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経営陣・現場のコミットを引き出すHRBPの役割|“10年先を見据えた”三井化学の「人的資本経営」

公開日

この記事でわかること

  • 人材戦略の立案・実行のプロセス
  • 経営陣・現場への施策浸透方法
  • HRBPが果たすべきミッション
目次

2021年に策定した長期経営計画「VISION 2030」にもとづいた人事戦略の優先課題へ取り組んでいる三井化学株式会社。人的資本経営の好事例として「人材版伊藤レポート2.0 実践事例集」にも取り上げられているように、同社の取り組みは注目を集めています。

「“選ばれる会社”になるための施策立案や戦略実行のポイント」を同社のグローバル人材部 部長の小野真吾さんに伺いました。

小野 真吾さん

三井化学株式会社 グローバル人材部 部長

2000年に新卒入社後、ICT関連事業の海外営業・マーケティング・プロダクトマネジャーを経験後、人事に異動。労政、採用責任者、国内外M&A人事責任者、HRBPなどを経験後、グローバルでのタレントマネジメント、後継者計画の立案・実施を推進。2021年4月より現職。

「10年先を見据えた長期経営計画」が人的資本経営の始まり

小野さん

すべての始まりは、2016年に策定した10年先を見据えた経営計画「VISION 2025」です。環境変化が激しいなかで3年ごとに中期経営計画を策定するよりも、「10年先を見据えたビジョンを社内外に提示するべき」という経営判断がありました。

また、環境変化に合わせて戦略をアジャイルに変えることになるので、各事業の戦略や機能戦略も適宜見直し、そのなかにコーポレート系の戦略も組み込まれました。コーポレートには、財務戦略、IT、人事などが包含されてきますが、ポートフォリオを変えるためには、とくに人的資本が重要になります。人材について経営戦略のなかで議論したことが起点になっています。

2016年から5年経過した2021年には、「VISION 2030」を策定しました。「VISION 2025」からどのような変更点があるのでしょうか。

小野さん

新たに「VISION 2030」に追加したのは、グループ経営の在り方についてです。全事業に社会課題視点を組み込み、事業ポートフォリオを転換するなかで、M&Aやさまざまな分野への成長投資をすることで、グループ全体の従業員は加速度的に増加していきます。そこで、グローバルなグループ経営へのシフトによる「グローバル人材の採用・リテンション」が1つ目の柱でした。

VISION 2030における人材戦略上の優先課題と主要方策

小野さん

総合化学メーカーは、複数の事業体を持っていて、各事業部門が経営者的観点をもって、経営チームをリードして、グループ会社も含めて経営する視点が必要です。「多岐にわたる事業をけん引できる経営者候補をどのように計画的に育成するか」が大きな骨格になります。そのような人材を生み出すために、グローバルレベルでのタレントマネジメントや後継者計画の実行が求められました。

企業買収や新事業の展開などによって、ポートフォリオが変わるにつれて企業文化も変わります。また、グループ会社の隅々まで従業員がどのように活躍できるかも把握しなければなりません。そのタイミングで、従業員のエンゲージメントについても議論され始めました。グループ人材情報の可視化や、組織ごとのエンゲージメントレベルの可視化も同時に進めました。

また、人材戦略的にはグループガバナンスという形で、どのように適切なガバナンスを強化するかも考える必要があります。グローバルな企業体の人事ガバナンスポリシーの制定や、タレントマネジメントシステムの導入も同時に議論されました。

成功のポイントは「経営陣・現場の巻き込み方」

戦略立案はもちろんですが、各種施策の実行・浸透が、人的資本経営を成功させる鍵になります。どのように実行を進めていったのでしょうか。

小野さん

キータレントマネジメントを例にすると、「タレントマネジメントとは何か?」という概念から議論しました。今までの経営姿勢と何が違うのか、タレントマネジメントのメカニズムを全社に導入すると、現場には多大な工数がかかります。一人ひとりの育成計画を立案したり、セレクションのプロセスも時間をかけて議論したりするので、「ROI(Return On Investment:投資利益率)は何か?」も追求していきました。

もちろん、人事施策は人事だけでは実行できません。そのため、経営陣や部長、研究所長を含めて巻き込まれる人たちにも、議論に参加してもらわないといけません。もっとも苦労したのは、「賛同を得るための巻き込み方」でしたね。

経営陣や各事業体の現場を巻き込む中心になったのが、HRBP(Human Resource Business Partner:人事における経営者・事業責任者のパートナー)の存在だと伺っています。HRBPは、現場の方にどのように働きかけていったのでしょうか。

三井化学の人材マネジメント体制

小野さん

HRBPの機能は多岐にわたります。当時は、新卒採用、中途採用、育成プログラムの策定、組織開発、労務問題の解決を主に担当していました。これらに加えて、ポートフォリオを大きく変える事業部門では、買収や出資、新事業の創出など、多くのプロジェクトに参画していました。

「人材を起点とした組織構築、文化・ミッション・バリューの策定」など、戦略的なテーマが多かったですね。各プロジェクトの初期段階から各事業体の責任者と伴走して、プロジェクトが終わると事業をサポートする観点でHRBPとしてミーティングに参加していました。

2013年にヨーロッパの企業から事業部門を買収した際には、PMO(Project Management Office:プロジェクトマネジメント支援)の一員として、買収前から買収まで伴走し続けました。

この事業は26か国に展開していて、人材情報の詳細が見えなかったので、事業が悪化した際の要因分析における人事・組織課題の対応や、マネジメントチームを変更するポイントなどをサポートしていました。

「各施策と人事担当者の目標との紐づけ」がコミットにつながる

小野さんはHRBP時代に、施策の立案・実施を担当されていました。そこから「VISION 2030」までの過程でKPIを制定されて、御社では、現在の優先課題を以下の3つとしています。

  1. 多様性に富む経営者候補の戦略的獲得・育成・リテンション
  2. 自主・自立・協働の体現
  3. グループ全体での人材ポートフォリオの構築

上記の優先課題を決めるまで、「VISION 2025」からどのような変化があったのでしょうか。

小野さん

基本的には、2016年に定めた優先課題と大きく変わっていません。大きく変わったのは、2016年から着々と進めたことで見えてきた世界観でした。

エンゲージメントサーベイを2018年に実施し、世界全拠点ごとの従業員の意識レベルやエンゲージメントレベル、阻害要因がすべて可視化されました。改善活動を全組織で実施していくと、課題や改善方法を肌感覚でつかめるようになりました。次第に、人的資本経営にコミットしようとする経営陣も増えていき、プロジェクトが進行していったのです。

背景には、「実行後に改善活動をサポートして、伴走して次につなげる」という、データにもとづいたPDCAサイクルを経営陣と議論するプロセスがあったからだと思います。

三井化学のキータレントマネジメントの概要と仕組み

小野さん

キータレントマネジメントも同様で、キータレントや経営者候補についても可視化し、経営陣と議論をして、毎年PDCAを展開しています。変化しきれなかった部分は、課題を捉えてどのように修正していくかを真面目に取り組み続けました。

成功に至る簡単な道はありません。「決めたらやり切って、人々を巻き込んで改善し続ける」というしつこさとしぶとさがあれば、物事は変わるのではないかと思います。

しつこさとしぶとさがやり切れず、とん挫してしまうケースが多いと思います。御社がやり切れている要因はどこにあるのでしょうか。

小野さん

人事としてのコミットが重要になります。コミットは施策の展開についてだけではなく、施策がどのように現場に寄与するかをイメージしなければいけません。まずは、施策を人事部門や人事担当者の目的・目標に紐づける必要があると思います。

会社の構造として、改革を進めるうえでは、オフィシャルな意思決定への組み込みが大切です。経営会議などの意思決定機関で審議をして、承認したうえで施策を展開していかなければなりません。

当社でも、キータレントマネジメントに関して、導入当初は一部の役員や部長から反対意見もありました。しかし、経営会議の意思決定を経て、「CXO・本部長後継候補を育成するために、取締役会で社外取締役も参画したメカニズムとして実施する」という意思決定がされると、簡単には中止できないわけです。

もちろん、人事部門にも当然プレッシャーがかかるわけですが、「毎年全社人材育成委員会での意思決定を経て、課題を議論して解決していき、取締役会で報告・議論する」というシンプルな構造の構築が大事だと思います。

年4〜5回の役員会議で施策のPDCAを確認

経営陣や現場がコミットできた背景には、御社のカルチャーにも要因があるのでしょうか。

小野さん

当然、経営陣が素晴らしかったのもありますが、さまざまな要因のすべてがつながっています。とくに後継者育成計画を含むキータレントマネジメントは、2016年から真面目に取り組み続けています。選抜された人材は個別に育成を計画していて、役員(CXO・本部長)への登用の道を議論しながら育成プログラムを実施しています。

また、育成プログラムにはコーチングや経営者候補向けの研修もあるので、コンピテンシーのフィードバックも現在のエグゼクティブ・部長層には組み込まれています。リーダーシップの文化醸成も、必然的に個別育成計画と連動してきます。

社長以下、当社の役員は全員がコーチングの体験もしており、アサーティブなコミュニケーションが価値を生み出すことを実感しています。だからこそ、つながりやチャンレンジを大事にするカルチャーが共通化できています。

そのうえで、オープンに人事データを活用して、経営陣と形式的な形でなく本音で議論できるのは、これまで培ってきたリーダーシップ文化にもとづいているからだと思います。

御社が人的資本経営に取り組んできたなかで、経営陣との議論はどのくらいの深さで、どのくらい定期的に実施しているのでしょうか。

小野さん

年によってアジェンダは変更していますが、人材戦略については、オフィシャルな全役員が集まって、少なくとも年に1回は議論しています。1回で終わらないケースが多く、3つの優先課題のうち「キータレントマネジメント」については、人材育成委員会で、別途議論しています。

また、企業文化やエンゲージメントについても、別で議論の場を設けているので、オフィシャルな会議体だけでも年に4回程度は開催しています。

他にもHRBPは、普段から役員とのコミュニケーションを頻繁に実施しています。HRBPは、会議体へ参加しますが、役員と一緒に施策を計画・実行するメンバーとも頻繁に議論しています。人材戦略の立案前から、課題や施策実施後の効果について、人材組織の観点から事業部門と対話するプロセスを構築しています。

人的資本経営を進めるうえで、HRBPのポジションやミッションについては、どのように決定していったのでしょうか。

小野さん

初期段階では属人的に私がさまざな事業部門のメンバーと議論して、トライアルでタレントマネジメントやエンゲージメント調査等の施策策定に取り組んできました。実施した施策が効果を挙げたタイミングで、組織全体で施策を展開するフェーズへと進みました。

スモールスタートで活動や施策を開始し、グローバル人材部を中心に構築したツールを展開し、効果を得た際には、オフィシャルな会議体を通じて展開して、HRBPがサポートしながらPDCAを展開しています。

その際に、サポートするHRBPのあり方や、タレントマネジメントのレビュープロセス、エンゲージメントをグローバル展開するための方法などをHRBPにトレーニングして、グローバル人材部が中心となって質を担保しています。

HRBPは何名で活動しているのでしょうか。

小野さん

現在は、各事業本部単位で1~2名くらいです。専任者もいれば、兼任者もいます。本来、もっと人数が多ければサポートできることもたくさんあるのですが、単純に人材が不足しています。

ただ、コーポレート部門の人材は、コストとしても考慮されることもあり、一方で事業成長のドライバーでもあるので、コーポレート部門の増員は、慎重に検討する必要があります。多くの施策を実施したいものの、ROIの観点を意識しながら、増員するべきだと考えています。

HRBPやCOEが提供する価値レベルが向上していけば、人事担当者を増員しても事業部門でも同意を得られますが、オペレーションを展開するメンバーを増やしても単なるコストでしかありません。現在は、各事業部門のフェーズに合わせて、増員を検討しています。

ありがとうございました。第2回目は、「従業員サーベイから見えた人材戦略の課題と解決の鍵」をテーマにお話をお伺いいたしますので、よろしくお願いいたします。

お役立ち資料

人的資本経営を5分で読み解く。企業に求められるものとは

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