2025年注目の人事・労務トピック10選【社労士が解説】
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この記事でわかること
・2025年に人事・労務担当者が注目するべきトピックス
・2025年の法改正にともなう対応業務の概要
目次
こんにちは。 社会保険労務士法人名南経営の大津です。
新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大という歴史の教科書に載るような大事件を境に、社会は大きく変わりました。なかでも人事労務の分野では少子高齢化による人材採用難が進み、1990年台初めのバブル崩壊以降、ほとんど変化がなかった賃金も急激に上昇し始めています。
こうした社会の大きな変化を受け、安定的な人材の確保ができない企業は今後、存続できない時代に突入していくでしょう。人事労務管理の更なるレベルアップを目指して、2025年に人事・労務担当者が注目するべきトピックについて解説します。
トピック1:育児・介護休業法の法改正
2025年度に労働関係の法令改正のなかで目玉となるのが、育児・介護休業法の改正です。同法は少子化対策の主要施策であることから頻繁に改正されていますが、今回は2025年4月と10月に2段階で改正されます。
【2025年4月1日施行】
- 子の看護休暇の見直し(対象となる子の範囲の拡大、取得事由の拡大など)
- 所定外労働の制限(残業免除)の対象拡大
- 短時間勤務制度の代替措置にテレワークを追加
- 育児休業のためのテレワーク導入の努力義務化
- 育児休業取得状況の公表義務の適用拡大(1,000人超企業→300人超企業)
- 介護休暇を取得できる労働者の要件緩和
- 介護離職防止のための雇用環境整備
- 介護離職防止のための個別の周知・移行確認等(介護直面労働者、40歳)
- 介護のためのテレワーク導入の努力義務化
【2025年10月1日施行】
- 育児期の柔軟な働き方を実現するための措置
- 柔軟な働き方を実現するための措置の個別の周知・意向確認
- 仕事と育児の両立に関する個別の意向聴取(妊娠出産申出時、3歳)・配慮
このようにさまざまなな改正点がありますが、今回の目玉となるのが、2025年10月施行の「1.育児期の柔軟な働き方を実現するための措置」です。これは、3歳から小学校就学前の子を養育する労働者に関して、以下5つの選択肢のなかから2つ以上の措置を選択して講ずる必要があるというものです。
- 始業時刻等の変更(時差出勤、フレックスタイム制)
- テレワーク等(10日以上/月)
- 保育施設の設置運営等
- 就業しつつ子を養育することを容易にするための休暇(養育両立支援休暇)の付与(10日以上/年)
- 短時間勤務制度
このように選択肢が設けられていますが、たとえばテレワークは職種によってはそもそも実施が難しいなど、必ずしも5つすべてが選択できるとは限らない場合もあるので、早めに対応策について議論、調整を進めておくことが望まれます。
なお、これに関連し、育児休業などに関する給付も以下のとおり拡充され(改正子ども・子育て支援法・2025年4月1日施行)、これにより男性の育児休業の増加が予想されます。
男性の育児休業取得率はここ数年で急増していますが、多くの男性が育児休業を当たり前のように取得する時代は目の前に来ています。男性の育児休業取得で業務が混乱するなどの問題が発生しないよう、業務の設計や情報共有の仕組みの再構築などの対策を進めておきましょう。
(1)出生後休業支援給付の創設
子の出生直後の一定期間以内(男性は子の出生後8週間以内、女性は産後休業後8週間以内)に、被保険者とその配偶者の両方が14日以上の育児休業を取得する場合に、最大28日間、休業開始前賃金の13%相当額を給付し、育児休業給付とあわせて給付率80%(手取りで10割相当)へと引き上げられます。
(2)育児時短就業給付の創設
被保険者が2歳未満の子を養育するために時短勤務をしている場合の新たな給付として、育児時短就業給付が創設されます。給付率については、休業よりも時短勤務を、時短勤務よりも従前の所定労働時間で勤務することを推進する観点から、時短勤務中に支払われた賃金額の10%とされています。
トピック2:雇用保険法の法改正
現在、政府では三位一体の労働市場改革として、労働者のリスキリングを進め、成長分野への労働移動を促進することで構造的な賃上げを図っています。この方針を受け、今回、雇用保険法が改正されます。
まず、労働者のリスキリングの支援としては、教育訓練給付金の給付率が引き上げられます(2024年10月1日施行)。またリスキリングのため、雇用保険の被保険者が在職中に教育訓練のための休暇を取得した場合、その期間中の生活を支えるため、基本手当に相当する新たな給付(教育訓練休暇給付金)が創設されます(2025年10月1日施行)。
また、成長分野への労働移動の促進としては、離職期間中や離職日前1年以内に、自ら雇用の安定及び就職の促進に資する教育訓練を行った自己都合離職者の給付制限が解除され、待期満了後、すぐに雇用保険の基本手当を受給できるようになります(2025年4月1日施行)。
このほかに、施行日は2028年10月1日とかなり先になりますが、現在、週所定労働時間20時間以上とされている雇用保険の被保険者要件を10時間に変更し、適用対象を拡大する改正が行われます。
拡大する改正される見込みです。非常に大きな影響が予想されますが、約4年後の施行となりますので、今後の追加情報を待ちながら、対応をじっくり検討していきましょう。
トピック3:最低賃金の大幅引き上げ
2024年秋の最低賃金の引き上げは過去最大規模で実施され、全国加重平均では前年比51円プラスの1,055円となりました。これにより多くの企業では最低賃金に満たない従業員の賃上げが実施されましたが、2025年についても同様の大幅引き上げが予想されています。
先の衆議院議員選挙の際、大半の政党が平均賃金を1,500円まで引き上げるという公約を掲げていましたが、政府としても2020年代のうちに全国加重平均で1,500円まで引き上げるという方針を打ち出しています。また同時に都市部と地方の最低賃金の格差を是正するという方針も示されていますので、東京・大阪などの大都市圏よりも地方の最低賃金の引き上げ額の方が大きいという状況が当分の間続くと予想されます(※1)。
※1 2024年度の最低賃金引上げ額は徳島県の84円が最大。東京・大阪などの大都市圏は50円。
現実に最低賃金の全国加重平均を1,500円以上にするというのはかなり大きな影響があるため、実現可能性を疑う声も少なくありません。しかし、企業としては最低賃金が1,500円になる時代を想定し、そこからバックキャストすることで、最低賃金の継続的な大幅引き上げが予想される時代でも安定的な事業運営ができる組織や収益構造をつくっていくことが重要です。
参考:厚生労働省「必ずチェック最低賃金」
トピック4:賃上げ・初任給引き上げ
2024年の春は多くの企業でベースアップが行われ、初任給も大幅に上昇しました。2025年については連合も「全体の賃上げの目安を5%(中小企業は6%)」という方針を打ち出しており、賃上げの流れは継続するでしょう。
大企業と比較して、財務面が脆弱な中小企業では、まずは賃上げ原資の確保が重要です。加えて、これまでベースアップに踏み切った企業では、若手中心のベースアップの結果、若手の賃金のフラット化が進んで30~40代の社員の不満が溜まっている事例が増加しています。今後もしばらくの間、賃上げが続く傾向にありますので、新たな環境に適応できる人事制度を早めに整備することも大きなテーマとなるでしょう。
トピック5:賃金のデジタル払い
2024年にPayPayが指定資金移動業者の第1号として指定されたように、各種決済サービスを用いた賃金のデジタル払いが今後も進み、2025年は「賃金のデジタル払い元年」になることが予想されます。
賃金のデジタル払いを実施するためには、資金移動業者の選定に始まり、労使協定の締結、従業員の同意手続きなどが求められますので、実施を検討する場合には早めに準備しておきたいところです。
トピック6:カスタマーハラスメント対策
近年、カスタマーハラスメントが社会的な問題となっています。東京都では、2025年4月1日に「東京都カスタマーハラスメント条例」を施行し、事業者に従業員の安全確保や顧客への適切な措置の実施を求めることとなりました。国レベルでも今後、企業にカスタマーハラスメントに関する予防措置の実施を求める法整備が予定されています。
一部の先行企業では、カスタマーハラスメントに関する対応方針の明確化や社内研修、相談窓口の設置などの対策が進んでいます。従業員の安全を確保し、安定的な就業を実現するためには、法改正を待つことなく、こうした取り組みをいち早く進めることも重要です。
トピック7:奨学金代理返還制度
独立行政法人日本学生支援機構の調査によれば、大学生の55%が奨学金を受給(※2)しており、大学卒業後はその返済が大きな負担となるケースが増加しています。一方で、人材採用難により、企業の新卒採用における充足率は年々低下していることから、一部の企業では企業の奨学金代理返還制度を導入し、奨学金返済を負担に感じている学生へのアピールを強化しています。
奨学金代理返還制度は、社員の奨学金返還残額を企業が日本学生支援機構へ直接送金するもので、2024年5月末時点で2,023社がこの制度を利用しています(※3)。本制度は、返還額にかかる所得税と社会保険料は対象外となり、また企業としては給与として損金算入でき、さらには賃上げ促進税制の対象となる非常に有利な仕組みとなっています。新卒採用の激化が続くなか、比較的ローコストで自社の魅力を高める施策として、今後も注目を浴びることになるでしょう。
※2 独立行政法人日本学生支援機構「令和4年度 学生生活調査結果」
※3 独立行政法人日本学生支援機構 Webサイトより
トピック8:ビジネスと人権
ビジネスと人権は、2020年10月に政府が「ビジネスと人権」に関する行動計画を策定して以降、企業における重要テーマの1つに数えられるようになりました。具体的には、
- 人権方針の策定
- 人権ディーディリジェンスの実施
- 救済メカニズムの構築
を中心に対応が求められますが、今後、繊維業においては特定技能の外国人を受け入れる際の要件として「国際的な人権基準に適合していること」という要件が求められる方向となっています。こうした企業活動における人権尊重の促進を図る傾向は今後、急速に拡大すると予想されます。
トピック9:年金制度改革
2024年秋以降、頻繁にマスコミなどでも報道されていますが、現在、年金制度改革の検討が進められており、昨年12月25日には厚生労働省の社会保障審議会年金部会から「議論の整理」という資料が公表されました。その内容は、主として以下のとおりとなっています。
- 被用者保険の適用拡大
- いわゆる「年収の壁」と第3号被保険者制度
- いわゆる「106 万円の壁」への制度的対応
- 第3号被保険者制度
- 在職老齢年金制度の見直し
- 標準報酬月額上限の見直し
- 基礎年金のマクロ経済スライドによる給付調整の早期終了
- 高齢期より前の遺族厚生年金の見直し等
- 年金制度における子に係る加算等
今後、この内容に基づき、2025年の通常国会に改正法案が提出され、審議される予定です。
トピック10:労働基準法改正への議論
2019年4月に施行された働き方改革関連法には、施行5年度の見直し規定が設けられていました。2024年はちょうどその年に当たることから厚生労働省内に労働基準関係法制研究会が設けられ、労働基準法等改正の議論が交わされています。予定では2025年1月にも労働政策審議会に報告書が示され、その後、法改正に向けた議論が進められる見込みです。
今回の労働基準法改正は40年ぶりの大改正と言われています。その理由は働く環境が大きく変わるなか、労働基準法における「労働者」や「事業」、そして労使コミュニケーションの在り方といった根本的な議論が行われていることにあります。たとえば、UberEatsのようなプラットフォームワーカーが登場したことで、その法的位置づけや保護をどのように扱うのかが議論になっています。そのほか、労働時間法制改革では、13日を超える連続勤務の禁止や、副業兼業時の割増賃金における労働時間通算の見直しなどの議論がなされています。
中期的には、企業の人事労務管理に大きな影響を与える内容となっていますので、2025年に労働政策審議会で交わされる議論にはぜひ注目しましょう。
2025年は人材確保のための体制整備の年になる
東京商工リサーチによれば、2024年度の人手不足倒産は年間最多を更新しました(※4)。ヒト・モノ・カネ・情報という4つの経営資源のうち、「ヒト」だけが毎年確実に減少する時代となり、この貴重な経営資源を安定的に確保できる企業が深刻な人材不足を乗り越え、これからの時代を勝ち抜くことができます。
例年と比較して、2025年は労働関係法令の改正はそれほど多くありませんので、法改正対応に気を配りつつ、安定的な人材確保のための体制整備に力を注いでいきましょう。
※4 東京商工リサーチ TSRデータインサイトより