1. 経営・組織
  2. 人事評価

勝てる組織には「穴」がある。弱みの共有が生み出す前進力

公開日

この記事でわかること

  • 東洋・西洋における主体の異なり
  • 「穴」があるからこそ強くなれる
  • 目標管理の理想の形
目次

人材マネジメントのプロフェッショナル・坪谷邦生さんとの共同企画として、全5回となるセミナー「個と組織がともに勝つための目標管理」を開催。

最終回となる5回目の講演は「『ティール組織・ソース原理』と『編集工学』の視界で考える目標管理のこれから」です。ティール組織の解説者 嘉村賢州さん、ソース原理の翻訳者 山田裕嗣さん、そして編集工学研究所 安藤昭子さんをお招きして、既存の枠を超えた広い視野でMBOの未来を考えます。

  • 登壇者嘉村賢州さん

    NPO法人場とつながりラボhome’s vi 代表理事

    東京工業大学リーダーシップ教育院特任准教授。ティール組織(英治出版)解説者。「未来の当たり前をいまここに」をコンセプトに組織やコミュニティのあり方を研究している。2014年に1年間仕事を休暇し、海外をめぐるなかでティール組織を始めとする進化型組織の概念と出会い、さらなる研究と実践支援をおこなっている。

  • 登壇者山田裕嗣さん

    株式会社令三社 代表取締役

    人材育成・組織開発のコンサルティング、大手ITベンチャーのHRを経て、2012年よりBtoB SaaSの株式会社サイカの創業に参画、代表取締役COOを務める。2017年に独立し、上場を目指すベンチャー企業の組織戦略の立案・実行、大企業の人材育成や新規事業の立ち上げなどを支援。2021年10月に株式会社令三社を設立、代表取締役に就任。ティール組織・自己組織化などに関する国内外の有識者との議論や、新しい組織運営を目指す企業のサポートを手掛ける。『すべては1人から始まる』(英治出版)翻訳・監修。

  • 登壇者安藤昭子さん

    株式会社編集工学研究所 代表取締役社長

    出版社で書籍編集や事業開発に従事した後、2010年に編集工学研究所に入社。企業の人材開発や理念・ヴィジョン設計、教育プログラム開発や大学図書館改編など、多領域にわたる課題解決や価値創造の方法を「編集工学」を用いて開発・支援している。著書に『才能をひらく編集工学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)ほか。

  • 進行坪谷邦生さん

    株式会社壺中天 代表取締役 / 壺中人事塾 塾長

    株式会社壺中天 代表取締役。20年以上、人事領域を専門分野としてきた実践経験を活かし、人事制度設計、組織開発支援、人事顧問、書籍、人事塾などによって、企業の人事を支援している。 主な著作『図解 人材マネジメント入門』(2020)、『図解 組織開発入門』(2022)、『図解 目標管理入門』(2023)など。

クリエイティブな発想は、誰のものでもない

坪谷さん

「真のMBOとは、個と組織、主観と客観の4象限を動的にスパイラルアップし続けていくものである」。これが、これまで4回のセミナーを実施してきた一旦の答えです。形骸化した人事制度としてしまうのではなく、個と組織がともに勝つための「真のMBOはどうすれば実装できるのか?」。この問いからトークセッションをスタートしたいと思います。山田さん、いかがですか。

スパイラルアップの概念図

山田さん

ソース原理の提唱者であるピーター・カーニックは、「ソースは必ず『1人』である」と主張しています。彼は実証主義的と言える人物で、「複数の人がソースを担っていながら真にクリエイティビティを発揮できている事例を見たことがない」という経験からそれを語っています。これはすごく理解できる一方で、根本的なところで西洋的な捉え方ではないか?という感じもします。私はクリエイティブな発想は、誰のものでもなく、場から立ち現われて浮かんでくるような感覚をもつことがあるので、ソースが「1人」ではない可能性は考えられると思っています。

鼎談中の様子

(左から順に坪谷さん、嘉村さん、山田さん、安藤さん)

嘉村さん

今までは、カリスマ性をもつリーダーに共感して物事が進んでいくのが、よくあるケースでした。しかし、「働いている人が疲弊する」「リーダーの想定以上の成果を得られない」といった課題があります。そこで、逆の考え方である集合知やティール組織への注目が高まりつつあるのです。

ティール組織の概念図

嘉村さん

個々に主体性が生まれると、組織として思いもよらない外の気づきや発見があるし、相互に関係性が築かれます。図にあるグリーン組織のモデルは素晴らしい力学ですが、ティール組織の実現には左側のオレンジ・アンバー・レッド組織のよさでもあるPOWERの存在も欠かせません。

鼎談中の様子

坪谷さん

この図は、POWERとLOVE、力と愛を一つの如く扱う「力愛不二」だと示してくれています。これを固定的に捉えてしまうとうまくいかない気がします。ダイナミックに、動的に捉える必要がありそうです。その答えは、編集工学にヒントがあるように思います。

西洋・東洋、異なる組織づくり

安藤さん

山田さんが西洋と東洋の感覚の違いについて話されましたが、東洋でも日本は主体と客体を明確に分けないものの見方やコミュニケーションが非常に特徴的だと思います。西洋の一神教的な世界観では主体・客体の線引きが明確ですが、八百万の神々が自然のなかにいるといった宗教観・文化観で長らく過ごしてきた日本人は、主客が融合して環境のなかにとけこんでいる感覚が強い。

フランスのオギュスタン・ベルクという地理学者が日本語の不思議さを書いているのですが、たとえば私たちは寒いときに単に「寒い」と言いますよね。これにベルクは、「私が寒いのか、空気が寒いのか、どっちなんだ」と。このように日本語では主客を分けずに思考するのが当たり前なのですが、組織のほうは西洋から輸入した組織マネジメントを基盤に一神教的な主体と客体の論理でつくられています。いま日本の組織に苦しさがあるとしたら、そういったことも関係しているのかなと思います。

鼎談中の様子

嘉村さん

海外と比較して、日本には「場」的な組織が多いと感じます。たとえばソニーの設立趣意書には「自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」と書かれています。「これをつくるためにみんな集え」ではなくて、「みんなが自由闊達に製作していれば、何か生まれるでしょう」というグリーン組織的な考え方ですね。海外の組織づくりでは、このように場に重きを置くアプローチはあまり見られないように思います。

坪谷さん

以前に山田さんが講演で話されていた、50社の企業の組織づくりのお話を思い出しました。

パーパスは試行錯誤のすえ、たどり着ける

山田さん

2023年に、日本でユニークな経営をしている企業50社にインタビューをしました。話を聞いてみると、どの企業も決して最初から完成系が描けていたわけではありませんでした。最初は朧気な目指すべきビジョンだけがある状態からスタートして、試行錯誤を積み重ねた結果、現在の素晴らしい組織や経営を築けている。だから、プロセスこそが重要なのだと思います。

鼎談中の様子

嘉村さん

書籍『ティール組織』の著者:フレデリック・ラルーが、最近のパーパス経営ブームに警鐘を鳴らしていて、「事前につくり込み過ぎている」と言っています。多くの人が、パーパスを策定してから計画づくりを進めますが、それが違うのではないかと。なぜなら、ティール組織におけるパーパスはさまざまな出会いや発見を繰り返して、その後で見つかるものだとされているからです。

それなのに、最初にパーパスを決めてしまうと、外側の答え探しになってしまうので、結局抽象的で同業種の他社と似たような目標を立ててしまいがちです。試行錯誤を繰り返すプロセスを踏む部分が、山田さんの話と共通していると思いました。

坪谷さん

主観と客観の切り分けについていうと、日本人からすると、そもそも「個」の主観なんていう概念はなかったと思うのです。「個人」という概念は西洋から導入されたのであり、日本は「おのおの」「めいめい」だった。主客を一体として扱う考え方は、おそらくもともと日本人は得意だったのではないでしょうか。

スパイラルアップの概念図

坪谷さん

しかし、現代では主客を切り分けることが求められます。就職活動で個の主観の夢を問われ、会社に入ったら組織の客観の業績を目指すよう指示される。さきほどの図の左上と右下が分断されて浮いているのです。元来一つだった主客を、切り分けたものの統合できずに苦しんでいる状況だと私は捉えています。

人がもつ弱さ(穴)。それこそが創造にきっかけ

安藤さん

編集は相互編集が重要です。複数の人物・お互いの編集が影響し合っている状態が理想で、「場」はそうした相互編集のもとにつくられていくものだと思います。そのためには、弱みや不足などの「穴」をあえて隠さないことが大事です。自分の側に穴がなければ、他者の見方も編集の可能性も入ってこられません。近代以降の組織のあり方の苦しさという話がありましたが、理想的な人物像を目指すばかりの取り組みは、編集の可能性を狭めてしまうように思います。穴が空いていたら面白がる、ぐらいがよいのではないでしょうか。

嘉村さん

その穴が創造の形になるわけですね。しかし、間違った目標管理が脈々と続いてきたために、穴があったら解雇される危険を感じるような人も少なくないでしょう。過去の間違った展開によって分断されてしまっている状況から、いかにして回復するかも考えなければいけませんね。

安藤さん

組織の側にもある程度の穴が空いていた方がいいわけです。穴だらけだと沈んでしまいますが。たとえば江戸時代の文化は、遊郭のような一見すると闇の部分も自分たちのなかに取り込んで、締め出すのではなく穴として抱えながらコミュニティを形成していく知恵があったと思います。

現代は、闇も穴もないパーフェクトな組織を目指すのが主流となっていますが、本来人間なんて穴だらけですから、不適合は起きてしまいますよね

坪谷さん

ドラッカーは「一人ひとりの強みを生かして、弱みがなかったように扱うために組織がある」と言っていますが、なかなか弱みの共有が難しく、組織が機能しきれていないように思います。

第2回目では中尾隆一郎さんにKPIマネジメントについてお話しいただきましたが、「バリューチェーン上の組織の弱みを特定して、全員でそこを助けにいくと組織が前進する。弱点こそをKPIにするべき」と主張されています。

今日の「穴(弱み)」論でいくと、弱みをごまかさずに穴だらけの自分達を認めることができれば、「弱みの補い合い」ができますね。そうすると「組織として『全体最適』のKPIを立てる」ことが可能になってくると思います。

目標管理は楽しくワクワクが理想

坪谷さん

本日の大きな問いは、「どうすれば真の目標管理を実装できるのか」でした。みなさんに、一言ずつアイデアをいただきたいと思います。

山田さん

現実に実装できそうな一手として、第1回での「MBOは目標を置いて管理するだけではなく、自律的に目標達成に向かうのが重要」と、話されていたのを思い出しました。加えて、安藤さんの共同編集のお話ですね。この2つが、私の肌感覚で、目標の扱い方をみんなで変えるためのアイデアとして、有効なのかなと感じました。

鼎談中の様子

嘉村さん

よく言われる「主体性をもて」というメッセージは矛盾していて、枠の中でしか考えさせてもらえないのに、主体的になるのは不可能だと思います。しかし、多くの企業における目標設定は、組織の掲げる目的との答え合わせのようなつくり方をしているのが現状です。それだと、編集してもうまくいかないので、会社の枠を意識せずに自由に夢をもつべきだと思います。いざとなったら離職されてもいいんですよ。企業が自由に夢をもつことを応援すると、卒業した人はその企業を自分を応援してくれた組織として感謝の気持ちと逆に応援したいという思いをもつことになるでしょう。そこから組織外の人と紡ぐ物語が始まっていくのです。ぜひとも一人ひとりの物語の枠をつくらない制度を導入してもらいたいというのが私の願いです。

安藤さん

大変同感です。私は組織も個人も、もっと無駄を増やすべきだと思っています。共同編集や相互編集ものりしろをもち合わないと互いに重なり合う余地がなく、場の編集が機能していきません。現代は個人のメンタリティも組織の構造も、のりしろの部分をもちにくい環境になっていると思うので、意図的に無駄や遊びをつくる活動が近道になるのではないかなという気がしています。

坪谷さん

ありがとうございます。全5回のセミナーをやってきましたが、最終的な結論として「目標管理には楽しさ・ワクワクがないとだめ」なのではと私は考えました。楽しくてエネルギーがぐるぐる回る状況を起こすことが重要だと思ったのです。

鼎談中の様子

坪谷さん

3回目では、メルカリの岸井さんに、メルカリOKR実践の詳細を交えて質問に答えていただきました。その際、岸井さんが「こういうのめちゃくちゃ楽しいですよね」と言われていたのですが、その一言が全ての原点だと思っています

やっぱり、働く従業員がワクワクしていないとダメなんです。

そこで、実は「目標管理のボドゲ(ボードゲーム)」をつくろうかと思っています。ゲームのよさは代理経験です。この方法なら目標管理のワクワクと失敗を、短い時間で「体験」できるのではないかと考えたのです。

いろいろな企業の人と話をしていると、新入社員の頃から失敗することができない環境で仕事をしている方が多いようです。それでは防衛的になりますよね。失敗体験をどう積ませるかがすごく難しくなっています。「目標管理のボドゲ」を使って失敗体験の機会をもたせられないか、そして目標を自ら立て、追いかける楽しさを味わってもらえないか、と。今日の皆さんのお話しを伺って、やはりこの方向でいくべきだと確信しました。

人気の記事