【SmartHR Agenda#1レポート】〜データを最大限活かす〜 正解探しから抜け出し「人事だからできる基盤整備」
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2022年3月8日、変革のジレンマを超える「人」起点の組織づくりをテーマに、さまざまな識者のお考えを伺うトークイベント【SmartHR Agenda#1】が開催されました。
この記事では、事例講演として、株式会社働きごこち研究所の藤野 貴教 氏をお迎えした『〜データを最大限活かす〜 正解探しから抜け出し「人事だからできる基盤整備」』の内容をご紹介。
多くの会社がHRデータを収集・可視化し始めた中で、組織改善に繋げるために必要なこととは。企業が陥りがちな問題や、具体的な施策が語られました。ぜひご覧ください。
株式会社働きごこち研究所、株式会社文殊の知恵 代表取締役
アクセンチュア、人事コンサルティング会社を経て、東証マザーズ上場のIT企業において、人事採用・組織活性・新規事業開発・営業MGRを経験。2007年、「“働く”のこれからを考える」をコンセプトに株式会社働きごこち研究所を設立。グロービス経営大学院MBA修了(成績優秀終了者)。2015年から「テクノロジーの進化と人間の働き方の進化」を研究の中心領域にする。日本のビジネスパーソンのテクノロジーリテラシーを高め、人工知能時代のビジネスリーダー育成を志として、全力で取り組む。『2020年人工知能時代 僕たちの幸せな働き方(かんき出版)』を上梓。また、2006年(27歳)で東京を「卒業」。愛知県の田舎(西尾市幡豆町ハズフォルニア)で子育てをしながらのフルリモートワーク。家は海まで歩いて5分。趣味はスタンディングアップパドル(SUP)。2019年、「ビジネス・テクノロジー・クリエイティブ」の3種の知恵を集めた株式会社文殊の知恵を設立。UXを伝えるWEBメディア『UXジャーナル』を創刊、編集長を務める。
テクノロジーのちからで、お客さま体験(ユーザーエクスペリエンス)の向上を
藤野さん
働きごこち研究所と、文殊の知恵という会社で代表を務めています、藤野と申します。企業のDX戦略を浸透させていくためのミドルマネージメントやリーダー人材の育成、組織開発を手がけております。
新卒ではアクセンチュアという会社に入社しましたが、実は1年弱で退職しています。いわゆる就職のミスマッチを経験したのです。大学時代に「日本の就職活動のミスマッチはなぜ起こるか」というテーマで卒業論文を書いた手前でしたので、今では笑い話です。それ以来、働きごこちを考え続けてきました。
その後、2社のベンチャー企業で働きました。長時間働くうちに、「何のために働いているんだろう」と疑問を持つようになったことから、働きごこち研究所の設立に至ります。創業の2006年当時、私が決めたことは、東京を卒業することでした。妻の実家がある愛知県の西尾市幡豆町という田舎町に引っ越し、東京へは出張で来ています。
我々の働きごこちを変えていくためには、テクノロジーの活用が必須だと長らく考えていましたが、SNSの普及に応じて、働く場所を自由に選べるようになったのです。
テクノロジーは道具であり、人間の仕事を進化させてくれるもの
藤野さん
その後、2017年に書いた本が『2020年人工知能時代 僕たちの幸せな働き方』という本です。当時のメディアは、AIが人の仕事を奪うとか、テクノロジーによって組織がギスギスするといった危機感を煽る風潮にありました。
しかし私は、テクノロジーは道具であって我々人間の仕事を進化させてくれるものであると一貫してお伝えしています。人口減少によって働き手が不足しているにも関わらず、テクノロジーを使うことに対してどこか臆病になったり、抵抗感を持っているという状況があります。これは、いつか我々の生活に対する悪影響となるでしょう。こういった社会課題を、書籍やメディアを通してお伝えし続けてきました。
コンビニの営業時間を例にあげましょう。私たちの生活が「便利」で「楽」なのは、誰かの苦労によって成り立っています。コロナ禍によって、24時間営業のコンビニを支えてくれていたのは、外国人の方々であったことが改めて明らかになりました。そういった支えてくれる人々にシワ寄せをしていくのではなく、テクノロジーを活用しなくてはならないという状況です。
DXを通じて、お客さまのユーザーエクスペリエンスを向上させる
藤野さん
DXの本質は「楽」をするためであり、デジタル化や効率化はその一端に過ぎません。現在のトレンドはユーザーエクスペリエンスへの着目です。私たちは日々色んなアプリやサービスを使っています。例えばNetflixはとても便利ですよね。移動先で見ていた映画の続きを、家のテレビでも見られます。
外の世界と自分の中の世界をオンラインで繋げるという体験が提供されている時代です。ビジネスが「体験の提供」へとシフトしていることを、HRに携わる方も理解しておかなくてはなりません。お客様のユーザーエクスペリエンスを上げることが目的であり、テクノロジーでお客様が感じている不便を解決することがDXにおいてとても重要です。
テクノロジーの背後で人がやるべきは、人間として、できる限りお客さまを徹底的に喜ばせることです。AmazonやNetflix、メルカリのような会社が当たり前のようにやっている、DXを使ったユーザーエクスペリエンスの向上を、従来のリアルビジネスでも考えなくてはなりません。
従業員のエクスペリエンスを向上させる3つのステップ
DXを人材育成の視点から考える
藤野さん
カスタマーエクスペリエンスとエンプロイーエクスペリエンス、CXとEXという言葉は、皆さんも聞いたことがあると思います。
新規事業の創造や既存のビジネスを変えていく際に必要なのが、顧客の体験を上げるCXです。それに対してEXは、働き方改革や社員自身の能動的な活動を支える取り組みです。人事は、カスタマーもエンプロイーも根っこはユーザーということを念頭におき、EXの向上に取り組む必要があります。
藤野さん
EX向上のステップは3つです。サクサクサービサーとは、ITデジタルを活用してお客様の体験を上げられる会社になること。そのためには、テクノロジーを活用してサクサク仕事ができるサクサクワーカーが必要になります。
そこで、スマホでも仕事ができるようなデジタルサービスを提供しましょうという流れです。メルカリやPayPayのようなアプリを日常で活用すると、その便利さや快適さを知ることができますよね。
人は、「便利」を知ったことで、「不便」に気付けるようになります。つまり「便利」を知らない人は、自分の会社が提供してるサービスが顧客にとって不便であることにも、気づけません。最先端のサービスを利用することで、自社の遅れているところに気づき、より良い体験の提供のきっかけとなるのです。これが、DXというものを人材育成の視点から考えていくステップです。
人事データを収集・蓄積するプラットフォームが必要
藤野さん
VUCAと呼ばれるこの時代の中で、HRもパラダイムチェンジが必要とされます。ここ数年の動きとしては、人間のバイアス、勘と経験頼みによるジョブと人材のミスマッチ、客観的データの不足、色んな課題が注目されてきました。そんな中で人事がまず取り組むべきは、身体知と実践知、つまりご自身がデータによるエクスペリエンスの向上を実体験することです。SmartHRを使っている人事の方は、もうご存知ですよね。
データが集まることで便利になるし、より良いエクスペリエンスを提供できるようになるという、この循環を体感する。この循環とセットで考えなくてはならないのが、社員がどのような形になったらハッピーなのかという目的です。
人事データはその答えを教えてくれません。人事が経営者や現場の方と共に考え、どんなデータを集め、どう活用するかを考える必要があります。
上記の図は、SmartHRさんからお借りしたデータです。皆さんの会社には色んなデータがあると思いますが、そのデータは使いやすい状態でしょうか。「人事データの三大疾病」ということで、これは私の高校の先輩でもある伊藤羊一さんがプレゼンされた、非常にわかりやすい表現です。
データがばらばらとなっている「ばらばら病」、データがぐちゃぐちゃになっちゃってる「ぐちゃぐちゃ病」、データが取れてる時期と取れていない時期がある「まちまち病」。
これらの課題の解決に向けて、まずデータを溜める場所の整備をします。例えばそれが、自社の共有サーバーに入ったエクセルデータだとしたら、どうにもなりません。1つずつ開き、データ項目を取り、RPAのようなことをしたり、とやってるうちに、時間はあっという間に過ぎてしまいます。
一生懸命マクロを組んだところで、データがアップデートされなければすぐに使えなくなります。こういう時に使えるSaaSが、SmartHRさんのようなデータベースですよね。今は、自分の会社でゼロからシステムを作るという時代ではないのです。
日本の工場の生産性が高いのは、整理整頓ができているからといわれています。人材マネジメントにおいても、データの整理整頓ができてこそ付加価値を上げていくことができるでしょう。
属人性にまみれたHRではなく、組織としての仕組み作りをしていくには、どうしたらいいでしょうか。講演の後半部分では、そのことについてお話しできればと思います。
HRデータを活用し、経営にインパクトを起こす打ち手を考える
藤野さん
組織の基本要素を把握するには、『両利きの組織をつくる』という本がおすすめです。加藤雅則さんの名著ですね。
「組織カルチャー」、これはなかなか変わらないものです。そして、戦略の中で組織がやるべきことを「キーサクセスファクター」と呼びますが、会社の肝となるデータが何であるかという問いに答えられないまま、整備を進めてはなりません。
とある複合機の保守メンテナンス事業をされている会社についての例です。メンテナンス担当者の方が現場を訪問するのですが、いつも緊急対応で、謝ってばかり。エンゲージメントが上がりづらい状況だったのです。
この事業のキーサクセスファクターは、そのメンテナンス担当者の方の訪問の稼働率をいかに上げるか。そのためのデータをどう集めるかを考えることが、ビジネスと実際のHRデータを繋げていくことなのです。「HRデータを活用して、経営にインパクトを起こせる打ち手をどう成すか?」を考えていくことは、HRの非常に面白い仕事です。
藤野さん
ここで少し質問にお答えさせていただきます。
「働きやすさ、経営層に働きやすさを指示されていて、業務効率化がなかなか進みません。費用対効果が出しづらく、説得も難しいです」
働きやすさで考えることも大切ですね。ここまでのお話は、どうやって成果を出すかという内容でした。成果を出すために、従業員の体験を上げていく。働きやすさという言葉を使わずに、会社の戦略やEXの視点からお話になられてみたらどうでしょうか。
「人事データの整備の重要性って見落としがちです。整備の方法が難しいです」
自分で整備しないことが重要です。データが勝手に集まってくるような使いやすいシステムを導入しましょう。いかにフォーマットを作るかを考えるべきなのです。
「あなたがやりたいことは何?」Willを中心としたEXの向上について
藤野さん
DXとジョブ型の導入についてお話しします。デジタルトランスフォーメーションの本質は、既成概念からの脱却、今までのやり方からの転換です。そのためには、エンゲージメントが下がる仕事を減らし、目的を達成することに主眼を置くことが求められます。
藤野さん
近年、管理職を中心にジョブ型を取り入れる企業が増えました。2019年のトヨタ自動車で、労働組合と経営陣の話し合いが行われた際、十分にパフォーマンスを発揮しきれていないベテランが多くいるという問題をどのように解決するかという問いがあったそうです。
それをきっかけに、トヨタの人事制度が変わっていきました。例えば管理職の入れ替え、管理職が外に学びに出るなど。デジタル化、グローバル化、少子高齢化のメガトレンドのもと、日本企業はジョブ型に移り変わりました。時間から成果をどのように出すかが、考えられています。
それ以前の流れをおさらいしましょう。私が働き始めた2002年当時は、働き方1.0の時代でした。働いた時間を成果と捉えるものです。その考えが変わってきつつも、残念ながら仕事の時間を減らすことは叶っていません。なぜならば、余剰の時間で別のやらされ仕事が増えたからです。
ビジネスパーソンとして、「Will」を取り戻そう
藤野さん
そこで大事なことは、やりたいこと、ビジネスパーソンとしての「Will」の再確認です。コア業務を減らしたら、次にどんなことをやりたいのかを問うのです。でも、簡単には答えてもらえませんよね。目の前に与えられた仕事をこなすたびに小さな達成感を得るということを続けたために、初志を忘れてしまっている人も多くいるでしょう。
残念ながらそのような働き方は長続きしません。何かの局面で辞めたいとか、自己成長を感じられないという風になってしまう。社員が今ビジネスパーソンとしてのWillを取り戻すことは非常に重要です。
私が関わっているONE JAPANという大企業の若手有志団体の繋がりの中では、こんな活動があります。
NECにおいてSI的に仕事をしているエンジニアの方は、クライアントから要求されることに対して目の前で答えるという、受託請負的に仕事が進むことが多かったそうです。結果エンゲージメントや、やりがいを喪失してしまっているという状況でした。
もともと志のある優秀な方々が多い会社です。Willの問いかけによって、とある社員のプロジェクトがスタートしました。「世界のごみ問題を解決する」というWillのもと、食堂内に社内スナックを開設したそうです。このように、Willを真ん中に置いた組織作りが始まっています。
もともと志のある優秀な社員が多い会社です。社員に「NECで何がやりたいのか」というWillを問うていこう、そしてさまざまな社員を巻き込んでいきたいという思いで、食堂に社内スナックを開設したそうです。このように、大企業でもWillを真ん中においた組織づくりが始まっています。
「ナッジ」で、人の行動と会社の変化をそっと後押し
さりげない仕掛けで人の行動を望ましい方向に変えていく
藤野さん
しかし社員のWillはデータで収集できるでしょうか。月1回のエンゲージメントサーベイも、上司との1on1面談でも、明るみには出ませんよね。その解決策を考えるのが、従業員エクスペリエンスを考えるということです。
長時間労働の解消、正規・非正規の格差解消、柔軟な働き方の実現のためにこの国はいろんな活動をしていますが、残念ながら現場においては根性の時代が長く続きました。テクノロジーが入ってきても、順応しきれず使われてないことも非常に多発しています。
しかし、2020年の新型コロナウイルスの流行がきっかけで変わりました。テクノロジーは導入されたけど十分に使われていない、というのが働き方2.0で、働き方3.0というのは、テクノロジーとナッジの組み合わせです。
ナッジとは、圧をかけて人を強制的に変えるのではなく、さりげない仕掛けで人の行動を望ましい方向に変えようというものです。デザインや伝え方を活用して、人間の心理を活用した仕組みを作り、人々の行動を良き方向に変えようという実験が行われています。
その1つの例が、税金の納付です。「○○市では10人中9人は税金を決められた期日内に納めています」という書き方よりも、「あなたのような税金未納者もほとんどが既に納めました」というような書き方の方が、納付者が多かったそうです。
伝え方のコピーライティングは、従業員エクスペリエンスの向上にも関わります。ですから私がはじめた文殊の知恵という会社では、コピーライターが取締役を務めています。人事から社員に発信するメッセージが事務的でつまらないという場合、外部からのクリエイティビティーが必要です。
社員が、「その研修に参加したい」「そのイベントに参加してみたい」「システムを使ってみよう」と思えるという伝わり方を考えてみましょう。
「ナッジ」は、上司部下のコミュニケーション、会議にも活用できる
藤野さん
ナッジの活用は日々の上司と部下のコミュニケーションでも活用できます。例えばコミュニケーションの型を作ること。日本語に守破離という、守る、破る、離れるという言葉がありますよね。我々はまず型を守ろうとします。
コミュニケーションの型をこんな質問で定めてみましょう。「今うまくいってることは何ですか」「今ぶつかってる壁は何ですか」「それに対して何かサポートできることはありますか」と。「最近どう?」「なんか言いたいことある?」と言われて、気持ちよく喋れる部下はなかなかいないですよね。
ある企業では、喋らない会議を実施しています。よく話す人がいると、その人だけが話し残りの人たちは黙っているという非生産的なことが起こりますよね。
喋らない会議では、次のようなプロセスを踏みます。まず10分間、スライドに掲げた問いに対する答えを共有ドキュメントに書き込んでもらいます。その後7分間、他の人が書いた内容を見あい、コメントを書きこんでもらいます。それにより、全員が自分の頭で考え、頭にあるものをデータとして出してくれるのです。
人事の方々は、現場をどう巻き込んでいくかを日々お考えだと思います。働き方改革を推し進めるには、テクノロジーとナッジの力を活用し、誰かを矢面に立たせるやり方ではなく、担当者も責任者も置かずにやることがポイントになるでしょう。
誰かが我慢したり、犠牲になったり、矢面に立つような進め方ではなりません。無駄を減らしてくれるテクノロジーと、コツンと前に背中を押してくれる仕掛け、ナッジによって、自然に行動と会社を変えていくことを、目指しましょう。
人の心をふと動かすクリエイティビティや仕組み、そしてデータ活用に取り組むことが、従業員のエクスペリエンス向上に繋がるでしょう。私の講演は以上です。
【執筆・まえかわ ゆうか】
エディター / ブランディングプランナー / カレー屋さん。アパレルからビジネス分野まで幅広い分野でクリエイションを提供する。専門分野は食。