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数字に表れない努力も認める。プロ野球で学んだ「フェアな評価手法」

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“中小企業が目指す 攻めの人材戦略” をテーマに開催されたカンファレンス「SmartHR Agenda #5」。さまざまなゲストをお招きし、「人材戦略」「採用」「評価」「定着」「育成」「組織づくり」についてのセッションを開催しました。

「従業員のモチベーションを高める評価制度の作り方~プロ野球人生で学んだ評価手法と組織変革~」と題した講演では、従業員のモチベーションを高めるための評価制度の作り方を中心に、社内のコミュニケーションや客観的なデータを組織変革につなげる同社の実践例についても共有されました。登壇したのは、株式会社船橋中央自動車学校の林 昌範さんです。

  • 登壇者林 昌範 氏

    株式会社船橋中央自動車学校 専務取締役

    市立船橋高校から01年ドラフト7巡目で読売ジャイアンツに入団。03年に先発としてプロ初勝利、06年に救援で自身最多の62試合登板を達成。08年に北海道日本ハムファイターズへ移籍後は09年のリーグ優勝に貢献。横浜DeNAベイスターズで14年に全球団勝利を達成し、17年限りで現役引退。現在は実父が経営する株式会社船橋中央自動車学校の専務取締役として勤務。球団ごとの運営方針の違いや、投手としての評価のされ方といったプロ野球での経験を踏まえ、教習所でのコミュニケーションや人事評価制度づくりに注力している。

  • ファシリテーター高橋 克己 氏

    朝日インタラクティブ株式会社 事業戦略推進室サブマネージャー / ツギノジダイ

    2012年朝日新聞社入社。販売局外勤職として、主に近畿・北陸エリアにおける朝日新聞販売店(ASA)の営業支援&経営コンサルティング業務に従事。2022年からツギノジダイの運営に加わり、広告営業や事業開発を担当。2023年4月からツギノジダイの事業移管に伴い朝日インタラクティブへ出向中。

プロ野球選手時代、年俸交渉のしくみに感じていた不満

高橋さん

プロ野球の世界で気になるのが、やはり年俸です。林さんはプロ野球選手として16年間にわたって活躍されましたが、年俸の金額はどのように決まるのでしょうか?

林さん

年俸の金額は、契約更改を経て決まります。契約更改とはプロスポーツ選手の契約期間が終了するときに、あらためて所属先と契約を交わすことです。皆さんもメディアで「〇〇選手の契約更改が決定」というニュースを見聞きしたことがあるでしょう。しかし、このタイミングで契約更改をしているのは一軍選手です。二軍選手の契約更改は一軍選手よりも前に行われ、シーズン終了後のキャンプ中に終わってしまいます。時間も10分程度と短く、評価や契約が流れ作業的になっている側面は否めません。年俸の水準も一軍選手と比べて低いことがほとんどです。

高橋さん

二軍選手の契約更改では、どのような会話が交わされるのでしょうか?

林さん

やはり成績が1番のテーマですが、練習に取り組む姿勢への評価や今期全体の反省、来年はこういう活躍をしてほしいという要望などについて話します。評価は査定の担当者と球団関係者の2人が担い、選手は契約書類に押印やサインをして終了します。

高橋さん

今のようにスーツを着用し、代理人を立てて交渉するようになったのは、林さんが入団されてどのくらいからでしたか?

林さん

2年目に一軍での出場が決まったころからですね。一軍の球団事務所で交渉するのですが、自分が出場した試合ごとに丸、三角、バツがついた表を見せられるんです。そして「チーム全体としては基本的にこのパーセンテージだから、個人の成績を鑑みて来年の年俸はいくらだよ」と言われるんですね。

でも、若い選手は「いや、もっとこういうアピールがあるんです」とはなかなか言えないものです。その点ベテランの選手は経験もありますし、若い選手の推定年俸から「自分はこのくらいの金額を提示されるだろう」と予想したうえで、有利に交渉できたりもします。僕も自分の意見をしっかりと伝えられるようになったのは、4〜5年目くらいからでしたね。

高橋さん

球団側としてはチームの成績に加えて親会社の経営状況などの制限もあるなか、選手側の事情を汲みきれない面もあるのかと想像しています。選手としては「もう少しわかってほしい」とモヤモヤされることもありましたか?

林さん

プロ野球選手時代は球団側の事情を思いやる余裕がなく、不満も少なからずありました。個人の成績がいくらよくても、チーム全体の成績が悪ければ「やはり年俸は上げられない」ところからスタートされてしまいますから。

林さん

当時は査定制度も今より粗かったと感じています。1年間で50試合に出場した選手は、見えないところで50試合以上の準備をしているものです。それだけ準備をしていても、試合の流れで出場がなくなれば評価してもらえません。中継ぎであれば、ピンチで出ていってほかの選手のランナーを返しても自分の数字にはならず、やはり評価されないんです。自分を消耗品のように感じたり、気持ちを保つのに苦労したりもしました。今は査定制度も細かくなり、表面的な数字ではなく実態を見て評価してもらえることが多くなりました。プロ野球選手時代に評価制度の変化を間近で見ていたことが、自動車学校の評価制度づくりにもいきていると感じています。

高橋さん

時代の流れとともに定量的な評価指標だけでなく、定性的な評価指標を含めた査定が実施されるようになってきたんですね。

林さん

はい、そう思います。僕もプロ野球選手時代の途中から、自分が投げている場面の動画を見ながら自らを査定をするようになりました。一方的な査定ではなく「この投球はどうだったの」とたずねられる場面も増え、評価の方向性が変わってきたのを肌で感じましたね。

高橋さん

球団に対して数字以外の貢献度をアピールするために、どのような工夫をしていましたか?

林さん

毎日の体調や試合での動き、他球団の選手の研究などを記録した「野球ノート」を作成し、契約更改時に持参していました。数字に表せない貢献について説明したり、自分と同じくらいの成績を残した他球団の選手の年俸を参考資料として提示したりできるので、非常に重宝していました。

林さん

「今年結婚します」「子供が生まれるんです」といった個人的な話は、あえて代理人を立てずに直接話していました。もちろん成績ありきですが、査定担当者も人間ですから、最後のひと押しという意味合いです(笑)。そう考えると、代理人制度には一長一短がありますね。チームの本拠地と自宅が離れている場合は、代理人を立てることで時間を有効に使えますが、感情を訴えたい場面では直談判したほうがいい面もあると思います。

「満点ばかり」の評価表を変えた驚きの工夫

高橋さん

ありがとうございます。ここからは、林さんが現在勤務されている船橋自動車学校の評価のしくみについて教えてください。たとえば指導員の皆さんの評価は、どのような流れで進んでいくのでしょうか?

林さん

夏と冬の年2回、取締役と管理者、 第一副管理者、総務部長、各技能課の課長に評価表を記入してもらっています。この評価表を私が集めて、代表との間で再度評価をする流れになります。この流れを続けてきて課題に感じたのは、毎回同じような評価になってしまうことです。指導員には数字には表れていないけれどもがんばったこと、アピールしたいことがたくさんあるなかで、評価をする側は慣れてしまっているんですね。そこに疑問をもったことが、評価制度改革のきっかけでした。

高橋さん

改革前の評価表は具体的にどのような状態だったのでしょうか?

林さん

評価項目ごとに1から5の数字を丸で囲んで、最後に特記事項を書く欄があるんです。すると、ほとんどの人、ほとんどの項目で5に丸がついているんですね。特記事項も指導員の成長を反映した内容ではなく、何年も同じようなコメントばかり。評価をする側の人に意図を聞くと、「みんな仲間だし、みんながんばっているんです。だから悪い評価をつけることはできません」とのことでした。

林さん

たしかに仲間意識をもつことは大切です。でも自分が評価をされる立場なら、「いや、 僕はほかの人よりもがんばりましたよね」とぶつけたくなるだろうと感じました。この評価表の何を変えるべきなのかを考えたときに、思い浮かんだのがプロ野球選手時代の契約更改でした。チームの成績と自分の成績は、どうしても連動してしまう。そこに納得感をもってもらうには、チームの成績を選手に共有することです。つまり、会社の業績を社員に共有し、評価の基本的なしくみを理解してもらったうえで個人の評価を伝えようと考えました。

高橋さん

現在運用されている評価制度では、項目数がかなり増えました。内容についても大幅に変更されたんですよね。

林さん

1番に意識したのは「わかりやすさ」です。評価基準を4段階で明示し、具体的な行動レベルまで細分化することで、満点ばかりをつけにくくしました。挨拶や身だしなみといった項目は誰でもできることでありながら、先生として大切な要素だと思うんです。指導員というのは、生徒の皆さんから「先生」と呼ばれる仕事です。毎日そう呼ばれていると慣れてしまいますが、やはり先生であるからには尊敬に値する立派な振る舞いをしてほしいと考えて、基本的な項目も省かず残しました。

林さん

自動車学校では、指導員どうしの人間関係も大切です。生徒さんは卒業までに必ず複数の指導員から指導されますから、指導員間の引き継ぎが重要になってくるんです。指導員どうしの仲が悪いと、生徒さんの学習の進捗や得意・不得意、性格の傾向などがうまく共有されず、適切な指導ができなくなってしまいます。そういう意味では、指導員間のチームワークも評価したいと思っています。

高橋さん

評価にかける期間も長くされたそうですね。

林さん

はい、そうです。以前は2週間だった評価期間を1か月に延ばしました。自分の業務があるなかでほかの人の評価までするというのは、大変なことです。評価表の項目も少しずつ変えているので、評価する側の社員は項目を理解するのに手間がかかります。労いの意味も込めて、1か月前には必ず評価表をお渡しするようにしています。もちろん、ただ評価期間を長くするだけでなく「1か月間しっかり考えてください」という話もセットでするようにしています。

「評価すること」に責任を感じてもらいたい

高橋さん

作成者の意図の2つ目にある「評価される側の行動を、評価者がきちんと観察する意識をもたせる」ところが気になりました。

林さん

「評価する」ことに責任をもってもらいたいという思いを込めています。丸をつけるだけ、当たり障りのないひと言を書くだけなら誰にでもできます。人間だから、調子がいいときばかりじゃない。何をやってもうまくいかないときもあると思うんです。そんなときに「どうしたの?」というひと声がかけられるかどうかが大事だと思います。そのために評価者は部下を観察して、小さな変化に気づいてもらいたい。僕もプロ野球選手時代、監督やコーチにそうしてもらいたいと思っていました。評価とは単に点数をつけることではなく、その人の必死のがんばりを認めることですから。

高橋さん

卒業生からのアンケートも、評価に組み込まれているのですよね。

林さん

はい、そうなんです。卒業生へのアンケートは「宝の山」だと感じています。生徒さんはどのような運用を求めているのか、僕たちが今後どう変わっていかなければならないのかという問いに対するすべての答えがつまっているからです。創業以来、毎年アンケートを実施し、指導員の評価や今後の経営の参考にさせていただいています。

高橋さん

ありがとうございます。「指定強化指導員」とは、どのようなしくみですか?

林さん

野球界ではシーズン終了後に秋のキャンプがあり、このとき監督やコーチが指定強化選手を決めるんです。特定の選手を重点的に鍛えることで、その選手が次の年に一軍で活躍できるようサポートするんですね。これにならって、船橋中央自動車学校でも指定強化指導員制度を設けています。指定強化指導員に選ばれるのは、たとえば指導員から検定員への昇格を目指している人材です。「この人に検定員になってもらうために、みんなで注目して指導しよう」という意識をつくることが、この制度の目的です。

高橋さん

ありがとうございます。船橋中央自動車学校を、今後どのような組織にしていきたいですか?

林さん

指導員というのは「なったら終わり」ではなく、新しい知識を学んだり資格を取得したりして、常にキャリアアップしていかなければならない職種です。長期間にわたってモチベーションを保ってもらうためにも、減点方式ではなくその人のよいところを見る努力が必要だと感じています。点数に反映できなければ、声をかけるだけでもいい。「いつも見ているよ」と伝えて、がんばりが点数に表れるまで見守ることが大切です。その評価を報酬に反映して、従業員が安心して働ける組織をつくっていきたいです。

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