実践企業3社に聞く!DX実現に必要な3つのポイント
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目次
中小企業のDX(デジタルトランスフォーメーション) をテーマに静岡県浜松市のDX実践企業が登壇したカンファレンス「やらまいか!で加速させる、浜松中小企業のDX戦略」。
静岡県浜松市を拠点とするDX実践企業にご登壇いただき、DXを推進するために必要なマインドや実際におこなった施策についてディスカッションしました。
登壇したのは、スズキ株式会社の鵜飼 芳広さん、株式会社鳥善の伊達 善隆さん、株式会社Wewillの杉浦 直樹さんです。
- 登壇者鵜飼 芳広 氏
スズキ株式会社 常務役員 IT本部長
1983年横浜国立大学経済学部卒業。同年スズキ株式会社(当時鈴木自動車工業)に入社。入社以来、一貫してITの仕事に従事。1993年から2001年までの8年間、USのIT部門に駐在。多種多様な人達と働くことで、価値観の違いや失敗を恐れずチャレンジすることを経験。帰国後は主に営業、CRMなどの分野でIT化、デジタル化を推進。2019年1月からIT本部長。スズキのデジタルトランスフォーメーションに取り組み中。関心事はナレッジマネジメント、人的資本経営、人材育成。
- 登壇者伊達 善隆 氏
株式会社鳥善 代表取締役
株式会社鳥善、株式会社ル・グラン・ミラージュ代表取締役。株式会社HACK共同創業。大学卒業後、PricewaterhouseCoopers入社。大企業のコンサルティングに携わった後、株式会社Plan・Do・Seeに入社。店舗のマネジメントや老舗料亭旅館の再生などに携わる。2014年にUターン。『人・街の幸せを可能性に向き合う』をpurposeに掲げ、地域のアイコンとなるような店舗づくりや、公共空間の管理、イベント創出、30社以上の企業が食を通じて出会う街食堂運営などに取り組む。2024年には、地域の課題や新たな可能性に目を向けた新規事業に取り組んでいる。
- 登壇者杉浦 直樹 氏
株式会社Wewill 代表取締役 / 税理士
上智大学文学部新聞学科卒。日本オラクルにてERPパッケージ導入をはじめ多くの案件に携わる。同社退社後、米国スタートアップ企業を経て税理士資格取得。その後税理士法人Wewill、株式会社Wewillを設立。バックオフィスを構造から革新するため、自身もStartupとしてバックオフィスのインフラサービス化を目指す。経済産業省「始動Next Innovator」第4期選抜、ユニコーンファームStartup adviser academy第1期卒業、挑む中小企業プロジェクト主催。
- モデレーター西村 真里子 氏
株式会社HEART CATCH 代表取締役
37年越しで訪れた機運。コロナ禍で急加速、伝統企業のDX
西村さん
鵜飼さんは、スズキに入社されてから41年間、ITの仕事に携わられてきたそうですね。
鵜飼さん
はい、1983年にスズキに入社し、以来ずっとIT畑です。ただ、正直に言うとそのうちの37年間は、なるべく目立たないようにやっていました。
西村さん
あまり日が当たることがなかった?
鵜飼さん
モノづくりの会社ですから、中身が良く見えない「IT」を理解してもらうことは難しかったです。
西村さん
2018年には経済産業省が「DXレポート」を発表しました。当時のスズキはどのような状況でしたか?
鵜飼さん
DXレポートで危惧されていた状況そのもので、多くの企業と同様、アナログ的な仕事が多く、あらゆる業務が紙にまみれていました。そこで2019年、「2030年の働き方を支えるIT」というイラストをつくり、あるべき未来のスズキの姿を経営陣に経営会議でプレゼンしました。
鵜飼さん
ペーパーレス化、リモートワーク、データビジネスなどを描き、「IT部門はこれからのスズキを支えるプロフィットセンターになります」と宣言しました。ただ、この時点はまだ経営陣からの反応は薄かったです (笑)。
西村さん
そんな状況がコロナ禍で一変し、今ではむしろ追い風が強すぎるほどだそうですね。
鵜飼さん
リモートワークが当たり前になり、描いたイラストの内容が想定以上に早く現実のものとなりました。私にとっては、時代の大きな転換点に立ち会ったような感覚でした。
今では「鵜飼、もっとあれもやれ、これもやれ」と背中をグイグイ押されて、全速力で走らなければ期待に応えられない状況です。
ただ、そんな状況だからこそ一度立ち止まり「なぜDXしなければならないのか」ということを考えねばならないタイミングだとも感じています。
デジタル化の目的は「効率化」ではなく「提供価値の最大化」
西村さん
伊達さんは、日本企業におけるDXの現状をどのように捉えていらっしゃいますか?
伊達さん
鵜飼さんのおっしゃるとおり、2024年の今は一度立ち止まってDXを考えるべきタイミングだと感じます。
DXの必要性は理解が進んでいます。しかし、注目されるのは「デジタル」の側面ばかりです。「トランスフォーメーション(変革)」の側面について、私たちは再認識する必要があります。
西村さん
「デジタル化」と「組織変革」の両輪があってこそのDX、ということですね。
伊達さん
鳥善では「自社が市場に対してどのような価値を提供できるのか」を見つめ直すことから始め、その価値を最大化するためにデジタルツールを選定し、活用するという順番で進めました。
今ある業務の効率や品質を上げることはもちろん大切です。しかし、それだけでは向こう5年はどうにかなっても、10年・20年先の未来はないと考えています。効率化により生み出された時間を、変革の準備や新たなチャレンジに充て、提供価値を上げていくことが大切です。
西村さん
デジタル化の目的は「効率化」ではなく「提供価値の最大化」ということですね。鳥善さんは最近、スズキさんとの協業モデルが話題になりましたね。
伊達さん
はい、日本企業で働く外国籍の従業員の方向けにベジタリアン・プレミールキットを共同開発しました。
ベジタリアンの方向けのミールキットは多くありますが、外国人の方が本当に求めている「ふるさとの味」はまだまだ少ないです。採算性の面で需要がニッチすぎるからです。
そこで、鳥善が運営する結婚式場の「空き時間」を活用しました。
平日や冬場に挙式する人はあまりいません。これは事業上の弱みですが、使えるリソースがあるともいえます。遊休リソースを活用しニッチ需要を満たすというかけ合わせです。
西村さん
デジタル化により空きリソースが可視化されたからこそ、新たな価値創出につながったといえそうですね。
伊達さん
自社の強み・弱みと、デジタル化によって得られるデータをかけ合わせることで、新たな事業の可能性を模索しています。
「事務」が変われば組織が変わる
西村さん
杉浦さんは税理士の視点から気づきを得て、DX支援の会社を立ち上げられたそうですね。
杉浦さん
私はもともと外資系IT企業に勤めており、それこそスズキさんのような大企業に向けたERPパッケージの導入に携わっていました。
30代後半で税理士に転身し、いくつか企業の顧問を手がけるなかで、バックオフィスに悩みを抱えている企業が想像以上に多くありました。税務よりももう一歩、会社の内部に踏み込んだ支援が必要だと気づき、バックオフィスのDX支援の会社を立ち上げました。
SmartHRのような業務系SaaSが普及したことで、今では企業規模によらず良いツールを使えるようになりました。一方で「DXがうまくいっている」という話を聞くことは少ないです。導入が容易になったことで社内にシステムが乱立し、むしろ弊害になっているケースすらあります。
だからこそ、鵜飼さんや伊達さんもおっしゃるとおり「何のためにDXをやるのか」を考えることが重要な時期なのだと思います。
西村さん
杉浦さんは「3+1のDX」を提唱されていますが、「+1」とは?
杉浦さん
DXの最大の障壁は、技術でも仕組みでもなく、そこで働く人たちの「マインド」です。「+1」というのはマインドの壁を超えることを表しています。
マインドの壁を超えるために有効なのが「事務のDX」です。
事務作業は日々くり返しおこなわれます。刷り込み効果のようなもので、毎日やっている業務を変えると、マインドにも変化が生まれます。
たとえば、SmartHRは「自分の情報は自分で管理する」というセルフマネジメントの思想があると思いますが、日々の業務でSmartHRを使っていると、その思想が刷り込まれていくのです。
新しい思想が事務に浸透すれば、社風が変わります。その結果、会社としても新しいチャレンジがしやすくなります。
「事務」は一見、DXの最終目的地からすると遠い場所のように見えますが、DX実現の土台として欠かすことができないものだと考えています。
西村さん
事務が変われば社風が変わり、社風が変われば組織そのものが変わる。それこそがトランスフォーメーションだということですね。
DX実現に必要な3つのポイント
西村さん
では、DXを進めるためには具体的に何が必要なのか。鵜飼さん、続けていかがでしょうか。
ポイント1. 「同調効果」を用いた雰囲気づくり
鵜飼さん
先ほど杉浦さんもおっしゃいましたが、DXの第一歩は「マインドセットの変革」だと思います。
ただ、それは容易ではありません。全社研修をしてもすぐに変化が起きませんし、社長の号令に対して口々には「わかりました」と言いますが、実際には何も変わらないことが多いです。
西村さん
簡単には変わらないマインドセットを変えていくための具体策とは何でしょうか?
鵜飼さん
マインドを変えるより先に「行動」を変えることです。さまざまな場面で行動が変わるよう仕掛け、成功体験を積んでもらうことが必要だと思います。
その際に重要なのは、あくまで「ゆるくやる」ということです。
具体例として、2022年当時の弊社の役員会では、A3用紙の資料の束が毎回各席に整然とならべられていました。そこで、タブレットを導入しペーパーレス化を試みました。
まずは「タブレットを導入しようと思うので、ご希望の方はお知らせください」とアナウンス。役員・本部長約25名のうち、何人かを除いてほぼ全員が「欲しい」と回答しました。
西村さん
欲しがらない方も当然いらっしゃると。普通ならどうしようかと悩んでしまうところですね。
鵜飼さん
欲しいという回答がなかった方には「ほかの皆さんからは配布希望がありましたが、どうされますか?」と直接お伺いしました。すると「じゃあ、俺ももらっておくか」とおっしゃって、最終的に全員にタブレットを配布できました。
次に「紙の資料が要らない方はタブレットで閲覧できるようご用意しますので、ご希望の方はお知らせください。もしやってみてやっぱり紙の方がよいなとなったら、いつでも紙に戻します」とアナウンスしました。4割ぐらいの方から「紙でなくてもよい」と回答がありました。
すると、次の会議では「隣の人は紙の資料がないのに、自分の席にはある」という状況になります。どことなく「自分もタブレットで見ようかな」という雰囲気が生まれてきます。
その次の会議では4分の3の人が紙の資料を使わなくなり、さらに次の会議ではついに全員がペーパーレスになりました。
西村さん
「あれ、自分だけが違うな」と思わせる状況がつくり出されたわけですね。
鵜飼さん
くり返しになりますが、この事例のポイントはあくまで「ゆるくやる」です。強制すると反発されてしまいます。組織である以上は、上の立場から反発されてしまったら押し通せません。
日本人は「周りと比べて自分だけが違う」のを嫌がる気質があるといわれますよね。いわゆる「同調効果」というものです。そういう特性にもうまくアプローチしながら、ゆるく、強制しないで変容させていくとよいと思います。
経営会議からはじまったペーパーレスは、取締役会、商品計画会議、環境委員会などに広がっていき、今ではすべての会議で紙がなくなりました。
伊達さん
私は中小企業の経営者の立場なので、トップダウンでやってしまうことが多いですが、ボトムアップで変えようとして苦労されている方は多いと思うので、参考になりそうですね。
杉浦さん
私はさまざまな規模の企業を支援していますが、社員10名の会社に対してやるのと、50名の会社、300名の会社にやるのとでは違いがありますし、強いリーダーシップでやった方がよい場合もあれば、コンセンサスを取りながら徐々に進めていく方がよい場合もありますね。
スズキさんの「上の会議を変えて下の会議に伝播させる」というお話は、DXの浸透のさせ方として非常に参考になる事例だと思いました。
ポイント2. 「やらまいか!」でトライ&エラーを楽しむ文化づくり
西村さん
伊達さんは中小企業の経営者の立場から、DXを進めるためには具体的に何が必要とお考えですか?
伊達さん
変化を楽しめる組織文化づくりが必要だと思っています。
コロナ禍の影響で、私たちサービス業は大きな変化を余儀なくされました。試行錯誤の連続で、社内外でさまざまな取り組みをして、多くの失敗もしました。
でも「簡単に成功しない」のがミソで、失敗しても失敗してもやり続けていると、だんだん社員が試行錯誤に慣れてくるのです。
西村さん
スタートアップの世界も「多産多死」といわれますが、それに似ていますね。
伊達さん
先ほどご紹介したスズキさんとの協業プロジェクトは、着想からリリースまでわずか3〜4か月でした。
スズキさん側の機動力も相まった結果ですが、スピード感でリリースできたのは、今までの失敗があったからこその成果です。
失敗を受け入れながらも、変化し続けることをやめない状態の創出が大事かなと思っています。
西村さん
やってみるからこそ学びを得られるわけですね。
伊達さん
そのとおりです。実際にやってみなければ、売り方の問題なのか、商材自体の問題なのかもわかりません。
「小さく始めて大きく育てる」というのは事業開発の鉄則ですが、経営者も社員も全身全霊でぶつかり、経験を蓄積していくことが、結果として組織の変革へとつながっていくのだと思います。
西村さん
まさに「やらまいか!」の精神ですね。トライ&エラーこそがDXの推進力ということですね。
ポイント3. 越境により視野を広げ、変化の種を見つける
西村さん
鳥善では社外との交流に積極的と伺いました。どのような狙いがあるのでしょうか?
伊達さん
鳥善の場合、代表である私が「新しいものをつくる担当」だと思っています。
きっかけは2021年、街づくりや場づくりを手がける株式会社HACKを異業種の方と3名で共同創業したことでした。私はサービス業、他の共同創業者は不動産業と製材業。まったく異なる領域の人たちと対等に議論することで、自分の中に新しい発想が生まれたのです。
西村さん
杉浦さんも「外へうろうろと出かけていくこと」の大切さを強調されていましたね。
杉浦さん
業務のデジタル化が進むと、どこからでも仕事ができるので物理的に解放されます。すると、さまざまな場所にうろうろと出かけることができて、新しい出会いが生まれやすくなりますよね。そこから新たな学びのタネが生まれてくるのだと思います。
伊達さん
まさにそのとおりですね。2023年には、鳥善とHACK、面白法人カヤックの三社で「街食堂」というシェア型の食堂をオープンしました。浜松の会員企業33社が集まり、毎週水曜日に交流会を開催しています。
街食堂は、食事やお酒を楽しみながら、カジュアルな雰囲気で交流できる場を目指しました。スズキさんやWewillさんにもご参加いただいています。
西村さん
越境の場として街食堂が機能しているのですね。そこからどのような気づきがありましたか?
伊達さん
越境を日常的に行うことの重要性です。「何か新しいビジネスの種を見つけよう」という目的意識をもっていなくてもよいのです。自分とは分野が異なる人たちと日常的に接することこそが重要で、そこから図らずも新たな発見や学びが生まれるのだと思います。
実際、私自身も新しい事業のタネをいくつも見つけられました。"越境"や"外に出る"という感覚を大事にしたいですね。
西村さん
SmartHRさんが運営されている人事・労務ユーザーコミュニティ「SmartHR PARK」も、まさに越境の場といえそうですね。
私が浜松で感じるのは、伊達さんが紹介してくださった「街食堂」や、スズキさんのやっている「軽トラ市」などのように、どんどん「越境」していける環境がつくられているな、ということです。
「やらまいか!」という、現代風にいえばアジャイルな精神と、越境できる場がかけ合わさることで、浜松にはDXが置きやすい環境ができつつあるのではないかと感じました。本日はありがとうございました。