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人事のKPIをあらためて考える。目標とカルチャーの正しい結びつけ

公開日

この記事でわかること

  • 人事におけるKPIマネジメント
  • カルチャーが事業成長にもたらすもの
  • 目標とカルチャーをいかに結びつけるか
目次

人材マネジメントのプロフェッショナル・坪谷邦生さんとの共同企画として、全5回となるセミナー「個と組織がともに勝つための目標管理」を開催。

2回目のテーマは、「目標管理を支えるカルチャーモデルとKPIマネジメント」。業績向上コンサルティングとして活躍されている中尾マネジメント研究所の中尾隆一郎さん、『カルチャーモデル 最高の組織文化のつくり方』の著者でAlmoha 共同創業者COOとしても活動される唐澤俊輔さんをお招きして、お話をうかがいました。

  • 登壇者中尾隆一郎さん

    株式会社中尾マネジメント研究所 代表取締役社長

    業績向上コンサルティング/経営者塾(中尾塾)/経営者メンター/講演・ワークショップ/書籍出版、執筆。

    リクルート時代略歴

    1989年~2018年 29年間。主に住宅、テクノロジー、人材、ダイバーシティ、研究領域に従事。リクルートテクノロジーズ代表取締役社長、リクルート住まいカンパニー執行役員、リクルートホールディングスHR研究機構企画統括室長、リクルートワークス研究所副所長など住宅領域の新規事業であるスーモカウンター推進室室長時代に6年間で売り上げを30倍、店舗数12倍、従業員数を5倍にした立役者。リクルートテクノロジーズ社長時代は、リクルートの「ITで勝つ」を、優秀なIT人材の大量採用、早期活躍、低離職により実現。約11年間、リクルートグループの社内勉強会において「KPI」「数字の読み方」の講師を担当、人気講座となる。

    著書

    「最高の結果を出すKPIマネジメント」(14刷)、「数字で考えるは武器になる」(7刷)など16冊。Business Insider Japanで「自律力を鍛える」を連載中。

  • 登壇者唐澤俊輔さん

    Almoha 共同創業者COO

    新卒で日本マクドナルド入社後、史上最年少(28歳)で部長職に就任、マーケティング部長や社長室長としてV字回復に貢献。スタートアップに身を転じ、メルカリにて執行役員人事責任者・社長室長、SHOWROOMではCOOとして事業と組織の成長を推進。その後、デジタル庁Chief Corporate Officerとして官民協働する行政組織への改革を牽引。

    現在は、Almohaを共同創業し、組織カルチャー診断や人事システムなどのサービス開発を推進する傍ら、かものは代表として経営・人事コンサルティングを行う。デジタル庁シニアエキスパート(組織文化)。一般社団法人スタートアップエコシステム協会理事。グロービス経営大学院客員准教授。『カルチャーモデル 最高の組織文化のつくり方』著者。

  • 進行坪谷邦生さん

    株式会社壺中天 代表取締役 / 壺中人事塾 塾長

    20年以上、人事領域を専門分野としてきた実践経験を活かし、人事制度設計、組織開発支援、人事顧問、書籍、人事塾などによって、企業の人事を支援している。 主な著作『図解 人材マネジメント入門』(2020)、『図解 組織開発入門』(2022)、『図解 目標管理入門』(2023)など。

アーカイブ動画でセミナーを閲覧する

本稿だけではなく、アーカイブ動画でもセミナーをご覧いただけます。識者の方々が考えるKPIマネジメント、カルチャーモデルについて、より詳細に視聴可能です。

(画像クリック後、アーカイブ動画ページへ遷移します)

KPIは組織の「最も重要な弱み」にフォーカスする

坪谷さん

唐澤さんは、KPIの設定についてどのように考えていますか?

唐澤さん

KPIは複数設定されるケースが多くありますが、中尾さんが講演や著書でも仰っているように、1つのKPIに絞る戦略は有効だと思います。先に目標やミッションを定めて、それを達成するための手順を全員で考えていくと組織力が高まるでしょう。

KPIマネジメントについての解説図

坪谷さん

1つのKPIに絞るやり方について、「KPIの具体例を教えていただけますか?」と、視聴者の方から質問をいただいています。

鼎談中の様子を撮影した写真

(左から順に坪谷さん、中尾さん、唐澤さん)

中尾さん

以前勤めていた会社が事業の方向性を変更して、ITの事業領域へ進むことになりました。組織のITを強化する方法を仮説とともに検証していくと、「優秀なIT人材の大量採用」が必要とわかりました。このとき課題となったのが「エンジニアの採用実績がない組織がどうやって優秀なIT人材を採用するか」です。この会社は営業や商品企画の求人を出すと相当数の応募が集まる人気企業でしたが、優秀なエンジニアの求人にはまったく応募がない。この「優秀なエンジニアの応募がない」ことが組織の弱みであり、解決すべき課題です。どうやって応募者を集めるかにフォーカスし、改善に向けて取り組むのが組織全体のKPIマネジメントです。

鼎談中の様子を撮影した写真

坪谷さん

そうなると、「人事部門のKPIをどうやって定めたらよいか」という考えは、すでに視点が組織全体ではなく、部分最適になってしまっているかもしれませんね。

中尾さん

部門ごとに別々のKPIを追いかけるのは、その時点でKPIマネジメント的ではなありません。もちろん、それぞれの部門で何が大事かを考えるのは大切です。考えたうえで組織全体で最も重要な課題を見据えて、そこに採用も育成もお金もすべて投入する考えがKPIマネジメントです。

坪谷さん

「組織全体における一番の弱み」の改善に向けて、人事に何ができるかを考えていくと人事部門がどのようなKPIを追いかけるべきかが見えてきそうですね。唐澤さんはいかがですか。

唐澤さん

人事は従業員の満足度が重要なので、EX(エンプロイーエクスペリエンス)ジャーニーをどれだけスコア化できるかが勝負です。

EX(エンプロイーエクスペリエンス)ジャーニーを表した図

唐澤さん

サーベイを実施して、企業に対する従業員の期待値より実態が劣っている点があれば、その点が改善箇所となります。従業員の満足度や生産性の向上が人事のKGIにあたるので、KPIはKGIに到達するための課題に焦点を当てて考えていけば導き出せるでしょう。

中尾さんのお話で「組織全体で共通のKPIをもつ」とありました。たとえば抽象度が高い「利益」が全体のKGIに設定された場合、人事は何をすればいいのかなと思いました。このようなケースでは、どうやってKPIを各部門に落とし込むべきかお聞きしたいです。

中尾さん

全体のKPIを各部門にブレイクダウンする際は、組織内で認識を正しく揃えるのが重要です。たとえば「利益」を追求していくと、「売り上げを構成する集客を増やしたいけど、費用を構成する集客費は下げたい」「コンバージョンレートを上げたいけど、人件費は下げたい」といった二律背反問題が出てきます。これを関係者が対話して、解決策を考えます。

「人件費を下げる」と聞くと、直感的に「給料が下がる」と誰もが思います。ですが、実際に下げたいのはトータルの人件費です。そのため一人あたりの生産性が上がれば、給料を下げる必要はなくて、むしろ上げた方がいい。そのため、KPIは「生産性の向上による人件費削減」というCSF(重要成功要因)を数値化したものになります。

経営者は「人件費」を下げるために生産性を上げたいと言っているのに、従業員は「給料」が下がると思ってやる気をなくすパターンがあります。だから認識を揃えることが大切なのです。私の会社では「分けると分かる」と言っていますが、わからない部分は分解して考えてみる。分解してもわからないなら、わからない部分をさらに分解してわかるまで考えます

カルチャーは「好き・嫌い」でつくられる

坪谷さん

組織全体でKPIを話し合うとさまざまな意見が出てきます。そのなかで、どうやって1つのKPIに絞り込んでいけばいいのでしょうか。

唐澤さん

たとえば、山登りでどうやって登るかを考えると、「崖を這い上がって最短距離で登る方法」と「迂回してゆっくり確実に登る方法」がありますが、いずれかの登り方が正しいとは言えません。でも、組織が「崖を這い上がって最短距離で登るスピードが重要」と定義しているのであれば、全員でそこを目指すべきであり、誰かが「私は迂回したい」というのはNGです。「組織の方針として価値基準で進める」と、前もって明言しておくのが重要です。組織の方針を先に決めて、そこにフィットする人だけを集めているからこそ、みんな迷わず山登りができるのです。カルチャーは「正解・不正解」ではなく、「好き・嫌い」なので、「この組織はこれが好き」というしっかりと定められた基準がKPIの設定には大切だと思います。

鼎談中の様子を撮影した写真

坪谷さん

経営スタンスに合う人たちを集めていくのですね。

唐澤さん

組織の価値基準はしっかり定めましょう。その日の上司の機嫌次第で評価が変わると従業員が混乱します。「スピードの早さ」を基準とした場合、たとえクオリティが低くても仕上がりが早いなら褒めるべきです。このような基準を可視化・言語化していくと、その基準に沿って意思決定がされるため、組織がぶれなくなります

坪谷さん

組織のメンバーが全員カルチャーにフィットする人なら、基準を決めるのもスムーズに進められそうですね。今のお話を踏まえて、中尾さんにもKPIを1つに絞っていく際の対話のポイントについてお聞きしたいです。

「関係の質」からサイクルをスタートする

中尾さん

ダニエル・キムさんの「成功循環モデル」で、関係の質が高いと思考の質が高くなり、連鎖的に行動の質や結果の質が高くなると紹介されています。

関係の質に着目した成功循環モデルの図

中尾さん

まずは、関係の質の向上が重要です。Googleが生産性の高いチームの共通項を調査した「プロジェクト・アリストテレス」では、組織の心理的安全性が高いと関係の質が高くなるとされています。心理的安全性が高い組織には、メンバー全員に同程度の発言量があり、さらにメンバー同士の共感性が高いという特徴があります。特定の人物しか発言しない組織や大変なときにフォローし合えない組織は、本音が言えず生産性が低くなるのです。

KPIマネジメントは本音で対話しなければいけないので、参加者が自分の意見を言える場の提供と相手への共感が重要です。人の話に対してまずはよかった点を伝えて、さらに「ここをもう少し工夫するともっとよくなるね」とレビューする手法を私は「グッド&ベター」と呼んでいます。心理的安全性を高めるためにはこのような関係性を高める姿勢が必要です

鼎談中の様子を撮影した写真

坪谷さん

ありがとうございます。 KPIの話なので、成功循環モデルにおける「結果の質」からスタートするのかと思いきや、実はKPIマネジメントでも「関係の質」からスタートさせるべきというのはおもしろいですね。先ほどの唐澤さんのお話を踏まえると、適切なカルチャーモデルが設定されていれば関係の質も高めやすくなるでしょう。

唐澤さん

ほかにもカルチャーの言語化が重要なのは、期待値を揃えるためです。組織に対して従業員が不満を感じるのは、期待に対するギャップが原因です。たとえば「どんどん成長できる会社です」と言って人を採用して、実際に成長できる環境があっても、残業が多いのであれば「成長したいけど、定時で帰るのも大事」と期待している従業員とはミスマッチが起きます。解釈は人によって差が大きいので、ギャップが出ない範囲までしっかり言語化して、「自分たちの会社はこうだ」と期待値を揃えるのがポイントになるでしょう。

鼎談中の様子を撮影した写真

中尾さん

人が組織を辞めるのは、成長感と貢献感を得られないときだと考えています。本人が成長や組織への貢献を実感できているか」という話ですね。周りから見たら成長していても、それを実感できる仕組みがなければ本人は成長していないと感じるでしょう。人の成長や貢献は組織に必要な条件ですが、それを本人が感じられる仕組みの整備も大事だと思います。

坪谷さん

会社や上司がよかれと思ってアプローチしても、本人がそれを求めていなければプラスになりませんね。唐澤さんの著書には「よい会社とは期待と実態のギャップが少ない会社」という言葉もありました。KPIというとカルチャーとは真逆のテーマのように考えている方も多いと思いますが、KPIを1つに絞るためには関係性の質が重要であり、そのためにはカルチャーが一致している必要がある。こう考えると一貫した人材マネジメントの話ですね。

中尾さん

KPIマネジメントは戦略の策定です。ですが、ときどきドキュメントづくりだと勘違いしている人がいます。そういう人は、ドキュメントをつくって株主や上層部に報告する行動が目的になってしまっていますが、つくった戦略は実行しなければ絵に描いた餅になってしまいます。唐澤さんが仰るように、会社のカルチャーや実情に合った戦略を立てて、現場まで終始一貫させないとうまくいきません

「人」と「事」の統合は人事の重要な役割

坪谷さん

私はたびたび「人事とは、人を生かして事をなす」とお伝えしているのですが、「人」と「事」を切り離して扱ったことで瓦解がはじまるパターンが多いと感じています。「人」と「事」を統合してこそ人事だと考えているのですが、その考えと非常に近いお話だと感じました。

鼎談中の様子を撮影した写真

唐澤さん

従業員満足度の話に戻すと、自分の職場を知人にどれぐらい推奨できるかを示す「e-NPSスコア」が最大化されるのは、事業成果が出ているときです。目標達成による達成感によって、組織全体でスコアが上がります。人事は従業員満足度向上に向けて組織のウィークポイント改善に取り組み、その積み重ねがゆくゆくは顧客満足度などの成果につながります。同時に、目標達成時に感じる自己効力感によって、やる気が底上げされるのも事実です。「人」と「事」を分けてはいけないとは、正にそういう話でしょう。

KPIは全体で設定しつつも、部門ごとの目標設定は欠かせません。とはいえ、分解すればするほど縦割りになっていくので、部門の目標は組織全体のKPIを達成するためだと全員が理解していなければなりません。そうでないと、組織間の連携がとれなくなってしまうでしょう。

中尾さん

加えて、人事における「人」がどこまでの範囲を含むかも考えるべきです。たとえば、企業によっては「人事の管轄範囲は正社員のみ」と決めてしまっているケースがあります。でも正社員以外にも契約社員や派遣社員、業務委託の方々もいますよね。正社員以外の雇用形態の人材も当然人事業務の対象とするべきですし、そこまでの範囲で考えるのが人事の仕事だと思います。全社のKGI達成に向けて人事が改善に取り組むべき「最も重要な弱み」は、実は数多くあるのです。

坪谷さん

KPIを全体最適で考えること、扱う「人」の範囲を広げること、人事の取り組むべきテーマは尽きませんね。それでは最後に、本日の感想を一言ずつお願いできますでしょうか。

唐澤さん

現在、カルチャーという言葉の定義がどんどん広がってきていると感じています。以前は「明るく元気な挨拶をする」といった組織風土や組織文化がカルチャーだと考えていました。ところが、組織のカルチャーは戦略をどう実現していくかや、どういう人がいて何を目指しているかも含めてつくられる全体の結果です。私は人事コンサルティングをしていますが、どの企業でもミッション・ビジョンを達成するためには人事的な話だけでなく、必ず事業上の目標管理の話になります。しっかりと、目標管理をして目的を達成できる組織をつくっていくのが重要だと考えています。

中尾さん

私は、マネジメントは「何とかして成し遂げる」という意味の「manage to」が語源だと考えていて、「実現したいことを何とかしてやる」のがマネジメントだと思います。日本ではマネジメントを「管理」と訳していますが、管理はマネジメントの一部分でしかありません。目標を立てる際には、戦略やカルチャーなど綺麗な構想を描きますが、実情と矛盾してしまうケースも数多くあるでしょう。そのような矛盾を統合して、達成していくのがマネジメントだと思います。マネジメントによって目標達成できる環境や機会づくりが、人事が果たすべき役割だと思います。

坪谷さん

お二人とも本日はありがとうございました。

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