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時々“サボる”も社会への責任?仕組みで変えるフィンランドの働き方

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「もう少し頑張れたのに」「自分のスキルが足りないから」。仕事がうまくいかないとき、私たちは解決の糸口を「個人の頑張り」に委ねてしまうことがあります。ですが、私たちの抱えるしんどさの背景には、個人の努力不足ではなく「仕組み」の不備が隠れているのかもしれません

今回お話を伺うのは社会学者の朴沙羅さん。フィンランドでの暮らしを綴った著書『ヘルシンキ 生活の練習』は、読者に日常や社会のあり方を見つめ直すきっかけを与えています。北欧の理想的な働き方を支える合理的な考え方から、頑張りに依存せず健やかに働く視点を朴さんと探ります。

※SmartHRでは、「"働く"を語る水曜日の夜」をコンセプトに、ポッドキャスト番組『WEDNESDAY HOLIDAY(ウェンズデイ・ホリデイ)』を配信しています 。本記事は朴さんがご出演された回をもとに制作しています。質問も含め、内容を再編集しています。

朴沙羅(ぱく・さら) さん

社会学者(専門はナショナリズム研究、移民研究)

1984年、京都市生まれ。京都大学大学院博士後期課程修了。神戸大学講師、ヘルシンキ大学文学部講師を経て、2025年9月より京都大学人間・環境学研究科および地球環境学堂准教授。著書に『ヘルシンキ 生活の練習』『家(チベ)の歴史を書く』『外国人をつくりだす 戦後日本における「密航」と入国管理制度の運用』ほか

「北欧は夕方4時退勤」の正体は、仕組みの力?

日本では「北欧の人は効率的に働き、午後4時に退勤して暮らしを大切にする」というイメージがあります。実際の働き方や仕事の価値観はどうなのでしょうか?

朴さん

基本的に「家庭生活や個人の生活がメイン。そのために仕事がある」という考えが徹底されていると思います。ですが、日本で紹介される「フィンランド人はなぜ4時に仕事が終わるのか?」といった趣旨の書籍を紹介すると、現地の皆さん爆笑されます。「終わらないよ!」と(笑)

早朝から働き始める人なら夕方に帰れるかもしれませんが、そうでない人も多くいます。私の上司から深夜3時にメールが届いていたこともありました。

私のように管理職ではない立場の場合、日本より労働時間が短いのは確かです。一番の理由は法律で残業の割増賃金が高く設定されているからです。そのうえフィンランドは労働組合の力が非常に強いです。労働組合に一言も触れずに「なぜ4時に終わるのか」の答えは出せないと思います。

「フィンランドは生活があって仕事がある」という考え方は、どういった場面で感じますか?

朴さん

まず、法律で生活を大切にするルールがしっかり定められています。たとえば「小学校4年生より下の子供が病気の場合、親は年間5日まで有給休暇が取れる」と決まっていて、自分が病気でなくても子供のために休める仕組みがあります。

また、子供の権利条約ができた日が「子供の日」です。この日に、子供を職場に連れていって親の働く姿を見せる取り組みをしている職場もあります。ヘルシンキ大学でも実施されていて、学内が子供で賑わうオープンキャンパスのような雰囲気になっていました。

職場にも「生活優先」の空気があります。リモートワーク中に子供がドタバタしていても、誰も気にしません。いや、気にしてはいるのでしょうが、顔に出してはいけないという同調圧力があります。フィンランドはストライキが多く、その影響で電車やバスが止まって職場に来られなくても「仕方ないでしょう」と受け入れられる。個人の事情や権利が、仕事よりも尊重されます。

朴さんの書籍『ヘルシンキ 生活の練習』の書影

(朴さんの著書『ヘルシンキ 生活の練習』)

「出力60%」で働くのが社会への責任?

フィンランドは社会保険が手厚く、医療費なども安いイメージがあります。働き方の面でも、福祉国家ならではの考え方を感じる場面はありますか?

朴さん

前提として、社会保険は手厚くて何でも無料、というわけではありません。公立であれば大学までの授業料、18歳までは医療費も無料ですが、子供手当などは日本がより手厚かったりします。

手厚さ以上に「広く薄く、どんな境遇の人も利用できる」という考え方が貫かれていると感じます。外国人も無料で仕事に就くためのトレーニングを受けられますし、失業した際も国籍や働き方に関わらず、職業訓練を受けて別の職種にトライできます。

働き方の違いでいうと健康診断で看護師さんに言われた言葉が象徴的でした。「仕事にご不満がありますか?」と聞かれた際「もう少し頑張れたのに、今日も仕事を残してしまった」と答えたら、こう言われたんです。

仕事時間をフルに頑張っていたら燃え尽きてしまうので、8時間のうち60%だけ働いてください」と 。

残りの40%の時間は、休んでいてもいい...?

朴さん

同僚と喋ったり、窓の外の鳥でも見ていてくださいと言われました(笑)。

実はこれ、優しいように聞こえますが、非常に合理的です。というのも、国にとっては働かせすぎて誰かが燃え尽きてしまったら、その期間は税金が納められないどころか、多額の医療費や福祉コストがかかってしまうからです。社会全体にとって、そのほうが「公の迷惑」になる。だから「迷惑をかけないために、ちゃんとサボってね」と言われたわけです。

フィンランドでは出力を6割に抑えてでも、元気に働き、税金を納め続ける。それが社会に対する個人の「責任」なのだと感じます。これは福祉国家の「厳しさ」の側面でもありますよね。

機能を組み合わせ、効率的に成果を出す仕組み

職場のコミュニケーションには、どのような特徴がありますか?

朴さん

基本的には日本と大きく変わりませんが、多様な国籍や専門分野の人が集まるため、「空気を読む」のではなく、共通のルールがはっきり言葉にされていると感じました。

会議の終了時間も明確です。2時から4時までの会議なら、4時になったら必ず終わります。皆忙しく、パッパッと次の会議に移っていく印象があります。

本文中の朴さんの職場での気づきをまとめた図表

評価制度についても伺いたいです。日本のような年功序列などはあるのでしょうか。

朴さん

フィンランドの大学の場合、キャリアは「職階(ステップ)」ではなく「職能(役割)」で分かれています。日本のように講師から准教授、教授へと自動的に昇進していく制度はありません。

准教授や教授は「ラボを運営する人」、講師は「授業をする人」という役割が分担されています。もし講師が教授になりたい場合は、一旦講師をやめて、教授の公募に応募し直す必要があります。

時期が来れば「部長になる?」といった打診があるわけではないのですね。

朴さん

 その点では、日本の仕組みはむしろ親切で余裕があると感じることもあります。

背景にはリソースの制約があると思います。フィンランドの国立大学はとにかく予算がシビアなんです。年度末には論文の数や講演、アウトリーチ活動などをすべて点数化して報告し、その合計点で翌年の予算が決まります。

リソースが限られているからこそ、会議も時間どおりに終わらせ、機能を役割で切り分ける。お金がなく、増えもしないことを前提に、効率と成果主義をアピールし続けないといけないのが、フィンランドの国立大学だと思います。

個の働き方ではなく、集団で「働かせ方」を更新する

日本とフィンランドを行き来するなかで、理想の働き方について朴さん自身の意識変化はありましたか?

朴さん

「働き方」ではなく「働かせ方」の問題が大事と感じるようになりました。 個人で頑張るのはやめましょう、と言いたいです。

今日お話した残業代や子供の病気休暇の法律、あるいはストライキなども、社会の仕組みやルールの話でした。

いま困っているのは、あなたの「働き方」の問題ではなく、あなたの職場の経営陣による「働かせ方」に問題があるかもしれない。企業や国がどのように労働を規制、あるいは促進するかの問題ですね。ぜひ自分や特定の他人にではなく、組織や仕組み、法律や制度にも目を向けてみてほしいです。

働き方を個人の問題として受け止めすぎない、社会として変えていくにはを考えるのも大切ですね。

朴さん

個人で対策を立てるのではなくグループをつくる。働いている人なら組合に入り、なければつくる。集団で制度を変えていかないと変わりません。

フィンランドでは、ストライキによって電車やバスが止まることもありますが、責められるのは組合や労働者ではありません。 みんなストライキは嫌ですが、お互い様です。そうしなければ雇用や労働が守られないような、仕組み(国や企業の働かせ方)に問題がある。

もちろん個人の働き方も大切ですし、考えるのはいいことです。でも、同時に職場の人たちの働き方や、日本全体の働かせ方にも注意を向けてみるのを勧めたいです。

サウナに入ってマリメッコの服を買うより、組合に入るほうが確実にフィンランドの生活に近づきますよ(笑)。そのほうが“4時退勤”のフィンランドの健やかな働き方に近づくはずですから。

音声版『WEDNESDAY HOLIDAY』全編の再生はこちらから

音声版では、今回の記事で取り上げた内容以外にもフィンランドの生活をめぐるさまざまなお話を展開しています。お時間のある時に、こちらもぜひお聴きください。

フリーアナウンサーの堀井美香さんをパーソナリティに迎え、ビジネス・アカデミック・文化芸能などさまざまな世界で活躍するゲストとともに、個人の働き方や、組織やチームのあり方、仕事を通じた社会との関わり方などをゆるやかに語るトークプログラム。毎週水曜日の夕方5時頃に、最新エピソードを配信しています。配信中のエピソードは、各種音声プラットフォームにて、無料でお聴きいただけます。

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