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無用の経験が人を育てる。お笑い芸人と学者が語る、組織と個人の育ち方

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SmartHRが「“働く”を語る水曜日の夜」をコンセプトに配信するポッドキャスト番組『WEDNESDAY HOLIDAY(ウェンズデイ・ホリデイ)』。​2022年6月の番組スタートから2年が過ぎ、先日配信100回を迎えました。そこで今回は、100回を記念して配信された全3回の特別編「WEDNESDAY HOLIDAY 特別編 〜人が『育つ・育てる』をめぐる3つの視点〜」のレポートをお届けします。

第1回のパーソナリティを務めたのは、お笑いコンビ・ティモンディの前田裕太さんと東京都市大学教授の岡部大介さんです。番組では、「人が育つための“よい経験”とは?」をテーマにお二人の経験も交えながら対話が進みました。

  • ティモンディ・前田裕太

    野球の強豪校である松山市の済美高校に入学しプロ野球を目指す。その後、駒澤大学法学部、明治大学法科大学院中退。頭脳明晰で塾講師としてのアルバイトも経験。のちに、済美高校でも同期であった、高岸宏行とティモンディを結成。お笑い界で頭角をあらわすほか、 2人の野球経験を活かしたYouTubeチャンネル『ティモンディベースボールTV』を開設。野球のほか、裁縫やサッカーなど、幅広い趣味を持つ。

  • 東京都市大学教授・岡部大介

    1973年山形県鶴岡市生まれ。横浜国立大学教育学研究科助手,慶應義塾大学政策・メディア研究科特別研究教員を経て,2009年から東京都市大学専任講師,2012年同准教授,2017年同教授となり現在に至る。博士(学術)。専門は認知科学。著書に『デザインド・リアリティ―集合的達成の心理学』(北樹出版),『ファンカルチャーのデザイン―彼女らはいかに学び、創り、「推す」のか』(共立出版)など。

甲子園に行けなかった。これが僕の“よい経験”

「高校で甲子園に行けなかったことが、当時は完全な自己否定だったんです。でもいま思うとそれがよい経験だったなってすごく思います」前田さんはこう切り出し、自身の経験を語り始めました。前田さんは高校時代、愛媛県の強豪済美高校野球部に所属。高校時代のすべてを野球に捧げていたといいます。

前田さん

甲子園に行けなかった。プロ野球選手になれなかった。企業でいえば売上が立たなかった。いわゆる目標に対して結果が伴わなかった事象です。僕は高校時代のすべてを野球に捧げていましたけど、甲子園出場を掴み取れなかったんです。

だけどこの経験のおかげで、負ける人の気持ちがわかるようになりました。競争社会のなかで、勝ち続けられる人のほうが少ないですからね。そういう意味で社会に出てからは、甲子園に行けなかったことは響きとしてはよくないですが、僕にとってはよい経験だったなって思います。

岡部さん

誰から見たよい経験なのかがポイントな気がします。前田さんの甲子園に行けなかった経験は、何か外的な良し悪しの評価だったんですか?

岡部さんのこの問いは、組織における評価の難しさを端的に表現しています。外部からの評価と、個人の内的な成長感覚の間にある溝。この問題に対して、前田さんは自身の経験から1つの答えを見出していました。

前田さん

甲子園を目指して優勝校を決める。考えてみれば相対的評価にさらされていたと思います。でもこの相対的な評価以外のところで、自分に絶対的評価をしてあげられるかが重要な気がします。僕自身、競争に負けて相対的評価は低いけど、絶対的評価から見れば0点ではないって思えるようになったんです。

それこそ僕は塾の講師を7年ほどやっていたんですけど、テストの点数が低かったり、受験に失敗すると、相対的評価は低くなってしまいます。ただ、そこまで積み重ねてきた学力や努力の仕方、授業を受ける姿勢、我慢できる忍耐力は絶対的評価ですべてプラスに捉えてよいよと伝えていました。

経験の価値は外部からの評価だけでなく、個人の捉え方によって変わりうる。これは組織における評価の在り方に重要な示唆を投げかけます。相対的な評価だけでなく、個人の成長プロセスを認める視点が、人の成長を促すのかもしれません。

前田さんと岡部さんが対面で見つめ合いながら収録を進める様子を収めた写真

「共に楽しむ」場としての組織

ここで岡部さんは、特殊な学び・経験の場「大学の研究室」について語り始めます。

岡部さん

大学っていい場所だなっていつも思うんです。私は大学が好きで18歳から学生、大学院生、教員とずっと大学にいるんです。あんな幸せな場所はないんです。

何がおもしろいかって、たとえば私が3年生だとして4年生の先輩が卒業論文を書いているとします。4年生が収集した膨大なデータをその後の分析に耐えうるように修正を手伝うんです。こうした作業って表計算ソフトの表や数字をいじる一見些末なことに思えるんですけど、この作業がどんな分析につながるのか、どう研究に活きてくるのかが先輩の隣で研究に参加してきたからわかるんです。3年生だから大したことはできないんだけど、自分のやっていることが一連の研究において意味があるんだってわかるんです。

大学の研究室にいると、こんな風に自分がいま組織のなかでどんな役割で、自分のやっていることがどう活きるかが正統性をもってわかる場面に多く出会います。これは学生たちにとっても、私にとってもよい経験なんです。

岡部さんの収録中の様子を収めた写真

岡部さんは、大学の研究室がもたらす特別な学びの形を「共愉」という言葉で表現し、研究室での経験を踏まえながら、育成における重要な視点を提示します。

岡部さん

私は学生を教える・育てるではなく、共愉する感覚が強いです。共愉は共に愉しむと書きます。個々人が興味に突き動かされて学び始めるとよい共同体・組織になるのは間違いないですが、それをどうデザインするかが重要だと思っています。

卒業論文のテーマや対象物を学生が見つけてきて、研修室でああだこうだ言いながら分析を進めると、やっぱり自分じゃ絶対に思いつかないところまで一緒に引き上げられる感覚があるんです。

前田さん

一緒に育つみたいな感じですか?成長を実感する要素や要因には何があるんですか?

岡部さん

因果で考えなくなる感じですね。「これをやったら何になりますか」「次は何をすればいいですか」といった因果を捨てて、その日その場にいる人たちと、そこにあったデータから発想が生まれる。この偶発的なつながりを大切にしています。

前田さん

AになったらBになる、Cを行動したらDになる。この因果って個人で考えるものじゃないですか。だから、因果を考えすぎると組織である意味がないと思うんです。偶発的につながりが生まれ、みんなの想像を超える結論にたどり着くのは、意見を出しあってアイデアが掛け算されるからで、これって組織だからこそ成し得ることだと思うんです。

前田さんの収録中の様子を収めた写真

組織におけるチャレンジを支える環境づくり

因果の話から、組織における挑戦の重要性について議論が展開します。

前田さん

会社のなかで成功するかはわからないけど、1回やってみようという挑戦は成長につながるかもしれないですね。

岡部さん

やってみてほしいですね。上司は部下がチャレンジしていたら、無関心はダメだけれど、干渉しすぎないことも必要ですね。

ここで前田さんは、経験豊富な管理職ならではの課題を指摘します。

前田さん

大人になればなるほど、経験を積めば積むほど、このままだと失敗するかもしれないという因果律が見えてきますよね。でも若手の子からすると、チャレンジでもあるじゃないですか。だから、そこを上司が干渉しすぎると若手の自発的な感情が潰れてしまいますよね。

「大学の研究室と企業の違いは利益を生まなくてもいいところ」と企業と大学の違いを説明する岡部さん。対談は「無用の用」という興味深い概念へと展開していきます。

岡部さん

大学の研究室が会社と大きく違うところって直接的な利益を生まなくてよいことなんです。無駄や損、失敗してもよいというか。そうなってくると、無用の用があふれてくるんです。どうなるかわからないけど、とりあえずやってみようというマインドは会社より醸成しやすいと思います。

前田さん

意味のないように感じることも、結果として何かを判断するときの要素になり得ますもんね。正直、芸人活動をするうえで大学で学んだ法律は仕事に活きていません。でも人格形成や仕事で何か判断に迷ったときの法律的な観点の思考を身につけられたので、勉強してよかったなって思うことが多々あります。

企業が人材育成のために社員にチャレンジさせるのってお金をただ消費する可能性もあると思うんですけど、結果本人もそれで自己形成が成される実感は生まれるし、帰属意識も芽生えると思うんです。だから無用こそ大事な気はします。

岡部さん

組織が経験を通した学習に価値を置いているかどうかが重要です。となると、経験を通した学習を下支えする上司や管理職が部下を引っ張り上げるためのトレーニングを受けないといけないとは思いますね。

また上司が部下の成長を引き上げたら、上司を評価する仕組みも必要です。よい経験を積むことに一丸となって取り組んでいくには、組織全体の変革が必要ですね。

対談の終盤で、前田さんは若手の育成について重要な視点を提示します。

前田さん

若手の子を見ていると、何がよい経験かわからなかったり、やりたいことがない人もいると思うんです。そういった人たちに何を促すかって、結局自分の人生が豊かになって、人生が豊かになれば仕事にも身が乗るということだと思うんです。

美味しいものを食べに行くとか、旅行するとか、何か人生を豊かにすることに重点を置く行動が最終的に若手の子が生き生き仕事をしたり、この日のために仕事を頑張ろうというモチベーションにつながって、結果よい経験の始まりになると思うんです。

前田さんと岡部さんの対談を通じて見えてきたのは、組織における人材育成の新たな可能性です。従来の因果関係や効率性にもとづいた育成の枠を超え、より豊かな成長の形を示唆しています。組織における人の成長。この普遍的なテーマに対して、人と人がつながり合いながら育っていく組織の可能性を私たちに示してくれたのではないでしょうか。

スタジオ内での前田さん・岡部さんの集合写真

「人が育つための“よい経験”とは?」(ティモンディ前田裕太、東京都市大学教授・岡部大介)全編の再生はこちらから

音声版では、今回の記事で取り上げた内容以外にも「よい経験」をめぐるさまざまな話を展開しています。お時間のある時に、こちらもぜひお聴きください。

ポッドキャスト番組「WEDNESDAY HOLIDAY」 について

フリーアナウンサーの堀井 美香さんをパーソナリティに迎え、ビジネス・アカデミック・文化芸能などさまざまな世界で活躍するゲストとともに、個人の働き方や、組織やチームのあり方、仕事を通じた社会との関わり方などをゆるやかに語るトークプログラム。毎週水曜日の夕方5時頃に、最新エピソードを配信しています。配信中のエピソードは、各種音声プラットフォームにて、無料でお聴きいただけます。

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