補助金詐欺にも要注意!「助成金」の不正受給の闇を社労士が解説
- 公開日
こんにちは、社会保険労務士の宮原麻衣子です。
石川県にある老舗温泉旅館において、雇用調整助成金の不正受給が行われていたと報じられました。従業員に対し「タイムカードを押すな」などの指示がなされていたといった報道や、運営する他のホテルなども含め、返還額は1億円を超える見通しであるとの記載が、当時の運営会社のホームページにあります。
また中小企業庁は、持続化給付金を不正に受給したとして約1,500者を認定しており、その不正受給総額は15.6億円以上(2022年10月27日時点)にのぼっています。そのうち約3億円は、いまだ国庫に返還されていません。
このように、助成金や給付金の不正受給は後を絶たず、なかには不正受給の意図がなくても、結果として不支給や処罰対象となる事例もあります。
今回はとくに雇用関係助成金について、申請の際の注意点を解説いたします。
助成金・補助金不正受給の状況
雇用調整助成金は、新型コロナウイルス感染拡大に対応するべく、提出書類の簡素化や支給の迅速化が進められるなかで、不正受給が増加しています。厚生労働省の集計によると、2022年9月末までに緊急雇用安定助成金を含め、計135億円に達する不正受給が判明しており、実際の不正受給額はこれ以上に多いのではないかと考えられています。
雇用調整助成金に限らず、比較的利用が多いキャリアアップ助成金や人材開発支援助成金においても、会計検査院の検査の結果数千万円にのぼる不正受給が発覚し、こちらも氷山の一角であると考えられます。
不正受給の具体例
実際には、どのような方法で不正受給が行われているのでしょうか。
雇用調整助成金の場合は、以下のような不正な申請が問題となっています。
- 架空雇用
雇用関係にない人物や架空の人物を、雇用しているように見せかけて申請
すでに退職した従業員を、現在も雇用しているように見せかけて申請
- 架空休業
実際には出勤(テレワーク含む)しているにもかかわらず、休業したものとして申請
タイムカードを打刻させず、出勤簿や賃金台帳を改ざんして申請
- 架空休業手当
所要の休業手当を従業員に支払っていないにもかかわらず、支払ったように装って申請
その他の助成金においても、関係書類の改ざんや実態と異なる書類の作成といった方法で、不正受給が行われています。
正しい書類の作成には、しっかりとした業務管理が重要になります。適切な管理工数を確保するためにも、このタイミングで人事・労務領域で効率化するべき業務を整理してみてはいかがでしょうか。
効率するべき業務の洗い出しのヒントは、以下の資料を参考にしてください。
不正受給が発覚する経緯
不正受給は、どのように発覚するのでしょうか。
雇用保険法第79条において、行政庁は必要と認められる場合に、事業所などに対して立ち入り調査を実施できると定められています。これは、明らかに不正請求が疑われる場合だけでなく、雇用関係助成金の支給申請を行ったすべての事業所が対象となります。この立ち入り調査は、事前予告なしに実施される場合もあり、そこで不正受給が発覚することもあります。
雇用調整助成金は、コロナ禍において雇用を支える重要な資金となることから、これまでは迅速な支給が優先され、調査の対象は「明らかに不自然な申請」や「内部通報」に限定されていました。
しかし、全国の労働局において、今年度より徐々にすべての申請の適否を調査する動きが広がっており、それにともなって、明らかになる不正受給の件数が大幅に増加しています。
雇用調整助成金と同じく、多額の不正受給が明らかになっている持続化給付金については、「指南役」の逮捕が相ついでおり、東京国税局の職員が逮捕されるという衝撃的な報道もありました。
雇用関係助成金についても「従業員を雇用している会社は○○万円を受け取れます!」といったFAXによって、本来は受給できない助成金を案内したり、経営コンサルタントを名乗る事業者が申請を指南したりすることが起きています。そのような悪質な業者に申請を依頼した結果、不正が芋づる式に発覚することもあります。
また、不正受給に関する報道を目にしたことで、事業主自ら自主返納を申し出たり、従業員等からの内部通報(情報提供)も増加しています。
不正受給の罰則は?
不正受給が発覚した場合、下記の合計額が返還請求されます。
- 不正発生日を含む期間以降の全額
- 不正受給額の2割相当額(ペナルティ)
- 延滞金
企業名なども積極的に公表するとされており、実際に全国の労働局は、不正に受給した企業名を随時公表しています。
「不正受給で会社名が公表されるなんて、何千万や何億の不正があった会社だけだろう」と思われるかもしれませんが、約44万円の不正受給であっても企業名が公表されています。
また、不正受給による不支給決定や支給決定の取り消しを受けた場合、5年間はすべての雇用関係助成金が受給できません。
不正の内容が悪質であると判断された場合は、刑法第246条の詐欺罪として刑事告発される可能性もあります。
「バレないだろう」と気軽な気持ちで行った不正が、金銭的負担のみならず企業価値も失墜させ、後にまで大きな影響を及ぼすのです。
不支給になるケースは?
意図して不正請求を行った場合はもちろん、不正請求の意図がなくても助成金が不支給となる場合もあります。では、どのような場合に不支給となるのでしょうか。
不支給要件となっているケース
すべての雇用関係助成金に共通して「雇用関係助成金を受給できない事業主」が定められています。また、過去に不正に関与した社会保険労務士や代理人が申請代行を行った場合や、訓練の実施が要件となっている助成金において、過去に不正に関与した訓練実施者が行った訓練は支給対象とならない場合があります。
それぞれの助成金ごとにも詳細に支給要件が定められており、細かい要件を見落としてしまうこともあります。書類の不備だけでなく、申請の手順や申請期限も厳密に定められており、注意が必要です。
必要書類をすべて取りそろえたとしても、内容に不備があると不支給になることがあるため、下記のようなあらゆる角度から審査が行われます。
- 雇用契約書の内容に不備がないか
- 雇用契約書や就業規則の内容に即した賃金の支払いを賃金台帳で確認できるか
- 出勤簿やタイムカードについても事前の取り決めと実態に乖離がないか など
また、複数の助成金を申請した場合、それぞれの申請時に提出した書類の内容に食い違いがあると不支給認定される可能性があります。
支給されたが労働局から確認が入るケース
前述のとおり、迅速な支給という観点から、一旦は助成金が支給される場合もあります。その後、再度書類の審査がなされ、不備が見つかった場合には、労働局が確認します。不正受給が発覚した場合には、過去の助成金申請について再確認が行われる可能性もあります。
国の独立機関である会計検査院は、助成金支給が適切に行われているか検査する役割を担っています。会計検査院の検査対象は、厚生労働省や労働局に限らず、事業所に対して検査が実施されることもあります。
申請前に確認の徹底を!
冒頭でご紹介した老舗温泉旅館の当時の運営会社は、「助成金申請業務を経理部へ一任していたことから(略)」と経営陣の目が届かないところで不正が行われていたと説明していますが、「知らなかった」では済まされません。企業名の公表は会社にとって大きなダメージとなり、長期間にわたって不正受給の事実が知れ渡ることとなります。
不正受給の意図がなくても、結果的に不正受給と認定される場合もあるので、資料作成時には、矛盾点や実態と異なる記載などがないか、いま一度確認しましょう。
お役立ち資料
【2023年版】人事・労務向け 法改正&政策&ガイドラインまるごと解説
【こんなことが分かります】
- 2023年の人事・労務関連の法改正概要
- 法改正による実務面での対策や注意点
2023年は多くの雇用関係の政策が開始し、重要な法令の改正もあります。
本資料では、人事・労務が押さえておくべき内容を「新しい働き方・働き方改革の進展」、「スタートアップ企業に対する支援策の充実」、「人的資本経営の実施」の3つのトピックに分類して紹介します。