職場でのモラハラの具体例とリスク、防止のために企業がすべきことを解説
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2022年4月より、中小企業にも「パワハラ防止法」の義務が適用されました。それに伴い、ハラスメントについて再度知識を深める機会をもたれている人事・労務ご担当者さまも多いのではないでしょうか。
そこで今回は、パワハラと並んで聞くことの多い「モラハラ(モラルハラスメント)」について、具体例とリスク、企業がすべきことを解説いたします。
モラハラ(モラルハラスメント)とは
「モラハラ」とは「モラルハラスメント」の略称で、フランスの精神科医マリー=フランス・イルゴイエンヌが1998年に「モラル・ハラスメント」という本で提唱したことで普及しました。
英語で直訳すると、「モラル」は道徳・倫理、「ハラスメント」は嫌がらせです。この2つの単語を組み合わせた「モラルハラスメント」とは、「道徳や倫理に反した嫌がらせ」の意味を指しています。
道徳や倫理に反した嫌がらせとは、身体的な暴力などではなく言動や態度による嫌がらせ行為のことです。
モラハラの定義
モラハラを提唱したマリー=フランス・イルゴイエンヌは「職場内で繰り返す言葉や態度などによって、人格・人権や尊厳を傷つけたり、心身の健康を害したりして、その人が仕事を辞めざるを得ないような状況に追い込むこと、または職場の雰囲気を悪化させること」と定義しました。
モラハラとパワハラの違い
「モラハラ」と「パワハラ」の共通している点は、どちらも「嫌がらせ」という点です。
では、「モラハラ」と「パワハラ」はどのような違いがあるのでしょうか?
特定の“手法”によって行われたと判断するのが「モラハラ」で、特定の“シチュエーション”によって行われたと判断されるものが「パワハラ」です。
「モラハラ」と判断する“手法”は道徳や倫理に反した嫌がらせで、精神的にダメージを与える嫌がらせの方法による嫌がらせのことです。
「パワハラ」と判断する”シチュエーション(状況)”は「パワハラ」とは「優越的な関係にもとづき、業務の適正な範囲を超えた、身体的もしくは精神的な苦痛を与えること」または「就業環境を害すること」とされています。立場が上の者が、権力を利用して下の者に対して(上司が部下へなど)というシチュエーションでなされた嫌がらせのことです。
判断のポイントが”手法”と”シチュエーション”なのでどちらの条件にも該当するパターンがあります。
たとえば上司から部下への精神的な嫌がらせは、モラハラの手法とパワハラのシチュエーションどちらの条件も該当します。つまり、これは「パワハラ」であり「モラハラ」でもあるといえます。
職場におけるモラハラの具体例
職場におけるモラハラは大きくわけて下記4つのパターンがあります。
- 暴言、陰口などの精神的な攻撃
- 無視、誘わないなどの人間関係からの切り離し
- プライベートへの過度な干渉
- 仕事を与えないなどの業務妨害
モラハラは暴力とは違って見た目で判断ができないため、判断が難しくなります。そこで、一つひとつの具体的な事例を紹介します。
(1)暴言、陰口等の精神的な攻撃
モラハラの具体例1つ目は「暴言、陰口等の精神的な攻撃」です。
悪意をもって「使えない」「給料泥棒」「バカ」「クズ」などの暴言や人格否定、侮辱行為や明らかに業務上必要な範囲を超えた、精神的苦痛を与える発言はモラハラです。
また、「第三者を巻き込んで侮辱される」「不必要なほど大きな声で叱責される」などもモラハラに該当します。
マネジメントが弱い職場では、仲間意識をつくるために悪口を利用して誰かを攻撃したり、自分たちの優位性を主張するために悪口を利用するケースが見られます。
また、悪口を言い始めると、人は脳内でドーパミンという快楽物質が放出されることが最近の研究でわかっています。そのため、一度悪口を言うと楽しくなり、悪口を依存的に言い続けてしまう人もいます。
(2)無視、誘わない等の人間関係からの切り離し
モラハラの具体例2つ目は「無視、誘わない等の人間関係からの切り離し」です。
たとえば、「挨拶しても返してもらえず無視される」や「会議や飲み会、社内イベントに誘われなかった」などはモラハラに該当します。また、別室で一人隔離して仕事をさせたり、他の人と話をしないように指示して孤立させ人間関係から切り離したりするなどのパターンもあります。
このような内容については、周囲の人も「自分が標的にならないため」や「面倒にはかかわらない」「対処法がわからない」と見て見ぬふりをしていると、被害者に直接何かをするわけではなくとも、気づかぬうちに自分も加害者となってしまっているケースがあるため、注意が必要です。
(3)プライベートへの過度な干渉
モラハラの具体例3つ目は「プライベートへの過度な干渉」です。
たとえば「結婚しないの?」「〇〇さんは今週▲▲で休むんだって」「親御さんは何の仕事をされているの?」などの発言や、プライベートの時間に業務上必要のない連絡を入れたり、休暇の理由や交友関係や家族のことなど、プライベートについて根掘り葉掘り聞いたりする、それを周囲に言いふらすことなどもモラハラに該当する可能性があります。
「プライベートへの過度な干渉」は線引きが曖昧です。本人と相手との関係性や職場のコミュニケーションを円滑にするためなどの理由で、なかには自分のプライベートな話題も積極的にする人もいます。そのため、加害者側はプライベートへの過度な干渉については無自覚に行っているケースも多いです。
(4)仕事を与えない等の業務妨害
モラハラの具体例4つ目は「仕事を与えないなどの業務妨害」です。
本来の仕事ではなく、雑用ばかりを押しつけたりすることや、理不尽に仕事を与えないことで「干す」といわれることもあります。
被害者は会社から必要とされていないという無力感に悩んだり、同僚と比べて劣等感や恥辱感を感じたり、場合によっては社内の評価にも影響が出てしまいます。
職場のモラハラを放置するリスク
モラハラに対処せずに放置してしまうと、下記のようなデメリットが発生する可能性があります。
- 職場環境の悪化による生産性の低下
- 退職者の増加による人材不足
- 企業イメージの低下と採用コストの増加
- 企業イメージの低下と売上の低下
- 安全配慮義務違反による損害賠償リスク
モラハラ行為は身体的暴力とは違って傷が見えないため、判断基準がわかりにくいのも特徴です。
被害者側や周囲はモラハラ行為が始まっても最初のうちは「気のせいだ」と思いやすいです。気のせいではないと気づき始めたうちには「騒ぎは面倒だ」「どう対応すればいいかわからない」という思いで、被害者が悩みを相談できず、モラハラ行為が放置されてしまう場合もあります。
とくにベテラン層と若年層とでは、世代間でモラハラに感じるかどうかの感覚が違うため「理解されないかもしれない」と気持ちを打ち明けられないこともあります。
職場環境の悪化による生産性の低下
モラハラ社員を放置することで、職場環境が悪化し生産性が低下する可能性が高まります。
モラハラ社員は、誰かを傷つけてまで自分の欲求を満たすことを優先する傾向にあるため、職場のチーム全体で業務を円滑に進めることよりも被害者へのモラハラを優先していると考えられます。
そのため、被害者だけでなくチーム全体の足を引っ張ってしまうような行動も度々見られます。
そして、モラハラの被害者はモラハラ行為を受け続けてしまうと「自分が悪いんだ」と自身の能力不足が問題ではないかと思い込み、自分を責めることもあります。
モラハラによる理不尽な扱いに対抗するために、業務上まったく必要のない方向の努力や我慢を始めてしまい、結果として仕事上のミスが多くなるなど、生産性低下につながることもあります。
また、一種のマインドコントロールされたような状態になり、気づかないうちに追い込まれ、危険な精神状態になってしまうこともあるのです。
このような状況下では、当事者ではない周囲の人も、業務上必要のないことに気を取られることになり、職場のストレス因子が増えることになります。
退職者の増加による人材不足
モラハラ社員は、被害者だけではなく周囲にいる人にも悪い影響を与えやすいです。
そのため、加害者以外の大多数の社員にとって、会社が居心地の悪い職場環境になる可能性が高まります。
モラハラを放置して常態化してしまうと、社員は「会社自体がモラハラ体質」という認識となり、会社に失望して転職を判断する可能性も高くなるのです。
そして、能力が高い優秀な社員は転職先が見つかりやすいため、転職の判断が早くなり、優秀な社員からどんどん退職していきます。
企業イメージの低下と採用コストの増加
社内にモラハラがあるという情報が流れてしまうと、就職希望者が減ります。
最近は求職者向けの口コミサイトなどを活用し、社風をチェックする求職者も増加しつつあります。モラハラなどの口コミが広がってしまうと、「モラハラがある会社」ということが広く知れ渡ってしまうこともあります。
そうなると、企業の評価やイメージが下がってしまうため、就職希望者がさらに減り、採用活動にかけるコスト増につながるのです。
企業イメージの低下と売上の低下
モラハラが訴訟問題に発展した場合、加害者だけではなく放置していた会社にも安全配慮義務を怠ったとして賠償責任を問われる場合があります。
また、問題が世間に広く知られることになり、企業の評価やイメージが下がってしまいます。
結果として、不買運動につながってしまうなど企業の業績に影響が出る場合があります。
安全配慮義務違反による損害賠償リスク
企業には、労働者が安全に労務の提供をできるように配慮する「安全配慮義務」という義務があります。
企業側がモラハラが起きていることを認識しているにも関わらず放置してしまうと、安全配慮義務違反となる可能性があります。
もし安全配慮義務違反となった場合は、訴訟問題に発展して損害賠償請求をされる場合もあります。
職場でモラハラをしやすい人・受けやすい人の特徴
職場でモラハラをしやすい人・受けやすい人には根本的に「自分に自信がない」という共通の特徴があります。
ほかにも、どのような立ち振る舞いをしているかによって、モラハラをしやすい人・受けやすい人に特徴がわかれます。
職場でモラハラをしやすい人の特徴
モラハラをしやすい人の特徴としては、自己愛や承認欲求が強く周囲の人間を支配したがるタイプといった特徴があります。
「自信のなさ」を埋め合わせるために他人を責めたり、支配して操り自己愛を高めたりするために、モラハラ行為に走ります。
自分に向き合う努力を行わずに他人に向かっていく習性があるため、一般的な知識や教養が欠如していることも多く、無自覚にモラハラ行為を行なっているケースもあります。
職場でモラハラを受けやすい人の特徴
モラハラを受けやすい人の特徴としては、自己肯定感が低く、自己主張が苦手で強く言い返せないといった特徴があります。
「自信のなさ」を埋め合わせるため、常に努力し、自己啓発に勤しんだり自分に向き合いすぎる傾向があります。
またハラスメント被害にあった際も、自分に原因がないか反省点を探したり、改善したりといった行動に出るため、自分に非がないことには気づきません。
第三者に相談して、初めてハラスメントの被害者であると認識するケースも珍しくないのです。
職場でのモラハラを防ぐために企業がすべきこと
モラハラはパワハラと通ずる部分があります。そのため、パワーハラスメントの防止に関する「パワハラ防止法」の4つの義務を守ることが重要になると言えます。
ハラスメントを防止するための義務は下記4点です。
1.事業主の方針等の明確化およびその周知・啓発
2.相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
3.職場におけるパワーハラスメントにる事後の迅速かつ適切な対応
4.1.〜3.までの措置と合わせて、相談者・行為者等のプライバシーを保護すること、パワハラの相談を理由とする不利益取り扱いを禁止すること。その旨を労働者に対して周知すること
この4点の義務を守ることがモラハラを防止するうえでも重要になります。
(1)事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
まず、パワハラ防止法では下記2点について従業員に周知して啓発する必要があります。
- パワハラを行なってはいけないという会社の方針
- パワハラを行なった場合の対処に関する方針
(2)相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
パワハラ防止法では、従業員からのハラスメント相談に対応する窓口の設置が義務づけられています。
相談方法は対面による面談だけでなく、メールや電話などの窓口でプライバシーを確保したうえで気軽に相談しやすい体制を整えます。
相談窓口を設けるだけでなく、窓口がきちんと機能するよう従業員へ周知し、利用方法を説明する必要があります。
(3)職場におけるハラスメントへの事後の迅速かつ適切な対応
社内でモラハラの相談が出た場合、企業は迅速かつ適切な対応を求められます。適切に対応をするためにはトラブルの全容を把握することが重要です。相談の対応は次の4ステップで対応を進めます。
①相談者へのヒアリング
まずは、モラハラについて相談してきた社員の話を聞き、そのうえでどのような対応が必要か本人の意向を確認します。
②加害者へのヒアリング
加害者へは次の3点をヒアリングします。
- 相談対象となっている行為が事実かどうか
- 行為が行われた日付や場所
- その行為を行った理由
③第三者へのヒアリング
相談者と加害者の話に食い違いがある場合などは、必要に応じて第三者へヒアリングします。
④問題の解決
問題の解決とは下記3点の措置をもって解決とします。
- 被害者への適切な配慮の措置
- 行為者への適正な措置
- 再発防止措置
あわせて講ずべき措置(プライバシー保護、不利益取り扱いの禁止など)
ハラスメント相談窓口での内容はとてもデリケートな内容であることから、相談者の秘密を厳守するための措置を行う必要があります。
まず、相談窓口担当者へはプライバシー保護のために必要なマニュアルを整備し、研修を実施しましょう。そして、相談窓口ではプライバシー保護のために必要な措置を講じている旨を労働者に対して周知します。
周知の方法は各部署での朝礼や業務連絡などでの周知のほか、社内報や社内ホームページなど従業員の目につきやすい場所で周知するとよいでしょう。
モラハラの相談には、外部の相談窓口が効果的
ハラスメント相談窓口は社内の担当者の設置以外にも、ハラスメントやメンタルヘルスなどの相談を専門にしている会社に委託して外部相談窓口を設置する方法があります。
外部相談窓口に相談があった場合は、委託した会社が相談者の話を客観的かつ親身に聞き、契約している会社に内容を適切に伝え対応を促します。
ハラスメント問題に迅速かつ適切な対応ができる点で効果的です。
外部の相談窓口を設けるメリット
外部相談窓口を設置した際のメリットは、下記の3点が挙げられます。
- 相談しても職務上の不利益などを心配する必要がなく、気軽に相談できる
- ノウハウ・スキルが高い人材が対応
- 人事労務担当者の負担を軽減
(1)相談しても職務上の不利益などを心配する必要がない
相談窓口を社内に設置した場合、「匿名性が保てない」「内部の人間では客観性に欠けるため、相談内容を理解されないのではないか」などの理由や職務上の不利益を心配し、従業員は通報を躊躇してしまいます。
外部に相談窓口を設置した場合、第三者の目が入ることで不安要素が減り、より相談しやすくなります。
(2)ノウハウ・スキルが高い人材が対応
外部相談窓口はハラスメントやメンタルヘルスなどの相談を専門にしている会社に委託し、外部相談窓口を設置するため、専門性やスキルの高い人材が対応します。
専門の会社のなかには、産業保健師や産業カウンセラーなどが相談を受ける会社もあります。
(3)人事労務担当者の負担を軽減
外部に相談窓口を設置することにより、人事・労務担当者の負担を軽減できます。面談の工数削減や、専門の会社により、相談内容が整理された状態で伝えられることで、適切な対応につながり、解決がスムーズになります。
まとめ
モラハラ行為は被害者や加害者だけでなく、その他の従業員や企業に関わるすべての人が幸せにならない害悪な行為です。職場環境を整えることで、従業員が会社で安心感をもって業務を担当でき、モチベーションや生産性を向上させることにつながります。
もしもの際にも、適切な対応で従業員を守るために、外部窓口を積極的に利用することをおすすめします。
【この記事を監修した人】
木村華苗
看護大学で学んだあと、付属の大学病院の病棟看護師を3年、大手企業の産業保健師を経て現在フリーランスの保健師をしております。産業保健師歴は計28年で、健康相談やセミナー、健康管理室の立ち上げや健康経営認定のサポートなどを行っています。