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キャリアプランを具体化する「聴き方」のポイント

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2023年9月27日に開催された「Smart相談室のスーパーバイザーと動画で振り返る労務担当者の対応例#6 キャリアプランを具体化するための支援」では、労務担当者がとるべき対応について、動画をもとに考えるケーススタディが行なわれました。

社員がキャリアを積む中で、新たなチャレンジを前にした時、さまざまな理由で悩みを抱えてしまうことは珍しくありません。本人のキャリアにおいて重要な気づきを得てもらうためには、どのような対応をすべきでしょうか。セミナーでは、産業カウンセラーの養成に長く携わり、企業でのカウンセリング経験も豊富なスーパーバイザーの視点から、企業の労務担当者がとるべき対応を学びました。この記事では当日の内容を模擬面談の動画とともにお届けします。

セミナー講師鵜飼 柔美 氏

オフィスファーロ 代表

2005年より大阪にて若年者就労支援施設、大阪府立高等学校、専門学校、大学学生相談室等で若年者に対するキャリアコンサルティング及び教員及び保護者へのキャリア教育の啓発、教材開発に携わるほか、企業領域において勤労者を対象としたメンタルヘルスとキャリア開発支援のカウンセリングを行なう。2016年より都内にキャリアコンサルティングオフィスを開設。キャリア(生き方・働き方)の支援を行なうほか、国家資格キャリアコンサルタント及び産業カウンセラー等資格保有者の養成および育成にも携わる。一般社団法人キャリアコンサルタント支援協会理事。一級キャリアコンサルティング技能士。2021年よりSmart相談室スーパーバイザーとして活動中。

キャリアプラン相談事例の対応策を学ぶ

今回は「キャリアプランを具体化するための支援」というテーマでお話します。キャリアプランが曖昧な状態にあると、仕事のモチベーションが低下しがちです。足元がおぼつかない感覚がある以上踏み出すことが難しく、場合によってはメンタル不調を起こすこともあるでしょう。

事例は架空のもので、Smart相談室の関係者が演じています。まずは動画をご覧いただき、逐語記録をもとに振り返りましょう。面談全体の流れに沿って、相談者が語った状況や気持ちや、カウンセラーが相談者の発言に則した応答をしているかを振り返ります。逐語記録は通常、カウンセラーのトレーニングに使用するものです。

本日の登場人物の設定です。

  • 労務担当者:ロウムさん
  • 相談者:港花子さん
    • 29歳
    • 広報PR
    • 社会人6年目
    • 新卒でメガベンチャーに入社
    • 東京都内在住
    • 独身、結婚願望があるわけではない

カウンセリングのポイントとして、話の主導権をカウンセラーが握りすぎないという点があります。相談者が納得感をもって行動変容を起こすには、カウンセラー主導で話を進めて答えに導くのではなく、相談者自身が答えを導く必要があるのです。

そのためカウンセラーは、相談者が自ら気づくための支援を心がけています。自分では気づいていなかった自分の内面の部分に気づく過程は、洞窟探検をする感覚に近く、骨の折れる作業です。そんな時、一緒に洞窟探検をしてくれる人がいたら、心細さがなくなり「もう少し進んでみようかな」という気持ちになりますよね。相談を受ける側は、探検同行者のような立ち位置で話を聴くとよいでしょう。

ここからは、逐語記録を見ながら対応を振り返っていきましょう。

※以後、相談者の発言は「相談者1」、聴き手の発言は「ロウム1」と表記。カッコ内は非言語情報。

逐語記録。動画内の発言を文字起こしており、その内容を補足している。重要な発言については、本文中で解説している。

「相談者1」では、ロウムさんへ気遣いの言葉がありました。気配りのできる方であると想像できます。

「ロウム1」では、常に柔らかく、話しやすい雰囲気を保っていました。事前予約のメッセージを読んだことを伝えています。これは相談者の安心に繋がります。事前に書いたことを読んでくれているかわからないと、どこから話せばいいかわからなくなってしまいますよね。

「相談者2」では、「誰かに相談して頭を整理したい」という目的が判明しました。

「ロウム2」では、「頭の中でまとめきれず、どうしたらいいかわからない」と伝え返していました。すぐにどうするかを話し合うのではなく、一旦困っている気持ちを受け止め、優しい雰囲気で面談がスタートしましたね。これによって、港さんはより自由に、自分の気持ちや考えを話し始められました。

「相談者3」です。1行目の「漠然と海外で働くことはかっこいい『けど』」の「けど」という表現に注目してください。海外に行くことに対するポジティブな要素とネガティブな要素があり、悩んでいるようです。さらに「今の仕事を続けられるのか」という「can」の表現と、「違う分野の仕事をやらなきゃいけないのか」という「must」の表現を使って、海外勤務への不安を示しています。これらのことから、明言はしていないものの「広報PRを続けること」の気持ちのほうが強いと推察できます。このように無意識に使われているニュアンスをキャッチアップできるといいです。

「ロウム3」では、ポジティブな気持ちとネガティブな気持ちがあることを繰り返されていました。もったいなかったのは、「悩んでいる」とひとまとめにしてふんわりと返してしまったことです。港さんは「悩んでいるけど行きたい」ではなく「行きたいけど悩んでいる」とお話しているので、伝え返す順番を合わせると、よりよかったと思います。

逐語記録。動画内の発言を文字起こしており、その内容を補足している。重要な発言については、本文中で解説している。

「相談者4」の発言から、打診はあったものの、海外勤務で何をするのか、行った後どのように自分が成長できるのかが見えていないと推察できます。「女性で海外に行った事例がなく想像つかない」とおっしゃっています。これは当然だと思います。知らないことは不安になりますし、想像がつかないことは選べません。

「ロウム4」では、女性の海外赴任の事例の有無が相談者にどういう影響を与えるのかまで理解していることを示せればよかったですね。「事例がなくて想像がつかないんですね」と返すと、さらに丁寧だったと思います。

「相談者5」では、海外は今までの大きな挑戦とは別物と捉えているとわかりました。全体的に港さんはチャレンジ精神のある方のようですが、挑戦したい気持ちと先の見えなさで揺れているようですね。

「ロウム5」では、「相談者3」で港さんが語っていた、帰ってきた時の心配に焦点が当たっています。「相談者4」「相談者5」で追加された、「海外で得られるものと、今までの挑戦とは別物と感じている」という情報も加わった形で応答すると、これまで語られた内容に沿った感じが出ると思います。

「相談者6」では、「ロウム5」で訊いた、帰ってきた後の心配について話しています。これは、最初の頃から2人の間にラポール形成ができつつあるので、港さんが話に乗ってくれている部分もあると思います。

そのうえで、「ざっくり」という言葉に注目してください。広報PRのスペシャリストになるというキャリアプランは、今の延長線上から立てられたことがわかりました。

「ロウム6」では、新卒からの話をしています。でもここは、「相談者6」の話を伝え返すほうがよかったと思います。相談者は自分が話したことを相手の言葉を通じてもう一度聞くことによって、自分の考えや気持ちを再確認できます。人は自分が話していることを明快に理解していることは少ないです。話を進めようと焦らずに、相談者についていく姿勢を心がけるとよいです。

逐語記録。動画内の発言を文字起こしており、その内容を補足している。重要な発言については、本文中で解説している。

「相談者7」です。この辺りは同じ話が繰り返されていますが、港さんは質問に答えてくれているので、十分な関係性ができていると考えられますね。

「ロウム7」で「一筋」という言葉を効果があるものとして伝え返したのか、オウム返しだったのか、ロウムさんの意図が気になります。

「相談者8」では、「一筋」という言葉を確認したうえで、キャリアプランがざっくりであったことを「相談者6」に続いてもう一度伝えています。

「ロウム8」まで「一筋」という言葉を双方で4回言っています。「一筋」だったことが港さんの悩みに影響があると見立てたうえで伝え返しているのか、もしくはロウムさんが困ってしまって足踏みしている状態なのかが気になります。しかし、話は大きくそれてはいません。

「相談者9」の「まさかの海外だった」は、「一筋だったから」の言い換えですね。ここも繰り返しになっています。

「ロウム9」で広報になった背景を訊いているのは、どこに焦点を当てたらいいか困ってしまったのでしょうか。「その」「あの」という言葉をたくさん使っているので、困っている様子が伺えます。ロウムさんは「広報PR一筋だった」ことを掘り下げていくことで、整理ができると考えているようですね。

「相談者10」では、「ロウム9」の質問に応じてくれています。港さん自身の話したいことは「相談者6」以降止まっていますが、関係性ができているので、自分が話したかったことではないけれど、ロウムさんが考えてくれた質問に対して答えるという共同作業を行なっているような感じがします。

「ロウム10」では、「広報に絶対就きたいと思っていた」ことについて評価しています。承認したことになりますが、何を評価しているのかが曖昧なので、つい出てしまっただけの言葉かもしれません。「学生の頃からやりたいことが決まっていたのは素敵ですね」と言いたかったのかもしれません。

惜しかったのは、「広報に絶対就きたかった」背景を訊くチャンスを逃してしまったことです。

逐語記録。動画内の発言を文字起こしており、その内容を補足している。重要な発言については、本文中で解説している。

「相談者11」では、評価に対してお礼をしています。「ロウム11」では、もう一度広報に強い思いがあるかを訊いています。

「相談者12」では、「広報に絶対就きたい」と思ったきっかけが、単純にキラキラしてかっこいいというイメージだったことがわかりました。仕事でも評価され、結果も出せていることから、自分は広報の仕事に向いていると思っているようです。しかしそれが自分にとってどのように楽しいのかについては曖昧で、言葉になっていない状態なのだと思います。

「ロウム12」では、「相談者12」をそのまま返しています。ここでは、港さんにとって「キラキラ」「かっこいい」とはどんなものなのか、やってみてどう楽しかったのかを語ってもらうための質問をするとよかったと思います。

「相談者13」でも、「キラキラ」の中身や「海外での仕事」が漠然としています。「キラキラ」が漠然としていることで、キャリアを進めるための一歩が出ないと考えられます。

「ロウム13」では、「先が見えないという」話を繰り返しています。これは、「相談者4」から「相談者13」までずっと言っていることなので、焦点を当てるところに困ったのかもしれません。

逐語記録。動画内の発言を文字起こしており、その内容を補足している。重要な発言については、本文中で解説している。

「相談者14」では、「相談者3」で語っていた揺れが出てきました。ここは、自分の中で「築いてきたもの」を言語化するチャンスでした。しかし「ロウム14」ではふんわりと返しています。

「相談者15」で語られた「ざっとしている」ことを言語化することで、この先のキャリアプランをはっきりとイメージできるかもしれません。ロウムさんからそのことを伝えるいいタイミングだったのではないかと思いますが、「ロウム15」でも、「相談者12」からの内容をそのまま返しています。

「相談者16」では、「相談者5」同様に「今までの挑戦とは別物」とお話しています。なぜ「今回は」と感じているのかをはっきりしたいところです。

「ロウム16」は、「今までの挑戦とどう違うのか」を考えてもらいたい場面でした。

逐語記録。動画内の発言を文字起こしており、その内容を補足している。重要な発言については、本文中で解説している。

「相談者17」では「挑戦してみたい」という気持ちを語ってくださっています。また、「怖さ」についても述べられています。その理由を客観的に辿っていくと、さまざまなものが曖昧だからだと考えられます。

「ロウム17」では、「怖さ」を港さん自身の言葉で具体的に語っていただく返しをするとよかったと思います。

「相談者18」の話の中で、「怖さ」の中身が港さん自身も絞れてきているようです。

「ロウム18」では、「相談者18」で港さんが気づいた「怖さ」を伝え返すとよかったと思います。怖さの内容が明確になれば対処方法を考えられるようになります。

「相談者19」で、港さんも気持ちをアウトプットできた様子でした。

ロウムさんの対応を振り返る

ロウムさんの対応についてまとめた図。同内容を本文中にも記載。

では、ロウムさんの対応を振り返っていきましょう。

全体的にふんわり温かい雰囲気で、港さんに同意する場面が多くありました。港さんの抵抗や反発はなく、自由に話せていたと思います。
一方で、曖昧なものを曖昧なまま進めてしまっていたので、港さんもロウムさんも、何が「かっこいいのか」「キラキラしているのか」がわからないままになっていました。
今回ロウムさんは港さんが言語化できている面への応答で精一杯だったので、言葉になっていない部分に働きかける関わりができるとよかったと思います。氷山の絵は意識と無意識を表現しています。意識できているところはほんの少しです。無意識の奥にたどり着くことは大変ですが、水面に近い部分は言葉にしていくと意識できるようになります。相談を受ける人は、言葉になっていない部分にも関心をもつことが大切です。

キャリアプランの相談では、細かなニュアンスや具体性に気を配る

面談の関わり方のポイントをまとめた図。本文中にも同じ内容を記載。

キャリアプランを具体化するための支援のポイントを3つご紹介します。

(1)細かな言葉にも気を配り相談者を正しく理解する

1つ目は、「けど」「ので」などニュアンスに影響する言葉を聴き洩らさない傾聴力です。細かく聴き、正しく相談者を理解することが大切です。キャリアの「通行止め」状態にある相談は多いと思いますが、原因を正しく理解する必要があります。多くの場合は自分の内的な側面に対する理解不足と、環境など外的側面の理解不足が原因です。

自分の内的側面とは、価値観や思考、身についてきたスキル、強みなどの他者との違い、キャリアアンカーなどです。外的側面とは、仕事内容や職場環境、役割、業務内容、責任、その後の働き方などです。どこが通行止めになっているのかを正しく理解するために、しっかり聴くことを心がけましょう。

(2)相談者が気づいていない根拠を推察する

2つ目は、先が見えないというキャリアの「通行止め」の要因を、相談者の言葉の中から根拠を持って推察することです。

たとえば、「女性で海外に行った事例を見たことがないので想像がついていない」という言葉から、「ロールモデルがいない」「手本、見本がいない」ことによる心細さがあり、働き方が見えていないのがわかります。

「広報の仕事はキラキラしている、かっこいい」という言葉からは、港さんの価値観、職業観が言語化できておらず、明確に自覚ができていないことが推察されます。詳しく教えてもらうことで港さんの「キラキラ」「かっこいい」が明確になると、進みたい方向が見えてきます。

「今まで築いてきたものはどうなるんだろう」という言葉の「築いてきたもの」がスキルなのか、ネットワークのことなのか、知識なのかを明確にすることも、方向性の決め手になります。「海外でどんな仕事をするかわからない」「戻って来たらどうなるのか」という言葉からは、海外での具体的な仕事内容や、その経験から得られそうなもの、その後の道筋が不明であることが推察できます。

(3)曖昧であることに気づいてもらう工夫

3つ目は、推察した曖昧な部分に光を当てるような聴き方、応答をすることです。

冒頭で申し上げたように、質問して回答するような進め方ではなく、相談者に語ってもらいながら主体的に考えられる聴き方をします。聴き手自身が曖昧なところで立ち止まることで、相談者自身も立ち止まりやすくなります。なぜそう感じるのか、考えるのか等、自分自身を見つめ直し語っていただくことにより、あいまいな部分の一つひとつが明らかになっていきます。わからないままスルーしたり、無理にこちらから探ろうとしないことを意識されるとよいでしょう。

ときには外部の専門家を頼って、従業員の健やかなキャリア形成を支援しましょう

シリーズ全6回はこれにて終了となります。

私達カウンセラーは利害関係のない第三者ですが、労務担当の方は会社内部の立場に当たります。専門家として聴くのとは、違う難しさがあるでしょう。そういう時は、外部の専門家を使っていただくのも一つの手かと思います。このセミナーが、従業員の方が健康に、メンタル不全を起こすことなく、その方のキャリアをイキイキと健やかに形成していけるような支援をするお手伝いになっていれば嬉しいです。何かありましたら、Smart相談室にもご相談いただければと思います。

お役立ち資料

休職・離職を防ぐために「組織」と「個人」両軸での対策が必要な理由

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