「パーパス×人事評価」。育成・エンゲージメントに効く人事戦略とは
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“パーパスを実践する企業の挑戦”をテーマに、2月7日と14日の2日間にわたり開催された「SmartHR Agenda#4」。人手不足時代を乗り超えるためには、果たして何が必要なのか。カンファレンスではさまざまなゲストを招き、経営戦略・組織戦略・人事戦略についてのセッションが展開されました。
Day1の事例講演Ⅰでは「人事評価は査定ではない。優秀人材を育てる設計×フィードバック」と題して、株式会社We are the people代表取締役 安田雅彦氏が登壇。パーパスにもとづく評価制度の重要性について語りました。
株式会社 We Are The People 代表取締役
1989年に南山大学卒業後、株式会社西友にて人事採用・教育訓練を担当。子会社出向の後に同社を退社し、2001年よりグッチグループジャパン(現ケリングジャパン)にて人事企画・能力開発・事業部担当人事など人事部門全般を経験。2008年からはジョンソン・エンド・ジョンソンにてSenior HR Business Partnerを務め、組織人事や人事制度改訂・導入、Talent Managementのフレーム運用、M&Aなどをリードした。2013年にアストラゼネカ株式会社へ転じた後、2015年5月よりラッシュジャパン合同会社にてHead of People(人事統括責任者・人事部長)を務める。2021年7月末日をもって同社を退社し、以後は自ら起業した株式会社 We Are The Peopleでの事業に専念。現在は20数社のHRアドバイザー(人事顧問)を努める。
あなたの会社は「働きがいがもてる人事評価制度」になっていますか?
安田さん
私の略歴としては、大学を卒業後、国内や外資の合計5つの会社で人事として働きました。その後独立をし、主として日本の中小企業に対して人事コンサルタントを務めています。現在は25社程度、これまでを含めると40社ぐらいのコンサルティングを経験しました。企業から「人事評価制度をつくったけれど、もっとブラッシュアップしたい、社員の不満が大きいから改善したい」と依頼を受けることが多いです。
そこで、皆さんに質問です。あなたの会社では、「働きがいがもてる人事評価制度」になっていると感じていますか? 私の経験としては人事評価制度が上手く機能していない原因として、実は制度の問題ではないケースが多いのです。制度ではなく、今回のテーマでもあるパーパスが浸透されていない状態に問題があります。
パーパスとは「会社の存在意義」
安田さん
「パーパス」とは、以下の問いに対する答えとなる考えです。
- 会社が何のために存在しているのか
- 社会に対してどのような責任をもつのか
- 社会に対してどのような変化を起こすのか
- 社会に対してどのような価値を提供するのか
- 社員は何のために働いているのか
従来の「理念」は、社員・社員の家族・お客さまなどの「直線的な関係」に対して「どのような価値を提供するのか」にとどまっていることが多かったのですが、一方「パーパス」はより広い範囲への影響を考える必要があります。
ビジネスの影響が、ポジティブにもネガティブにも出ることを想像する。たとえば、50年前と異なり、現在はステークホルダーに地球全体(自然体系)を含めた影響を考える必要、といったようなポイントです。
安田さん
組織が掲げたパーパスを達成するのは、社員一人ひとりです。そのため、組織のパーパスだけではなく、社員個人が大事にしている価値観やライフプランを踏まえて、個人のパーパスを検討する必要があります。
組織のパーパスと個人のパーパスの共通点が大きいほど、「エンゲージメント(≒働きがい)」を感じてもらえるでしょう。評価制度とは、組織×個人のパーパスの接点を探る仕組みの一つとも考えられます。
あらゆるプロセスにおいて、パーパス維持の努力をする
安田さん
パーパスが徹底されている企業の共通点は、上記の3点です。これらの実行を叶えるのが人事評価制度だといえます。
例を2社ご紹介します。A社では、世界でも有数のビジネスチャンスかつ大きな売り上げが推測される他国展開でありながら、パーパスに反するのであれば見送る、という決断を下しました。
続いてB社では、社長や事業部長など経営層が中心となり、今後のビジネス展開をパーパスにもとづいてディスカッションする場を設けました。経営層自らがファシリテーターとなり、パーパスの理解度を確認していました。
両者の共通点は、パーパスを維持する努力です。企業側の理念が事業部や社員一人ひとりに浸透しているか、徹底的にサーベイ(調査)を実施し、その結果をすべてシェアしています。
結果によっては、現場へのパーパス浸透の役割を担う管理職の処遇に影響を及ぼす可能性もあるでしょう。
パーパスにもとづき、成果を振り返る
安田さん
上図はこれまでの人事コンサルティング経験を通じて、私が感じた「評価制度に共通する問題点」です。
ハイライトしている4つ目の「経営理念やパーパスをベースに議論する機会が、評価プロセスにも評価結果にも無い」に注目しましょう。社員のパフォーマンスに対して、組織のパーパスにもとづいていたかどうかを精査する機会をもてていないという課題です。評価プロセスにおいて、例えば「プロジェクトの推進や創出された成果がパーパスにもとづいているか?」のといった振り返り・精査は欠かせません。
ほかにも「相対評価・絶対評価、どちらで考えるべきか?」という相談も多く受けます。私の考えは「相対的でもあり絶対的でもあり、そして相対的でもなければ絶対的でもない」という回答になります。重要なのは「やると決めたこと・やらなければならないことがどこまでできているのか」「その結果が、最終的な成果の集積につながっているのか」という点です。「相対評価か、絶対評価か」というディスカッションは、パーパスにもとづく人事評価には適しておらず、それだけでは完全ではないのです。
評価制度の設計・導入における5つの重要ポイント
安田さん
先ほどの問題点を踏まえて、私たちは、以下のポイントを意識した新たな人事評価制度導入を提案しています。
(1)シンプルでわかりやすい/運用しやすい
やはり、評価者が説明できない人事・評価制度はダメですね。複雑な制度だとオペレーションコストがかかるので、運用コストの抑制がポイントです。
(2)目指す組織文化・価値観・パーパスにもとづく/実践度を問う
社員の成果がパーパスにもとづいているかレビューする仕組みが求められます。
(3)人事3制度(評価・給与・等級)は矛盾なく、整合性をもつ
「このような成果を出したから、○○という給与になって、△△という役職(グレード)に就ける」という明確な基準が必要です。
(4)組織とビジネスのステータスに合ったものである
50人規模の会社が大企業のルールを適用したり、スタートアップフェーズのルールを規模が成長しても使い続けたりというような状態は避けましょう。
(5)モチベーション・エンゲージメント向上に寄与する
評価制度の改定を伝えた結果、「難しくてできない」と社員のモチベーションを下げてしまっては意味がありません。「明確になってよかった」「ハードルが高いけれど頑張ってみる」といった感想がもらえるような、社員が前向きになれる制度を設計しましょう。
人事評価制度を通じ、「パーパスにもとづき何をしてほしいのか」を明確に伝えることが重要です。
「パーパス浸透ツール」として機能する人事評価の未来
安田さん
私は人事として働いて30年経ちますが、働き始めたころはたしかに「いかに精密かつ公平な制度か」を重視していました。
現在も公正さは重要ですが、最近の制度設計は「シンプル」「十分なディスカッション」「フィードバックに最重点」という傾向です。背景として、能力開発・マネジメントが人事評価制度のゴールと考えられているからです。評価するなかで、「なぜ目標を達成できなかったのか」「その人の強みは何か」「今後の伸びしろをどのように活かしていくのか」などについての議論が重要視されています。
そして、これからの人事評価制度は、査定ではなくエンゲージメント向上・能力開発・マネジメントのクオリティ向上が本質になります。また、人事評価制度はパーパス浸透のためのツールでもあると捉えるとよいでしょう。
評価プロセスでタレントディスカッションまで実践する
安田さん
人事評価制度運用のポイントについて解説します。
定量(目標管理)と定性(能力・行動)
安田さん
目標管理は、目標に対する結果を定量的に評価し、一過性の結果として賞与に反映します。一方、能力・行動の評価は定性的に判断し、基本給に反映する。良い悪いはともかく、おそらくこの構造が一般的だと思います。
このような「構造」をグランドデザインと呼び、ここに関する理解は社内で徹底されなければなりません。グランドデザインが明確な評価制度をもとに評価調整会議やフィードバックを通じて、さらなるパーパス浸透に取り組みます。
評価調整会議とフィードバック
安田さん
評価調整会議の「大目的」は、部署や課による評価のばらつきの均一化です。「1課の〇〇さんと、2課の△△さんのレベルは同じなのか」という、目線を合わせる調整です。会議では、社内の賞与原資を公平に分配するという本来の趣旨に加えて、サクセッション・抜擢・配置などを検討するいわゆるタレントディスカッションも行いましょう。
それぞれの部署やチームでの評価を公開し、評価が高い理由や低い原因を共有します。評価に対する意見交換によって、社員の今後の育成方針を決めます。また、高い評価を取り続けている社員がいる場合は、人材活用・配置・異動についても検討します。
成長につながるフィードバック
安田さん
人事評価制度の運用方法について、評価調整会議までお話しましたが、次にフィードバックの重要性について解説します。フィードバックは、社員一人ひとりが自分自身の成長につなげるためのきっかけとなるものです。
端的にいうと、「期待されているあなた」と「実際のあなた」のギャップを本人に気付かせ、成長の機会を提供します。相手の成長と改善を期待し、言いづらいことも敬意をもって伝えることから「フィードバックはギフト」とも呼ばれます。
そして、フィードバックを伝える時は、EECを意識しましょう。
- Example(例・事実)
- Effect(効果・影響)
- Congratulate/Change(褒める/変更の提案)
たとえば、以下のようなステップです。
- E:「先日の説明会ですが、スライドだけでの説明でしたね」と事実を伝える
- E:「スタッフの皆さんが理解できておらず、少し混乱しているようです」という影響を伝える
- C:「次回は配布資料を準備してみてはどうでしょうか」という変更の提案をする
当たり前に思えるかもしれませんが、意外と日常のなかで意識するのが難しく「スタッフが混乱していたよ」「配布資料を準備してみたら」といった一部だけを切り取って伝えてしまいがちです。これでは、フィードバックを受ける社員は真意を理解できないのです。
EEC構造を活用することで、冷静かつ効果的に伝えられるのではないでしょうか。
人事評価制度は、会社から社員へのメッセージ
安田さん
人事評価制度の運用に課題を感じている企業は数多くあります。昨今話題の「エンゲージメント向上」には制度の明確化やフィードバックの仕組み化が重要です。にもかかわらず、意外とできていません。
人事評価制度とは、「どのようなことをしてほしいのか」を会社から社員に伝えるメッセージです。人事評価制度の作成・改善時は、会社のパーパスをもとに社員のパーパスとの接点を増やせば、エンゲージメント向上が期待できます。
制度は緻密性よりもパーパスにもとづく明確な基準を優先し、調整会議やフィードバックを通じて、コミュニケーション重視の姿勢が運用のコツです。
「ここで働きたい」と思える組織文化や価値観を人事評価制度で明確にし、社員同士の信頼関係を高める一つの手段として活用してみてはいかがでしょうか。