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リスキリングはなぜ今注目?リカレントとの違いから支援・補助金まで

公開日

この記事でわかること

  • リスキリングの概要
  • リカレント教育との違い
  • なぜ今リスキリングが注目を集めているのか?
  • リスキリングはどのように推進するのか
  • 企業によるリスキリングの導入事例
  • リスキリング推進における政府の取り組み
目次

昨今、デジタル技術の発展や労働環境の変化から「リスキリング」が注目を集めるようになりました。この記事では、リスキリングの概要からリカレント教育との違い、メリットなどを解説します。また、実施の流れや他社事例、政府による助成金制度なども解説します。ぜひご参考ください。

リスキリングとは

図表:リスキリングについての説明

リスキリングとは今後、業務上で起こるであろうドラスティックな変化に対応するために、企業が従業員に対してスキル習得を働きかけたり、従業員が自ら習得したりすることです。

近年デジタル技術の発達によって企業内での業務の進め方が変化し、従来の知識やスキルだけでは対応が困難になっています。変化に対応するためには、従業員の能力を継続的に再開発する必要があり、そのために求められるのがリスキリングです。

リカレント教育との違いは

リスキリングと似ている言葉に「リカレント教育」があります。リスキリングもリカレント教育も、社会人が新たな知識やスキルを身につける点では同じですが、リスキリングが現在の業務を継続しながら行うのに対して、リカレント教育では多くの場合、大学などの教育機関で学ぶ際にはいったん企業を離れ、知識・スキルの獲得後に再び就業する点が大きく異なります。さらに「recurrent(リカレント)」に繰り返す・循環するという意味があるように、リカレント教育では学びと就業とのサイクルを繰り返します。

リスキリングにはどちらかといえば企業の事業戦略の一環として従業員に学んでもらうという側面が強いのに対し、リカレント教育では従業員自らの意思で学ぶという側面が強い点も異なります。

リカレント教育については以下の記事で詳しく解説しています。ぜひご覧ください。

リスキリングが注目されている背景

なぜ今リスキリングが注目されているのでしょうか。それには大きく3つの背景があります。

1.ビジネスの変革や産業構造の変化

世界経済フォーラム(ダボス会議)のレポート「The Future of Jobs Report 2023」では、技術の進歩によってビジネスや産業が変化し、2027年までには世界の労働者の10人中6人にリスキリングが必要になるが、現在、その機会が得られているのは労働者の半数にすぎないと報告しています。さらに同レポートでは、労働市場の構造的な変化が今後5年間で23%の仕事に影響を与えるだろうこと、そして調査対象6億7,300万人に対して6,900万人の雇用が創出されるものの、8,300万人の雇用が失われることも報告しています。

(参照)The Future of Jobs Report 2023 - World Economic Forum

近年、企業においてもデジタル化が進み、多くの業種・職種でデジタルデータの扱いが増え、ITの知識が不可欠になりつつあります。政府も経済産業省を中心に産業界のDX推進を後押ししており、企業や経営者は何をなすべきかを「デジタルガバナンス・コード」にまとめています。この文書にも企業においては「リスキリングなど、全社員のデジタルリテラシー向上の施策が打たれている状態が望ましい」と記載され、リスキリングによって、「DX人材」を育成することが求められています。

(参照)デジタルガバナンス・コード2.0 - 経済産業省 

世界のリスキリング注力企業

2021年2月にリクルートワークス研究所が発表した「リスキリングとは―DX時代の人材戦略と世界の潮流―」では、リスキリングに注力している企業としてAmazonとウォルマートの2社を紹介しています。

米国・Amazonでは、2025年までに米国内の10万人の従業員に対して、1人あたり約75万円(総額7億ドル)を投じて、非技術系の人材を技術職へ移行させたり、IT系エンジニアにAIなどの高度なスキルを獲得させたりとリスキリングを推進しています。

同じく米国に本部を置く、スーパーマーケットチェーン・ウォルマートも、VRを活用し、店舗にいながらイベントや災害対応などを疑似体験できるように環境を整備しています。eコマースの拡大にともない、バーチャルな環境で機械操作を学ぶなど、「小売りのDX」に対応できるリスキリングを店舗従業員に求めています。

(参照)リスキリングとは―DX時代の人材戦略と世界の潮流 - リクルートワークス研究所

こうした動きは国内でも見られるようになっています。本記事の後半では日立製作所や三菱商事、富士通でのリスキリング導入事例を紹介します。

2.人材不足

(引用)第1部 特集 情報通信白書刊行から50年~ICTとデジタル経済の変遷~ - 総務省

総務省が公表した「令和4年版 情報通信白書」によれば、15歳から64歳までの生産年齢人口は1995年の8,716万人をピークに、以降は減少の一途をたどっています。2050年には5,275万人となり、2021年の7,450万人に対して29.2%も減少する見込みです。一方で、65歳以上の人口割合である高齢化率は2021年の28.9%から2050年には37.7%へと大幅に上がると予測されています。

(参照)第1部 特集 情報通信白書刊行から50年~ICTとデジタル経済の変遷~ - 総務省

(引用)労働市場の未来推計 2030  - パーソル総合研究所・中央大学

生産年齢人口の減少が進むなかで、パーソル総合研究所が2018年に発表した「労働市場の未来推計2030」では、644万人の人手不足に対して

  • 「働く女性を増やす」
  • 「働くシニアを増やす」
  • 「日本で働く外国人を増やす」
  • 「生産性を上げる」

の4つの対策でどの程度の労働者人口を増やせるかを推計しています。しかし、単純に働く人数を増やしただけでは人材不足を解消することはできず、不足分は「生産性を上げて労働需要を減らす」しかないと結論づけています。

(参照)労働市場の未来推計 2030  - パーソル総合研究所・中央大学

3.国を挙げた支援の表明

2022年10月、岸田文雄首相は所信表明演説の場で、リスキリング支援を目的に5年で1兆円の予算投下を表明し、大きな話題となりました。岸田内閣では「新しい資本主義」の実現を基本経済政策として掲げており、そのなかで「構造的な賃上げ」を実現する施策としてリスキリングの支援を挙げています。経済産業省、厚生労働省、内閣府などを中心として進められていますが、たとえば経済産業省では、次のような施策を実施しています。

  • デジタル人材を育成するためのポータルサイト「マナビDX(デラックス)」の開設
  • AI、IT、データサイエンスなどの成長分野の雇用創出を図るための「第四次産業革命スキル習得講座認定制度」の制定

国・政府が巨額な予算をかけ、さまざまな支援策を行っていることから、多くの企業がリスキリングに注力することが期待されています。

企業がリスキリングに取り組むメリット

企業がリスキリングに取り組むメリットには、特に「IT・デジタル分野の人材不足の解消」と、「自律的な人材の育成」の2つがあります。

IT・デジタル人材不足の解消

2018年9月に経済産業省が公表した「DXレポート~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~」によれば、IT人材の不足は2015年に約17万人だったものが、2025年には約43万人にまで拡大すると予測されています。

企業がリスキリングに取り組む大きなメリットとして、IT・デジタル分野の人材不足を解消できる点があげられます。そもそもIT・デジタル人材が不足している状況で、外部から専門的な知識・スキルをもつ人材を採用することは困難、もしくは大きなコストが発生します。しかし、社内の従業員がリスキリングによってIT・デジタル人材へとキャリアチェンジできれば、この問題は解決に近づくでしょう。

(参照)DX レポート~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~ - 経済産業省

自律的な人材の育成

自律的な人材を育成できる点もメリットの1つです。三菱総合研究所の統計では、生産年齢人口が減少するなかで、2030年には人員供給が過剰になる職種が生まれ、「職の大ミスマッチ」が発生すると指摘されています。余剰人員を発生させることなく、効率的に人材配置を進めることが重要です。

リスキリングは単に従業員が新たな知識・スキルを獲得するだけでなく、身につけた知識やスキルを活かし、自ら求められた仕事に適応できる人材に育つことが期待されます。さらに一歩進んで、自律的なキャリア形成を図れるようになれば、人材の流動化はさらに進み、人材確保の点で企業にはプラスに働くでしょう。

(参照)大ミスマッチ時代を乗り超える人材戦略 - 三菱総合研究所

リスキリングの推進方法

目的に応じて習得すべきスキルを決める

まず、リスキリングで何を学ぶのかを決定します。リスキリングには企業の事業戦略の一環という側面が強いため、一般的には企業単位あるいは部署単位で必要な内容を習得することになります。習得するスキルを決める際には、

  • 現在の業務を進めるうえで企業または部署で不足しているスキル
  • 今後、新たな事業を展開していくうえで必要となるスキル
  • 現在すでに従業員が習得しているスキル

をそれぞれ洗い出し、マッピングするとわかりやすいです。上記でどの従業員も取得していないスキルがあれば、その組織にとって真っ先に習得すべきスキルです。

スキル管理はツール活用で効率的に推進

SmartHRのリスク管理機能

習得すべきスキルの可視化・習熟度の把握には、SmartHRの「スキル管理」機能が役立ちます。従業員の保有スキルやリスキリングによる進捗状況などを一覧化し、効率的なリスキリングをサポートします。

リスキリングのプログラムを決める

つぎに、リスキリングのプログラムを検討します。社内で研修を実施するほかにも、社会人大学やオンライン講座、eラーニングを受講するなど、さまざまな方法があります。複数のプログラムを用意して従業員が選択できる環境は、従業員のモチベーション向上にもつながるでしょう。

リスキリングを実施する

プログラムが決まったら、目的に応じてリスキリングプログラムを受講する従業員を決定します。リスキリングは、企業・従業員双方にとって有用ですが、強制的に受講させるのではなく、従業員の意思を尊重した自発的な取り組みが重要です。

受講時間は企業単位や職場単位で指定するケースもありますが、可能であれば、各従業員が自由な時間に受講できる環境が望ましいでしょう。ただし、リスキリングそのものが従業員にとっては新たな取り組みであり、ストレスになる可能性もあります。その点も考慮して、必ず就業時間中に受講できるよう配慮します。

詳しくは後述しますが、従業員の「ジョブ型人財マネジメントへの転換」を進めている株式会社日立製作所では、学習体験プラットフォーム(Learning Experience Platform)「Degreed(ディグリード)」を導入し、全従業員を対象に一人ひとりのキャリア志向に合わせた自律的な学びを支援しています。

(参照)経営戦略に連動した人財戦略の実行 - 株式会社日立製作所

成果を分析・検証し、改善する

リスキリングは一度実施したら終わりというものではありません。継続して実施してこそ効果が高まります。そのためにも実施したプログラムの成果を分析・検証し、必要であれば修正を加えるなどして、プログラム内容や実施方法を改善していく必要があります。リスキリングも通常業務と同様に、PDCAサイクルによる品質向上・改善が重要です。

リスキリングの国内事例

企業では実際にどのようにしてリスキリングに取り組んでいるのでしょうか。次に日立製作所、三菱商事、富士通という、日本を代表する企業3社の事例を紹介します。

株式会社日立製作所

同社では2009年に経験した経営危機を踏まえ、2012年の中期経営計画で経営戦略を大きく転換しました。具体的には、人財戦略を経営戦略や経営目標と連動させ、人財マネジメントの方向性をメンバーシップ型からジョブ型に転換させました。その実現方法として選択したのが、学習体験プラットフォーム(Learning Experience Platform)の導入です。

全従業員を対象として2022年10月に導入した学習体験プラットフォームは、3ステップでリスキリングを進めていくことが特徴です。

  1. まず、現在の仕事や活かしたいスキルを個々の従業員が登録する
  2. AIが各従業員の学習ニーズを分析して最適な学習コンテンツを推奨する
  3. 従業員はモバイルアプリでいつでもどこでも学習できる

という仕組みです。

従業員同士で学習内容のシェアも可能です。各従業員の学習が進められるなかで、AIが個々の従業員や全従業員(受講者)の学習履歴を分析し、さらに最適なコンテンツを推奨します。

(参照)経営戦略に連動した人財戦略の実行 - 株式会社日立製作所

三菱商事株式会社

同社では、人材育成に関する基本的な考え方を「事業価値の向上に積極的に関わる人材を輩出し続けること」としています。事業価値の向上に積極的に関わる人材とは、

  • 担当事業の本質を見極め、先を見据えた戦略を立案する「構想力」
  • チームプレーを基本としながら、最後までやり抜く「実行力」
  • すべてのステークホルダーから尊敬される高い「倫理観」

を備えた人材です。同社ではこうした人材の育成を目的に数多くのプログラムを用意していますが、特にDXを加速させるデジタル人材の育成には、

  • 従業員のレベルに応じて段階的かつバランスよく習得できるオンデマンド型プログラム「全社員向けIT・デジタルリテラシー講座」
  • DX推進やIT活用において、適切な判断や部下への助言を学べる「マネジメント向けIT・デジタル講座」
  • DXの中核を担う次世代リーダーを養成するための「CDO(Chief Digital Officer)養成講座」

の3種類のプログラムでリスキリングを進めています。そのほかにも、DX推進・新規事業立ち上げ担当者向けのプログラミング研修や、ウェブサービス立ち上げのためのワークショップも開催し、全社を挙げてデジタル人材の育成に取り組んでいます。

(参照)人材育成・エンゲージメント強化 - 三菱商事株式会社

富士通株式会社

同社には、社内変革を推進する「フジトラ」と呼ばれる制度があります。デジタル人材の育成もフジトラの一環として実施されている施策であり、約13万人いるグループの全社員を「DX人材」に育成すべく進められています。具体的には「デザイン思考」「アジャイル」「データサイエンス」の3分野において実践的なスキルを習得できる講座を開発しています。

DXの目的でもある「新たな価値の創出とビジネスの拡大」を実現するために、講座を通して、

  • イノベーションやサービス開発につなげていく「デザイン思考」
  • サービスなどの開発手法である「アジャイル」
  • デジタル技術と密接に関わる「データサイエンス」

の各分野でのスキル向上を図れるようになっています。

(参照)価値創造に向けた人材・組織の変革 - 富士通株式会社│

政府よるリスキリング推進の取り組み

リスキリング推進を目的とした政府の取り組みを紹介します。

デジタル人材育成プラットフォーム(マナビDX)

マナビDX」とは、経済産業省と独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が2022年に開設したデジタル人材育成のためのプラットフォーム(ポータルサイト)です。具体的には、デジタルスキルを学べる学習コンテンツの紹介サイトであり、開設時の掲載講座数が360以上、無償・有償・受講料支援付きの講座が紹介されています(100講座以上が無償)。本サイトに掲載されている講座はすべて経済産業省の審査基準を満たしたものなので、安心して利用できます。

マナビDXでは「マナビDXでの学び方」で、

  1. DXリテラシー標準に紐づけられた講座でデジタルリテラシーを身につける
  2. DX推進スキル標準を参考に、目指すゴールを決める
  3. DXを推進するためのスキルを知る
  4. キーワードやデジタルスキル標準などから講座を探す

を段階的に実行することで、最適な講座を選択できます。

マナビDXは、面倒なアカウント登録やログインが不要、前提知識も不要で、スキルを身につけるために誰でも気軽に利用できます。

人材開発支援助成金

人材開発支援助成金とは、事業主などが雇用する従業員に対して、職業訓練などで専門的な業務知識やスキルを習得させた場合に、訓練費用や訓練中の賃金の一部を助成する制度です。2023年6月現在、助成金のコースとして7種類が用意されています。

事業を展開するうえで必要となる専門知識・技能を習得するための訓練、または企業内のDX化などを進めるために必要な専門知識・技能を習得するための訓練などが要件になっている「事業展開等リスキリング支援コース」を活用できます。

支援制度を利用して人材不足に打ち克つリスキリング推進

産業構造やビジネス環境の変化により、これから求められる人材は大きく変わります。リスキリングは企業戦略にとっても重要な取り組みです。リスキリングの推進を支援するために、人材開発支援助成金などが用意されています。こうした支援制度を活用して、積極的にリスキリングを推進しましょう。

お役立ち資料

人事データの管理・活用で進む効果的なリスキング

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