いかに“優秀人材”を育てるのか。ハイパフォーマー分析の実践と活用
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この記事でわかること
- ハイパフォーマー分析の手法・進め方
- ハイパフォーマーに共通する思考・行動様式
- 採用や人員配置への活用方法
目次
企業が持続的に成長するためには優秀な人材の採用と育成が欠かせません。しかし各企業における「優秀な人材」は多くの場合、定義を感覚に頼っていたり、そもそも定義されていなかったりと、具体的で現実的な人材育成のゴール設定がないことが課題でした。
今回は、人材育成の明確なゴールを導き出すメソッド「ハイパフォーマー分析」をご紹介します。これまで数多くの企業でハイパフォーマー分析を推進してきたT&Dコンサルティングの増子裕介さん(以下、増子さん)をガイドに、ハイパフォーマー分析が必要とされる背景から具体的な手法、採用、配置、評価、育成といった人事施策への活用方法まで、リアルな事例を交えてお伝えします。
T&Dコンサルティング 代表取締役
株式会社電通で約20年間の営業を経て、社長直轄セクション“グローバル・ヒューマン・リソース室”の立ち上げに参加。海外拠点のローカル社員を包含する人事・人材育成の仕組みを開発し、13の拠点に導入。高い成果を上げた。その後、独自メソッドにもとづく人事コンサルティングに専念すべく独立し、現在に至る。共著に『ハイパフォーマー思考 高い成果を出し続ける人に共通する7つの思考・行動様式』。
なぜハイパフォーマー分析が必要なのか?人材育成の課題
優秀な人材を採用・育成するためにはゴール設定が不可欠です。しかし「人が財産」という企業は多いにもかかわらず、「どのような人を育成すべきか」を明確に定義できているケースは希です。ファクトとロジックにもとづき人材育成のゴールを設定できないか。自然発生に頼らない再現性のある人材育成方法を確立できないか。こう考えるなかで増子さんが目をつけたのが、ハイパフォーマー分析でした。
人事施策を加速させるハイパフォーマー分析
ハイパフォーマー分析とは、継続的かつ安定的に高い成果を出している社員に共通する思考・行動様式を抽出・言語化し、それらをほかの社員に浸透させることだと増子さんは言います。
会社や組織は2割の「言われなくてもできる」層、6割の「言われればできる」層、2割の「言われてもできない」層からなると言われています。ハイパフォーマー分析では、2割の「言われなくてもできる」層、すなわちハイパフォーマーに共通する要素を抽出し、6割の中間層に真似してもらうことで、組織全体の力を底上げするのです。(増子さん)
優秀な人材を優秀たらしめている要素は、複数のハイパフォーマーへのインタビューを通じて抽出します。その際、知識やスキルではなく、思考と行動様式に注目するのがポイントです。
スキルだけで勝負していても、継続的・安定的に高い成果を上げることはできない。なぜなら、必要とされるスキルは業種や会社の体制などによって変化し、時代の流れとともに陳腐化することも往々にしてあるからです。
一方、しっかりと定義された思考・行動様式は時代を超えて有効であり続けます。そもそも、正しい思考・行動様式が土台になければ、スキルの活用はもちろん、習得も難しいでしょう。(増子さん)
数々の名作テレビCMを手がけたトップクリエイターには「他者からの無茶振りをプラスに捉える」という思考様式が備わっていたそうです。クライアントから難しい要望を突きつけられた場合にも、「自力では考えつかないアイデアを出すためのジャンプ台を貰えた」とポジティブに受け止めていたのです。
小中学生を対象としたスイミングスクールの事例では、生徒や保護者から評判の良いハイパフォーマーコーチには、「水泳に取り組む意義を丁寧に教える」という行動様式が備わっていました。
単に技術を教えるだけでなく、物事に一生懸命取り組み、努力することの意義を伝えることで生徒・保護者の納得度が上がり、入会率が高く離脱者が少ないクラスが生まれたのだと考えられます。(増子さん)
「優秀な人材」に共通する具体的な思考・行動がわかると、人材育成は一気に加速します。なぜなら知識・スキルとは異なり、思考・行動様式は一人ひとりが意志をもち取り組めば、必ず真似できるからです。そのため、研修や教育プログラムに取り入れられ、人材育成の指針になるのです。
ハイパフォーマー分析の進め方
ハイパフォーマー分析は大きく4つのステップで構成されます。
ステップ(1):ハイパフォーマーの選定
最初に、人事部などと一緒に継続的かつ安定的に成果を上げているハイパフォーマーを選出します。
その際に、「こういう社員がたくさんいて欲しい」と思えるような、人柄も含めて対象者を選ぶのがポイントです。いくら成果を出している社員でも、人格の面で欠陥があると、ほかの社員が「真似したい」「あの人のようになりたい」と思えないからです。(増子さん)
ステップ(2):ハイパフォーマーへのインタビュー
次にインタビューです。対象者への90分間のインタビューを通して、直近2〜3年で成果を上げたプロジェクトや、トラブル対応などの話をじっくり聞きます。このインタビュー方法が重要だと増子さんは言います。
対象者の回答に対し「なるほど」と流してしまわず、しつこいくらいに話を深掘りしていくんです。こうすることで、対象者本人も気づいていない思考・行動様式が明らかになります。
また、困難に直面したときほどその人特有の思考が際立ちます。成功事例だけでなく失敗事例やトラブル発生時の対応を聞くことも忘れてはいけません。(増子さん)
ステップ(3):分析・グルーピング
3つ目は、ヒアリング内容の分析・グルーピングです。対象者全員へのインタビュー終了後、一人あたりA4用紙40〜50ページにおよぶ文字起こし原稿を精査し、各人の思考・行動様式を抽出します。
この時点の思考・行動様式は、その人特有の独自性が強すぎて汎用性が薄く、人材育成に幅広く活用できるものではない可能性もあります。そのため、対象者複数名の思考・行動様式を比較対照し、共通するエッセンスをグループ化しながら10個前後の項目にまとめていきます。
先述したトップクリエイターの例では、「クライアントから言われた困難な要望を、自力では考えつかないアイデアを出すためのジャンプ台としてポジティブに受け止める」といった思考・行動様式を「第3者のアドバイスを前向きに捉える」というフレーズにまとめるという具合です。
最終的に抽出される要素のうち、半分強はどの企業にも共通する思考・行動様式ですが、その企業独自のカルチャーが現れた項目が必ず3〜4個出てきます。(増子さん)
ステップ(4):思考・行動様式の浸透
最後のステップは、言語化したハイパフォーマーの思考・行動様式を浸透させ、社員に変化を促すステップです。次の章で詳しく説明します。
分析から施策へ。カルチャーにあわせた浸透プロセス
分析のフェーズまではどの企業も同じ手順ですが、分析結果を実際の人材育成に活かすフェーズでは、それぞれの企業文化を踏まえた工夫が必要です。
たとえば電通インドネシアでは、国民性もあって会社の方針を素直に受け入れる社員が多かったことから、ハイパフォーマー分析で抽出された思考・行動様式を評価制度に取り入れました。営業成績に関係なく、「自主提案をするなど、クライアントのビジネスを伸ばすためにベストを尽くすアクション」を実践した社員には高い評価を与えるということです。
効果はすぐにあらわれ、クライアント数百社の投票によって決まる「エージェンシー・オブ・ザ・イヤー」をはじめて受賞できました。ハイパフォーマー分析にもとづく思考・行動様式を評価制度に取り入れる前の2010年には1部門も獲得できていなかったのが、導入後の2011年には10部門中6部門を獲得し、その年のグランプリにも輝きました。(増子さん)
一方で、評価制度がモチベーションにつながりにくい企業も存在します。
日本の電通本社では「評価制度」に対して、内容の良し悪し以前にネガティブな捉え方をする社員もおり、エモーショナルな反発が予想されたそうです。また、「思考・行動は外部からの押しつけでは変わらないこと」は学術的にも証明されていることも考慮し、ハイパフォーマー全員のインタビューを実名入りでイントラネットに公開し、社員が自らの意思で学ぶ「自己研鑽ツール」として提供しました。
公開したインタビューのなかでも「ここを真似て欲しい」という箇所がハイライトされており、そこをクリックすると同じ思考・行動様式をもつほかのハイパフォーマーの発言が表示される仕組みになっています。
こうすると、複数のハイパフォーマーの肉声に触れることができるので、「この人も、あの人も同じことを言っている」となり、自然に真似したくなりますよね。インタビューに出てくるハイパフォーマー自身が「自分がやっていることの8割は誰でも真似できる」などと進んで発信してくれたことも強力なバックアップとなり、全社レベルで大きな反響がありました。(増子さん)
ハイパフォーマーに共通する思考・行動様式
海外を含む数多くのクライアントでの分析を通して、業界や業種や職種、企業規模に関係なく、ハイパフォーマーに共通する思考・行動様式がいくつもあることがわかったと増子さんは言います。そのひとつが、「自分とは異なる価値観や文化を認め、受け入れること」です。
ある人気漫画家は、編集者に「最後のシーン、このキャラクターをもっと悪人ぽくできませんか?」と言われると、その意見を全面的に受け入れ、その場で描き変えたそうです。すでに大変な実績のある人物ですが、周囲のアドバイスを素直に受け止められるからこそ、素晴らしい作品を生み出し続けられるのでしょう。(増子さん)
また、「常に学び続けること」も大切だと言います。
シニア社員が不活性化しがちな理由は、ITツールの使い方がわからない、プログラミングができないといったスキルの欠如自体が問題なわけではないんです。「特定のスキルが必要になった際、年齢などを理由にせず、しっかりと学ぼうとする」という思考・行動様式がポイントなのです。(増子さん)
ほかにも、「なんとかなると思ってやってみる」「柔軟に方向転換する」など、ハイパフォーマーに共通する特徴が複数あるそうです。国内外1000名超のハイパフォーマー分析から導き出されたのは、ハイパフォーマー達が実践している思考・行動を日々の行動に落とし込むことができれば、誰でも高い成果を上げられるという事実なのです。
ハイパフォーマー分析で筋の通った採用・配置へ
ハイパフォーマー分析は人材育成のみならず、人事のあらゆる領域で効果を発揮します。たとえば採用。とある自動車ディーラーでは、高い業績を上げ続けている販売員たちにインタビューしたところ、「クルマに対する興味関心が薄い」という驚くべき結果が出ました。
クルマにこだわりがないからこそ、お客さまそれぞれのライフスタイルにぴったりあうクルマをフラットに提案できるのでしょう。この会社は「クルマが好きなこと」を採用基準に入れていましたが、この分析結果を踏まえて採用方針を根本から変えました。(増子さん)
人員配置での活用も考えられます。ハイパフォーマー分析では、その企業全体に共通するエッセンスを抽出することが主目的ですが、部署ごとの特徴が見えてくることもあります。
ある企業ではメディア・コンテンツ・営業系職種のハイパフォーマーだけに共通する特徴として、「自発的に社外人脈を広げている」という行動が見られました。とは言え、社外のさまざまな人達と人間関係を構築するというアクションには、人によって向き不向き、好き嫌いがありますよね。
そこで、若手社員の研修中に社交性をチェックするプロセスを導入し、メディア・コンテンツ・営業系職種にフィットしそうな人材を選定することで、配属後のミスマッチを減らすことができました。(増子さん)
ハイパフォーマンス分析を人的資本経営の柱に
増子さんが実践してきた膨大な人数におよぶハイパフォーマー分析の結果から、あらゆる企業に共通する思考・行動様式がある一方、各々の企業には「◯◯社ならではの思考・行動様式」が必ず存在することがわかりました。他社との差別化が欠かせない企業経営においては、高い成果を生んでいる自社独自のカルチャーを言語化することが極めて重要です。
また、抽出されたエッセンスを全社に浸透させることで、人的資本にもとづく競争優位性を加速させられるはずです。
執筆:兼田 美穂
撮影:春日井 洋一・斉藤 拓海