ポーラが進める女性の健康支援。社内の「共感力」にも変化が
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この記事でわかること
- ポーラが女性の健康支援に取り組む背景
- 取り組みの浸透や効果測定について
- 健康支援の実施による変化、成果
目次
社会での女性活躍が進む今、企業には女性特有の健康課題への理解促進や支援が求められています。しかし「前例がないため支援制度を導入できない」「上司や周囲の理解がなく、制度があっても活用しづらい」といった声が挙がることもまだ多く、過渡期における価値観の摩擦も少なくありません。
そうした事例もあるなかで、先進的な女性向け健康支援を推し進めてきたのが、株式会社ポーラです。全従業員のうち女性社員の割合が70%を超えるポーラでは、2021年以降、不妊治療や卵子凍結の金銭的補助、女性トイレへの生理用ナプキンの常備、女性の健康について理解を深めるウェビナー開催などのサポートを実施。業務パフォーマンスの向上だけでなく、社内の風土にも変化を与えられたそうです。
今回は人事戦略部 ワーキングイノベーションチームで女性従業員の健康課題解決に取り組む荘司明子さん、廣川直子さんに、取り組みの背景やポイントについて伺いました。
- 荘司明子
株式会社ポーラ 人事戦略部 ワーキングイノベーションチーム
某アパレルメーカーより、1999年ポーラ西東京販売株式会社(現株式会社ポーラ)に中途入社。トータルビューティー事業ビジネスパートナーへのサポート業務を経て、2016年以降人材育成や接点開発・顧客向け媒体制作を経験。その後、コーポレート室にて経営層と従業員のつながり強化取り組みを担う。2024年1月から現職。気分転換はホラー映画鑑賞。
- 廣川直子
株式会社ポーラ 人事戦略部 ワーキングイノベーションチーム
アパレルメーカーの営業、通販サイトのバイヤー経験後、2013年に株式会社ポーラに入社。商品企画部にて商品開発の業務に従事。2019年に人事戦略部へ異動し、現在はDEI、両立支援、健康支援等の業務を行う。1児の母。趣味はテニスとボルダリング。
あらゆる「壁」を解消するために、女性向けの健康支援を拡充
女性向けの健康支援施策をさまざまに実施されていますが、取り組みがはじまった背景を教えてください。
荘司さん
ポーラでは、2029年に創業100周年を迎えるにあたって「私と社会の可能性を信じられる、つながりであふれる社会へ」というビジョンを掲げています。その実現に向けて、2020年に定めたサステナビリティ方針が、女性向けの健康支援を充実させる大きなきっかけとなりました。
方針では、ゴールのひとつに「ジェンダー、年齢、地域格差、さまざまな『壁』の解消」を掲げています。あらゆる「壁」を解消し、従業員とその家族のWell-beingを追求する活動を加速させるなかで、女性向けの健康支援への取り組みも強めていったんです。
廣川さん
2021年に実施した社内調査では、女性社員の8割以上がPMS(月経前症候群)を感じているという結果が出ています。生理前〜生理中は通常の半分程度のパフォーマンスしか発揮できないという回答もあり、多くの社員が「つらい」と言い出せずにいたのだと再認識しました。
どのような取り組みから着手されたのでしょうか?
廣川さん
「Cradle(クレードル)」というパートナー企業の提供により、不妊治療や卵子凍結に関するクーポン配布やウェビナー配信を行いました。とはいえ、ひとつの取り組みだけでは社員への認知はなかなか広まりませんから、ほかの施策も同時並行で導入を進めました。
社員の要望を受けて導入した施策もあるのでしょうか。
廣川さん
女性用個室トイレの生理用ナプキンボックスは、社員の声を受けて導入したものです。ただ、生理用ナプキンは薬機法における医薬部外品の規制があるので、設置する際に衛生面に気を配る必要があるんですね。そこでサービスを提供してくれるパートナー探しからはじめました。
その結果、商業施設向けにサービスを展開していた「OiTr(オイテル)」と提携できたのですが、OiTrにとっても企業への導入は初ということで、イチからプランを検討しなければならない……といった苦労もありました。
荘司さん
だからこそ、導入効果として社員の喜びの声を聞いたときは嬉しかったです。要望を出してくれた社員は、人事部まで直に足を運んでお礼を伝えてくれました。また、掲示板の告知を見た男性社員からも「これって何?」と興味をもってもらえて、新しい知識を得るきっかけになったのもよかったです。
実際に利用するかより、選択肢があることが大切
多種多様な施策を導入するなかで、導入有無の判断軸となる考え方はありますか?
荘司さん
ポーラは、一人ひとりが公平に活躍でき、違いを当たり前に受け入れる組織を目指しています。私自身、異なる業界から転職しているのですが、現在に至るまで数多くのチャレンジをさせてもらって、まさにダイバーシティを体感できるキャリアを積んできました。女性向け健康支援を進めるうえでも、その人のもつ個性や背景、人生の選択を尊重する考えを前提に検討を進めていきました。
廣川さん
たとえば、卵子凍結や不妊治療などは女性のキャリアプランやライフプランに大きく関わります。人事部にも不妊治療経験者がいるのですが、話を聞くと「もっと若いころからはじめていたらよかった」と言っていたのが印象的でした。年齢の若い人や問題に直面していない人だと、そもそも不妊治療がどのようなものなのか知らなかったり、考える機会自体も少なかったりしますよね。
だからこそ、会社の制度として導入することで考えるきっかけをつくるのはもちろん、実際に利用するかどうかではなく「自分自身の人生を選んでいくための選択肢があるんだ」という実感をもってほしいと考えました。
一人ひとりの選択肢を増やすためには、施策をまず知ってもらう必要があると思います。認知を広げるために、社内でどのように情報発信されていますか?
廣川さん
社員が気軽に参加できる社内ウェビナーを人事部主催で実施しています。また、社内には更年期や産休・育休、LGBTQ+アライなど幅広いテーマを扱う「ワーキンググループ」という有志のコミュニティ活動も盛んです。ランチタイムを活用したワーキンググループ主導のウェビナーも活発に開かれています。
人事部のみではなく、社内で自発的な取り組みが生まれているのですね。施策の利用者数は増えていますか?
廣川さん
生理用ナプキンボックスを活用している社員は多いと思います。不妊治療や卵子凍結はもともとの費用が高額なので、クーポン利用者も多いわけではありませんが、無料のAMH検査を受診した社員からは「自分の体について事前に知ることや、計画を立てることが大切なのだと知り視野が広がった」という声をもらいました。
社内の認知度など、どのように効果測定されているのか教えてください。
廣川さん
社内で働きがいに関する調査を実施する際、「性別関係なく働くことができる」という調査項目の数値をチェックしています。2021年から開始した調査ですが、年を追うごとに数値が上がっているので、少なくとも社員のみなさんには伝わっているのではと感じています。
女性向け健康支援が進んでから社内での「共感力」が高まった
女性向け健康支援を導入する前に感じていた「社内で話しづらい雰囲気がある」という課題についてはいかがですか?
廣川さん
生理で体調が悪いときに、周りの人に相談できるようになったと聞きました。私は、ポーラの社員は多少無理しても頑張る人ばかりだと感じているので、これまで「人に頼ったらいけない」と我慢してしまったり、自分のつらさを開示できなかったりしたんじゃないかと想像できるんです。だから、ウェビナーで経験談を話したり、みんなで知識を共有したりする時間をつくったことで、少しでも話しやすい空気が生まれたら嬉しいですね。
荘司さん
生理痛の重さや痛みに対する許容度は人それぞれ違うので、同じ性別でも痛みを分かち合うことは難しい。だからこそ、メンバーは生理痛で寝込んでしまうほどだけど、リーダーの女性はあっけらかんとしているから休みづらい……という状況もあったと思うんです。そういった葛藤も、話し合える雰囲気ができた結果、減っているのではと考えています。想像力を働かせてメンバーに配慮するのもマネジメントのひとつなので。健康支援がメンバーやチームのマネジメントによい影響をもたらすことも期待していますね。
私の肌感覚ですが、女性向け健康支援が進んでから社内での「共感力」が高まってきたような気がします。当事者でない人も、相手の置かれた状況を想像し、共感する。結果的にお互いの距離感が近くなり、業務が円滑に進む。そういった小さな変化が、社内の至るところで起きている印象があります。
制度を使う・使わないだけでなく、そうした意識の変化が生まれることが重要なのかもしれませんね
荘司
従業員の働きやすさはパフォーマンス向上につながりますし、結果として会社へのエンゲージメントを高めることも期待できます。会社にとってもよいことばかりだと感じますね。
「誰かのための制度」から「自分のための制度」へ
手応えを得ているなかで、現状見えている改善点やさらなる課題はありますか?
廣川さん
D&Iの方針としては、女性だけではなく、一人ひとりが個性を活かして活躍できる組織にしたいと考えています。今回お話しした健康支援策は女性向けのものですが、“女性だけのもの”ではありません。たとえば、更年期障害であれば男性にも起こりうることですし、不妊治療に悩む男性も少なくありません。
荘司さん
それに同じ女性であっても、施策内容に対して思うことは人ぞれぞれです。私自身、不妊治療や卵子凍結のクーポン配布がはじまったときは、自分自身のニーズとは別で「自分向けじゃないな」と考えていました。ケアやサポートを必要とする人がいて、そのニーズに会社が応えていること自体に好感をもつ社員は多数いますが、どこか自分事化できていない人がいるのも事実だと思います。
廣川さん
今まではスピード感をもって広げてきたので、これからは荘司が言ったように「自分事化してもらえるための工夫をしていかなければならないと考えています。現状は「誰かのための制度」だと思っている人が多いので、「自分のための制度」だと思ってもらえるようにしていきたいですね。これからも制度を通して、知識を得ることや他者への想像力を大切にする文化をつくっていきたいと思います。
取材:石澤 萌