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【2020年4月適用】「時間外労働の罰則付き上限規制」中小企業における対策と注意点は?

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こんにちは、特定社会保険労務士の榊 裕葵です。

2019年4月より既に大企業では適用済みの「時間外労働の罰則付き上限規制」が2020年4月から、いよいよ中小企業にも適用開始となります。

時間外労働の罰則付き上限規制の内容については、筆者が過去に執筆したこちらの記事をご一読ください。

教科書的には、「改正法を順守して、罰則が適用されないように、頑張って上限規制を守りましょう」ということになります。

しかし、大企業とは異なり、経営資源に余裕の少ない中小企業に対しては、頭ごなしに上限規制を守ろうと呼びかけても、「うちはギリギリで経営しているのに、守れるはずないじゃないか」と、反発や開き直りを招きかねません。

そこで、本稿では、具体的な実務レベルに落とし込んで、中小企業が現実的に取りうる、時間外労働の罰則付き上限規制に対する対策および注意点について、3つの観点から考察したいと思います。

(1)業務の棚卸しと負荷分散による属人化防止

まず、負荷の分散です。

中小企業のオペレーションで少なからず見られるのは、業務が属人化しているということです。業務が属人化していると、残業が何時間増えようがその人が対応せざるを得ず、特定の人に残業が集中してしまうことも頻繁に発生してしまいます。

そこで、個人が抱え込んでいる業務を棚卸しによって見える化しつつ、負荷の平準化を図ることで、特定の従業員の残業を減らし、上限規制を超えないようにするというアプローチが考えられます。

従業員側が仕事を囲い込んでしまう反発への対策も必要

しかし、この対応を取るにあたっては、従業員からの反発を受けることがしばしばあります。「この仕事は私にしかできないので、他の人には任せられない」とか「この仕事は未経験者や入社2~3年では無理だから、私がやらなければならない」というように、従業員側が仕事を囲い込んでしまうケースです。

このような反発があった場合には、全ての仕事に当てはまるとまでは言いませんが、その人が行っている仕事をプロセスごとに分解してマニュアル化してみることが効果的です。仕事全体は難易度が高いように見えていても、プロセスごとに分解すると、実は、他の人にも任せることができるプロセスが少なからず見つかるものです。

仕事を囲い込んでいた従業員には、その人だからこそできる“職人技”が必要なプロセスに集中してもらい、それ以外のプロセスを他の従業員に負荷分散させることにより、会社全体として上限規制を超える残業をしている従業員を減らしていけるようになります。

なお、仕事を抱え込んでいる従業員本人が「プロセスに分解する」という作業が苦手な場合もありますので、マニュアル化を命じてもなかなか進んでいない場合は、そういった作業が得意な従業員をサポートに付けるか、外部のコンサルタント等を活用することも考えられるでしょう。

(2)新規採用・アウトソーシングによる負荷の軽減

次に、新規採用やアウトソーシングによる工数確保です。

(1)で紹介したプロセス分解を行って、仕事の割り振りを見直したとしても、会社全体として仕事があふれていて上限規制を守り切れないような場合は、新規採用やアウトソーシングを検討する必要があるでしょう。

新規採用による負荷の軽減

「新規採用はコストがかかるのではないか?」という意見もありますが、既存の従業員に残業をしてもらう場合にも125%の割増賃金が必要ですし、2023年4月からは、中小企業も月60時間を超えた残業に対しては150%の割増賃金の支払いが必要になります。

既存従業員へかかる負荷や健康上のリスク、割増賃金等を考えるなら、既存の従業員で対応しきれずあふれている仕事については、無理に長時間残業をさせるよりも、新規採用により負荷を軽減させるほうが得策です。

前述のプロセス分解を行っておけば、“職人技”で対応しなければならないプロセスと、標準化すれば誰にでも任せられるプロセスが明確になりますので、新規採用した人に仕事を引き継ぐのもスムーズです。

アウトソーシングの活用による負荷の軽減

あるいは、アウトソーシングを活用することも、会社全体の負荷を下げるためには効果的です。特にバックオフィス業務はアウトソーシングしやすいと考えられます。

たとえば、給与計算を社内で行っている場合は、社会保険労務士や給与計算会社にアウトソーシングすることで担当者の負荷を下げることができます。その結果として、上限規制内に残業時間を抑えたり、あるい負荷の軽減によって生まれた時間で、より忙しいメンバーの業務を手伝ったりできるようになるでしょう。

なお、アウトソーシングによるコストが出てしまっているようにも見えますが、コンプライアンスにはかえられません。また、給与計算などの場合は、担当者が費やしていた時間数相当の人件費を計算すると、実はアウトソーシングしたほうが安かった、ということも考えられます。この場合、(1)での業務の棚卸しに際して、何にどれくらいの時間がかかっているかを、定量的に把握できていれば、この検討もスムーズでしょう。

(3)ITツールの活用による業務効率化

3つ目は、ITツールの活用による業務効率化です。

近年は人手不足が顕著になっています。人手不足を補うために新規採用を募集しても、すぐに採用希望者が集まるとは限りません。

そこで、既存の人員数で1人当たりの負荷を下げ、残業時間数を上限規制の範囲内におさめていく、とうアプローチも検討していく必要があります。いわゆる「生産性の向上」です。

「生産性の向上」は様々な手段がありますが、多くの会社ですぐに行えるのは、

「エクセルに何度も同じデータを打ち込んでいる」
「社内の連絡や意思疎通の不備で時間をロスしている」
「手書きの書類が社内で回覧されている」
「紙のファイルをひっくりかえして契約書や発注書を探している」

といったような、事務作業や社内コミュニケーションの非効率を1つ1つ無くしていくことが挙げられます。

その非効率を解消することに役立つITツールは、近年、様々な領域で飛躍的な発展を遂げています。

営業領域でいえばCRM(顧客関係管理。カスタマーリレーションシップ マネジメントの略。)ツール、経理領域でいえばクラウド会計やフィンテック、人事労務領域でいえばクラウド人事労務やクラウド勤怠などがあります。

社内横断型で使えるものとしては、ビジネスチャットや社内SNS、オンライン会議システム、クラウド型の契約書締結・管理サービスなどが挙げられるでしょう。

さらには、データの入力作業などを自動化するRPA(ロボットによる業務自動化。ロボティック・プロセス・オートメーションの略。)の活用も考えらます。

実際の例として、クラウド人事労務の活用で業務効率化を実現し、生まれた時間で働き方改革に取り全社的な生産性向上に寄与した例もあるようです。

まとめ

経営資源の限られる中小企業に対しては、「法律が変わったので、残業を削減しましょう」という掛け声だけでは、事業主もどのように対応すればよいか分からず、最悪は、残業があった事実自体を隠してしまう「ステルス残業」を誘発しかねません。

行政や、社会保険労務士などの専門家が丁寧に相談に乗り、1社1社に合った具体的な残業削減の施策を助言し、その実行を支援するところまで踏み込んでいく必要があると筆者は考えます。

逆に、中小企業の経営者の方は、このままでは上限規制を守り切ることが困難だと考えた場合、自社内だけで抱え込まず、積極的に行政や専門家への相談を検討いただければ幸いです。

【編集部より】働き方改革関連法 必見コラム特集

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