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MBOで見落とされる「Self-control」。自律で成り立つ真の目標管理

公開日

この記事でわかること

  • MBOで見落とされている重要なキーワード
  • 正しい目標管理のための条件
  • 従業員に自律的な取り組みを促す方法
目次

P.F.ドラッカーがマネジメント哲学とまで呼んだ「MBO(Management by Objectives and Self-control)」。日本国内でも浸透し、多くの企業でも採用されています。ただし、現在のMBOは"Self-control”の重要性が語られないまま、用いられているケースも多いのではないでしょうか。

そこで今回、人材マネジメントのプロフェッショナル・坪谷邦生さんとの共同企画によって、全5回となるセミナー「個と組織がともに勝つための目標管理」を開催。1回目は「『ドラッカーのMBO』と『日本の目標管理』から学ぶ原理原則」と題し、ドラッカー研究の第一人者である佐藤 等さんと、日本企業に目標管理を導入し支え続けてきた五十嵐英憲さんを迎え、あらためて「本当のMBO」についてお話いただきました。

  • 登壇者佐藤 等 さん

    ドラッカー学会 共同代表理事

    同学会でマネジメントを起点としたマネジメント会計®研究会主宰。<実践するマネジメント読書会®>創始者。誰もが成果をあげながら生き生きと生きることができる世の中を実現するため、全国に読書会を設置するため活動中。著書『実践するドラッカー』(ダイヤモンド社)シリーズ計5冊は、20万部のベストセラー。他に日経BP社から『ドラッカーを読んだら会社が変わった』、『ドラッカー教授 組織づくりの原理原則』、致知出版社の雑誌『致知』の連載を書籍化した『ドラッカーに学ぶ人間学』がある。

  • 登壇者五十嵐英憲さん

    五十嵐コンサルタント株式会社 代表取締役

    1969年早稲田大学商学部卒。資生堂、リクルートを経て、教育コンサルタントとして独立。現在、五十嵐コンサルタント(株)代表取締役。(株)自己啓発協会インストラクター。専門分野はMBO-S(本当の目標管理による人材開発・組織開発)、人事制度の構築支援活動。セミナー受講、講演受講者はのべ10万人超。著書に『個人、チーム、組織を伸ばす 目標管理の教科書』(ダイヤモンド社)などがある。

  • 進行坪谷邦生

    株式会社壺中天 代表取締役 / 壺中人事塾 塾長

    株式会社壺中天 代表取締役。20年以上、人事領域を専門分野としてきた実践経験を活かし、人事制度設計、組織開発支援、人事顧問、書籍、人事塾などによって、企業の人事を支援している。 主な著作『図解 人材マネジメント入門』(2020)、『図解 組織開発入門』(2022)、『図解 目標管理入門』(2023)など。

アーカイブ動画でセミナーを閲覧する

本稿だけではなく、アーカイブ動画でもセミナーをご覧いただけます。識者の方々が考える正しいMBO、目標管理について、より詳細に視聴可能です。

(画像クリック後、アーカイブ動画ページへ遷移します)

誰もが見落としていた、Self-control

ドラッカーが提唱するMBOの概念図

坪谷さん

MBOとは、「Objectives(共通の目標)」と「Self-control(自律的な貢献)」によって「Management(組織を使って成果をあげる)」する哲学だとドラッカーは提唱しています。「Objectives」で掲げる目標は、“誰が見ても理解できる客観性をもつ内容”であるかが重要です。ドラッカーは目標設定について、「数値化すべき」とも「数値化しなくてもよい」とも明言していません。もう一方の「Self-control」では、目標達成へ向けて自律的に取り組む姿勢が重要となります。

「Objectives(共通の目標)」と「Self-control(自律的な貢献)」のどちらも、適切な組織成果をあげるために欠かせない要素です。ただし、MBOを検索すると「Self-control」には触れず、「Management by Objectives」と紹介しているケースが見られます。また、「自律」を叶える自己管理が欠けているケースも、日本のMBOでは散見されます。この点について、お二人の見解を伺えますか?

3名での全体写真

(左から順に坪谷さん、佐藤さん、五十嵐さん)

佐藤さん

国内企業のMBOでは客体(object)ばかりが注目されがちですが、主体(subject)も同様に注目されるべきです。

企業が掲げるミッションや理念は、すべて客体です。客体がしっかりしてはじめて主体となる従業員の自発的な取り組みが実現します。主体と客体は本来セットで考えるべきものであり、客体が弱っていると主体も十分に発揮されません。

坪谷さん

以前、佐藤さんにObjectivesの考え方について伺った際、「Objectives(客体)の前に、Subjectives(主体)が弱っているのではないですか?」と問われて、目が覚めるような思いでした。それ以来、「Objectives(客観的な目標)を指し示すことによって、Subjectives(主観的な想い)を生かすべきだ」と考えるようになりました。五十嵐さんはいかがでしょうか?

五十嵐さん

私は目標は想いを込めて立てるべきだと考えています。客観性をもちつつも、客観性の中に主観が込められた目標こそが、実務に耐え得る目標です。したがって、この2つの両立の努力が現場には求められます。

坪谷さん

MBOとは、目標による組織の方向づけ(Objectives)と、一人ひとりの想いをもとにした貢献(Subjectives)が統合されるべきなのですね。

Self-control実現のために必要な努力

五十嵐さん

ObjectivesとSubjectivesの「統合の結果」として、Self-control状態が生まれるわけですが、そのために、どのような努力が必要なのかが課題だと思います。私はその答えを「内発的な働きがいの獲得」に求めています。内発的な働きがいというのは、仕事の面白さや責任感などであり、それらを実感したときに、意欲的かつ自律的な行動、すなわちSelf-control状態が出現すると考えています。そして、その出現には、自ら取りに行こうとする「本人の姿勢」と「周囲の支援」が不可欠であると思いますが、佐藤さんはいかがですか。

佐藤さん登壇中の様子

佐藤さん

『経営者の条件(著:ドラッカー)』という書籍からの言葉を紹介します。

本書籍の最後に「エグゼクティブの成果をあげる能力によってのみ。現代社会は二つのニーズ、すなわち個人から貢献を得るという組織のニーズと、自らの目的の達成のための道具として組織を使うという個人のニーズを調和させることができる」という一文があります。

個人のニーズについて、ドラッカーは「組織は道具である」という発言を何度も繰り返しており、決して組織に使われてはいけないと主張しています。先ほど紹介した一文は「『組織への貢献』と『組織を道具として利用する』という2つのニーズを調和させなさい」と説いています。自分が仕事を通じて、どのように働きがいを感じながら成長し、自己実現していくのか。そのバランスが調和という言葉に込められています。

坪谷さん

ありがとうございます。今回のセミナータイトル「個と組織がともに勝つための目標管理」には、佐藤さんにご説明いただいた「2つのニーズの調和」が重要だという想いを込めています。まさに、「2つのニーズの調和」を達成するのが目標管理であり、MBOだと考えています。

正しい目標管理を成す、2つの条件

陥りがちな最悪の目標管理「形式重視型」

坪谷さん

続いて、目標管理施策の良し悪しを知るために、五十嵐さんによる「MBOとMBOもどき」の4象限マトリックスを見ていきましょう。

目標管理における4つの型を表す図

(『目標管理の本質(著:五十嵐英憲)』内の図をもとに、坪谷さんが作成)

坪谷さん

正しい目標管理は、「人間性尊重」と「業績向上」を高水準で両立する必要があり、それが実現できなければ「目標管理もどき」として欠陥のある状態に陥るという構造を示しています。4つの型の中で適正な目標管理は右上の「葛藤克服型」と命名されています。その領域に至るためには、葛藤を克服していくという厳しいプロセスが求められ、一筋縄では到達できません。

五十嵐さん

企業を成り立たせるうえで、業績向上は欠かせません。しかし、従業員の心情もしっかり汲み取り、受け止めないと人材はついてこず、結果的に業績が上がりません。そのような悩みを抱える経営者も多く、「そこを何とかしてしてほしい」という想いを込めてこの表を作成しました。

坪谷さん

人事コンサルタント時代に『目標管理の本質(著:五十嵐 英憲)』を読んだ当初、「形式重視型の企業なんて存在するのか?」考えていました。高い業績も目指さないし、人も大切にしない、そんな企業はありえないだろう、と。しかし、さまざまな企業からご相談をされるなかで、多くの企業が形式重視型に陥っている実態に直面し、大変驚きました。

3人での対談中の様子

五十嵐さん

目標管理制度について、真剣に考えず「他の会社がやってるから」程度の感覚で導入する企業が多くあります。そのような企業は、高確率で形式重視型になってしまいますが、「真面目さの欠如」以外の原因で、この象限にとどまっている事例としてどんなものがあるのでしょうか?

坪谷さん

私が担当したクライアントの事例では、真面目な人事責任者が一所懸命取り組んだ結果、形式重視型に陥るケースも多くありました。もちろん経営者は葛藤克服型を目指して、人事制度を導入しようとするのです。しかし人事責任者にとっては人事制度の導入そのものが目的となってしまうのです。手段が目的となり、現場の実態と異なる、むしろ業務の手間を増やしてしまうような人事制度が出来上がり、形式重視型に陥ってしまうのです。

五十嵐さん

たしかに、仕組みづくりとして向き合ってしまうと、目標管理の効用がどんどん小さくなってしまいます。

坪谷さん

ほかにも、ノルマ管理型に陥っているようなパターンも多くあったと思います。佐藤さん、いかがでしょう。

ドラッカーが提唱する、成果のための5つの重要項目

佐藤さん

ドラッカーのマネジメントには、主要なコンセプトが60項目ほどあります。その1つが「自己目標管理」です。ほかにも「貢献」や「責任」「強み」「方向づけ」などありますが、各項目の位置づけや関係性を理解しないままでの仕組みづくりでは、ほぼ100%形式化します。「自己目標管理」は、ドラッカーがマネジメントの体系全体のなかから生み出したものなので、独立した枠組みや仕組みとして単独では機能しません。

坪谷さん

60項目のコンセプトから、とくに優先的に理解すべき項目はありますか?

佐藤さん登壇中の様子

佐藤さん

先ほど紹介した『経営社の条件』の一節に、組織と個人のニーズの調和のために「エグゼクティブの成果をあげる能力」が必要とありました。つまり、「エグゼクティブの成果をあげる能力」とは何かを知っていなければ調和を目指せません。ドラッカーが提示する成果をあげる能力には、以下の5項目があります。

成果をあげる能力

  1. 何に自分の時間が取られているかを知り、整理することである。

  2. 外の世界に対する貢献に焦点を合わせることである。

  3. 強みを基盤にすることである。

  4. 優れた仕事が際立った成果をあげる領域に力を集中することである。

  5. 成果をあげるよう意思決定を行うことである。

ここに「貢献に焦点を合わせる」「強みを基盤にする」といったドラッカー理論の最重要要素が含まれています。これらの理論を身につけることからスタートするのが大切です。

人材に自律的な取り組みを促す方法

従業員と業務の結びつき・模範的リーダー育成を重視する

坪谷さん

視聴者の方からいただいた質問に答えていきます。

「自律自走していない社員をSelf-controlできるまで心情を変化させるには、どのような取り組み・アプローチが必要でしょうか。社内で技術発表や業務表彰、ゼミやミーティング等も実施していますが改善されません。どうやったらSelf-controlできるようになるのでしょうか」という質問です。五十嵐さんいかがでしょうか。

質問に回答する五十嵐さん

五十嵐さん

難しいテーマですね。個人差があるのでやるべきことをやっていても、なかなか反応してもらえないパターンはよくあります。

仕事への前向きな意識変化は、得意分野や高い興味関心ごとへの取り組みが定石ではないでしょうか。この2点と業務の結びつきを、従業員・マネジメントともに考えてもらうと一つのきっかけになると思います。

佐藤さん

ドラッカーは、「マネジメントは模範となる存在があってはじめて実現できるものなので、1割ぐらいの人間を変えないと変化は起こらない」と主張しています。変わらない人について、ドラッカーは「祈るしかない」と言っています。そのため、優先するべきは、トップの模範となる人材育成がスタートラインだと思います。 

質問に回答する坪谷さん

坪谷さん

私は自律自走していない人を、上司や人事が育成することによって自律的に変化させるというのは、根本的に不可能だと考えています。質問者された方にお伝えしたい2つの原則があります。

原則の1つ目は「誰をバスに乗せるか(ジム・コリンズ『ビジョナリーカンパニー2』より)」です。自律的な人材をバスに乗せる(採用する)、そうでない人はバスから下ろす(退職してもらう)のです。この原則を守ることができればすべては解決します。ただ、実態として自律的に動ける人は少ないので、そんな人だけを採用することは難しいですし、さらに日本企業ではできない人を解雇することが本当に困難です。

では、どうすればいいのかというと、原則の2つ目「まず隗より始めよ(まず自分から実践せよという中国のことわざ)」です。まずは、この質問をくださった「あなた」自身がやるべきだと思います。自分が自律的に仕事する姿を周囲に見せ続けて、取り組み方を示すことが、なにより説得力をもつはずです。全員を変えられるわけではありませんが、実際的な効果がもっとも高い方法だと考えます。

まず取り組むべきは組織の成果向上

五十嵐さん

それからもう一つ、個に焦点を当てすぎると、質問のような課題が起こります。個を強くしようとするのではなく、まず組織全体で成果をあげて、そこに各人が一緒に入り込むような状況をつくりましょう。その状況下で、各人が「自律的に行動をしなければならない」という共通認識をもてる環境整備が効果的と考えます。

坪谷さん

ありがとうございます。目標管理の原理原則について、お話いただきました。第2回では、「目標管理を支えるカルチャーモデルとKPIマネジメント」をお送りします。目標管理は数字のみが一人歩きし、目的不明瞭なノルマ管理に陥りやすいという性質があります。書籍『最高の結果を出すKPIマネジメント』の中尾隆一郎さん、『カルチャーモデル 最高の組織文化のつくり方』の唐澤俊輔さんをお招きし、目標管理を支えるKPIとカルチャーの考え方を学びます。

【編集部より】12人の識者が語る「本当のMBO」

「個と組織がともに勝つための目標管理」は、2024年2月20日(火)まで毎月1回講演を開催しています。

開催済みの講演動画の視聴から最新回の申し込みまで、公式サイトから無料で申し込み可能です。MBOの正しい概念から、体験を交えた実践例までを伝える本セミナー。ぜひご視聴ください。

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