社内に眠る人事データの活用で、組織にイノベーションを起こせるのか
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2019年5月14日、日本の人事部主催「HRカンファレンス2019 -春-」が開催されました(後援・厚生労働省、経済産業省)。
同イベントで、SmartHR 代表取締役の宮田 昇始が、パネルセッション「社内に眠る人事データの活用で、組織にイノベーションを起こせるのか」のモデレーターとして登壇。
ヤフー株式会社 Yahoo!アカデミア学長 / 株式会社ウェイウェイ 代表取締役 伊藤 羊一さん、株式会社シンギュレイト 代表取締役 鹿内 学さん、株式会社サイバーエージェント 人材科学センター 向坂 真弓さんの、3名のパネリストと宮田の計4名でディスカッション内容を全5編でお届けします。
5本目となる本稿では、4者でのパネルディスカッション内容についてご紹介します。
人事データ活用で大変な「書類」や「データ抽出」
宮田
それでは、パネルディスカッションに入ります。
すでにお話しいただいた部分もありますが、人事データを活用する際に一番大変だったことを教えてください。
向坂さん
私は手書きの書類に苦しめられました。現在所属している人材科学センターの立ち上げ時に「採用時の評価情報を見たい」と思い採用チームに問い合わせたら、書類が遠方の倉庫にダンボールで丁重に保管されていると知りました。
実務作業やオペレーションを行うチームが仙台にあるため、全て郵送しデータ化してもらったのですが、手書きの書類なので、字が汚くて読めなかったり記入ミスがあったりなどの課題がありました。
また、「S・A・B・C・D」の5段階評価であるのに対し、面接官が「B+」「B-」といった表記を自由に付けていることもあり、苦労しましたね。
伊藤さん
人事データの活用は「データを出すこと」がとても大変ですね。
人事マネジャーに「過去の(例えば)奈良先端大学出身者の評価ってどうだった?」と質問された場合、3分くらいで出てくるようなものだと思われがちなんですが、実際は2週間くらいかかるんですね。
要するに、まず奈良先端大学出身者を調べて、その人の評価を抽出する。すでに退職している場合もありますし、他の業務と並行して進めるので、データを出すための工数が非常に多く発生します。データを使用するあらゆる場面でこのような課題があります。
宮田
ちなみに奈良先端大学出身の鹿内さんとしてはいかがですか?
鹿内さん
話題に上がるのは出身者としては嬉しいですね。結果としてどうでしたか?
伊藤さん
結果的には良かったんですが、調べる労力に対してリアクションは「ふうん」という感じで。労力ばかりかかってなかなか分析に至りにくいのが現実なんです。
前後の比較が難しい人事施策効果
伊藤さん
もう1つ、ヤフーでは社員向けの朝食サービスを実施しています。従業員に毎朝7時から朝食を無料提供したら、みんな朝早くから仕事をしてヘルシーだろうと考えたんですね。
でも、効果を調べようとしても、朝食制度を始める前にその人が何時に来ていたのか、施策として効果があったのかがわからないんです。理屈で考えると出せそうなデータに思えますが、実際は出てこない。
宮田
朝食制度は今もありますか?
伊藤さん
はい、あります。「きっとそれはヘルシーに違いない」という考えで続けています。しかし、会社としては無料で提供しているため、コストがかかっている。本当にみんなの出社時間が早くなったのか、実際に健康になったのかはよくわからないまま続けています。
宮田
たしかに、人事の方に聞いてみると、まず施策を始めてみることが多い。できることから着手するのは素晴らしいと思いますが、やったままになっていたことがありまして、その際は、「施策効果もしっかり振り返ろうよ」と議論していました。
向坂さん
私はもともと広告代理店出身なので、効果を振り返らない人事施策の現実が衝撃的でした。仮に代理店の営業が同じことをしたら、広告主に怒られます。「1,000万円の広告出したけれど、効果がよくわからない」とは言えない世界なので、なかなかカルチャーショックがありましたね。
「離職率」は各社それぞれ。一般的な適正値はない?
宮田
続いての質問ですが、離職率についてどのように考えていますか?
私も経営者として離職率が気になるのですが、現在弊社は5%くらいです。この数字は少し低すぎる気もしていて、健全な新陳代謝が起こっていないのではないかとも思っています。
そこで鹿内さんにお聞きしたいのですが、離職率に適正な数値はあるのでしょうか?
鹿内さん
いろいろな意見があると思いますが、私は「わからない」というのが正直なところです。なぜなら企業のフェーズやビジネスモデル、利益率によって水準が変わってくるためです。
ただ、離職率は経営状態とセットで随時ウォッチしておいたほうがいいと思います。
宮田
他社と比べてではなく、自社の水準として上がったのか下がったのかをウォッチするということですね。
経営状態を測る指標として、たとえばES(従業員満足度)がありそうです。このESが離職率にもリンクしていて、施策の実施状況とともにES・離職率をウォッチしていくのが良いのではないかと考えています。
向坂さん
弊社も離職率の適正値は設けておらず、時系列の変化や部門・職種・年次別などを細かくわけて高い・低いを定点観測しています。
本人が回答しているお天気の値や昇給率、部署滞留、グレードの滞留など、様々な要素を掛け合わせることで、退職傾向が高い人の特徴がある程度わかってきました。
人事データを活用すべきは、現場のマネジャー
宮田
続いての質問です。先ほど控え室で「誰にデータを渡していますか?」という話が出ました。HRテクノロジーによって様々なデータが扱えるようになりますが、誰が何を目的として人事データを活用していくのか、皆さんはどのように考えていますか?
伊藤さん
私たちは、この1年で整備した人事データを、全マネジャーに公開しようとしています。なぜなら、実際にマネジメントをするのは、人事ではなくメンバーを見ている現場のマネジャーだからです。
また、人事以外に公開することで、現場から「もっとこういう分析ができるのでは?」といった議論が増え、より成長していくと思います。
宮田
現場から議論が生まれるのは、人事側としてもありがたいことですね。
伊藤さん
ただし気をつけなければならないこととして、人事から人事以外にデータを共有していくには、データベースを完全匿名にするよう留意しています。そのためバイネームの情報は公開しませんが、全社や部署単位のデータが閲覧可能です。
宮田
向坂さんはいかがですか?
向坂さん
弊社では、まだマネジメント層全員ではないのですが、マネジャーや事業責任者に“組織の通知票”を展開しています。これは、毎月のお天気をチームごとに集計したり、個人が特定できない形でチームの状態を可視化したりしたものです。
たとえば、昨今の働き方改革の文脈で、勤怠時間を可視化することで、業務配分の改善を提案するなどしています。
人事データだけだと客観性に欠けるため、経営企画にも協力してもらい業績データも紐付けています。業績が鈍化している場合には、チームの配分に間違いはないか、人員数は適正か、などを議論します。
人事データの重要性を1年がかりで啓蒙
宮田
向坂さんは最初は1人で部署を立ち上げたとのことですが、3名体制になって、経営陣におけるデータ分析のプレゼンスに変化はありましたか?
向坂さん
プレゼンスは明らかに上がりました。その分、仕事も増えましたが(笑)。
宮田
プレゼンス向上のポイントはありますか?
向坂さん
最初は求められなくても、自主的に様々な観点からレポートをつくって、役員会や経営会議にデータを提出していました。
すると人事データなどに感度の高い役員から反応を得られるようになり、今では「こういうレポートはない?」とオーダーが来るようになりました。ここまで到達するのに約1年かかりました。
特に役員や幹部は、他部署と比較されて痛いところを突かれることを嫌がるので、あえて全ての部署や子会社のコンディションをマップにして、パッと見で自分たちの良し悪しがわかるように可視化しました。嫌でもすごくよく見てくれています。
おわりに
宮田
皆さん、ありがとうございます。最後に一言ずつメッセージをお願いします。
鹿内さん
冒頭でもお話ししましたが、“サイエンス”をやりましょう。サイエンスやデータベースと聞くと少し敷居が高く感じるかもしれませんが、まずはExcelから始めてみるのも良いと思います。何よりも行動に移すことが大切です。
向坂さん
私は人事や分析の専門家ではないため、こういったイベントで自分は“勇気づけ担当”だと思っています。鹿内さんもお話ししていましたが、Excelからでも始めることはできる。まず動いてみると、何かしら結果が見えてくる面白い世界です。
人事データの活用について色々な方と情報交換をすることで、私もこの業界をもっと盛り上げていきたいと思います。
伊藤さん
私は2つあります。
1つは、データで全てを解決できるわけではないものの、データがないと暗闇の中で判断しなければいけないということ。これは全てのHRパーソンが認識すべきことだと思います。
もう1つは、サイバーエージェントさんやヤフーの状況からもわかるように、人事データの活用はまだまだこれからの分野です。カッコいい分析はまだできず、どうすればデータが溜まるか、使えるようになるかを考えて、しゃかりきになってインフラを整備している段階です。
先進的なイメージを持たれている会社でもこういう状態なので、ある意味横一線です。みなさんの努力次第で先行できるような状況なので、みんなで人事データを意識して取り組んでいけたらいいなと思います。
宮田
ありがとうございます。仮に今できていなくても、まずは第一歩として、今できることから取り組んでいただければと思います。
最後にお知らせですが、2019年夏公開の『ラクラク人事レポート』について、これを機にぜひチェックしていただければ幸いです。
それでは改めまして、鹿内さん、伊藤さん、向坂さんの3名に大きな拍手をお願いいたします。
(了)