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人の成長は経験が9割。管理職候補の戦略的選抜・配置の考え方

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事業や組織の持続的な成長において、管理職の戦略的な育成は不可欠です。しかし、これまで経営陣やマネージャーの主観や人事評価のみで判断してきた企業も多く、基準の明確化や的確な選抜、選抜後の機会提供などに悩まれている方も少なくありません。

今回お話を伺うのは、次世代リーダーや経営層の育成に長く携わってこられ、著書に『優秀なプレイヤーはなぜ優秀なマネージャーになれないのか?』のある柴田励司さん。管理職候補の戦略的な選抜や配置の考え方、進めるうえでのポイントについて聞きました。

柴田励司氏

株式会社Indigo Blue 代表取締役

マーサージャパン代表取締役社長、キャドセンター代表取締役社長、カルチュア・コンビニエンス・クラブ代表取締役COO、パス株式会社代表取締役CEOなどを歴任。組織開発、人材開発コンサルティング会社IndigoBlueを創業、現代表取締役。IndigoBlueでは、ビジネス上の修羅場体験プログラム「Organization Theater®」を開発、日本を代表する企業でアセスメントツールとして導入中。『優秀なプレイヤーはなぜ優秀なマネージャーになれないのか?』や『リーダーの気くばり』など著書多数。

株式会社Indigo Blue(https://indigoblue.co.jp/
柴田励司事務所サイト(https://randcompany.jp/

遠心力型マネジメントへの移行。管理職も専門性の1つに

はじめに、柴田さんの考える「管理職」の役割について教えてください。 

柴田さん

近年、管理職の役割は「専門性の高い人たちに、いかにその気になって仕事をしてもらうかの追究」に変化しつつあると考えています。

©柴田励司

従来の日本企業では、経営層が方針を決め、それに沿って現場のメンバーが動く「求心力型マネジメント」が主流でした。管理職の役割はメンバーを方針から逸脱させないこと、指示命令に沿って的確に業務を遂行してもらうことです。

ですが、社会や市場環境の素早い変化に対応するために「遠心力型マネジメント」が指向されてきています。経営層やマネージャーからの方針や指示・命令を待つのではなく、顧客接点の近くで現場のメンバーがPDCAサイクルを回すようなやり方です。

「遠心力型マネジメント」において管理職の役割は指示・命令ではありません。専門性をもつメンバーが自ら動いて活躍しやすい場づくりやツールの提供、人の仲介やモチベーションの維持などが求められます。

これらはプレイヤーとしての専門性とは別の専門性です。遠心力型マネジメントにおいては、従来の「プレイヤーとして優秀な人がマネージャーになる」といった昇進基準ではミスマッチが起こります。

お話をする柴田さんの様子

「遠心力型マネジメント」を担う人材にはどういった資質が求められますか?

柴田さん

「遠心力型マネジメント」における理想的なリーダー像は、周囲によい影響を与えられる人です。以前、私が業種や業界、国籍を問わず300人程度の執行役員クラスにインタビューした結果、以下の共通項がみえてきました。

仕事軸
決断力
修正力
全体最適の視点
周囲を明るくする言動

人間軸
平常心
不断の成長意欲(向上心)
人への配慮
レジリエンス(回復力)

仕事ができるのはもちろん「一緒に働きたい」と思われる人間力も重要になります。ほかにも「処理能力の高さ」や「有事対応力」「多様な個を活かすマネジメント力」なども必要な資質です。

「遠心力型マネジメント」に必要なスキルをまとめた図

©柴田励司

選抜には“履歴書から一歩踏み込んだ情報”が必要

仕事軸と人間軸を高いレベルで兼ね備えた方は容易には見つかりません。管理職候補の選抜や育成は、どこから始めればいいのでしょうか。

柴田さん

まずは全社で管理職の人材像を再定義することからです。先に申し上げたとおり、プレイヤーとして優秀な人を管理職にする、という考え方を払拭しないといけません。その上で選定基準を揃えます。揃える際には「特定スキル」「ポータブルスキル」「心の持ちよう」という視点で考えるのがよいでしょう。人のパフォーマンスはこの3つの掛け合わせから成るからです。

・特定スキル:職種や業種ごとの専門的なスキル
・ポータブルスキル:職場や職域問わず活きるスキル
・心の持ちよう:仕事に向かうマインドや意識

とりわけ管理職候補の選抜においては、各領域の業務に必要な専門スキルよりも「ポータブルスキル」や「心の持ちよう」が鍵になります。これら2点の基準を揃えるとよいでしょう。

「ポータブルスキル」や「心の持ちよう」の基準は、どのように整理・明文化すればいいでしょう?

柴田さん

会社の求める人材像から行動例に落とし込むのをおすすめします。行動例としてわかりやすく明文化されていれば、そのまま選抜基準や評価表として活用できます。

人材像づくりでお薦めなのは「人材像カード」というワークショップです。「チャレンジ精神」や「先見性がある」など全部で52種類の特徴が書かれたカードを用い、経営層が集まって実施します。

まず理想の人材像を表すキーワードを3枚選び「なぜそのカードを選んだのか」を話し合います。そのうえで共通点や相違点を見出し、最終的に5枚ほどを選抜。

その後、選んだ5つのキーワードにあてはまる行動例を挙げます。たとえば「先見性がある」「本質を追求する」「人を巻き込んで成果を出していく」などのキーワードを選んだら、それに沿って行動例を3つほど挙げます。15の行動例が集まったら、それらをチェックリスト化し、選抜基準や評価表の土台として活用します。

人物像カードをまとめた図

(ワークショップで使用される「人物像カード)

選抜基準に照らし合わせて候補を選抜する際には従業員の情報も必要かと思います。日ごろからどういった情報を集めておくとよいでしょうか。

柴田さん

まずは過去の経験ですね。それも「海外駐在経験」や「支社の営業経験」などの履歴書的な記述から、一歩、二歩くらい深堀りした情報が必要だと考えています。

例えば物販の商品企画の責任者であれば、「催事企画の経験」や「コラボ商品の企画経験」といった経験だけでなく「信頼する上司がいる下で事業を立ち上げ、その後、独り立ちをしなくてはいけなかった」「担当企業の契約が破棄になった」「自分の仕事を認めてもらえなかった」などです。

「どういった経験を経て、今のその人がいるか」が従業員ごとにまとまっていると、先ほどの行動例と照らし合わせて、管理者候補として適切か判断しやすくなると思います。

もう1つは診断などにもとづく従業員の特性などのデータです。たとえば「IIOSS社のマネジメント・ プロファイラー診断」では人材を以下の4つに分類します。

・仕事師:次から次へと物事を処理する指向性の人(Accompisher)
・管理者:ルールを定める、守ることを指向する人(Regulator)
・起業家:新しいものを創り出すことを指向する人(Creator)
・調整役:周囲の調和を大切にすることを指向する人(Uniter)

IIOSS社のマネジメント・ プロファイラー診断をまとめた図

@IIOSS

どの分類の人が多いかは企業ごとに色があります。大企業では「管理者(R)」と「調整役(U)」、ベンチャー企業は「起業家(C)」と「仕事師(A)」が多いです。また、新規事業担当にはCとAが、保守系業務担当にはRとUが求められるなど、業務によっても適切なタイプは異なります。

こうしたタイプ分けの情報も蓄積しておき、事業フェーズや注力領域によって「守りよりも攻めの力のある管理職を増やした方がいい」など判断できる状態を整えておけるといいでしょう。

人は経験で成長する。なぜ候補者の戦略的配置が必要か

管理職候補を選抜した後は、どのように育成を進めるとよいでしょうか?

柴田さん

人の成長において経験に優る学びはありません。リーダーとしての成長に7割の影響を与えるのが「経験」、2割が「薫陶(人が与える影響)」、残り1割が「研修」だといわれています。9割は日ごろの業務に関する話ですから、管理職の育成には研修だけでなく経験を積むための配置が不可欠です。

たとえば緊急時への対応力をみるために新規事業の立ち上げを経験してもらう。国や地域の異なる人たちと協働する経験を積ませる。すでにチームのマネジメントを経験している人をあえて専門分野以外の部署に配置して、マネジメントスキルの応用力を試してみるなどもいいと思います。

また、経営者候補でもある人材には、経営層の直面するトラブルや緊急対応を擬似的に実践してもらう研修も提供しています。緊急時のロールプレイを通して「何か起きたときに初動を起こせない」「事実と解釈を混在させる」など日ごろは見えない部分が明らかになります。

日常と緊急時の様子を総合的に判断するのですね。

柴田さん

そうですね。管理職候補の選抜や育成がうまくいっている会社は、コーポレート人事と事業人事の両方がうまく回っている印象です。コーポレート人事は研修など特殊な状況下での従業員の様子を把握しておき、事業人事は人事部長とも連携して日頃の業務での様子を知っておく。両者が意見交換をしながら決めることで、より多面的に検討し、よりよい判断ができるのではないでしょうか。

ほかに候補者を選抜・配置する際に注意すべきポイントはありますか?

柴田さん

優秀な人材の囲い込みには注意が必要です

とくに人事主導で配置を変えるとなると、事業部長が「大事な人材がいなくなると困る」と考え、コーポレート主催の選抜研修に推薦しない事例がありました。人事がしっかり従業員について知っておかないといけません。データはもちろん重要ですが、実際に現場に行って人と対話しておくことも非常に重要だと思います。


また、人は自分にとって使いやすい人を選びがちです。そう考えると管理職の人でさえ、どうしても自分よりスケールが小さい人を選ぶことになるので、組織としての足腰が徐々に弱っていく。いわゆる「マトリョーシカ現象」が発生します。そうならないためには第三者の目が必要です。第三者は人事でもいいですし、外部の専門家でもいいです。視点の偏りを避けられる仕組みが重要です

管理職選抜の注意点をまとめた図

(柴田さんの資料と当日のお話をもとに作成)

近年は「そもそも管理職になりたい人がいない」とお悩みの方も多いです。そうしたお悩みを抱える方にアドバイスはありますか?

柴田さん

世の中には、自分で好きなことをやりたい人、好きなことをやる人を「育てたい人」がいると思います。世の中には前者が多いと思いますが、後者も2割ぐらいはいます。決して多くはありませんが、その2割の方が管理職を担えば、会社はしっかり回っていきます。

従来はプレイヤーとして優秀でなければマネジメント候補にも挙がらないことが多かったと思います。ですが、冒頭にお話したとおり、優秀なマネジメントと優秀なプレイヤーに求められる能力は違います。ぜひ「人のためになりたい」と思っている人がいないかという視点で考えてみてほしいです。

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