1. 人事・労務
  2. 労務管理

プライベートな問題にどこまで踏み込む?大切な「受容」と「事実確認」

公開日
目次

2023年8月30日に開催された「Smart相談室のスーパーバイザーと動画で振り返る労務担当者の対応例#5 社員のプライベートにどこまで踏み込むか迷う事例」では、労務担当者がとるべき対応について、動画をもとに考えるケーススタディが行われました。

社員からの相談はときにプライベートな要素を含みます。労務担当者としてどこまで踏み込んだ対応をするべきか、迷うこともあるかもしれません。とくに男女関係が絡んだ相談は、相談をする人、受ける人の性別によってバイアスがかかってしまう可能性もあります。セミナーでは、産業カウンセラーの養成に長く携わり、企業でのカウンセリング経験も豊富なスーパーバイザーの視点から、企業の労務担当者がとるべき対応を学びました。この記事では当日の内容を模擬面談の動画とともにお届けします。

セミナー講師鵜飼 柔美 氏

オフィスファーロ 代表

2005年より大阪にて若年者就労支援施設、大阪府立高等学校、専門学校、大学学生相談室等で若年者に対するキャリアコンサルティング及び教員及び保護者へのキャリア教育の啓発、教材開発に携わるほか、企業領域において勤労者を対象としたメンタルヘルスとキャリア開発支援のカウンセリングを行なう。2016年より都内にキャリアコンサルティングオフィスを開設。キャリア(生き方・働き方)の支援を行なうほか、国家資格キャリアコンサルタント及び産業カウンセラー等資格保有者の養成および育成にも携わる。一般社団法人キャリアコンサルタント支援協会理事。一級キャリアコンサルティング技能士。2021年よりSmart相談室スーパーバイザーとして活動中。

プライベートな相談事例の対応策を学ぶ

今回のテーマは「社員のプライベートにどこまで踏み込むか」です。カウンセラーも、クライアントのプライベートにどこまで踏み込むか悩むことがあります。デリケートな問題であるため対応は難しいですが、あまり踏み込まずにいると内容が表面的になってしまったり、真の問題からズレてしまう恐れがあります。本日は、適切な対応のポイントをお伝えできればと思います。

事例は架空のもので、Smart相談室の関係者が演じています。まずは動画をご覧いただき、逐語記録をもとに振り返りましょう。逐語記録は通常、カウンセラーのトレーニングに使用します。目先の問題を引き起こした要因や、問題が長引いている要因(真実の問題)に着目してください。

本日の登場人物の設定です。

  • 労務担当者:ロウムさん
  • 相談者:豊島太郎さん
    • 45歳・男性
    • システムエンジニア
    • 複数の会社を経て現在の会社に就職し、システムエンジニアとしてシステム開発に従事。エンジニアリング部門のマネジャーで部下からの信頼も厚い。サービス拡大のため、社内では日々さまざまな依頼に対応し、いわゆるできる人材としてバリバリ仕事をしている。
    • 離婚経験あり、子供なし。独り暮らし。

では、逐語記録を見ながら対応を振り返っていきましょう。

※以後、相談者の発言は「相談者1」、聴き手の発言は「ロウム1」と表記。カッコ内は非言語情報。

逐語記録。動画内の発言を文字起こしており、その内容を補足している。重要な発言については、本文中で解説している。
逐語記録。動画内の発言を文字起こしており、その内容を補足している。重要な発言については、本文中で解説している。
逐語記録。動画内の発言を文字起こしており、その内容を補足している。重要な発言については、本文中で解説している。

「相談者1」では、口に手を当てて、周囲を伺う様子がありました。大きな声では言いにくい内容であることが、仕草からわかりましたね。カウンセラーはこのような非言語情報をもとに、どのような姿勢で聴くかを考えています。それに対し「ロウム1」では、具体的な相談内容を訊ねていました。よい導入でしたね。

「相談者2」の1段落目では、違和感を抱くようになったきっかけを話されました。慰労会が一次会のみで解散したことを繰り返し話しておられたのは、人間関係に変化を与えるほどの盛り上がりではなかったことを強調したいのだと思います。その後も、終始きょろきょろしながら落ち着かない態度で話されていました。お味噌汁を持参されたことや、豊島さんに対する私語があからさまに増えたこと、親しげに話しかけてくるなど、相手の態度の変化に戸惑いやモヤモヤを感じているようです。

「いい歳のおじさんなので」「自意識過剰かな」という言葉からは、戸惑いやモヤモヤを打ち消そうとしていることが読み取れます。豊島さんははっきりと言っていませんが、好意を持たれていることに困惑し、少し迷惑に感じる行動が増えていて、業務に集中できない様子が伝わってきます。こちらの気持ちはお構いなしに距離を縮めて来られることに対して、警戒心や恐怖心を持つのは不思議ではありません。

豊島さんはセクハラなど自分が気を付けなければならないことにもアンテナを張って、当たり障りなく接しているようです。これは心労がかさむことだと思います。

最近はその女性が自分の最寄り駅で歩いているのを見かけたこともあり、豊島さんの心の壺はいっぱいになってしまいました。「何が起こっているのか」「どうしてこうなってしまったのか」「周りはどう思っているだろうか」などが気になり、仕事に集中できない状態であることが推察できます。

最後に、労務から住所を教えることがあるのかを確認していました。「ロウム2」では、その質問に答えています。

「相談者3」では、労務側が住所を教えていないことに安心はしたものの、自分の家の最寄り駅にいたことへの戸惑いがさらに深まっている様子でした。仕事に直接の差し障りはないと話していますが、「気に病んでしまっている」と打ち明けてくれているように、本人にとっては支障となっていることがわかります。

ここで話されている「派遣元に一言入れてほしい」というのが、来談目的の「要望」ですね。ロウムさんに助けてほしいというSOSでした。

「ロウム3」では、「相談者3」の要望に対して「NG」と受け取られる回答をしています。それまで落ち着きのない様子だった豊島さんですが、動きを止めて聞いていましたね。ロウムさんの言葉一つひとつに、目をつむって頷きながら聞いていました。自分を納得させようとするような仕草にも見えます

逐語記録。動画内の発言を文字起こしており、その内容を補足している。重要な発言については、本文中で解説している。

「相談者4」では、ロウムさんの回答に理解を示しながらも、「クレームを私から直接言うのは・・・」と、諦めきれない様子がうかがえます。そこで、クレームが無理ならばヒアリングをして、ロウムさんに状況をわかってほしいという代替案を出しています。

「ロウム4」では、「クレームはNG」ときっぱりとおっしゃいました。

「相談者5」ではヒアリングを再度お願いし、「ロウム5」ではその要望を一旦受諾しています。

逐語記録。動画内の発言を文字起こしており、その内容を補足している。重要な発言については、本文中で解説している。

「相談者6」では、労務に直接の対応をしてもらえない以上、豊島さん自身が直接対応しなければならない部分もあると思っている様子がうかがえます。その対応がハラスメントになってしまうことを気に病んでいるようでした。発言からは、「自分を守ってほしい」という気持ちが表れています。

「ロウム6」では「ヒアリングに関して検討します」と伝えて、この面談は終わっています。

ロウムさんの対応を振り返る

では、ロウムさんの対応を振り返ってみましょう。

ロウムさんの対応についてまとめた図。同内容を本文中にも記載。

中立でありつつも寄り添う姿勢を見せて

全体を通して、男女のプライベートに立ち入らず中立的に、冷静に対応しようとする姿勢が見られました。しかし、慰労会から来談までの期間で、豊島さんの心の壺はいっぱいになっていました。その想いを考えると、もう少し寄り添う姿勢があるとよかったと思います。

ロウムさんは冒頭で、話してくれたことへのお礼を伝えていましたが、人知れず悩んできた気持ちへの共感的な受け止めがあるとよかったですね。労務担当者という立場上、対応に迷うところだとは思います。相手のストーカー行為を疑っている豊島さんの訴えと、派遣会社との関係を維持したい会社の方針の間に挟まる形になっていました。

性別や先入観に囚われない対応が必要

気になるのは、豊島さんが女性だった場合にも同じ対応になったのか、です。豊島さんの頼りがいのあるいで立ちや、仕事のできる人であることが先入観になり、今回の対応内容につながった可能性もあります。自分のテリトリーに勝手に入って来られる恐怖や戸惑いに男女差はないので、フラットな考えで対応する必要があります

プライベートな相談に踏み込むときのポイント

プライベートな相談にどこまで踏み込むか迷うときに考えるポイントをまとめました。

面談の関わり方のポイントをまとめた図。本文中にも同じ内容を記載。

(1)相談者の目的と、相談相手に選ばれた理由を考える

1つ目は、相談目的を正しく把握することです。相談者は相談したい内容に合う相談場所、相談相手を選んで、何かしらの期待を持って相談にきています。今回の場合は2つの目的がありました。「住所を教えていないか」という確認と、「自分が対応すると波風が立ってしまうから労務から言ってほしい」という要望です。この目的に適した相談相手がロウムさんであり、助けてほしかったのだと思います。

(2)プライベートな問題にも寄り添う姿勢を持つ

2つ目は、仕事外のストレスも、ストレス反応や疾病を起こす要因となりえることを理解しておくことです。問題の所在がどこにあろうと、メンタル不全を起こしてしまうことは仕事の生産性に影響します。まずは、プライベートな問題に対し会社としてどこまで支援できるのか、という枠組みを理解しておくことが必要です。会社としての支援が難しい範囲については、適切な相談場所を探すなど、一緒に考える姿勢を持つことがメンタル不全を防ぐことにつながるかもしれません。

(3)問題の本質を見極めるため、具体性を高める

3つ目は、プライベートな問題だと軽んじず丁寧に事実確認をすることです。とくに、ハラスメントの相談の場合には、プライベートな問題と切り離せない場合があります。感情が一線を越えてハラスメントになってしまう場合があるためです。

今回の場合は、豊島さん側に誤解を生んでしまうような言動がなかったかを確認できればよかったと思います。慰労会では「どんなことが起こって」「どんなことを言って」「そこにいた人たちがどんな態度をとっていたのか」を丁寧に事実確認しながら思い出していただくことは、相談者のコミュニケーションスキル向上のお手伝いになると思います。

豊島さんは「波風を立てたくない」と話していましたが、豊島さんがアクションを起こした場合に、プロジェクトチーム内にどのような影響が起こるのかを訊くのもよいと思います。

ハラスメント認定の可否に限らず、味方になって一緒に考える姿勢を大切に

ハラスメントの定義の1つに、行為者に対して抵抗または拒絶ができない、蓋然性が高い関係である“優越的な関係”があります。厚生労働省が定めた定義によると、「同僚または部下による言動で当該言動を行うものが業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当会社の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの」とあります。つまり部下から上司、同僚間など関係性に限らずパワハラであるとされているのです。

豊島さんが仕事をするうえで、派遣の方がいなければ立ち行かない状況になっている場合は、豊島さんがハラスメントに遭っているといえます。ハラスメント認定の可否に限らず、味方になって一緒に考える姿勢を大切にしましょう。それは社員がメンタル不全を起こして業務の生産性が落ちてしまうことを防ぐ意味があります。

質疑応答

  1. Q1. 事実確認や状況把握の際にバイアスがかからない聴き方はありますか。

    バイアスがかかってしまうことはあります。他者と話すことで自分の中にあるバイアスに気がつくとバイアスが緩むきっかけになります。今回のロウムさんの場合は、労務の上司や男性の担当者と検討する中でバイアスに気づけるかもしれません。カウンセラーの場合は、スーパービジョンを受けて自分の思い込みに気づきます。

  2. Q2. 一方の話だけでなく、相手側にも事情を聴くことも必要だと思いますが、いかがでしょうか。

    ハラスメントの可能性がある時は必ず両者の意見を聴くべきですね。今回の相談者も、「向こうの意図をヒアリングしてほしい」という要望をだしています。

  3. Q3. カウンセリングなら聴けることも、労務という立場だと、相談者のことを知っているので、プライベートのことを聴くのは難しい場合もあります。どのような心構えで対応すべきでしょうか。

    カウンセリングでは二重関係にならないようにしますが、労務担当者の場合は社員同士という関係と、相談を受けるという関係の二重関係にならざるをえません。ですので、聴き手となる労務担当者が「自分は二重関係だからバイアスがかかっている可能性が高い」と思っておくとよいですね。

  4. Q4. ロウムさんは「持ち帰ります」と言いましたが、持ち帰って担当者間で共有するとき、録音や逐語記録がないと、バイアスがかかった状態で検討されてしまうのではないでしょうか。

    十分に起こりえることなので、なるべく事実を持ち帰るように努めてください。今回の場合、話の内容は「慰労会以降の出来事」で、要望は「第一要望がクレームを入れること、次にヒアリングをすること」でした。同時に、「ハラスメントになることを恐れている」というポイントを正確に伝えていただきたいです。聴きながら形を変えてインプットしてしまうこともあるので、正しく聴く練習をするとよいですね。

お役立ち資料

休職・離職を防ぐために「組織」と「個人」両軸での対策が必要な理由

人気の記事