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「より貢献したい気持ちに」離職せず、夫婦で不妊治療に向き合えた職場環境とは

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働き方の多様化が進むいま、「オフィスか、家か」「仕事か、プライベートか」といった二元論で考えを巡らしても、一律の答えは出てきません。タイミングに応じてどちらの選択肢も取れるようにする。そのような柔軟性のある発想が個人にも企業にも求められています。

そこで、この連載特集「働く&」では、「A or B」ではなく「A and B」を実現するための両立支援制度にフォーカス。実際にどのような取り組みをされているのかを探ります。

第5回に登場するのは、約2年にわたり仕事と不妊治療の両立に取り組んだ酒本健太郎さん・美有さん夫妻です。

不妊治療は、通院や治療による身体の負担だけではなく、「いつ妊娠できるのだろうか」という心の負担、そして金銭的な負担が重くのしかかります。では、従業員を支援するために、企業はどのような制度や環境を整えればよいのでしょうか。酒本さん夫妻に、治療中の働き方や会社からの支援、治療と仕事を両立できた要因について話を伺います。

「私(妻)だけ有休が減っていくことにモヤモヤする」と言われた

不妊治療をされていた期間はどのくらいでしたか。また、差し支えなければ不妊治療をはじめる経緯についても教えてください。

美有さん

治療期間は、2020年9月から2022年12月までの約2年間です。結婚式や新婚旅行が終わって、「そろそろ子供のことを考えてもいいよね」という話になったのがきっかけでした。不妊治療に踏み切ったのは、そもそも私が生理不順で、子供ができにくい体ではないかと思っていたからです。薬をもらうために婦人科クリニックに通っていたため、その延長で妊活について医師に相談しました。

健太郎さん

ただ、ここまで長く時間がかかるとは思ってもいませんでした。二人とも効率を重視する性格なこともあり、半年くらい頑張れば授かるんじゃないかと考えていたんです。見通しが甘かったですね。

美有さんと健太郎さんが座ってお話している様子

酒本美有さん、酒本健太郎さん

二人とも、同じ会社の同じ営業本部に所属されていると伺っています。当初は美有さんだけが病院に通われていたものの、途中から健太郎さんも一緒に通院するようになったそうですね。

美有さん

当初は業務時間内に中抜けして通院しつつ、その時間にやるべき業務は別の時間に働くことでカバーしていました。また、病院では診療は数分で終わるものの、そのほかの時間はほぼ待ち時間になります。チャットなどスマホで対応できる仕事は病院内で対応し、治療内容的に仕事の対応できる時間が短くなりそうと予測できる日は有休を取っていました。

でも、私だけ有給休暇が減っていくことや、私だけ病院に通わなければいけない負担を背負っていることにモヤモヤを感じるようになりまして……。それを夫に伝えたところ、「たしかにそのとおりだから僕も病院に通う」と早々に言ってくれたので、ちょっと驚きもした反面、ありがたいなと思いました。

健太郎さん

僕が鈍感で言われるまで気づかなかったのですが、我が家は家事なども平等に半々ずつ分担することをルールにしているので、通院に関しても言われてみたら当然だなと。

美有さん

不妊治療期間中は、どのようなスケジュールで通院されていたのでしょうか。

美有さん

時期によって異なるのですが、多いときは月に4〜6回ほど。大変だったのは、自分たちで治療のスケジュールを決められないことでした。医師から「次は◯日にまた来てください」と伝えられ、そのとおりに通院しないといけないんです。

健太郎さん

一緒に通院するようになって、ここまで急な予定の調整が必要になるものなのかと驚きました。と同時に、これは妻だけに任せることではなかったと反省もして。通院のタイミングは不確定要素が多いんです。会社のカレンダーに予定を入れる際も、休む可能性のある日の午前中をすべて仮でブロックしておき、「実際に通院するのは4回のみです」といった形でチームメンバーに予定を伝えていました。

美有さん

私も急な通院が入る可能性のある時期は、社内打ち合わせや商談候補日を午後だけに設定するなど調整していましたね。

治療についての社内での共有や相談はどこまですべきか

不妊治療を受けていることに関して、メンバーに話されていたんですね。

美有さん

私はプライベートについて話すのが嫌なタイプではないので、上司と雑談をしているときに「実は不妊治療をしているんです」という話もしていました。通院で抜ける時間に自分がすべき仕事は別の時間でカバーするつもりだとも伝えていて。

その後、人工受精で通院が増えるタイミングや薬の副作用で体調不良になったときは、チームメンバーにも話しました。

健太郎さん

僕は体外受精に移行して通院が増えてきたタイミングで、これは一度きちんと休む理由を伝えないとかえって心配をかけると思い、上司とチームメンバーに報告しました。

健太郎さん

不妊治療と仕事を両立していくために、社内への相談や共有はどのような形でするのがよいと思いますか?

美有さん

基本的には本人が伝えたいと思ったタイミングで伝えるのがよいと思いますが、一緒に働く仲間としても治療について知っていたほうが、急な休みが発生したときに協力しやすいのではないかと思います。急な休みが連続で発生すると、心配する人が現れるかもしれないので。ただ、日頃から職場の心理的安全性が高い状態かどうかで、治療について伝えられるかどうかは変わってくると思います。

健太郎さん

僕の場合は、チームメンバーには淡々と治療について共有しつつ、「みんなも何かあったら気軽に話してほしい」と啓発する気持ちで伝えていました。とはいえ、男性も一緒に通院する理由がわからない人もいるかもしれません。ですから、パートナーのメンタルケアはもちろん、専門用語が多くその場での認識のすり合わせが必須であること、治療にかかる費用が高額であることなどから一緒に行く必要があると伝えました。

通院や体調不良で仕事を休む際、職場のメンバーにできるだけ負荷をかけないために意識されていたことなどはありますか。

美有さん

通院のタイミングがなかなか読めなかったので、打ち合わせがある際は事前に背景情報や何を決めたいかをカレンダー上に入力しておきましたね。もし自分が出席できなくなっても打ち合わせが問題なく進むように心がけていました。

美有さんと健太郎さんが座ってお話している様子

休職を選択する、転職・退職するなど、今後の働き方を変えようか検討したタイミングはありましたか?

健太郎さん

体外受精に移行するタイミングで、業務に支障はそこまで出ないだろうと思いつつも、念のため上司に働き方を変えるべきか相談しました。ありがたいことに変えなくてもOKという返答だったので、通院の際はお休みしつつ、基本的な働き方は変えずに業務を続けました。

美有さん

私は休職・退職といった選択はあまり考えなかったですね。退職すると余計に妊娠することを期待してしんどくなることが見えていましたし、治療のためにお金が必要だったから。有給休暇以外に『ケア休暇』という時間単位で休みを取得できる制度もあったので、ありがたいことに有給休暇が足りなくなることもありませんでした。ただ、クライアントへの訪問があまりにも多いポジションであれば、働き方や業務内容を変えないといけなかったかもしれません。

管理職こそ、不妊治療に関する勉強会に参加してほしい

あらためて振り返ってみて、二人が不妊治療と仕事を両立できた一番の要因は何でしょうか?

美有さん

勤務時間の柔軟さと透明性のある情報共有環境、多様な働き方を受け入れてくれる社内の雰囲気、そして何より、個別ニーズにあわせて人事制度を改善する余地のある企業風土が大きかったと思います。

健太郎さん

実は不妊治療をはじめて1年半が経ったころ、人事に時間単位の有給取得ができるように要望を伝えたんです。社内ではすでに検討段階に入っていたようですが、僕たちが治療についての現状や他社事例などを自作の資料を通して伝えたことも後押しになったようで、スピード感を持って制度を改善してくれました。

美有さん

あと、不妊治療に対する社内の理解度が低いと治療を受ける当事者も休みづらくなってしまうと思うのですが、うちの会社では有志参加型の勉強会が開催されていたこともよかったですね。とくに管理職の皆さんは、機会があるならぜひ参加してほしいです。

美有さん

不妊治療と仕事の両立について不安に思う当事者に、二人からアドバイスやメッセージがあれば教えてください。

健太郎さん

ひとりで抱え込まず、パートナーを巻き込んで二人のプロジェクトにすることが大事だと思います。僕自身、実際に不妊治療を経験して強くそう思ったので、ブログにもまとめたくらいです。

健太郎さん

妻の通院に付き添わなければ、大した当事者意識もないまま子育てをすることになっていたと思います。女性が妊娠した場合も、男性は体調の変化がありませんから。また、不妊治療をテーマにした漫画やドラマを一緒に見て啓蒙することもよいのではないでしょうか。

美有さん

仕事と不妊治療の両立が辛いと休職したくなるかもしれません。ですが、不妊治療だけの生活になると、治療がうまくいかないときにますます逃げ場がなくなって心が辛くなったり、金銭的な悩みも出てきたりすると思います。不妊治療はいつ終わるのか分からない出口の見えないトンネルですから…。だからこそ、仕事でも趣味でもいいので自分の意識を不妊治療以外に向けられる時間をつくれるとよいのではないかと思います。

不妊治療と仕事の両立を経て、より会社に貢献したいと思うように

不妊治療と仕事の両立支援をすることは、会社にとってどんなメリットにつながると思いますか?

健太郎さん

一番は採用ではないでしょうか。あるとき、不妊治療のことを社内でオープンにしたら「実は私たちも治療中なんです」と声をあげてくれる人がいたんです。センシティブなテーマだからこそ、周囲に話しても大丈夫なのかと不安に思ったり、悩みを共有できずに抱え込んでしまったりすると思うんです。会社をあげて支援していることが周知されれば、目の前の仕事に向かって安心して働けるように思います。

美有さん

離職を防ぐ効果は絶大だと思います。治療と仕事との両立が叶う会社であれば、安心して妊活に取り組めますから。

健太郎さん

健太郎さん

両立支援を実現するためには、テレワーク環境の整備や時間単位の有給休暇取得、さらには相談窓口の設置、さらには専門家・ピアサポーターとつながることのできる環境があるのが理想です。また、業務内容にもよりますが、業務が属人化されないよう、システム化を進めることも大切だと思います。

ただ、最優先されるべきは当事者のニーズです。他社事例を調べるよりも、社員個人の事情のヒアリングに時間をかけるほうがおそらくよいはずです。不妊治療はなかなか可視化されにくいトピックでもあるので、人事・労務担当者には一人ひとりに向き合ってぜひ話を聞いてみてほしいですね。

美有さん

制度整備や風土づくりは本当に大変ですが、実現できれば、不妊治療にかぎらずさまざまな制約で悩んでいる人たちの働きやすさにつながります。働きやすい職場になればなるほど、「もっとここで頑張ろう」と社員一人ひとりの貢献度も高くなるのではないでしょうか。

ご夫婦とお子さんのお写真

会社に対して、どのような思いがありますか?

美有さん

心からありがとうと思っています。とくにチームメンバーや人事制度をつくってくれた社員に対しては感謝してもしきれません。リモートワークや時間単位の有給休暇取得はもちろん、多様な働き方を歓迎する社内の風土がなければもっと辛い思いをしていたはず。そうした恩があるからこそ、会社に貢献したいと思う気持ちが強くなりましたし、同じように悩んでいる後輩やメンバーがいたら、その人たちのために力になりたいと考えています。

また、おそらくあと何年かすると職場の平均年齢も上がり、家族の介護などでお休みを取る社員も増えてくるのではないかと思うんです。今回の不妊治療の経験があったことで、自分はまだ経験していないことに関しても、助け合いの気持ちをもてるようになりました。

健太郎さん

僕もまったく同じ気持ちです。有給休暇制度の変更について、会社によっては突き返されることもあると思うんです。そうならず、すぐに検討・改善してくれたのは、それだけ社員と向き合ってくれる会社だからこそなんだろうなって。

取材・文:生湯葉シホ
撮影:井上嘉和

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