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年間100万円・666時間の削減も可能に。コープさっぽろのDX人材育成術

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目次

“AIとHRのつながり”をテーマとするイベント「SmartHR Connect 〜AIとHRテクノロジーが紡ぐ革新的企業への進化〜」が、2024年7月17日(水)に東京国際フォーラムで開催されました。

「ITの民主化で生産性向上を実現するDX人材育成戦略とは」と題したセッションでは、生活協同組合コープさっぽろ 執行役員 CIO デジタル推進本部 本部長の長谷川秀樹さんが登壇。全従業員の10分の1をDX人材に育成するITの民主化についてお話を伺いました。ファシリテーターは、企業研修と学びのエキスパートであるGLOBIS学び放題事業リーダーの鳥潟氏です。

  • 登壇者長谷川秀樹氏

    生活協同組合コープさっぽろ 執行役員 CIO デジタル推進本部 本部長

    1994年にアクセンチュア株式会社に入社し、国内外の小売業の業務改革、コスト削減、マーケティング支援などに従事。2008年に株式会社東急ハンズ 執行役員となり、情報システム部門などの責任者として、100%AWS化、iPadPOS開発、物流構造改革などを推進。現在はロケスタ株式会社 代表取締役社長、クラウドファースト株式会社 代表取締役社長、ブックオフグループホールディングス社外取締役などを務める。

  • ファシリテーター鳥潟幸志氏

    株式会社グロービス グロービス・デジタル・プラットフォーム マネジング・ディレクター

    サイバーエージェント、ビルコム株式会社の共同創業を経てグロービスに参画。コンサルタントとして国内外での研修設計支援を手がける。現在は、社内のEdtech推進部門にて『GLOBIS 学び放題』の事業リーダーを務める。2024年4月2日に著作『AIが答えを出せない 問いの設定力 AFTER AI時代の必須スキルを身に付ける』を出版。

従業員の10%をDX人材に育て、業務ツールを自社開発する

鳥潟さん

はじめに、コープさっぽろの社内DXの取り組みについて教えてください。

長谷川さん

前提として、コープさっぽろでは顧客である組合員向けのDX、社内向けのDXを分けて捉えています。

前者については、接点のデジタル化を推進しつつも、今までどおりのアナログな接点も大切にしています。デジタルへの慣れなどさまざまな方々いらっしゃるからです。

一方、社内向けのDXでは、最新のテクノロジーを積極的に取り入れています。方針として掲げているのは「リアルビジネスを最新のインターネットテクノロジーで解決する」。下記の3つを大切に、社内で採用する技術を選定し、浸透に取り組んできました。

  • コンシューマーテクノロジーシフト:コンシューマ向けの使いやすい製品やサービスも積極利用
  • オープンテクノロジーシフト:単独メーカーに依存した技術ではなく、グローバルかつ最先端の技術を活用
  • クラウドシフト:自前でのサーバー管理からクラウドサービスへ。そのほかの領域でも各種クラウドサービスを積極利用
長谷川さんのお話をする様子

長谷川さん

各種社内システムやツールの開発においては、ノンプログラミングシフトも重視しています。

必要なシステムやツールがあるとき、基本的にはSaaSやクラウドサービスを利用します。ニーズに合うものがなければノーコード開発(プログラミングの知識や知見がなくてもアプリケーションなどを開発する手法)。フルスクラッチ開発(既存のソフトウェアやプラットフォームを使わずゼロから開発する)は最後の手段です。

そして、私たちのDXの方針において特に大切であり、今日のセッションテーマと深く関わるのが「誰が開発するのか?」です。

現場で必要なシステムがあった場合、現場から要件を情報システム部に伝え、開発してもらうか、情シス部から外部ベンダーに発注する方法を採っていました。

ですが、今は現場の社員が自ら業務改善のためのシステムを開発できる状態をつくろうと取り組んでいます。具体的には、デジタルを利用して業務を改善できる人材を、全社員の10%に増やす“ITの民主化シフト”を推進しています

鳥潟さん

“ITの民主化シフト”は重要なキーワードとなりそうです。もう少し詳しく伺えますか?

鳥潟さんのお話をする様子

長谷川さん

一般的なシステム開発では、現場社員がシステムエンジニアに業務詳細を伝え、内容に沿って開発を進めます。ITに詳しい人に業務を教えるという順番です。

「ITの民主化」はその逆。業務に詳しい現場の人間にITを教えて、開発できるようになってもらう順番です。現場には細かい業務がいくつもありますから。ノーコードツールで現場の社員が開発する方が生産性が高いケースも多々あると、これまでの取り組みを通して感じています。

あくまで感覚値ですが、各部署で1〜2人が自ら開発できればDXもうまく回るのではないかと考えています。

鳥潟さん

ノーコード開発には、どういったツールを使用しているのでしょうか。

長谷川さん

『Google スプレッドシート』や『Google Apps Script』ですね。もう1つオススメなのが、自動化ツールの『Zapier』です。

たとえば、スプレッドシートに誰が書き込んだか?を毎日チェックするのは大変ですが、『Zapier』なら1〜2分設定するだけで、更新情報を自動で『Gmail』などに通知できます。最上位の料金プランでも驚くほど安い点も魅力ですね。

ノーコード開発した灯油タンク点検ツールで年間666時間を削減

鳥潟さん

育成のために、どういった取り組みをされているのでしょうか?

長谷川さん

各事業部の育成対象社員には、半年間デジタル推進本部に異動してもらい、半年でデジタル人材に育て上げます。これを全従業員の10%に達するまで繰り返す予定です。

鳥潟さん

実際に社員が異動することに対して、各部署から反発はありませんでしたか?

長谷川さん

いきなり異動というわけでもなく、勉強会を通して各部署に打診する下地をつくっていました。

具体的には業務改善の成果を発表する「仕事改革発表会」や各種ノーコードツールを学ぶ「デジタル勉強会」を開催しました。実際に『AppSheet』や『Zapier』を使った改善事例が増えてきたため、より成果を上げる目的で「デジタル推進本部に短期留学してみませんか?」と打診したのです。

鳥潟さん

異動にいたる段階があったのですね。実際に現場の社員によって開発されたツールについてお聞かせください。

長谷川さん

たとえば、灯油タンクの点検に『AppSheet』で開発した業務ツールを使っています。点検時に現場をスマートフォンのカメラで撮影し、タンクの劣化状況を本部や顧客とビジュアルで共有できるツールです。ツールの導入によって、年間100万円・666時間を削減できました。

ほかにも、約1万5000人が参加する弊社の清掃活動『海のクリーンアップ大作戦!』では、申し込みや問い合わせへの対応をツールで自動化しました。以前と比較して作業時間は半分に。ツール開発費も不要になりました。

活用しているツールや実施内容をまとめた図

鳥潟さん

DX推進にあたり、AI活用なども進められているのでしょうか?

長谷川さん

複数の方法で活用を進めています。

1つは経費精算です。申請内容をチェックし、怪しい箇所を検知してくれるAIを活用しています。

また、マルチモーダルAI(画像や文字など異なるデータ形式の統合、処理を得意とするAI)も積極的に活用を進めたいと考えています。

たとえば「チラシを撮影すると、掲載内容から商品一覧を作成する」「売り場の画像を撮影すると、棚割表と合っているかを確認する」などですね。

現場をもつ会社だからこそ、画像や動画、文字など異なるデータをつなぎあわせて活用できるマルチモーダルAIに注目しています。

現場社員の出席を促すより、成果を証明するのが先

鳥潟さん

DXでは「最初の一歩を踏み出せないケース」が多いかと思います。コープさっぽろさんが現場の社員を巻き込むうえで意識していたことを教えてください。

長谷川さん

先ほどお話ししたとおり、弊社には「仕事改革発表会」で改善の文化が備わっていました。とはいえ、もちろん旗を振ったらみんなが動くという状況ではありませんでした。

意識していたのは「出席を促すよりも成果を証明する」ことです。

たとえば「デジタル勉強会」への参加を呼びかけて、10個ある部署のうち3〜4個の部署の社員しか出席しなかったとします。ここで部署の上長などに「出席率が4割でした」と伝えると、出席していない6割の部署の上長は社員に「なぜ来なかったのか」と質問しますよね。そうすると部署の空気が悪くなる可能性がありますし、今度からやる気のない人が無理やり出席するようになるかもしれない。

なので、勉強会の出席率についての問い合わせに答えないようにしていました。一生懸命に学んだ4割の人が成果を出せば「うちの部署からも人を出した方が良いのでは?」と自然と声が挙がるはずです。出席を促すよりも成果を証明するのが先と捉えています。

もう1つ、大切にしたのは「横一列の目標を立てない」ことです。所属部署の規模が大きい方がDXのネタは多い。「アプリを○個作る」と共通の目標を立てず、参加者一人ひとりの状況の差を踏まえて目標設定してもらいました。

鳥潟さん

成果を証明していくのが大切なのですね。各種クラウドツールの導入などは、どのように説得して進めていきましたか?

長谷川さん

『Slack』の導入はシステム部から始めました。そこから「便利そう」という認識がほかの部署に広がるのを待ち、機が熟したら社長に話を持ちかける。「みんなSlackがないと仕事にならないと言ってます」と。

ここで言う「みんな」とは本部の2割ぐらいかもしれません。ですが「○○部の××さんが言っている」などと現場からのリクエストの体にするのが大切です。

鳥潟さん

現場が求めているというファクトを集めて、トップマネジメントを巻き込むのですね。

長谷川さん

あと議案を書くときにも「DXの部署の成果だ」み見えるような書き方をしないよう意識していました。

たとえば、商品運営本部のDXを推進するのであれば「本部長のアイディアから始まった」と説明する。「誰が言ったのか」はとても重要です。「相手がやりたいと言った」形をつくった方が協力を取りつけやすいですし、気持ちよく物事を達成できます

鳥潟さん

費用対効果を聞かれたら、どのように答えるべきでしょうか?

長谷川さん

前提として費用対効果の良いDX施策を優先的に進める必要があります。とはいえIT領域にはコストと関係なく“やらなければいけない改革”があります。「これは費用対効果を上げるケースか、コスト関係なく必要なケースのどちらか」を説明するようにしていました。

当日の会場の様子

“唐揚げを揚げるタイミング”を最適化。地に足ついたDX推進

鳥潟さん

DXについて今後の展望を教えてください。

長谷川さん

1つは惣菜の絶対単品管理です。たとえば唐揚げが5つあったら、「Aの唐揚げが何時何分に売れたか」がわかるようにしたいですね。分析すれば、つくるタイミングやオフシールを貼るタイミングを効率化できると思います。

もう1つが二次元バーコードの導入です。アレルギーや賞味期限などの情報を入力できないかと考えています。

鳥潟さん

お話を通して、現場に必要な地に足のついたDXを進めていらっしゃることを再認識しました。

長谷川さん

先ほどITの民主化の話をしましたが、ツールの勉強をすれば、DXはある程度まで進められます。問題は「何の業務を改善するか?」で、自分のやっている業務を改善するだけでは意味がありません

チームや部署、取引先も含めて、どこを改善するのかを、時にはアドバイスを受けながら進めるといいと思います。

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