逆境からV字回復を遂げた2社の共通点は「おもしろがる」
- 公開日
“飛翔する企業への変革” をテーマに3日間にわたり開催されたカンファレンス「SmartHR Next 2023」。さまざまなゲストをお招きし、経営戦略・組織戦略・人事戦略についてのセッションを開催しました。
「変革の舵取り」をテーマに行われたDAY1では、「お寺、書籍…逆境を乗り越える経営マインド」と題し、逆境に立ち向かう経営マインドを学んでいきます。登壇したのは、株式会社 地球の歩き方の新井 邦弘さん、西本願寺の安永 雄彦さんです。
- 登壇者新井 邦弘 氏
株式会社 地球の歩き方 代表取締役社長
1965年生まれ、埼玉県出身。東京都立大学在学中にバックパッカーで世界各国を旅する。大学卒業後に1990年(株)学習研究社入社。月刊ムー編集部、歴史群像編集部などの雑誌編集に従事し編集長、事業室長を歴任。2015年(株)学研ホールディングスへ転籍しグローバル戦略室長に就任、グループの海外事業推進役を担う。2020年、「地球の歩き方」の学研グループへの事業譲渡により(株)地球の歩き方が設立され、同社代表取締役となる。コロナ禍で、地球の歩き方ブランドを活かした戦略で業績をV字回復させたことが注目され、2022年に日経MJ・日経クロストレンド共催の「マーケター・オブ・ザ・イヤー」を、2023年には「第15回日本マーケティング大賞 奨励賞」を受賞。
- 登壇者安永 雄彦(釋 雄玄) 氏
西本願寺 執行長・代表役員
1954年5月10日生まれ、福岡県 光圓寺(こうえんじ)衆徒(しゅと)。2005年3月15日得度。開成高校から慶応義塾大学経済学部を1979年に卒業したのち、ケンブリッジ大学大学院博士課程を1992年に修了(経営学専攻)。1979年に三和銀行に入行。2000年にラッセル・レイノルズ社入社、2004年に島本パートナーズに入社し取締役会長となる(現職)。2015年~2022年に築地本願寺宗務長、2022年8月28日に本願寺執行長に就任(現職)。
- ファシリテーター安田 雅彦 氏
株式会社 We Are The People 代表取締役
1989年に南山大学経営学部卒業後、西友にて人事採用・教育訓練を担当、子会社出向の後に同社を退社し、2001年よりグッチグループジャパン(現ケリングジャパン)にて人事企画・能力開発・事業部担当人事など人事部門全般を経験。2008年からはジョンソン・エンド・ジョンソンにてHR Business Partnerを務め、組織人事やTalent Managementのフレーム運用、M&Aなどをリードした。2013年にアストラゼネカへ転じた後に、2015年からラッシュジャパンの人事統括責任者 Head of Peopleに就任。2021年7月末に同社を退社し、株式会社 We Are The People 起業。現在は20数社の「人事顧問」として人事制度策定・組織開発・マネジメント育成などをサポートしている。
- モデレーター大熊 英司 氏
フリーアナウンサー(元テレビ朝日アナウンサー)
1987年テレビ朝日入社(アナウンサー職)。2020年ナレーター・フリーアナウンサーとして活動開始。
コロナ禍で大打撃。地球の歩き方の逆境とV字回復
大熊さん
新井さんが迎えた逆境について教えていただけますか?
新井さん
2020年の感染症拡大の影響により多くの人が旅行を自粛した結果、ガイドブックがまったく売れなくなりました。『地球の歩き方』も2020年末の時点で前年の4.2%にまで売上がダウン。つまり95%の市場が消滅する事態です。地球の歩き方を発行していたダイヤモンド・ビッグ社さんも事業継続が難しくなり、学研グループが新たに新会社を設立して事業を継続することになったのです。
当時私は、学研ホールディングスのグローバル戦略室に所属しており、出版部門から離れて7年も経っていました。新会社の社長就任の話を受けたときは「また出版の仕事ができるんだ」という喜びと「え、地球の歩き方やっていいの?」というワクワクを感じました。
大熊さん
95%の売上ダウンから、どのような改革でV字回復を遂げたのですか?
新井さん
厳しい現状を「今だからこそ新しいことをやれるチャンス」と捉えました。「今までやったことがないこと」や「温めてきた企画」がないかを社員に聞き、縦横無尽に何でも意見交換し、新企画を考えていきました。
最初に光明を見いだせたのは、テーマ別の図鑑本でした。我々は『旅の図鑑シリーズ』と呼んでいます。海外取材に行けない状況でも、これまでの取材で蓄積した膨大な情報をテーマごとに集めて一冊の本にしたんです。旅行制限が続いていたので、旅行先について具体的な行き先を選ぶより、テーマから行き先を広く検討したい方が多かったのでしょう。『旅の図鑑シリーズ』はテーマで行き先を選ぶ際の参考書になっていきました。
その後も、『地球の歩き方 ムー ~異世界の歩き方~』や『地球の歩き方 JOJO ジョジョの奇妙な冒険』と続けてヒット作を世に送り出せました。おそらく順調に事業が継続していたら、表に出なかった企画かもしれません。
安永さん
今までやってこなかった、温めていた企画が非常時にポンと出てきて、それがヒットするのは潜在的なニーズがあったわけですよね。逆境のときに社員のひらめきや思いつきを形にできたのは素晴らしいなと思います。
人口減少に宗教離れ。築地本願寺の逆境とV字回復
大熊さん
続いて、安永さんが迎えた逆境はどのようなものだったのか教えてください。
安永さん
お寺は長期衰退産業で、人口減少とともにお寺の数が減っています。私が所属する浄土真宗本願寺派は単一の派で、約1万300のお寺を包括しています。
ですが、実態は利用されているお寺に絞ると、もう9000か所を割っていると思います。1000か所のお寺にはもう住職がおらず、このさき10年でさらに数が減っていくでしょう。浄土真宗本願寺派に限らず、伝統仏教界全体7万7000か所あるお寺の約30%が減っていくと言われています。
こうした原因には、人口減少と人々の宗教離れがあります。そもそもお寺さんはいらないよね、お墓もお葬式もいらない、そんな世界になってきているんです。
大熊さん
人口減少や宗教離れが進むなか、築地本願寺をどのように改革していったのですか?
安永さん
築地本願寺は長期衰退傾向のなかにあり赤字でした。ですが、今まであまりご縁のなかった人の中にも宗教心をもっている人がいると考え、こういった人たちとご縁をつないでいきました。門徒(もんと:浄土真宗の信者のこと)ではなくまずは築地本願寺の会員になって、ご縁を深めていく。ビジネス的に言うと新規顧客戦略を展開しました。
大熊さん
具体的にどのような取り組みをされたんですか?
安永さん
お寺としては、信仰心があって本堂にお参りいただけるのが一番嬉しいです。けれども、そういう人は今めったにいません。とくに今まで門徒ではなかった人は習慣もありませんから、まずはお寺に来る理由が必要です。そこでカフェや仏事の相談ができるカウンターを作ったり、イベントを開催しました。
また、上京してきた人は従来の檀家制度から切り離されていて、家を継ぐという意識がなくなってきています。ですが、やはり東京で暮らす人も、亡くなった後はきちんとお墓に入りたいというニーズがある。これに応える形で宗派や宗教に関係なく入れる合同墓も作りました。こうした試行錯誤を繰り返し、徐々にお寺に人が来てくれるようになりました。
大熊さん
安田さん、改革の話を聞いていかがですか?
安田さん
最初に思ったのは、お2人ともポジティブですよね。加えて、逆境をおもしろがっている。さきほど新井さんが、社長就任の話を受けたときに「地球の歩き方をやっていいの?」と思ったと仰っていました。この時点でほぼ勝利していたように思うんです。「逆境だ、ぐーっ、頑張ろう!」ではなく、「あ、なんかそれおもしろそうじゃん」から入っているところに、非常に興味をもちました。
安永さん
浄土真宗だけでも800年続いています。800年間生き残ってきた歴史から、お寺の人はこのさきも大丈夫だろうと仮定してしまう。ただ、お寺の外から見るとあと何年もつかなと思われています。こうした状況だからこそ、どうやって復活させるかを考えるのは、正直言ってやりがいがあります。
安田さん
自分が置かれている状況を客観的に見ることが、逆境を乗り越えるマインドには重要なのかもしれないですね。
マーケットにあわせて旧態を変えていく
大熊さん
今後どのような取り組みを考えていらっしゃいますか?
新井さん
メディアの話になりますが、本という紙媒体もスマートフォンやタブレットに取って替わってきています。我々も10年後には違うメディアになっている可能性が大いにある。そう社員に伝え、社員も了承しています。
もしかしたら10年後はスマートフォンすら古い媒体かもしれません。時代の変化に対応するために「考えることをやめない」と常に社員に積極的に伝えています。「本屋さんに本を並べればいいでしょ」という旧態依然な考え方をしていたら、もう絶対に生き残れない。素早く仮説を立て、チャレンジしていく今のアジャイルな動きを止めてはいけない。そう自戒を込めて口を酸っぱく伝えていますね。
安永さん
お寺のあり方もどんどん変わっています。経営者が見なければならないのは、お客さまがどう変化し、何を求めているかです。お寺もまったく一緒で、従来の門徒さんを大事にするとともに、新しいご縁をもった人たちがどのようなことに興味があって、何をしたらお寺に来てご縁を結んでくれるのかを常に考えるようにと、職員に話しています。
大熊さん
お坊さんのあり方も変わっていくのでしょうか?
安永さん
変わっていく必要がありますね。今はお坊さんであっても経営やIT、マーケティングも勉強し、お寺を経営しなければなりません。お坊さんも財務三表を読まなくていけないんです。
新井さん
出版社も同様です。私自身がそうだったんですが、編集者出身は部数ばかり見てしまいます。トップラインだけを見ていて、単品損益がどうなっているのかは答えられないんです。そこで1つのマインド改革として、マネージャークラスは財務三表を理解できるようにしようと伝えています。
安永さんにお聞きしたいのですが、組織の旧態や社員のマインドを変えていく戦略・コツはありますか?
安永さん
一番効果があるのは、見えるところを変えることです。たとえば、築地本願寺の境内にカフェや合同墓を作った。これは何か起こるなと職員は感じとります。
それからあるときを境に職員にノートパソコンを貸与し、ペーパーレス・フリーアドレス化を推進しました。最初の6か月は「ノートパソコンじゃ仕事がしにくい」と不満が出ます。ですが、1年も経てば不満の声はなくなり、それが当たり前になります。
日頃の業務を少しずつ見える形で変えていき、「あ、変わったんだ」と皆が思うとマインドも変わり、組織が変わっていくと思います。
大熊さん
視聴者の皆さんから質問をいただいております。「経営者として悲愴感がなく、ポジティブなマインドをもっているのは素晴らしいと思います。逆に悲愴感のあるネガティブな社員や部下にはどう接していらっしゃるのでしょうか」という質問です。
新井さん
成功体験の共有が大切だと思います。実際にそれで社員の目の色が変わった経験があります。逆境のなかでもありがたいことにヒットに恵まれましたが、当初は不安な顔をする社員もいました。それが、自分たちの企画が少しずつ芽を出した瞬間に、パッと顔が明るくなるんです。成功すればその人間のマインドは変わっていくと思います。その成功体験をいかに作ってあげるかが、経営側の仕事です。
大熊さん
「時代にあわせて組織を変えるために常に心がけていること、変化に対応するマインドは安永さんのどこから来ているのでしょうか?」という質問。安永さん、いかがでしょうか?
安永さん
私たちが向かいあっている門徒さん、つまり一般の言葉で言うとお客さまに「ありがとう」と言ってもらわないと、お寺の役割はないですよね。だから常にどうやったら「ありがとう」と言ってもらえるのかを考えています。強烈なマインドというよりも、誰かの役に立ってお寺を存続させたいという根源的なマインドセットが私にはあります。そのために生きていると言ってもいいくらいです。なので、自分で決めたことは自分でやろうというのが最後の拠り所ですね。
出版社とお寺という異業種においても、どのように新しい価値を生み出し、それをお客さまに提供していくのか。その点では、まったく同じ。逆境を乗り越えるマインドに通じる部分があります。
“飛翔する企業への変革” をテーマに3日間にわたり開催されたカンファレンス「SmartHR Next 2023」。経営戦略から組織戦略、人事戦略まで、さまざまな企業の実践を知ることで、変革のヒントが得られます。各講演の模様は、イベントレポートにてお楽しみください。