仕事と不妊治療「35%が両立できない」いま求められる職場づくりとは【社労士が解説】
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働き方の多様化が進む今、「オフィスか、家か」「仕事か、プライベートか」といった二元論で考えを巡らしても、一律の答えは出てきません。タイミングに応じてどちらの選択肢も取れるようにする。そんな柔軟性のある発想が個人にも企業にも求められています。そこでこの特集「働く&」では、「A or B」ではなく「A and B」を実現するための両立支援制度にフォーカス。
今回は、不妊治療と仕事の両立のため、人事・労務ご担当者がどのようなことに取り組むとよいか、専門家に解説いただきました。
こんにちは。社会保険労務士の宮原です。
我が国で少子高齢化が問題となって久しく、最近では新型コロナウイルス感染症が婚姻件数や妊娠届出数に影響を及ぼし、少子化の進展に拍車をかけています。少子化の先にあるのは、労働生産人口の減少による経済発展への影響です。
※ (参考)令和4年版 少子化社会対策白書(全体版<HTML形式>) 第1部 少子化対策の現状(第2章 第2節 2)- 内閣府
政府はこの状況に危機感を抱き、「異次元の少子化対策」としてあらゆる政策を打ち立てています。
少子化の背景には、結婚への意識変化や経済的な理由、女性の社会進出などを要因とした未婚化や晩婚化があると考えられています。晩婚化に伴う晩産化だけでなく、男女が結婚生活に入ってから子の出生までの平均期間も長くなっています。
※ (参考)令和3年度「出生に関する統計」の概況 P5 表1 妻の平均初婚年齢・母の出生時平均年齢・出生までの平均期間 - 厚生労働省
このような社会情勢の変化に伴い、不妊治療を受ける人が増加しています。一般的に男女ともに妊娠・出産の適齢があると考えられており、「子をもちたい」と考えた時期にスムーズに妊娠・出産に至らない場合には不妊治療が重要な選択肢となります。
しかし不妊治療は時間的、精神的負担が大きく、また不妊治療に対する認識が十分に浸透しておらず、仕事との両立に悩む人も多いといわれています。
不妊治療を受けながら働き続けるために企業ができることはなにか、考えてみましょう。
不妊治療の現状
1. 13.9人に1人が生殖補助医療による出生児
少子化が進む一方、体外受精による出生数は増加し、2020年には60,381人が生殖補助医療により誕生しています。これは全出生児の7.2%、約13.9人に1人の割合になります。
2. 夫婦全体の4.4組に1組が不妊の検査や治療を受けている
不妊に悩む夫婦、そして実際に不妊の検査や治療を受けたことがある(または現在受けている)夫婦は年々増加傾向にあります。
2002年には26.1%の方が「不妊を心配したことがある」、12.7%の方が「不妊の検査や治療を受けたことがある」を回答していますが、2021年には前者が39.2%、後者は22.7%となり、治療を受けている方は倍に近い状況まで増えています。
3. 仕事と両立できないと回答した人の割合は35%
体外受精により出生する子供の数が増え、また不妊治療を受ける夫婦も増えているにもかかわらず、仕事と不妊治療の両立に困難を感じる人がいます。結果的に仕事を諦めるといった状況に陥ることは、労働者だけでなく企業にとっても大きな損失です。
不妊治療をしたことがある(または予定している)従業員で、「両立している・両立を考えていると」した割合は53%ですが、「仕事との両立ができなかった・両立できない」と回答した人の割合は 35%となっています。
仕事と治療の両立ができなかった理由として1番多いのは「精神面で負担が大きいため」が1位、「通院回数が多いため」が2位となっています。
仕事と不妊治療の両立が難しい理由は多岐にわたりますが、職場内の理解がなく、精神的な負担を感じて仕事との両立を諦めるケースもあると考えられます。両立できれば活躍いただける方の望まない離職を防ぐために、企業としてできるサポートの検討が必要といえるでしょう。
仕事と不妊治療の両立支援制度の導入ステップ
ここからは、不妊治療と仕事を両立するために企業ができる支援制度構築のステップについて解説します。
ステップ1.取組方針を明確にし、体制を整備する
まずは企業のトップが、不妊治療と仕事の両立をサポートする姿勢を明確に示すことが重要です。また、取り組みを主導する担当者を定めることも忘れてはなりません。
ステップ2.仕事と不妊治療の両立に関する実態を把握する
最初に、企業の取組実態を把握します。マニュアルのP11にあるチェックリストを参考に確認しましょう。
従業員に対しては、アンケートの実施をお勧めします。アンケートでは従業員自身の状況把握だけでなく、不妊治療に対する基本的な知識の有無も確認しましょう。アンケート例はマニュアルのP13〜15に掲載されていますので、参考にするとよいでしょう。
不妊治療はデリケートなテーマであり、「不妊治療を受けていることや不妊治療への考え方を会社に知られたくない」と考える人も多いかもしれません。アンケートの意図や意義、アンケートの結果を受けて企業として積極的に取り組む姿勢を明確に示すことが大切です。アンケートは無記名で実施し、回答は任意とするのがよいでしょう。
ステップ3.両立支援制度の設計
アンケートの結果も踏まえて、具体的な両立支援制度を設計します。社内に不妊治療を経験した従業員がいない場合もありますし、アンケート結果のみでは求められる制度がはっきりしない場合もあるでしょう。そのような場合は、実際に仕事と不妊治療を両立させた方の意見や、他社の制度を参考に検討するとよいかもしれません。
マニュアルでは、仕事と不妊治療を両立するうえで利用した制度として「年次有給休暇」や「柔軟な勤務を可能とする制度(勤務時間、勤務場所)」があげられていますが、「利用していない」との回答が一番多く、まだ取り組みとして具体的に進んでいる企業は多くない状況です。
一方、仕事と不妊治療を両立するうえでの会社等への希望として多くあがっているのは、「不妊治療のための休暇制度」や「柔軟な勤務を可能とする制度(勤務時間、勤務場所)」「有給休暇を時間単位で取得できる制度」であり、まずは両立のために柔軟に働ける制度が求められていることがわかります。
制度設計に際して、不妊治療に要する通院日数や頻度の目安、治療による心身への負担も理解しておきましょう。一般の不妊治療の場合、女性は診療1回あたり1〜2時間程度の通院が月2〜6日とされています。生殖補助医療となるとさらに時間も通院回数も増加します。
身体への副作用だけではなく、「妊娠できない」「夫婦の気持ちにすれ違いが起きている」といった精神的な負担も大きいといわれています。従業員が心身の不調に追い詰められて離職を選んでしまうことのないように、社内にどのようなサポートがあれば働き続けられるのかを検討しましょう。
治療 | 月経周期ごとの通院日数目安(女性) | 月経周期ごとの通院日数目安(男性) |
---|---|---|
一般不妊治療 | 診療時間1回1~2時間程度の通院:2日~6日 | 0~半日 ※手術を伴う場合には1日必要 |
生殖補助医療 | 診療時間1回1~3時間程度の通院:4日~10日 + 診療時間1回当たり半日~1日程度の通院:1日~2日 | 0~半日 ※手術を伴う場合には1日必要 |
※(出典)不妊治療を受けながら働き続けられる職場づくりのためのマニュアル - 厚生労働省
制度の内容が決まったら、それらを不妊治療の場合のみ利用できるものとするのか、不妊治療に限らずさまざまな場面(家族介護や病気治療等)で利用できるものとするのかもあわせて検討しましょう。
ステップ4.制度の周知、運用
新たに設けた制度は、従業員に対して積極的に周知することが大切です。制度利用は対象者が申し出して初めてスタートしますので、申し出しやすい環境づくりを心がけましょう。
そして、制度利用の予定がない管理職も内容を把握しておく必要があります。部下から制度利用の申し出があった際に上司が制度を把握していないと、部下は不安に感じます。また「休まれると困るんだ」というような、管理職が制度利用を阻害する発言をすることは言語道断です。
社内で「不妊治療のおかげで休暇をもらえるなんて不公平だ」という声があがる可能性もあります。制度設計の際に「どんな事情を抱えても誰もが働き続けられる職場づくり」を前提に検討し、それぞれの事情に即した多様な働き方を互いに受け入れる社内風土を醸成しましょう。
実際の制度運用にあたっては以下の点を注意しましょう。
1)相談体制の整備
制度を周知する際、相談窓口もあわせて周知しましょう。相談窓口の担当者は、従業員の現状や希望を聞き取り、所属部署の上長等と必要な調整をします。
2)プライバシーの保護
不妊治療のことを周囲に知られたくないと希望する従業員もいるため、制度利用や業務遂行にあたり社内でどこまで情報共有するのかを確認しましょう。
悪気なくほかの同僚や取引先等に不妊治療のことを告げるようなことが起きないよう、情報保護の意識をもつことが大切です。また不妊治療は必ず成功するものではなく、最終的に妊娠に至らず治療を終了せざるを得ない場合もあります。そのような場合の精神的なダメージも理解しなければなりません。
ステップ5.制度の見直し
両立支援制度は、その運用効果を検証することも重要です。制度の周知状況や、利用手続きが煩雑ではないか、利用をためらう従業員がいないかを確認しましょう。職場内における多様な働き方への理解の促進が進んでいるかも検証のポイントです。また、周囲の従業員に過度の負担がかかっていないかも確認が必要です。
不妊治療に限らず、なんらかの課題を抱えて仕事を続けることに困難を感じる従業員の把握、困ったことを気軽に相談できる職場環境づくりが大切です。
仕事と不妊治療の両立支援のための取組事例
調査では不妊治療に関する支援制度を「行っていない」と回答する企業が70%となっています。不妊治療を受ける人は増加する一方で、企業の取り組みはそれほど進んでいないのが現状です。
実際に支援制度を設けている企業はどのような取り組みをしているのでしょうか。大きく3つご紹介します。
1.休暇制度
不妊治療は医療機関へ出向く必要があるため、休暇を取得しやすい職場環境は両立支援に効果的です。消滅時効を迎えた年次有給休暇を特別休暇として積み立てる、時間単位の年次有給休暇制度を整備するなどの例があります。
また、就業時間内の中抜けを可能にする対応も考えられますが、使用者は労働時間の把握義務を負っていますので、運用可能な体制を整えたうえで制度を導入しましょう。
2.相談窓口設置
カウンセラーや保健師などの専門家による社外相談窓口を設置することも有効です。制度の利用だけでなく、心身の不調や不妊治療に関する悩みを相談できる窓口の存在は安心感につながります。
3.研修実施
これから不妊治療を経験するかもしれない従業員や、部下が不妊治療に取り組むかもしれない管理職従業員に対して、不妊治療の基本的な知識や職場における対応について研修を実施し、理解を促進することも大切です。
とくに、ハラスメントや不利益取り扱いの禁止など、安心して不妊治療に取り組める環境づくりを従業員全員が考える機会をもちましょう。その他の取り組みについては、事例集が参考になります。
活用できる制度や相談先について
1.不妊治療の保険適用
令和4年4月から、一般不妊治療と生殖補助医療が保険適用されています。経済的な理由で不妊治療を諦めていた方の選択肢が広がりました。
※ (参考)令和4年4月から、不妊治療が保険適用されています。 - 厚生労働省
2.不妊専門相談センター
都道府県、指定都市、中核市が設置しており、不妊に関する医学的・専門的な相談や心の悩み等について専門家が対応しています。
3.くるみん等の「プラス」認定
次世代育成支援対策推進法にもとづき「くるみん」「プラチナくるみん」「トライくるみん」の認定を受けた企業が、仕事と不妊治療の両立にも積極的に取り組み、一定の認定基準を満たした場合にそれぞれ「くるみんプラス」「プラチナくるみんプラス」「トライくるみんプラス」と認定されるものです。
くるみん等の認定マークはホームページや求人広告等に幅広く利用でき、「従業員の働きやすさを大切にする企業」というアピールになります。
4.不妊治療連絡カード
不妊治療を受けている、または今後受ける予定である従業員が、社内担当者にスムーズに情報伝達するためのコミュニケーションツールです。主治医等が必要な配慮事項等をカードに記載し、社内担当者はその内容を確認したうえで制度利用や社内体制の整備を行います。
不妊治療の方向性等の情報を共有できることで、スムーズな支援体制の構築が可能になります。
※(参考)不妊治療連絡カードをご活用ください! - 厚生労働省
5.両立支援等助成金(不妊治療両立支援コース)
仕事と不妊治療を両立できる職場環境の整備に取り組み、不妊治療のために休暇制度や両立支援制度を従業員に利用させた中小企業事業主を支援する助成金です。
※ (参考)不妊治療と仕事との両立を支援する助成金のご案内 - 都道府県労働局雇用環境・均等部(室)
人手不足が深刻ないま、安心して働ける環境づくりを
深刻な人手不足状態が続く我が国において、従業員が安心して働き続けられる環境づくりは企業が取り組むべき大きな課題です。
従業員の「働き続けたい」という希望に応え、仕事と不妊治療の両立を積極的に支援することで将来の労働生産人口減少に歯止めをかける。その役割を果たすことが企業に求められています。