「月1000時間」のルーティンワーク削減秘話。現場主導の働き方改革【株式会社アプリボット】
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働き方改革時代、真っ只中。
2019年4月以降、働き方改革関連法が順次施行されるに伴い、長時間労働の是正をはじめ、新法への対応を急ぐ企業が増えています。しかし、単なる労働時間削減に終始すれば、企業成長を望むべくもありません。
生産性向上の文脈において、“企業成長”という観点から紐解くと、業務効率化による労働時間削減は1つの活路となります。
そんな中、改善着手からたった3ヶ月で、全社計月間1,000時間の作業時間削減に成功したのが、「世界震撼」をビジョンに、マンガRPG「ジョーカー~ギャングロード~」や小学生向けオンラインプログラミング学習サービス「QUREO(キュレオ)」などを手がける株式会社アプリボット。
同社はいかにして業務効率化を実現したのか?
1,000時間の作業時間削減プロジェクト『TTT』を主導した、株式会社アプリボット サーバーエンジニアの嶋 紘之さんと、統括本部 秘書の松本 璃子さんにインタビューしました。
「より良いモノづくりをしたい。」企業理念から逆算された『TTT』誕生の背景
まずは『TTT』の概要についてお聞かせください。
嶋さん
『TTT』は、「Thousand Time Trial」の略で、ルーティンワークの効率化により、会社全体で月間1,000時間の作業時間削減を目指す取り組みです。
なぜ『TTT』は生まれたのでしょうか?
嶋さん
この『TTT』が生まれたそもそもの背景から説明します。
弊社は、「世界震撼」というビジョンを掲げているのですが、これは定量的なものではなく、「僕らのつくったコンテンツが、世界で使われている状態って凄くうれしいよね」という状態のことです。そのために「より良いものづくりをしたい」、「大ヒットするプロダクトをつくりたい」という想いがあり、プロダクトにこだわりがあるメンバーばかりです。
一方、プロダクトづくりにこだわるがゆえに、気がつかないうちに非効率的なやり方や、労働集約的なやり方をしてしまっている部分も結構あって、労働時間が長時間化するという課題がありました。
そういった状況を改善するために業務効率化も進めるべきなのですが、現場ではサービス開発が優先される傾向にあり、「効率化への着手」が後回しになっていました。
そう考えると『TTT』は、単に労働時間を削減しましょうという取り組みではなく、企業として目指すビジョンがあり、その「良いプロダクトで世界を震撼させたい」という経営理念実現に向け事業課題を解決するひとつの策が『TTT』だったということでしょうか。今後より良いプロダクトを生み出していくには、「時間を投下する」ではなく「時間を生み出す」ことで持続可能な体制を築く必要があったと。
嶋さん
そうですね。具体的には、ルーティンワークが肥大化しており、これを解決したいと考えるようになりました。
例えば、運用しているスマートフォンゲームの中でイベントを実施する際、CSVデータを手入力で作成しゲームに反映するなどの方法でやっていましたが、それだけで1日の大半を使ってしまうこともありました。
とはいえアプリボットさんにはエンジニアの方が多いため、会社として効率化への感度は高そうですし、ある程度効率化された状態だったのではないかと想像していました。
嶋さん
確かに、リテラシーは高いと思います。逆にそこが盲点でもありました。
効率的でない作業に作業者本人が慣れてしまい、「もっと効率化できる余地があるんだ」ということに気づけていなかったんです。
なるほど、従来の作業方法に最適化されていて、「そもそも効率化できる」と想起しづらかったんですね。逆に、なぜ「現状の作業方法が非効率的だ」と気づけたのでしょうか?
嶋さん
まさに僕がエンジニアの1人として、プランナーさんの業務改善を個人的に引き受けていたんですが、その方の作業を見ていた際に、「もっと効率化できそうなところがあるな」と、ふと気になったんです。
やはり人間って何かと慣れてしまうので、自分で「非効率的だ」と気づける範囲には限度があると思います。そのため、『TTT』では、エンジニアのように効率化を得意領域とするメンバーをはじめ、第三者目線で業務やその業務フローを確認することで、非効率的なルーティンワークを洗い出していきました。
『TTT』はなぜ現場から生まれたのか?
企業としてのいわゆる働き方改革を推進していくのは、人事や管理部門などのバックオフィス系ポジションの方々が多い印象です。一方、嶋さんは人事部門ではなくひとりのエンジニアです。1従業員として「自分がリードしていこう」と思ったきっかけを教えてください。
嶋さん
僕自身が、現場の1エンジニアとして、業務における強い課題感を持っていて、作業効率化や作業時間削減にもっと取り組みたいなと思っていたのが一番大きな理由です。
とはいえ、1人で効率化に取り組んだところで、やれる物量や結果的な影響は限られているため、会社全体のプロジェクトとして取り組み、作業時間を削減し、より良いプロダクトづくりのための時間や環境の創出を実現したいなと思っていたんです。
働き方改革でうまくいかない会社の失敗例には、現場の合意や理解が得られぬうちに、上からやらされるがまま始まってしまったような企業もあると聞きます。一方で、御社では成し遂げたい理想の世界観があるうえで、そこに至るまでの課題を現場から認識し、そしてアクションを起こしているため、地に足が着いているだけでなく、熱量もありそうです。
嶋さん
弊社は、「誰がやるか」を大切にしています。今回のケースでいうと、仮に人事からの着想でやったとして、もしその人事の方が課題感を持っていなかったとしたらうまく進みませんし、僕らエンジニアをはじめ現場のメンバーとしてはやらされ感が強くなってしまいます。そのため、最も熱量がある人がやっていこうという意識が根付いています。
その際は、会社の決裁をとって動いていくのでしょうか?
嶋さん
年に2回、社員起点で会社をもっと良くしていくためのアイデアを社長に直接提案・その場で決裁する「みらい会議」という機会があります。この会議で可決されたものは、必ず実行されるようになっています。現場から考えたものが、しっかりと会社の意思決定として実行されます。
『TTT』もこの会議で可決され、全社的な動きとなりました。
現場から始動したのは、「みらい会議」という制度によって、「可決されれば、必ず実行される」ことが浸透し、信頼関係として成り立っているからなんですね。
なぜ「1000時間削減」が目標だったのか?
『TTT』が生まれた背景がわかったところで、その解決策としてなぜ『TTT』の着想に至ったのかをお聞きしたいです。「1,000時間削減」という水準が引かれた理由はありますか?
嶋さん
理由としては、2点あります。
まず1つ目に、「ルーティンワークを効率化しよう!」といっても、業務改善って「じゃあどれくらい効果があったのか?」というのは目に見えにくいものです。あやふやに進むことが多いため、定量的な指標で可視化して進捗を追うようにしようと考えました。また、「労働時間削減」というとメンバーの間ではネガティブなイメージがつきやすいのですが、ひとつのイベントとして、もっと楽しく取り組もうということで「1,000時間」という分かりやすくインパクトのある数字を立てました。
2つ目の理由としては、「実現可能性の高い数字」であること。「1,000時間」と書くと非常に大きいのですが、ざっくり200名で計算すると、全員が月に1人あたり5時間削ればよいので、1日にしてみると15-20分程度の時間なんですね。
これらを踏まえ、インパクトがあり、なおかつ実現性が高い「1,000時間」という目標を置きました。
「1,000時間」という定量目標に対し、どのように効果測定したのでしょうか。
嶋さん
これまで何時間かかっていた作業が何時間に減ったのかという差分を出し、その作業が月に4回だったら、その差分に4を掛けて算出するなど効率的な測定ルールを決めて、具体的な削減時間測定は、各プロジェクトのリーダーにお願いしていました。
目標達成に向け、ロードマップはどのように策定しましたか?
嶋さん
取り組み開始から3ヶ月での達成を目標に取り組みました。各プロジェクトのリーダーたちに、自分たちのプロジェクト内で効率化できそうなタスクをリストアップしてもらい、先ほどの計算方法で、想定削減時間を算出しました。
これらを全部スプレッドシートにまとめて、合計が1,000時間以上いくか? いかないなら、他に効率化できる項目はないか? などを棚卸ししながらロードマップを策定しました。
プロジェクト化した『TTT』が全社に浸透するまで
『TTT』を全社に浸透させていく上では、実際に全社員を巻き込み、突き動かしていくにあたって工夫した点を教えてください。
嶋さん
まず何よりも、みんなが楽しめることですね。この『TTT』のロゴも作成し、社内にポスターを掲示して認知を広げました。
また、“1,000時間”の進捗を、ゲーム要素によって楽しめる仕組みにしたんです。
具体的には、“1,000時間”を“1,000km”に見立て、「1,000時間横断TTTツアー」というキャンペーンを実施しました。東京から北海道までの距離がちょうど1,000kmくらいなので、削減に成功した時間を積み重ねて、ゴールを目指す設計です。
進捗の成果を、距離として可視化したんですね。
嶋さん
そうですね。目に見えて進捗がわかるので、メンバーの間でも盛り上がっていました。
また、そのツアーの道中に中継点を設けて、そのご当地の報酬がもらえるような仕組みにしました。例えば、300時間の削減に到達したら、300km地点の宮城県の「萩の月」を全メンバーに配る。同じように、青森までいったらアップルパイを。
そして、最終的に目標の1,000時間を達成し、北海道に到達した際はみんなで海鮮丼を食べました。
この各地点ごとの報酬は隠していたので、「どこどこまでいったら何がもらえるんだろう?」とゲーム要素があり、盛り上がっていましたね。
このような、社内で認知を広げ、啓蒙していく施策は『TTT』の推進メンバーで企画するのでしょうか?
嶋さん
業務効率化できる項目の洗い出しやその推進などは僕が得意なのでリードするのですが、全社的に盛り上げていこうという施策は、会社の文化づくりをミッションとしている統括本部の松本に、企画立案やポスターづくりなどの実行面も含め担ってもらいました。
いわゆるCFT(クロス・ファンクショナル・チーム;部門横断型組織)のように、横串の組織として、それぞれの強みをいかしたんですね。
やりきりのポイントは「初速×インパクト」による意識変革
浸透するのとやりきるのとでは、また違った難しさがあり、工夫の仕方も異なると思います。『TTT』が1,000時間到達までやりきれたポイントを教えてください。
嶋さん
一番意識したのは、取り組みの初月に、削減時間としてインパクトのある項目をもってきたことです。
正直なところ、みんな最初は「こういう業務改善って、ほんとに役立つの?」という気持ちがあると思います。
なので、最初の段階でインパクトの強い項目の改善に取り組んでもらうために、メリットの大きい業務効率化ツールを提供して「あ、結構いいじゃん」と思ってもらうのが、肝心な第一歩だと考えました。そして「このツールとても助かった! もっとやって欲しいし、取り組んでいきたい」という状態までもっていったんです。
例を挙げると、僕の担当する「ジョーカー~ギャングロード~」というゲームのプロジェクトでは、プランナーさんがCSVデータを作成したはいいけどミスがあって、それを直した後にまたミスがあって……というケースが時折あったため、そもそもミスがあったら自動で検知するシステムを導入することで大幅に改善され「すごい便利になったね」と業務効率化の成果を実感してもらえたんです。
するとみんな「これやってほしい」とか「もっとこうしたら作業しやすくなるんじゃないか」など、改善案が現場からどんどん挙がっていくように、意識が変わっていきました。
一方で、『TTT』の開始前後で「そもそも嫌だな」という反対意見はありましたか?
嶋さん
やはりありましたね。「効率化のための時間」を使うということは、つまりその瞬間だけ切り取れば「プロダクト開発に使えるはずたった時間」を取られてしまうとも捉えられます。短期的には確かにそうなのですが、中長期的な視点で見れば効率化されることで生まれる時間のほうが大きくなります。
なので、最初にインパクトの大きい成果を定量的に示すことで、「今後このルーティンは効率的に作業できるようになる」と実感してもらうようにしました。
働き方改革や生産性向上への取り組みには、どうしても最初の企画や動き出しは、その取り組み自体の負荷がかかってしまいますよね。この最初の壁を乗り越えるにあたり、早い段階で成果を示し、反対意見を持つ方々も巻き込んでいったと。
嶋さん
そうですね。3ヶ月という期限を設けてのチャレンジということもあり、初速を高めるべくいかに早い段階でメンバーを巻き込めるかということで、最初のインパクトを重視していました。
「効率化の意識が “文化” として根付くのが何より大切。」
最終的に目標の“月間1,000時間削減”を達成したのは3ヶ月目でしょうか?
嶋さん
そうです、最後の1週間でした。
最後の1週間。やりきり力が凄まじいですね……!
嶋さん
700時間くらいまではスッと達成したのですが、先ほど言ったように最初に削減時間の大きい項目から着手したため、後半は伸び悩んできます。でも、1,000時間を達成しないと『TTT』というプロジェクトとしてはインパクトがないと思い、なんとしてもやりきるぞと考えていました。
最後の2週間の時点で、最初に挙げた改善項目リストの再確認と改めて業務を棚卸しして、効率化の余地が大きい業務はないかと洗い出し、各チーム再度注力しました。そして残り1週間で何とか達成しました。
「達成できなければインパクトがない」……、そこまでして3ヶ月以内でやりきりたかったのは、なぜですか?
嶋さん
「3ヶ月で1,000時間」と決めてやりきれるかどうかが重要だと思っていました。この短期集中的な取り組みの後に、会社の文化として業務効率化の意識が根付くかどうかが大切だからです。
業務効率化に全力で取り組むと決めた3ヶ月をやり切れなければ、文化として根付くのは難しいと考えていました。
なるほど、『TTT』においては、TOTALの時間削減はもちろん、それ以上に全社での成功体験をつくることで、「文化」として根付いていくのが何より大切だと。
嶋さん
はい、一度文化が築かれれば、難易度が高く中長期的に取り組まなければならないような業務効率化も、各プロジェクトで自発的に取り組んでいく土台ができあがると考えていました。
「良いものづくりをすること」に時間も思考も一番使っている状態でありたいので、業務効率化は普段の仕事の中で自然と出来ている状態が理想だと思っています。
1,000時間という業務時間削減のインパクト以上に、業務効率化の意識が文化として根付いたかどうかが、施策の結果としては重要でした。
「業務効率化の意識」が文化として根付いたことを実感するエピソードを教えてください。
松本さん
もともと効率化の意識が比較的強いエンジニアだけでなく、例えばバックオフィスで秘書業務や人事業務などにおいても、これまで当たり前にやっていた“慣れた業務”を振り返ったときに「もっと作業時間削れるかも!」と気づけるようになりましたね。
バックオフィスの業務改善については、例えば人事では採用から雇用契約の締結、入社手続き、経理では経費精算などなど大変な業務が多いかと思います。
松本さん
バックオフィス業務って、反復的で細々とした業務が多いですよね。1個1個の作業はそこまで時間かからないから気づきにくいんですが、実はそれが“チリツモ”でかなりの作業量になります。なので、1回の作業というより、全体の作業でみたときに客観的に効率化の余地があるかに気づけるかが大切かもしれません。
システム化できる領域は業務効率化ツールを活用しつつ、対人的なシステムを導入しづらい領域は業務フローの見直しによって作業時間削減に成功しました。
『TTT』の達成後、プロジェクトとしては終ったにも関わらず、みんな定常的に自ら業務改善に取り組んでいます。
嶋さん
『TTT』実施時のリストにはなかった改善項目も、現場からどんどん挙がってくるようになっていますね。
松本さん
そうですね、染みついた気がしますね。着眼点が鋭くなっています。
先ほど、「業務効率化」とは別に「業務フローの見直し」というキーワードが上がりましたが、この領域で削減された時間も割合としては大きいのでしょうか?
嶋さん
削減時間の内訳としては、作業自動化が約5割(546時間)で、それに迫るかたちで業務フローの整備による時間削減が約4割(384時間)だったんです。効率化できるものはどんどん効率化しようという意識のほかに、業務の進め方やそのフローへの改善意識も身につき、結果的に月間400時間近い削減に至っています。
業務効率化というと、エンジニアによる作業自動化ツールの開発がフォーカスされやすいのですが、どの会社でも共通する作業フローの整備も、同じくらいインパクトとしては大きかったのかなと思っています。
達成した『TTT』。1,000時間削減したその先に描くもの
『TTT』の目標を達成後、1,000時間のルーティンワークが削減されたことでの好影響はありましたか?
嶋さん
業務に余裕が出て、自分たちが本来向き合うべき仕事に注力できるようになっています。
このような“付加価値の高い時間創出”と、先ほど言ったような“業務改善意識の文化定着”という2つの好影響がありました。
時間が生まれたことで、新たな取り組みも生まれていますが、それに際しても「効率的に取り組んでいこう」と、前もって意識的にフローが整理されています。
『TTT』に対する、現場からの感想があれば是非お聞かせください。
嶋さん
様々な業務効率化によって働きやすくなったという声が一番大きいですね。また、毎月『TTT』の進捗を全従業員の前で発表していたのですが、その際、業務効率化に取り組む社員にフォーカスして紹介したりもしていました。そこでピックアップされて嬉しかったという声もありました。
松本さん
今回の取り組みによって、今まで以上にゲームに触れたりアニメを見たりなど、ゲーム開発をしていく上で必要なインプットにいかす時間が生まれていると聞いています。
今回の『TTT』の取り組み結果を踏まえ、今後トライしていきたいことはありますか?
嶋さん
2つあります。まず1つ目は、3ヶ月で1,000時間にこだわったときにインパクトが小さく取り組めなかった業務や、削減時の負担が大きな業務の改善。これらも、将来的な投資として今のうちから取り組むべきだと感じています。
2つ目は、作業時間削減で生まれた時間を新たなチャレンジにいかしていくことが大事だと思っています。僕らが『TTT』でルーティンワークを1,000時間削ったのは、別に早く帰りたいからではなく、その先で“より良いものづくりをしたい”のがきっかけなので、そこに時間を割いていきたいです。
これは仕事としての時間に限りません。例えばプランナーだったら、インプットのためにアニメを見まくるでも良いし、エンジニアだったら、5年後の将来を見据えて技術的挑戦をしていきたい、などなど。今の業務とは異なる領域への挑戦も良いと思います。
それぞれが、将来的に携わりたいものづくりを踏まえた上で、新たなチャレンジのために時間をいかしていきたいですね。
(了)