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三井化学の変革を推進した人事担当者が語る「人的資本経営時代」のコンピテンシー

公開日

この記事でわかること

  • 人的資本経営の行く末と取り組むべき姿勢
  • 人的資本経営時代に求められる人事担当者のコンピテンシー
  • 自身を変革するための要件と行動
目次

2021年に策定した長期経営計画「VISION 2030」にもとづいた人事戦略の優先課題へ取り組んでいる三井化学株式会社。人的資本経営の好事例として「人材版伊藤レポート2.0 実践事例集」にも取り上げられているように、同社の取り組みは注目を集めています。

第1回目は「“選ばれる会社”になるための施策立案や戦略実行のポイント」を、第2回目は「従業員サーベイから見えた人材戦略の課題と解決の鍵」について、同社のグローバル人材部 部長の小野真吾さんに伺いました。最終回の本稿では「人的資本経営時代に求められる人事担当者のコンピテンシー」をご紹介します。

小野 真吾さん

三井化学株式会社 グローバル人材部 部長

2000年に新卒入社後、ICT関連事業の海外営業・マーケティング・プロダクトマネジャーを経験後、人事に異動。労政、採用責任者、国内外M&A人事責任者、HRBPなどを経験後、グローバルでのタレントマネジメント、後継者計画の立案・実施を推進。2021年4月より現職。

「人的資本経営元年」は、施策をやり切るための決意の年

2023年は、上場企業での人的資本情報の開示が義務化されるなど、「人的資本経営元年」といわれています。人的資本経営はどのように変化していくとお考えでしょうか。

小野さん

まだわからない部分もたくさんありますが、当面多くの日系企業は「人材版伊藤レポート」を参考にしながら、データをもとに人材に対する施策に着目する必要性を感じていると思います。

人的資本経営のベースとなる考え方は、世界で議論されていて、ISSB(International Sustainability Standards Board・国際サステナビリティ基準審議会)でも、何を次に採択すべきかという議論のなかに、人的資本は一つのオプションとして入っています。また、国際標準的な投資家の目線での議論も活発化しています。

そこを踏まえると、おそらく指標がもっとクリアになっていき、さまざまな指標が追加され、すべての企業が真面目に取り組むことがより求められてくると思います。

「日本は人的資本への投資が非常に遅れている」といわれていますが、企業は、人材を「コスト」としてではなくて、「資本」として価値を生み出すという定義と捉えなければいけません。

そのために、人材全般に関する議論や、一人ひとりのスキルに関する議論がされていますよね。こういったプロセスを経ていかないと、日本の労働市場や企業の成熟度は上がっていかないと思います。

議論を経たうえで、労働市場がもっと透明化されていき、人的資本も1つの会社に属するのではなくて、流動化していくとなると、マーケットで形成される指標も次第に形成され、次のステップに進めるのではないでしょうか。

そこに至るまで、企業は相当真面目に取り組まなければいけません。そうでないと国際競争のなかの人材獲得競争で勝てないと思います。少なくともスタンダードレベルまでは、どこの企業も歯を食いしばってやり切る。人的資本経営「元年」というのは、やり切るためにスタートする決意の年だと思うので、ブームとしての人的資本経営ではなくて、実効力をもった施策のクオリティをどのように上げていくかを考えることだと思います。

育成観点からも人事担当者は横のつながりをもつべき

今までも労働市場の改革について、実効力を継続できずにブームで終わってしまったケースもありました。

小野さん

人的資本経営に関しては、ブームで終わることはないと思います。企業努力が求められるので、避けて通れない状態をつくること自体はよいことです。実効力をどう上げられるのかは、経営層と人事部門の努力だと思います。私見ですが、各社とか個社といった単位に閉じずに、もう少し広い単位で人を育成する。人的資本に投資していく世の中にできるように、人事担当者はもっと横のつながりをもつべきだと思います。

社内でも、経営陣と真面目に議論を続けていくと、経営陣も人的資本について理解が深まりますし、人事担当者も経営や事業戦略について理解が深まります。施策を継続していき、成果をつなげていけば、必然的に実効力が高まるはずだと思います。

経営陣の皆さんが変わった瞬間というのは、わかりましたか?

小野さん

経営陣の交代時などで、感覚的にわかります。リーマンショックのときに、弊社も相当厳しい状況に陥りましたが、戦力も考え方もがらっと変わりました。

ただ「VISION 2025」や「VISION 2030」は、ネガティブな変わり方ではなくて、自分たちでどのように新しい世界をつくるかを経営陣が議論しながら決めました。

きっかけはさまざまですが、チャレンジする役員が増えて、新しい事業体を加えたりしながら、苦労してもがいて、事業上の課題や経営戦略上の課題が見えれば、人・組織に関する優先課題も浮かび上がります。そして、課題に対して真面目に取り組むべきだと、従業員が感じるわけです。危機感をもった従業員の割合が増えているのも、1つの変化の兆しだと思います。

多様性の観点では、たとえば外部から異なる国籍や性別、経験をされた経営陣が会議に参画するといった変化が出てくると、明らかに変わったと感じられやすくなります。多様な経験をされた人たちや、大きなチャレンジをした人たちが増えてきたときの変化は、明らかに組織の変化のインパクトと連動してくる気がします。

マネージャーのサポート施策が「全員戦力化」の鍵

人的資本経営推進には「全員戦力化」が鍵になるかと思います。全員戦力化を実現するヒントは、どこにあるでしょうか。

小野さん

まさに弊社でも、今後の課題として取り組んでいるところです。「全員戦力化」で一番の肝となるのは、メンバーに一番近いマネージャーだと思います。ファーストラインマネージャーといわれますが、彼らが適切に自分の組織にいるメンバーが活躍できるようなマネジメントやリーダーシップの発揮が一番効いてくると思っています。

そこを支援する人事の仕組み、仕掛けをつくるのが、人事担当者の役割でしょう。日ごろさまざまなタスクに追い回されているファーストラインマネージャーが、メンバーや組織をマネージするにあたって、人事担当者が、適切なツールや仕掛けを展開してサポートしていくのは絶対必須でしょう。

あわせて、ファーストラインマネージャーがメンバーの育成責任を負うのではなく、育成責任はあくまで一人ひとりの従業員が追うべきで、マネジャーはその支援をする役割であるべきです。また、その理解と浸透が絶対必要になります。

加えて、どのような「学び」を得れば自分が高まるかという学びのプラットフォームを提供したり、キャリアパスを考えるうえでのキャリアのプラットフォームの提供も非常に大事です。従業員が一箇所にとどまらずに視野を広げるような仕掛けも欠かせません。

私が個人的に検討しているのは、グループ内の「Gigs」です。ある部門から提起された課題やプロジェクトに対して、グループのどの会社のどんな従業員でも、「私にはこんなバックグラウンドがあって、スキルがあります」と宣言してプロジェクトに参画することで、普段の仕事と違うことをお互いにサポートできるような環境づくりができると、一人ひとりの意識が高まるのではないかと思い、そのような仕掛けを進めています。

副業とは異なる観点で、非常に自律的な意識が醸成されるイメージがあります。

小野さん

グループにあるグローバルでの多様な企業体を含めて活かし切ろうとしています。

そのためにはグローバルでのシステムは絶対必要です。我々は2年をかけてシステムを構築してきました。これまで投資してきたツールを徹底して使い倒し、その投資に対するリターンが出て、初めて人事施策はコミットできたこととなります。システムの導入は目的ではなく、入口です。人事部門だけではなく、従業員がシステムを使いこなせるようになるためには、人事担当者だけでなく、現場も含めて変容できるかが、極めて大きいポイントだと思います。

「従業員が活躍できる場の創出」への思いが原点

人事担当者の方が粘り強くどこまでやり切れるかは、初期段階でとくに重要だと思います。小野さんが施策をやり続けられた要因はどこにあるのでしょうか。

小野さん

自分の勝手な使命感はあります。もともと私は営業やマーケティングなど、事業の最前線にいました。そのときに、リーダシップカルチャーの変容や、グローバル企業との意思決定プロセスの違い、多様性の違いを痛感したので、何とか日系企業を変革したいという思いはありました。そのため、自ら志望して人事部門への異動したときには、「企業変革には何よりも人材・組織」が非常に大切だと思っていました。

とくに当時の日本の製造業は多くの企業が、世界的な競争のなかで少し競争力を落としていっていました。そのなかで、弊社はまだ素材化学として世界で戦える余地があり、そのために「人と組織のあり方」を変えないといけないとずっと考えていたのです。

HRBPとして参画したグローバル事業の買収プロジェクトでは、買収後にさまざまな国や地域に訪れて現地の社員と話をすることが多くありました。その結果として、彼らのことを、弊社グループの事業を一緒に展開していく仲間だと感じることがあります。

たとえばルーマニアでオペレーターを統括している責任者がいるのですが、グループ内では多くの従業員に認知されていません。これだけ多様で意欲的な従業員がいるのに、人事部門として単に数値上で現れてくるグループ従業員の一人としてしか見れないのか、といったことに違和感がありました。

今後グループでの事業上のシナジーを生み出すために、このような違和感をどれだけ浮き彫りにするかが必要だと感じ始めていたので、このような経験が私の人事としての原点にあります。個人的な感情ですが、グループ従業員の皆さんが活躍できる場をつくってあげたいと考えているのです。

知見を吸収してトライする「意識変革」が人事担当者に求められる

人的資本経営の取り組みは、多くの企業ではじめたばかりです。施策が不発に終わる可能性もありますが、人事担当者としてどのようなコンピテンシーが必要なのでしょうか。

小野さん

私自身、失敗もたくさんしています。たとえ社内の誰も理解しなくても、自分で構築した世界観をイメージして、その実現に向けて走り続けるしかないというのが私なりの変革の旅ですね。自分たちが変革の先頭で走り続けなければならないからこそ、もっと人事担当者は社内外の横とつながり、さまざまな知見を吸収して、トライ&エラーを繰り返しすることが大事だと思っています。

推進方法や具体的施策など、悩みを抱えている人事担当者の方も少なくありません。

小野さん

人脈を広げるためにジャンプする方法がわからない、アクセスする方法がわからなくて悩んでいる人事担当者は多いのではないでしょうか。どのような環境・文化の組織に所属したとしても、社外の方とつながることはできるし、学びを得られます。それは高い難易度のことではありません。たとえば外部講習に参加して、他社の方と知り合う方法もあります。また、人事関連のコミュニティに参加して刺激を受けるなど、今は簡単にできる時代です。それができないのは、「勇気と行動力」がないだけだと思います。

その原因は、自分で「メンタルバリア」を作ってしまっていることなのではないでしょうか。大切なのは、メンタルバリアを解放することです。「メンタルバリアを解放さえすれば、少しの勇気と、少しの行動、そして変革を志す少し仲間とともに、変革は起こせる」というのが私の持論です。人は必ず変わることができますからね。

私は、転職経験も海外での勤務経験もない普通の会社員です(笑)。でも少しずつチャレンジをして、失敗を繰り返しながら視野が広がってきました。やるかやらないかだけで、誰にでもできるポテンシャル、可能性はあるはずです。

メンタルバリアを作ると、今後のキャリアパスが描けなくなる可能性が高まってしまいます。

小野さん

私は、大きくジャンプできる性格ではなく、ダイナミックな人間でもありません。性格的には楽観的ではなくて、悲観的で、「とにかくやってみよう」と行動することは容易ではありません。むしろ、今後の変革に対して、さまざまなリスクを検討しながら、どのように行動すればよいかを考える性格の持ち主です。

着実に成果を上げていく性格でも、行動していくうちに自らの行動特性は変わります。経験をしながらネットワークを張るのもできますし、思考をジャンプさせる事のも実はできます。ただ、ストレス下における自分の性格特性を理解して、それに備えるということは重要だと思います。

自分の性格を意識しながら、少しずつ広げるということを繰り返して、広げることに慣れてきたのだと思います。自分の心に阻害要因があるとわかれば、設定した行動目標に沿って毎回少しずつ行動することで、誰でも変われます。特別な能力は必要ないんです。

今回、私が話した弊社の人事施策は、すべてボトムアップ型で、どの企業でもできることだと考えています。複雑なことや難しいことは実施しておらず、当たり前のことを継続して仕掛けているだけです。もちろん、当たり前のことを当たり前のように続けるためには、努力は求められます。

私は特別な能力をもっているわけではない、普通のサラリーマンの代表です。伝統的な企業にいる私が、「そんな人でも誰でもできるんだ」と示すのが、自分のポジショニング。私の活動を通じて、多くの行動しきれない方に少しでも勇気が与えられればと思っています。

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