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スタートアップから大企業へ。急拡大する組織で、それでも「その人らしく働く」を実現するためには?

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2023年10月の時点で、SmartHRには900名を超えるメンバーが在籍しています。ベンチャーから大企業へ。その転換期を迎えるなかで、創業期には機能していた仕組みも見直しが求められる場面も少なくありません。これから先、事業や組織がさらに拡大していくなかで、それでも全員が一丸となり、「その人らしく働く」を実現しながら共に歩んでいくためには、どのようなことが必要なのでしょうか。SmartHRのCEO芹澤雅人さんが、経営学者の石山恒貴さんに伺います。

組織拡大によって重要度が増すミドルマネージャーの存在

SmartHRでは組織改革に取り組んでおりまして、今回の対談では企業フェーズに合わせたよりよい組織をつくるためのヒントを探りたいと考えています。

石山

現在はどのような組織体制になっているんですか?

芹澤

CxOが3名、VPが8名。その下にミドルマネージャーがいて、それぞれにチームを束ねています。

石山

ミドルマネージャーには創業期から在籍している方が多いのでしょうか?

芹澤

創業期からいるメンバーもいれば、ここ数年で就任した人もいますね。

石山

ミドルマネージャーのフィロソフィーに対する理解度はどれくらいですか?

芹澤

ムラがあります。社歴が長いメンバーたちの間では暗黙知として共有されていますが、最近になって入社してきたメンバーはまだまだ。とはいえ、マネジメント層の育成にまで手が回っていないのが実状です。だからこそ、今のタイミングで人を育てる仕組みをつくっていかないと今後が厳しくなっていくという危機感はあって、人事部門とは現状を共有しています。

石山

企業フェーズが変わるうえで重要な要素のひとつが、さきほどから話に出ているミドルマネージャーの存在だと僕は思っています。というのも、組織の管理体制を変える瞬間って社内からの反発を受けやすいんですね。なかでもスタートアップ企業は、初期フェーズからあるベンチャー気質みたいなものからの脱却を迫られることになるので特に。そうすると、「このやり方はうちの会社っぽくない」とか「そんなことをしたらベンチャーマインドが失われる」とかいろいろ言われるわけです。

芹澤

ミドルマネージャーが鍵になるという話は、まさに身をもって感じているところです。僕はSmartHRが3名だった時期から組織の成長を見ているのですが、その頃はとにかく生き抜くために売上を積み重ねていかないといけませんでした。だから、多くの人が想像するベンチャーっぽい雰囲気のなかでガンガン働いていたと思います。でも、事業と組織の規模が大きくなるにつれて、属人的な能力に頼りすぎず、仕組みをつくって再現性・持続性のある仕事をすることが求められるようになってきたんですね。加えて、マネジメントの難易度も人が増えることに比例して上がっている感覚もあって。現在は900人を超えるメンバーがいて、これから1000人とか2000人とかの規模を目指していくためには、どれだけ人数が増えても“SmartHRらしさ”を損なわないための仕組みが必要だと思うんですね。それが何なのかを今は模索しています。

笑顔の芹澤さん

人材マネジメントは、人を管理することではない

新旧のメンバーが同じレベル感で働いていくためには、どのようなことが必要なのでしょうか?

石山

肝になることのひとつに、タレントレビューがあります。経営層や人事担当者が集まる場にマネージャーを呼び、「この人はどういう評価で、どういうことに期待しているのか」ということを具体的に話してもらうわけです。そうするとメンバーに関する情報を共有できますし、チームに所属するメンバーの状況を説明できないマネージャーは職務を果たせていない、ということにもなります。

ただ、タレントレビューがきちんとできるマネージャーは意外に少数派かもしれません。進捗や勤怠のことにしか関心を示さないようではタレントレビューは難しいでしょうし、そういう人の多くは管理することがマネージャーの仕事だと思っています。その結果、長時間働いてくれて、飲みにも付き合ってくれて、しかも遅刻をしない社員が高評価を得るようになるわけです。

芹澤

マネジメントを管理することだと捉えている人って一定数いますよね。

石山

「タレント」に「マネジメント」とつくのがいけないのかもしれません。本来は、チームが最大限に力を発揮するために個々に働きかけるのがマネージャーの仕事です。だから、メンバーそれぞれがどのような強みを持ち、どのようなことに情熱を注いでいるのかを把握し、助言したり壁打ち相手になったりするだけでいいんですよ。でも、それで結果が出るんだという成功体験がないマネージャーは、不安になって人を管理してしまう。

お話をする石山先生のアップ

芹澤

そういう会社に所属していた人にとって、マネージャーのモデルはそのときの上司なので、自分自身がマネジメントされて能力を発揮した成功体験がない場合が多いのかもしれませんね。その負の連鎖を僕は断ち切りたいと考えているのですが、一方で難しさも感じていて。

石山

だからマネージャーって大切なんですよ。日本の従業員エンゲージメント指数は世界最下位レベルで、その要因のひとつにマネージャーの存在があると思います。ギャラップ社の調査によれば、人生における最悪な時間は「上司と話すこと」らしいんです。それなのに1on1が定期的に組まれて、こと細かに仕事の進捗を聞かれる。そんな状況下で取り組む仕事は、何も楽しくないですよ。だからこそ、権限委譲するマネージャーが大事だし、部下の強みがわかるマネージャーが大事だし、部下の意見を尊重するマネージャーが大事なんです。

芹澤

「管理する人」みたいなイメージが強くてキャリアパスの選択肢に入りにくいから、マネージャーになるのを避ける人も多いんでしょうね。しかも、短期的には結果に結びつかないことも多いですし。

石山

一方で経営層からは「とにかく業績を出せ!」と言われることも多いですしね。だからマネージャーはダークトライアドという性格特性を持つ傾向が強いといわれています。これはサイコパシー(人の苦しみに無関心)・ナルシシズム(自己愛が強い)・マキャヴェリアニズム(目的のためなら手段をいとわない)という3つを総称する心理学用語です。そういう性格特性の人がマネージャーになると部下を潰してしまうので、事前にアセスメントしておくことも人事担当者の重要な仕事だと思います。

芹澤

最近、いろんな企業に組織運営に関するヒアリングをさせていただいているのですが、なかには人を育てた経験がないと幹部に入れないというルールを敷いている場合があるんですね。それは長年にわたって組織運営に向き合ってきた経験があるからこその取り組みで、「人を育てる」という観点が希薄なスタートアップにも必要な視点だと思うんですよ。そういう意味では、このタイミングでマネジメントの育成に投資をしていくことの重要さを痛感しています。それが部署間の異動なのか、リスキリングみたいなものなのか、まだ答えは出ていないのですが。

談笑する芹澤さんの様子

手がかりになりそうな事例を石山先生はご存知でしょうか?

石山

人事は個人的な技量の差が結果を大きく左右するので、実績のある人を採用するのがひとつ。ただ、それだと限られた人材を各社で奪い合うことになってしまうんですよね。だから、素質のある人を社内で育てていくのが理想ではないでしょうか。

芹澤さんがおっしゃっているように、幹部クラスに登用する条件として人事を経験させる企業の筆頭がカゴメです。CHOの有沢正人さんのもと、個人の成長を心から支援したいと思っている人を「HRビジネスパートナー」という人材マネジメントの役職に就かせて、一人あたり200〜300人の社員を受け持ってもらう。そうすると、マネジメントのノウハウが身に付きますし、組織にとって人材育成がどれだけ大切かを身をもって理解できるようになるわけです。

芹澤

人事の経験がキャリアパスに繋がるのはすごくよさそうですね。

石山

実際、実力のある人が人事を担当するようになると、人事部自体の人気も高まるんですよ。そうすると、人事部を志願する人も増えて好循環が生まれます。

芹澤

社内でも花形になっていくわけですね。

カゴメのような人事の仕組みを機能させるためには、何が必要なのでしょうか?

石山

CEOとCHROで合意形成できているのが大きいですね。

芹澤

僕もいろいろ調べているのですが、海外の企業だとCEOとCHROが密にやり取りしているケースが多いですよね。

石山

実力のあるCHROは、CEOの心の友のような存在になっていますね。なぜそういう関係を構築できるのかというと、CHROが経営に関与し、各事業部のトップと直接やりとりをしているからなんです。一方で日本は、そもそも人事担当者が事業部と絡めない状況にあることも少なくありません。そうするとタレントレビューも満足にできなくなり、オペレーション中心の部署になってしまう。だから、CxOクラスの人間が人事を担うのはすごく重要なんです。

談笑する石山先生

会社のカルチャーは対話を通じてじわじわと浸透していく

SmartHRでは「well-working」をスローガンに、「その人らしく働く」の実現を目指しているのですが、組織が拡大していくなかで維持していくためにはどのようなことが必要だと思いますか?

石山

前提として、ウェルビーイングには3つの幸せの価値観が包括されているといわれています。日常生活への満足度で測る「サティスファクション」、喜びや楽しみといった心の状態を表す「ハピネス」、そして自己実現による人生の充足を意味する「エウダイモニア」。このエウダイモニアのなかでも、仕事で得られる幸せを実感できるのが「well-working」という言葉が示すものだと思います。

そのうえで、人がどういうときにエンゲージメントが高くなるかというと、個人の意見や能力、それから目的などが尊重されていると感じる瞬間なんですね。だから、個人と会社の価値観を100%一致させる必要はないけれど、うまく引き合わせて個人の興味や関心が活かせる状況をつくれるといいですよね。

ワークショップを開催するなど、スローガンの浸透のために取り組める具体的なことはありますか?

石山

みんなでだらだら話してみるといいですよ。通常のワークショップは、時間を区切って制限時間内に行動目標を決めていくために効率的に運営することが多いじゃないですか。ところが、フィロソフィーやスローガンのような重要な概念をみんなで共有していく場合、効率性や客観性を重視すると、かえって理解が難しくなることがあります。それよりも、みんなでだらだらと自分の主観を共有し合うと、何度か会話をしているうちにフィロソフィーやスローガンの理解に繋がる新たな意味がメンバー間で形づくられる可能性が高まるんです。

談笑する石山先生と芹澤さんの様子

芹澤

言葉にできないことって確かにありますよね。SmartHRでも自分たちのカルチャーを言語化しようと試みたことが過去にあるのですが、これをそのまま使っても誤解しか生まないんじゃないかという案しか出てこなくてボツにしたことがあります。でも、みんなで話しているうちに暗黙知として共有されていることもあるんですよね。何かの本で読んだのですが、社会構成主義に近いというか。

石山

よくご存じで。私がさきほど説明したことも、基本的には社会構成主義の話なんですよ。日本では、埼玉大学の宇田川元一先生が『他者と働く──「わかりあえなさ」から始める組織論』(NewsPicksパブリッシング)で書いていらっしゃいますよね。世界では、ガーゲンというアメリカの社会心理学者が有名です。

芹澤

あれは対話を通してでないと物事への理解は深まらないという話ですよね。たとえば「おいしい水」というものがあったとしても、それが具体的にどうおいしいのかを言葉で説明するのはすごく難しい。でも、その水を一緒に飲みながら話しているうちにおいしい水に対する共通認識が生まれてくるっていう。会社のカルチャーも近いものがあると感じていて。「僕はこういうものが会社のカルチャーだと思う」みたいな話をみんなで繰り返していくうちに、自然と共通認識が生まれてくると思うんですよ。

石山

芹澤さんがおっしゃるように、公明正大なものはそれだけあっても機能しないんですね。みんなでだらだらと話し合える場を持てるかどうか。それが重要なんです。

本棚の前で向かい合って話す石山先生、芹澤さん

取材・文:村上広大
撮影:小池大介

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