スケールアップし続けるために。組織ステージにあわせた人事制度の検討ポイント
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企業にとって、いつの時代も万能な人事制度はありません。事業や組織の成長にあわせて人事制度も変化が必要です。SmartHR社では2020年と2024年に人事制度を大きくリニューアルしました。それぞれどういった背景から検討を進めたのか。共通して重視している考えや、あえて“変えない”ポイントなど。人事制度改革に携わったSmartHR人事の斎藤さん、天野さんにお話を聞きます。
「300人の壁」を迎え、事業にあわせた職種別制度を整備
はじめに2020年のリニューアルについて、主な変更点と背景を教えてください。
斎藤さん
「成果給制度」と「制度タイプ」の導入です。成果給制度はその名のとおり、全社の業績や個人評価、等級によって成果給を支給する制度。制度タイプとは職種ごとに人事制度を区別するための概念です。個人評価の基準となる成果は、職種によって数値化のしやすさや変動幅などが異なりますので、成果給と制度タイプを同時に設定する必要がありました。
2020年のタイミングで導入した背景は?
斎藤さん
成果給制度については、ストック・オプション制度に代わるインセンティブ制度の設計が必要だったためです。当時、SmartHR社にはストック・オプション制度があり、スタートアップ企業への入社を検討する採用候補者にとって魅力の1つになっていました。
ですが、このストック・オプション制度は入社タイミングに応じて付与する設計としていたことから、この後継となる全社向けのインセンティブ制度を整備する必要がありました。また、SmartHR社はTHE Model型(※)を敷いており、ここから所属する社員の職種も多様化が素早く進む見通しでした。
※SaaSの効率的な営業活動のための標準化されたプロセスと役割分担
そのころの社員数は200〜500名規模で、今後も増加する予定。全職種共通の人事制度を適用し続けると、職種によっては評価に対する納得感がなくなる可能性も大いにあると考え、制度タイプの導入を検討し始めました。
今後の組織成長を見据えての変更だったのですね。
斎藤さん
そうですね。企業によって必ずしもこの形が正しいとは限りませんが、人事制度は経営戦略や事業特性にあわせて変更していく必要があります。「人事が作りたいものを作る」は避けなければいけないと意識していました。
スケールアップ企業への山登りに必要だった第二の制度変革
2024年度に実施したリニューアルについてもお聞かせください。
斎藤さん
主な変更点は以下です。
- 等級制度の変更:等級制度を6等級制から7等級制に移行、等級定義を全面的に見直し
- マネジメント評価指標の導入:ミッション達成度評価と行動評価に、マネジメントに関わる項目を追加
- 行動評価の尺度の見直し:行動評価の項目を減らし、各項目の評価も5段階から3段階に変更
なかでも等級制度は大きな変更です。リニューアル以前の制度は6等級制でしたが、2等級から4等級の社員がほとんどで、5等級は数名のみ。5等級が実質的な天井と捉えられる可能性がありました。また、どうすれば5等級以上に昇格できるかも不明瞭で、成長ステップが見えづらくなっていたんです。
7等級制度への移行後の等級ごとの人材イメージ
各等級の定義が明確になった結果、経営層でも評価や育成について施策を検討する会話が多く生まれました。変更以前にはない会話でしたので、変更によって成長機会を一定増やせたのではと捉えています。
また、7等級制度に移行した2024年上期(1月〜6月)を経て、6等級への昇格者も該当者が出てきています。
リニューアルの際の組織規模についても教えてください。
斎藤さん
すでに1,000名を超えていました。社内でも「弊社はスタートアップではないが、まだ大企業でもない。スケールアップ企業(※)である」と言われ始めていた時期ですね。
※製品の市場テストが完了し、規模拡大を行う段階で組織・事業ともに急成長するフェーズの企業
制度を考えるうえで「さらにスケールアップするには」といった観点も意識しましたか?
斎藤さん
スケールアップした結果として生まれた課題の解決、スケールアップを続けるために解くべき課題への対応という両軸があったと考えています。2024年だけでなく、2020年の制度変更も同じです。もちろん2020年のころは「スケールアップ企業」という言葉は使っていませんでした。ですが、振り返ると検討の根幹には両軸が意識されていたのだと思います。
2024年のリニューアルの期間や推進体制を教えてください。
斎藤さん
プロジェクトの初期に課題設計を議論、そこから半年をかけて意思決定と社内への周知を進めました。実際の制度を決める意思決定までの期間は3、4か月程度です。
議論の関係者はVP、CxOとプロジェクトのチームメンバー4人が中心。ほかにも社外コンサルタントの方にプロジェクトマネジメントや制度設計のアドバイザーとして参加していただきました。
また、プロジェクトメンバーだけでは現場感覚が不足しやすいことを鑑み、社内のマネージャー職にも有志で議論に参加してもらいました。
バリュー刷新に伴う評価項目の見直しを“光の速さ”で進めた理由
2024年7月には新バリューへの変更を、通常より短期間で評価項目に反映したと聞きました。反映において意識したポイントは?
天野さん
バリューを評価項目に反映する際、変更時期や反映方法も重要な論点です。けれど、それ以上に社員へのバリューの理解、浸透の促進が大切という大前提をもって動きました。
一般的な企業において新しいバリューの発表から行動評価に適用するまでは半年くらい準備するものだと思います。半年かけてバリューが社内に浸透してから評価への反映を進めるわけですね。
しかし、今回は7月5日に社内発表されたバリューを7月中に行動評価に適用しました。一般的な人事の感覚では驚く短期間でのチャレンジです。新バリューの「まずやってみる人がカッコイイ」と「人が欲しいものを超えよう」を人事が率先して体現したい。そうした思いから、勇気をもって取り組みました。
SmartHRの新しい3つのバリュー
評価項目の見直しは、どのくらいの頻度で実施するべきだと思いますか?
天野さん
項目変更のタイミングを適切に判断するには、企業が理想とする“あるべき姿”の見直しが必要です。
私見ですが決まった期間での棚卸しなどは不要だと思います。企業にとっての重要事項が変わるのは、事業戦略の大きな変更や企業が次のステージに進むタイミング。その局面で都度立ち止まって考える必要があります。
SmartHR社の場合、スケールアップ企業を目指す今と創業期では会社が社員に求める力も変容してきていましたから。このタイミングでの項目の見直しは必須だったと考えています。
合理性、公平性、納得感のために“あえて変えない”選択も必要
これまでの人事制度のリニューアルで“あえて変えなかった”部分はありますか?
斎藤さん
会社として守りたい、大事にしたい根幹に関わる仕組みですね。たとえば、制度全体における合理性や公平性、納得感、透明性です。
評価において、2024年にマネジメント向けの項目を追加し、行動評価を変更しましたが、ミッションと行動評価の両方を評価対象とする点は変わりません。企業が期待する対象の表現を変えたような感覚です。
変更候補に挙がりながらも、まだ時期尚早と判断して実現しなかった項目はありますか?
斎藤さん
評価の実施回数です。社内アンケートでは「評価時期のオペレーションに負担が大きい」との意見が多数ありました。そのため、前回のリニューアルでも年2回の評価を年1回に変更するか否かの議論が出ていました。
しかし、評価の回数を減らして評価期間を短くすると、予算や目標設定の区切りが長期になりやすい。年に2回、目標を設定してモニタリングする方が課題の早期発見・解決が促され、事業成果につながりやすいと考えました。
また評価のオペレーションを減らす方法は他にもあると判断したため、今回のリニューアルでは変更しませんでした。
事業フェーズとしてはまだまだ環境変化が激しい段階。会社としての目標も変わりやすい状況です。年2回評価についても議論の余地はあるので、今後も継続検討していく必要性を感じるところです。
人事制度企画の8割は仮説検証。プロダクト同様に磨き続ける制度
新制度への移行を、社員が前向きに受け止められるよう意識している点はありますか?
斎藤さん
社員との事前擦り合わせが非常に重要です。リニューアルを推進する際は、随時社内にプロジェクトの途中経過を伝えるようにしています。2024年の改定では、プロジェクトの始動した6月に周知し、かつ「9月に途中経過を一旦オープンにします」とアナウンスしました。
また、社員に進捗を共有する説明会では、リニューアルの背景と変更予定箇所をわかりやすく伝えられるよう尽力しました。ポイントは1度に大量の情報を伝えすぎないこと。制度は実際に行動するなかで浸透していく側面もあります。一度に伝えられても理解が追いつきませんから。資料も重要な箇所は特にハイライトして伝えるよう意識していました。
社員への説明機会は何回くらい設けましたか。
斎藤さん
マネージャーレイヤーには、全社向けよりもより前倒しで途中経過を伝える工夫をしていました
全社を対象とした説明は2023年の9月に1回実施。制度変更前の期末にあたる2023年12月には、マネージャーに向けた説明会を1回、全社向け1回開催しました。また報酬制度に細かい改定のあるセールス職種の方には個別に議論の場を設けました。
バリューを評価項目に反映する際に、気をつけている点はありますか?
天野さん
短い時間でしたが、その後の運用を見据えて入念に設計する点を重要視しました。
具体的には「新しいバリューで行動評価をしたらどうなるか」や「1000人規模で評価をつけたらどのような分布になるか」などをシミュレーションしました。リニューアル後の状態の解像度を上げて、不具合が見つかれば都度修正しています。
思い出されるのは、入社直後に言われた「人事制度企画の8割は仮説検証である」という言葉です。プロダクトづくりと同様、仮説検証を繰り返しながら磨いていくのはSmartHR社の制度設計の特徴だと思います。
最後に、人事制度を変更する際にお二人が大切にしている考え方を教えてください。
斎藤さん
会社の未来を想像して人事制度の耐用年数を決めるのは非常に難しいですが、人事にとって避けては通れない重要な意思決定です。とりわけSaaS業界は変化のスピードが速く、新しい制度を作成しても実行するとすぐに古くなり、想定より早く次の改定タイミングが来るのが常です。
制度改定するときには「◯年後に会社はこうなっている」と、どれだけ解像度高く先回りして想像しておけるかが重要だと思います。
天野さん
どんなに急いでも新しく人事制度を導入するには半年か1年かかります。しかも導入と同時に会社が変化するわけではなく、数か月かけて浸透して、社員の行動が変わっていく。その結果、新たな課題が顕在化して、制度変更の必要に迫られる場合もあります。
課題が山積みになっても、もう一度制度を変更するには再び1年耐えなければなりません。そうならないためにも、今後顕在化し得る課題を正しく捉えて、早めに対処していくのが大切だと考えています。