人事考課・評価は意味ない?社内の不満は、時代の変化を掴むチャンス
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この記事でわかること
- 人事考課・人事評価は、従業員の成長と企業の発展に重要な制度である。従来の年功序列から能力・実績重視へと変化し、近年は多面的評価や育成型評価が注目されている
- 評価への不満は、制度自体、評価者、設定目標の3点に大別される。これらを解決するため、360度評価の導入、評価ツールの活用、評価者研修の実施などが効果的
- 「ノーレイティング」は、年次評価を廃止し高頻度のフィードバックを行う新しい評価手法である。従業員の納得感を高め、心理的安全性の向上にもつながる
目次
人事考課や人事評価は企業にとって負担が大きく、部下との信頼関係に影響する重要な取り組みです。取り組み方次第で、従業員のモチベーションやパフォーマンス向上にもつながります。本稿では、人事評価制度の変遷も踏まえながら、管理者と従業員の信頼関係構築、そして個人と企業の成長を促進するための具体策を解説します。
知っておきたい人事考課・人事評価の基礎知識
人事考課と人事評価はしばしば同じ意味として用いられます。しかし厳密には、人事考課は「従業員の賃金や待遇を決める査定」、人事評価は「育成のための目標設定や判断基準」と区別されます。
ただ、一定の基準をもとに公平・公正に従業員を評価するための取り組みという点では同じ。日本では高度経済成長期の年功序列の評価制度から、能力・実績を反映する方式への移行が進むなか、人事考課・人事評価の重要性がますます増しています。
本稿では、適切な人事考課・人事評価の違いや実施について起こりがちな不満、またその具体的な解決策について紹介します。
人事考課と人事評価の違い
人事考課は、従業員の成果や目標達成度など会社が定めた基準にもとづき、賃金決定や配置転換などを評価する「査定」の側面をもつ人事制度です。
一方で人事評価は、能力開発・育成に関わる「判断基準」を指します。企業と従業員間での評価に対する認識共有により、従業員はモチベーションを維持しながら、方向性を失わずに業務を遂行できます。結果、個人や所属部門のパフォーマンス向上につながるといえます。
このように両者は厳密には異なる性質をもちながらも、密接に関わっている人事制度なのです。
人事評価制度の性質は、2つに分類される
人事評価制度は、公正かつ客観的な基準設定が重要です。しかしそれ以外に、どのような目的で制度設計するかによっても、在り方は大きく変わります。人事評価制度の性格については、以下の相違する2つのタイプが存在します。
(1)処遇管理型(人事考課的)
評価結果によって、給与などの待遇に差をつける考え方です。高い能力で成果を発揮する従業員が高く処遇されます。一方でそうでない従業員はインセンティブを得られず、モチベーション低下を招く恐れがあります。「査定」を軸とした人事考課的な設計コンセプトです。
(2)人材育成型(人事評価的)
評価結果を、従業員の育成や成長につなげようとする考え方です。従業員の能力や仕事ぶりを正当に評価し、彼らのモチベーション向上や成長促進を図ります。直接的な賃金や地位の報酬よりも、やりがいを引き出すために賞賛や承認を重んじる性質をもちます。
(参考)自治体の人事評価制度に関する一考察 - 地方自治ふくおか61号
人事考課・人事評価は、なぜ広く行われているのか
人事考課・人事評価は従業員のモチベーションやキャリアに影響するだけでなく、企業の成長にとっても、深い関わりがあるといわれています。
たとえば、中小企業庁が公開した「2022年版中小企業白書」によると、人事評価制度が「ある」と答えた企業のほうが売上高増加率が高い傾向が示唆されています。さらに人事評価制度が定期的に見直されているほうが、売上高増加率が高いという調査結果もあります。
(出典)第2章:企業の成長を促す経営力と組織力 - 中小企業庁
従業員数の多い企業ほど人事評価制度の導入割合が増える傾向があり、組織成長において無視できない制度といえます。そのなかでも、目標管理制度(MBO)が国内では最も導入されています。
(出典)第2章:企業の成長を促す経営力と組織力 - 中小企業庁
制度のつくり方や見直し方を知りたい方は、「人事考課の制度を設計、または見直すヒント」をご参考ください。
日本における人事考課・人事評価の歴史
日本ではじめて人事考課の評価制度が導入されたのは1930年代。諸説ありますが、アメリカの労働者管理を学んだ荒木東一郎氏による「人事考課制度」が、起源といわれています。
(参考)日本企業における能力考課基準の変容--職務遂行能力からコンピテンシーへ - 福井直人(2009)
以降は年功序列の人事評価制度と併存するかたちで、成果をみる「成績考課」、遂行能力をみる「能力考課」、意欲をみる「情意考課」の3つの要素で判断されるようになります。
高度経済成長期には年功的運用が顕著だった人事評価制度ですが、バブル崩壊後の1990年代に成果主義が浸透しはじめます。「能力考課」「情意考課」は、上司だけではなく同僚や部下といった複数の階層が評価する360度評価が広まっていきます。
また、1990年代後半からは高いパフォーマンスを発揮する人の行動特性を基準とした、「コンピテンシー評価」も国内で導入されはじめます。「2022年版中小企業白書」によると従業員101人以上の企業で導入割合は13.2%。十分に浸透しているとはいえませんが、「なぜあの人は成果を出せるのか」という観点から客観的な評価設定ができ、従業員としても成長の道筋が立てやすいというメリットが挙げられます。
そのほか近年のトレンドとしては、高頻度なフィードバックで課題改善のサイクルを短縮しつつ、安心感を醸成する「リアルタイムフィードバック」や、従業員同士で報酬を送り合いコミュニケーション活性化と人材定着を図る「ピアボーナス」など、様々な評価手法が注目されています。
人事考課・人事評価への不満は3つに分類
管理者側からすれば、従業員や会社の成長に向けた人事考課・人事評価は重要な取り組みです。しかし従業員の立場からみると、評価基準が不透明だったりフィードバックが曖昧だったりすると、「本当に意味があるの?」と不信感を抱いてしまう可能性もあります。
ここでは、制度に対して起こりやすい不満のポイントをおさえておきましょう。
制度への不満
人事考課・人事評価はあくまで組織と個人の成長を見据えた取り組みであり、継続的な運用が重要です。
そのため、評価管理者は一定の基準にもとづいた適切な評価を心掛ける必要があり、相応の業務負担も発生します。丁寧に実施しようとすればするほど、評価項目の設定数やクオリティは厳密になり、チェックするだけでも大きな負担となります。評価管理者側はその負担について不満を抱いてしまう恐れがあります。
一方、被評価者である従業員にとっては、プロセスが不透明だったりフィードバックが不明瞭であったりすれば、制度そのものへの不信感を募らせてしまいます。また、ほかの従業員と比べた相対評価のため、個人単体としてみれば成長が確認できても、必ずしも評価や処遇に反映されないケースもあるでしょう。そうなると、その評価制度自体に対して不平不満を抱かれる恐れもあります。
適切な制度設計については、「人事考課の制度を設計、または見直すヒント」にまとめているのでぜひ参考にしてください。
評価者への不満
評価の根拠がすべて評価者の主観にもとづいていると、被評価者である従業員から納得感を得られない可能性が生じます。売り上げや契約数など定量的な判断ができない基準は、「期日までに対応をしたか」「問題が生じたときに解決と再発防止を自主的に講じたか」など、明確な評価項目を設けておくといいでしょう。
気に入っている従業員だけに評価が甘く、そうでない従業員には厳しいという見方をされないためにも、「運用時に気をつけたい『人事評価エラー』とは」を参考に外形的に判断可能な項目を設けておきましょう。
設定目標への不満
企業は商品開発や制作、営業やプロモーション、人事や総務など、さまざまな職種・職能で構成されています。達成すべきハードルの高さは部署やチーム、あるいは役職などの立場によって異なるケースも珍しくありません。
設定目標が高すぎると、その設定自体に不満を抱かれ、評価の公平性を疑われます。目標は高すぎても低すぎてもモチベーションの低下につながりますので、業務の実態を最大限考慮したうえで設定するのが望ましいでしょう。
また、目標達成の優先度についても「高すぎない」意識を共有しておきたいところ。目標達成だけが評価されると、評価対象外の取り組みが軽視され、チーム内のコミュニケーションや助け合い意識が乏しくなります。達成できない人の居心地が悪くなり、人材定着に悪影響を及ぼす懸念もあります。
目標設定のコツについては、下記の記事もぜひ参考にしてください。
不満解決のための具体策4選
次に、企業内で納得感のある人事考課を実施するための具体策を紹介します。
きちんとした対策は制度への信頼感が高まるだけでなく、管理者側と従業員側との良好な関係構築にもつながるでしょう。
(1)360度評価を導入
上司だけでなく同僚や部下から多面的・多角的な評価を受けるのが360度評価です。特定の立場に限定されない複数の視点からの評価によって、人事考課の公平性や客観性の向上が期待できます。
「相性の悪い上司に一方的な評価を受けてしまった」という印象をもたれないために、有効な打ち手となるでしょう。
360度評価の実施については下記の記事も参考にしてください。
(2)評価業務を楽にするツールを導入
人事評価業務はまだ紙や表計算ソフトで実施している企業も少なくありません。そこでオンライン管理できるツールを導入すれば、書類の配布〜改修業務や、表計算ソフトなどの入力作業を省略できます。
また事務負担の軽減だけでなく、作業プロセスを評価者側が可視化されるので、社内共有や連携もスムーズになります。またリマインダー機能なども活用すれば、記入漏れなどの防止となり、精度向上にもつながります。
クルーズ株式会社では、SmartHRの「人事評価」機能によってスムーズな人事評価を実現しています。詳しい効果については、下記の導入事例を参照ください。
(3)評価者研修を行う
客観的で適切な評価のために、評価者に対して評価スキル向上を目的とした研修を導入する方法もあります。この評価者研修(考課者研修)では、レクチャーや模擬評価実習などを中心に企業の人事評価制度についての理解を深めて、「特定の部下ばかり高評価/低評価に偏る」「特定の評価項目だけ甘くなる/厳しくなる」といった評価エラーの予防につながります。
企業によっては昇給試験後に研修を実施するケースも。
(4)目標設定についてワークショップなどを行う
従業員が人事考課や人事評価に納得感をもってもらうためには、評価項目や目標設定が「本人にとってやりがいがあるか」という観点も重要です。
多くの企業で標準的な枠組みとなっている目標管理制度(MBO)の観点でも、被評価者である従業員自身の目標設定により、内発的なモチベーションを高める機能が期待されています。個人と企業のそれぞれの目標に関連するところがあれば、両者の成長につながります。
各個人がどのように良質な目標を設定するのか、社内ワークショップなどでディスカッションを交わしながら理解を深めていきましょう。
(参考)目標管理制度の運用と従業員の内発的モチベーションの関係 - 日本労働研究雑誌
評価制度は見直しの時期に来ている
すでに上記で挙げたような対策は実施済みで、「それでもやはり人事評価制度には課題が残る」と感じている人事担当者の方もいるかもしれません。
ここからは、もう一歩進んだ制度の見直しについて触れておきましょう。
「処遇管理型」人事評価の限界
従業員の待遇格差によってインセンティブを引き出す考え方が、「処遇管理型」の人事評価制度です。しかし、昨今は総人件費が抑制傾向にあり、相対的な格差が生じにくい状況下では、個人のパフォーマンスに応じた待遇差もつけにくくなるのが実状です。
また、賞与や手当、昇給などのインセンティブは一時的なモチベーション向上にはつながっても、持続性の観点からは疑問が残るといえるでしょう。
一方で、働き方改革やワークライフバランスの浸透が進むなか、「大変なだけでワリに合わない」と昇進を必ずしも積極的なスタンスで受け止める従業員ばかりではないとも考えられます。
(参考)自治体の人事評価制度に関する一考察 - 地方自治ふくおか61号
「人材育成型」へのシフトと評価者の役割転換
従業員の能力や仕事ぶりの正当な評価により、本人のやる気を引き出すのが「人材育成型」の人事評価制度です。
これは一時的なインセンティブを重視する「処遇管理型」と異なり、中長期的な目線で、持続的なモチベーション向上を目指す制度です。360度評価などによって上司や同僚に限らず、場合によっては部下からの承認や賞賛の獲得がやりがいにもつながるでしょう。昨今はこの「人材育成型」の評価制度が重視されることも多いです。
また「人を育てる」という観点から、従来のように企業は従業員を評価するだけでなく、能力を引き出すパフォーマンス・コーチの役割が求められます。うまく部下の成果をサポートできれば、管理者と従業員の信頼関係醸成や、制度の信頼感も高まります。
これらの役割に必要なこととして、「コーチング」「評価へのフィードバック」が挙げられます。
年1回の業績評価・相対評価をやめた「ノーレイティング」
従来の人事評価制度の課題を解決する選択肢として、昨今では「ノーレイティング」も注目されています。具体的な活用方法や期待効果について簡単にみてみましょう。
ノーレイティングとは?
この取り組みは「評価をしない」というわけではありません。端的にいえば、年次評価を廃止し、より高い頻度で従業員の行動や成果にフィードバックする方法です。
2010年代以降、アメリカ企業では業績評価制度を廃止するなど、既存評価制度の機能不全が目立つように。そのなかで新しい評価制度が模索されるなかで、生まれた考え方です。
(参考)アメリカ企業における業績評価制度の変革運動(ノーレイティング)とその背景(2017)- 鈴木良始
ノーレイティングが広まる以前の評価制度
多くの日本企業では、期初に1年の目標を設定し、達成に向けて部門単位やチーム単位、個人単位で成果を出せるように取り組みます。これはもともとは1950年代以降にアメリカで広まった目標管理制度(MBO)を用いた1年サイクルの評価制度であり、個人の年次評価についてはABCの3〜5段階ほどにわけるのが特徴です。
ちなみにABCのランクは人数配分比率が決まっていて、ゼネラル・エレクトリック(GE)社の場合、 Aが上位20%、Bが中間の70%、Cが下位10%。下位10%に入ると、退職か配置換えの対象となっていました。
しかし、この評価制度は次第に以下の問題点が目立つようになります。
- 社内競争が煽られ、組織内での助け合いやコラボレーションが阻害される
- 自身の評価にも影響するため、管理者はトップランクの社員しか育成しないようになる
- 上司の評価が査定に直結するため、上司と部下との間で過剰な緊張関係ができてしまう
- 年1回の目標設定や業績評価では、市場の急速な変化についていけない
- 画一的な評価制度では個人の性格や特性を踏まえた評価ができない
以上のような課題が多くのアメリカ企業で課題視され、すでにGEやネットフリックス、IBMなどが年次評価やランクづけをもとにした評価制度を廃止。一方で新たな評価制度としているのが、ノーレイティングです。
(参考)アメリカ企業における業績評価制度の変革運動(ノーレイティング)とその背景(2017)- 鈴木良始
課題を解決するために何が行われたか
ノーレイティングの手法は、具体的には1on1ミーティングなどを通じて上司と綿密なコミュニケーションを取りながら、状況変化にあわせて課題や目標を適宜設定し直していく手法です。つまり成果に至るまでのプロセスも評価対象となり、アウトプットだけによる評価やランクづけに頼らず、従業員の納得感やモチベーション向上を図ります。
年1回の評価のように、突然結論を出されるわけではないため、社員の間で評価に対する納得感が生まれやすくなります。職場での心理的安全性も高まり、モチベーションの維持や向上にもつながります。
「心理的安全性」については下記もご参照ください。
また、相対評価のランクづけ廃止により、個々人の特性や能力、目標設定をベースとした評価が軸となります。処遇に対する不公平感が減り、結果として評価者は「評価する」のではなく「育成する」コーチングの役割が強まりました。つまり適切なフィードバックを通じた部下との信頼関係構築が、ノーレイティングの基本的な取り組みといえます。
変化のスピードに対応できる組織づくり
ここまで説明してきたとおり、人事考課や人事評価は従業員の成長に関わる非常に重要な取り組みです。業務のやりがいはパフォーマンスの向上にもつながり、ひいては企業の成長にもプラスとなるはずです。
もし人事評価制度に従業員の不満がある場合も、それは見直しの気づきを与えてくれるひとつのチャンスかもしれません。自社の制度が時代に即しているかチェックしつつ、360度評価や人材育成型の評価、ノーレイティングの導入を検討してみるのもいいでしょう。従業員から評価制度への不信感を払拭できれば、心理的安全性も高まり、さらなるモチベーションアップも期待できます。
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FAQ
Q1. 人事考課にはどのような意味がありますか?
A.人事考課は「従業員の賃金や待遇を決める査定」です。成果への適切な評価により、本人のモチベーション向上や企業との信頼関係強化が図れます。
Q2. ノーレイティングとは、人事評価を一切行わないことですか?
A.ノーレイティングは「相対評価によるランク付け」をしない手法であり、評価を行わないわけではありません。1on1ミーティングなどで高頻度なフィードバックを受け、上司は部下の成果をサポートします。
Q3. 人事考課制度に対する不満は、どのようなものがありますか。
A.客観的な指標に基づかず、特定の人物や評価項目に対して評価が甘くなったり、厳しくなったりする点は不平不満の原因となります。また高すぎる目標や曖昧なフィードバックについても、従業員の不満や不信感を招くため避けましょう。