ほかに加えるとしたら、SDGsで注目を集めるサステナビリティをはじめ、環境と社会、ガバナンスの3指標を投資判断とするESG、デジタル技術でビジネスそのものに変革をもたらすDXなどが考えられます。

取締役の保有スキル開示事例

スキルマトリックスを作成し、開示に向けて動きたいものの、具体的にどうすればよいのかわからない、との声もよく耳にします。ここでは、複数の企業による取締役のスキル開示事例をピックアップしました。

事例(1)ニトリホールディングス

株式ニトリホールディングスにはもともと、取締役のスキルや得意分野などを、どのように表現すればよいのかを考えていた経緯があります。投資家との会話のなかで、取締役会の機能や進め方などに関心を抱く人が多かったことが背景です。

そんな最中、CGコードが改訂され、スキルマトリックス開示を推奨する旨が明記されることを同社は知ります。それをきっかけに、同社の法務室ガバナンスチームマネージャーは、率先して開示の準備を進めました。

現在、同社では公式サイトにて、「実効性のあるコーポレート・ガバナンス」を重要課題として掲げ、取締役会の実効性評価や役員のスキルマトリックスを公開している状況です。13名もの取締役が一覧で名を連ね、保有スキルに丸印をつけているため、ひと目で把握できます。

(参考)重要課題 ⑦実効性のあるコーポレート・ガバナンス - 株式会社ニトリホールディングス

事例(2)SOMPOホールディングス

SOMPOホールディングス株式会社は、損害保険ジャパン株式会社などの保険会社を傘下に収める企業です。同社でも、公式サイトにて取締役スキルマトリックスを公開しています。

「SOMPOのパーパス」を実現するため、トランスフォーメーションを推進する同社は、経営課題などを客観的に判断できるよう、多様性を考慮した取締役会を編成しています。社外取締役を中心に、取締役会が編成されている点が特徴です。

また、同社が公開している取締役のスキルマトリックスは顔写真付きで、それぞれの顔写真とともに、9つの項目に丸印がつけられています。ESG、SDGsの項目を設けている点も、他社ではあまり見られないポイントです。

(参考)取締役スキルマトリックス - SOMPOホールディングス株式会社

事例(3)積水ハウス

住宅メーカーとして、住宅の建築や販売事業を手掛けている積水ハウス株式会社は、コーポレートガバナンス報告書のなかで、取締役のスキルマトリックスを公開しています。同社で設けている項目は、以下の6つです。

  1. 企業経営
  2. 国際事業
  3. 財務戦略
  4. 技術品質環境
  5. 人材開発
  6. ガバナンス

同社が公開しているスキルマトリックスは、各項目の選定理由を明記している点が特徴です。たとえば、国際事業・海外知見の項目では、「国際事業における成長戦略の策定や監督には、海外の事業環境や生活文化などに精通した取締役が欠かせない」旨が明記されています。

また、取締役や監査役を選任した理由を明らかにする丁寧な情報開示から、投資家をはじめとしたステークホルダーも納得できる、と考えられます。

(参考)コーポレートガバナンス_P6 - 積水ハウス株式会社

スキルマトリックス作成時の注意点

スキルマトリックス作成時は、「スキルの評価基準を高くする」「昇格予定の取締役についてチェックする」「社内用と外部用の2つを準備する」の3つに注意しましょう。

スキルマトリックス作成時の注意点

(1)保有スキルの基準を高くする

スキルマトリックスに記載するスキルは、高いレベルに達している項目のみです。レベルがさほど高くないスキルを認めてしまうと、ステークホルダーからの信頼を得にくいだけではなく、チェック項目が増えてしまいます。

また、スキルマトリックスに記載したスキルをもっていること、一定のレベルに達していることを示す根拠も必要です。納得させられる根拠として、過去の具体的な成果や保有資格などが挙げられます。

(2)昇格予定の取締役の保有スキルも考慮する

スキルマトリックス作成時には、昇格予定の取締役にも留意しましょう。なぜなら、保有スキルを把握しておけば、現在の取締役が退任した後のイメージが容易になるからです。将来の取締役会が明確にイメージしやすくなり、既存取締役にどのようなスキルを求めるべきか、取締役候補が身につけるべきスキルは何か、なども把握できます。

将来を見据えることで、中長期的な戦略の計画にも有効です。ただし、計画は開示する必要がないため、経営戦略について話し合う際などに用いることをおすすめします。

(3)社内用・外部用の2種類を用意する

社内・外で、重視すべきポイントや盛り込む内容などがやや変わるため、社内用と外部用の2種類を作成します。

社内用は、取締役個々のスキルがどの水準に達しているのかを把握し、必要に応じた対策を練る組織力強化のツールとして用いられます。

外部用は、投資家の信頼を得て資金調達につなげることが大きな目的です。投資家に納得してもらうためには、全体的なスキルやバランスを把握できるほか、将来性まで読み取れる内容に仕上げなければなりません。

スキルの可視化で信頼獲得につながるのがスキルマトリックス

スキルマトリックスをもとに、取締役のスキルを可視化できれば、自社の組織力強化につながるだけではなく、投資家をはじめとしたステークホルダーからの信頼も得られます。この機会に、作成と開示へ向けて行動を起こしてみましょう。

ツール活用でスキルマトリックスを効率的に作成

SmartHR「スキル管理」機能であれば、従業員の保有スキルをかんたんに一覧で把握可能です。

SmartHRのスキル管理機能

もちろん従業員だけではなく、取締役のスキル把握にも活用いただけます。効率的なスキル管理によって、最新で正確なスキルマトリックを準備できます。

3分でわかる!SmartHRのスキル管理

FAQ

  1. Q1. スキルマトリックスの開示状況は?

    A.CGコード改訂によって、スキルマトリックス開示が推奨され、現在では多くの企業が開示しています。国内の主要上場企業約300社のうち、290社が開示したという調査結果も出ています。

  2. Q2. スキルマトリックスの開示義務が生じたのはいつから?

    A.CGコードが2021年6月に改訂され、上場企業は取締役のスキルマトリックスの開示が必須となりました。中小企業は作成や開示は不要ですが、将来的に上場を考えている場合は、今からでも取り組むことがおすすめです。

  3. Q3. 取締役に求められるスキルには何がある?

    A.企業によって、取締役に求められるスキルは異なります。一般的には企業経営や財務、マネジメント経験、人材開発、ITなどのスキルなどが考えられます。また、不祥事による企業イメージの失墜などを防ぐには、高いコンプライアンスを遵守する意識も欠かせません。

人気の記事