生成AIの最新活用事例。激変する評価・育成研修・組織改善
- 公開日
この記事でわかること
- 人事労務領域のおける生成AI活用の最前線
- 生成AIとの協働を叶えるカギ
- AI時代の人事施策
目次
“飛翔する企業への変革” をテーマに3日間にわたり開催されたカンファレンス「SmartHR Next 2023」。さまざまなゲストをお招きし、経営戦略・組織戦略・人事戦略についてのセッションを開催しました。
「ヒトとの協働」をテーマに行われたDAY3では、「生成AIとの対話から始まる人事活用最前線」を実施。個人の目標管理の進化や従業員の悩み相談ナレッジの共有、リアルタイムで行う研修の課題設定とテキスト生成など、人事領域における生成AI活用の実践例を教えてもらいました。ディップ株式会社の鬼頭 伸彰さんに、登壇いただきました。
- 登壇者鬼頭 伸彰
ディップ株式会社 執行役員CHO(最高人事責任者)人事総務本部長 兼 ディップ総合研究所長
建築設計事務所勤務を経てリクルートキャリアに中途入社。営業職経験後、人材開発部門の責任者として全社の人事企画、研修企画、組織開発を経験。OJTソリューションズにて組織開発プログラムの開発およびコンサルタントを経験。その後、技術者派遣のメイテックにて人材開発部門の責任者を経て、2014年よりディップ入社。現在は執行役員CHO(最高人事責任者)として「人が全て、人が財産」の信念のもと、「社員幸福度No.1」を目指して採用や社内の組織づくりに取り組む。
- ファシリテーター髙倉 千春
高倉&Company合同会社共同代表/ロート製薬元取締役(CHRO)
1983年農林水産省入省。92年に米ジョージタウン大学MBA取得。 93年からコンサルティング会社にて組織再編、人材開発に関するプロジェクトをリード。 99年よりファイザー人事部担当部長、2006年ノバルティス・ファーマ人材組織部 部長、 14年より味の素理事グローバル人事部長としてグローバル人事制度を構築、展開。 20年よりロート製薬取締役、22年同CHROに就任。 22年より日本特殊陶業社外取締役 サステナビリティ委員長。 23年より三井住友海上火災保険・野村不動産ホールディングス社外取締役。 将来の経営を見据えた戦略的な人事戦略、人材育成を推進。
サーベイの分析、研修の効率化…生成AIが改善する人事業務の数々
フラットな目線が叶える、納得の分析と問いかけ
髙倉さん
ディップさんでは、生成AIをどのように活用されていますか? 人事領域を中心に伺いたいです。
鬼頭さん
生成AIの使い方は、大きく分けて「文脈を読み取る」「カテゴリ分けをする」「文章を整える」「アイデアを出す」の4つに分けられます。本講演では上記を念頭に置きながら、活用事例をお伝えします。
「文脈を読み取る」の場面として、職場サーベイがあります。社員がサーベイ結果を総合的に読み取るのは、なかなか難しいことです。そこで私たちはサーベイ結果を生成AIに読み込ませて、次のように活用しています。
サーベイ結果から職場の特徴を列挙
職場環境改善のための質問項目の提案
職場を分析する際、無意識のうちにバイアスがかかっていることはよくあります。生成AIを使うとバイアスが取り払われ、フラットな分析ができるのです。人事評価において、最終判断は人間がすべきだと思います。ただ、前提となる分析には生成AIを使うのが非常に合理的だと考えています。評価を受け取る側としても、人に言われると納得できないフィードバックが、生成AIの分析結果なら受け入れやすいという面もあるでしょう。
鬼頭さん
「カテゴリー分けする」の事例としては、職場サーベイの報告書作成があげられます。サーベイ結果を報告書にまとめるとき、作成者は情報を取捨選択するでしょう。作業時にどうしても、作成者の個人的な意図が反映されてしまいます。生成AIならフラットなカテゴリ分けを実現してくれます。その結果、調査結果の実態に限りなく近い報告書を作成できます。
高倉さん
「カテゴリー分けする」では、情報整理や分析時に人間が捉われがちなバイアスを排して、実態に近いアウトプットをしてくれる効果があるのですね。
鬼頭さん
そうです。いわゆる「質問力」を補うことにも、生成AIが有効です。ディップでは3〜4人のチームでリフレクション研修をするのですが、その質はメンバーの質問力に大きく左右されます。よい質問ができれば経験をより多面的に振り返れますし、深い内省につながるのです。生成AIに経験を読み込ませて質問を考えさせると、人間では思いつかないような質問があがってきたりするんです。
従業員の学びを後押しする生成AI活用例
高倉さん
それはおもしろいですね。「カテゴリー分けする」「文脈を読み取る」については比較的イメージがわきやすいですが、「文章を整える」にはどのような事例がありますか?
鬼頭さん
当社では新卒社員に向けて月に1回、仕事に関するアンケートを実施しているのですが、アンケート結果へのフィードバックに生成AIを利用しています。
鬼頭さん
アンケートでは仕事に関する悩みごとのほか、工夫していることや先輩に教えてもらって仕事がうまくいくようになった経験なども尋ねています。回答を見ていると「Aさんの工夫をBさんに教えてあげられればいいのに」と感じることがよくあるんです。生成AIにアンケート結果を読み込ませておけばこうしたマッチングが自然と実現し、人事を介さずに新卒社員同士のナレッジ交流が可能になりました。
鬼頭さん
ほかにも「アイデアを出す」の事例として研修があります。研修は人が学習する場であり、何を学びたいかは、研修を受ける方が知っています。そこで、何をするか決めていない研修を設定し、集まった人に対して今日話したいテーマのアンケートを取ります。結果を生成AIでカテゴリ分けし、テーマを決定した後、生成AIに30枚のレジュメをつくってもらいます。そのレジュメをもとに研修を進め、学んだことを最後にもう一度生成AIにまとめてもらいます。
すると、何も決まっていなかった研修から3時間後には教科書ができあがるんです。今までの研修をAI化することは考えていませんが、「人が学ぶとはどういうことか」を考えたときにこういった研修も有益だなと考えています。
生成AIは「絶対的な正解」を教えてはくれない
高倉さん
生成AIを活用されるなかで危険性を感じたり、「生成AIよりも人間がやったほうがいい」と感じる場面はありましたか?
鬼頭さん
AIが生成したものに対して人間が共感しすぎてしまうのは、危険なことだと思います。疑いの目がなくなり、考えるのをやめてしまうんですね。生成AIのアウトプットは人間がやってきたことの延長でしかありません。本当に生成AIを使いこなせる能力をもっている人なら、どこかで必ず「ここからは生成AIよりも人間がやったほうがいい」という限界が出てくるはずです。
「すべて生成AIに任せてしまえばいい」と感じるとしたら、それはその人が生成AIを十分に使いこなせていないということ。まずは人間の思考や認知のレベルを、生成AIを使いこなせるラインまで上げなければいけません。生成AIが出すのは絶対的な正解ではなく、結論を出すためのひとつの意見だという認識でいることが大切です。
従業員の強みを把握し、フィードバックへ活用
高倉さん
おっしゃるとおりだと思います。人事領域のなかでも評価体系において、生成AIを活用できる部分はありますか?
鬼頭さん
人事評価のフィードバックは、非常に難しい業務です。対象者の細かい取り組みまでを長期的に記憶して評価に反映するのは、現実的には難しいからです。評価者によって書き方のクセが出てきたり、文章のパターンが似通ってきてしまったりすることもあるでしょう。そこでディップでは、評価に関するデータを過去約3年間分生成AIに読み込ませて、対象者の課題と強みを抽出しています。それを参考にしてコメントを書くことで、評価の質が上がったと感じています。
言語能力の壁が、私たちの思考やコミュニケーションの限界をつくってきた面は多分にあります。人材の多様化が進む今、言語化する力、可視化する力の重要性はますます増していくでしょう。私たちがこうした力を鍛えるとき、生成AIはその幅を広げる、あるいは質を上げてくれると思っています。
生成AIとの“協働”のカギは共通の組織認識
鬼頭さん
「AIが人間の仕事を奪う」。こうした意見も耳にしますが、私はそうは思いません。むしろ生成AIの助力を得て、人間に期待できるパフォーマンスのレベルは上がっていくでしょう。だから人事領域でも、従業員のパフォーマンスに今まで以上に期待すべきだと思うんです。今までの生産性の延長で考えるのではなく、生成AIを使えば1.5倍、1.8倍になるという前提に立ちましょう。そこから逆算して仕組みや施策を決めていくことが重要です。
高倉さん
単純作業は生成AIに任せて、人間は新しいアイディアの構築やイノベーションの創出、他社との連携などに注力する。少子高齢化の流れもあり、これからはどんどんそういう世の中になっていくのでしょうか?
鬼頭さん
そうですね。でも、生成AIを取り入れさえすれば人間のクリエイティビティが発揮されるというわけではないと思います。大事なのは、生成AIに任せる業務範囲をメンバー全員で共有することです。そうすれば全員のイメージが一致し、クリエイティブな議論ができるからです。すべてのメンバーが生成AIを使いこなし、意識的に目線を合わせることも大切になってくるでしょう。
高倉さん
生成AIを適切なパートナーとして使いこなすために、人間はどのような訓練をするべきでしょうか。また、企業が生成AI活用の機運を生み出すためには、どのような工夫をすればいいのでしょうか?
鬼頭さん
とにかく使うことです。仕事のすき間時間に触るだけでもいいんです。理屈を考えるよりも先に、生成AIに触れる時間を少しでも増やしてみましょう。
企業の活用においては、トップが生成AIを積極的に使おうという意思決定をすることが大事だと思います。ディップでもCEOの冨田自身が生成AIを絶賛していたことから、活用の機運が全社的に広がっていきました。
一方で「プロジェクトの中で生成AIをどう活用したか」「生成AIを使ってみてどうだったか」という体験談も、社内でどんどん共有すべきだと思います。社員間でナレッジを共有すれば学習効率が上がりますし、「生成AIを使うとこんなおもしろいことがあったよ」という話を聞けば、まだ使っていなかった人も使いたくなりますよね。
生成AI時代の人事施策は「0からの考え直し」が必要
高倉さん
おもしろいですね。人事担当者が生成AIと向き合うときの心構えや、施策の考え方についてのアドバイスをお願いします。
鬼頭さん
生成AIは、生産性の定義やマネジメントの役割といったこれまでの常識を根底から覆す存在です。人事領域でもこれまでの経験からではなく、生成AIの活用を織り込んだ新しい前提のもとに施策を考えなければなりません。「今までやってきた仕事を自動化する」という発想ではなく、生成AIがある前提で0から考えなおすのです。それが生成AIを効果的に使うための一番の近道だと思います。
鬼頭さん
これまで人に求めていたスキルが求められなくなるケースもあります。スキルの定義が変われば、経験価値も変わっていくでしょう。労働生産性についても、これまでの常識では考えられないほどの向上が見込まれる分野も出てきます。給与についても、仕事の内容によって数倍という大差がつくのが当たり前の時代が来るはずです。これからの人事には、こうした考え方が必要だと思います。
「AIを活用していこう」という時代の流れは、もう止められません。「やっぱりAIのない時代に戻ろう」ということはありえないのです。生成AIを使って、いかに人間の仕事をよくするか。私たちが生きがいをもって働ける世界をつくるために、生成AIをどう活用していくか。こうした方向に舵を切らなければいけないと思います。そのために必要なのが、「AIは人間をしあわせにするためのものだ」という共通の認識です。
高倉さん
急激な変化に戸惑いを感じることもありましたが、思い切って舵を切るべき時代になっているのだと痛感しました。
鬼頭さん
そうですね。一方で「生成AIのアウトプットは統計学の結果でしかない」と理解することも重要です。人間のように思考して答えを出しているのではなく、過去の蓄積のもとに統計学的に優位なものを出しているだけなのです。だから学習している内容がどういうもので、学習の分量がどのくらいで、どのくらい信憑性があるかというのは、最後は人間が判断しなくてはなりません。
そういう意味では、人間の思考力や判断力がこれまで以上に試される時代になっていくと思います。それも「人間とは何か」「常識とは何か」「仕事とは何か」という、非常に根本的なところから考え直していく必要があります。生成AIと向き合うことは、哲学である。私はそう考えています。
高倉さん
人事領域のキーワードになっている「多様性の尊重」と「生成AIの活用」とは対立軸にあるように感じていましたが、むしろ生成AIは多様性を促進するサポーターなのですね。一方で、生成AIを使いこなすには強い判断軸や幅広い教養が必要だと知りました。本日は有意義な時間をありがとうございました。
“飛翔する企業への変革” をテーマに3日間にわたり開催されたカンファレンス「SmartHR Next 2023」。経営戦略から組織戦略、人事戦略まで、さまざまな企業の実践を知ることで、変革のヒントが得られます。各講演の模様は、イベントレポートにてお楽しみください。
お役立ち資料
HRテクノロジーの活用事例に学ぶ「人事DX成功の秘訣」とは?
この資料でこんなことがわかります
- 生産性、エンゲージメント、ITへの期待値。数字が示す日本の労働環境の課題
- 新たな役割に応える人事DXへの第一歩は「まず人事部門の業務効率化」
- すべての社員が働きやすく、働きがいを持てる環境を実現するために
日本企業における労働生産性、従業員エンゲージメント向上を叶えるための、HRテクノロジー活用事例を紹介します。多彩な事例を通じて、「人事DX成功の秘訣」をひもときます。