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味の素(株)元CDOが語る!V字回復に導いた「パーパス経営による意識改革」と「DXの4ステップ」 【SmartHR Agenda#2 レポート】

公開日
目次

働き続けたい組織となるために、企業はHRテックをどのように活用しているのか。企業の担当者から直接事例をうかがい、視聴者とともに考えるオンラインイベント「SmartHR Agenda #2 〜HRテック活用事例に学ぶ働き続けたい組織〜」。

オープニングセッションⅠでは、味の素株式会社特別顧問の福士博司さんを迎え、「味の素(株)元CDOが語る!経営をV字回復に導いた『パーパス経営による意識改革』と『DXの4ステップ』」と題して単独講演を行っていただきました。

スピーカー福士 博司 氏

味の素株式会社 特別顧問(元CDO)

1984年味の素(株)入社。アミノ酸、ヘルスケアを主体としたグローバル事業を経験。2019年から代表取締役副社長CDO(チーフ デジタル オフィサー)として全社のデジタル・トランスフォーメーションを推進。2022年6月より特別顧問。その他現職:アドミレックス(株)を創業しCEO就任、東洋紡(株)社外取締役、雪印メグミルク(株)社外取締役、(株)マーケティングアプリケーションズ社外取締役、(株)明電舎顧問、(株)メンバーズ顧問など。『2000パーセントソリューション』(和訳)、We Will Make the World Green、A Strategic Approach to the Environmentally Sustainable Businessなどの著者。

経営をⅤ字回復に導いたパーパス経営による意識改革とDXの4ステップ

成功企業が陥る落とし穴。衰退へ向かうレールからの脱却。

DXをはじめるきっかけについてのグラフ

当社では、海外食品の成長援助により株価が上昇していましたが、2016年に起きた株価低落を要因に、企業改革およびDX(デジタル・トランスフォーメーション)に取り掛かりました。

衰退の法則にみる衰退惹起サイクル

私はかねてから「日本企業はなぜ衰退するのか」「日本企業独自の衰退メカニズムがあるのでは」と考えていたのですが、そんなときに「衰退の法則」(小城武彦 著)を読み、味の素グループも同じだと気づかされたのです。

小城さんの著書によると、衰退する企業も成功する企業も99%が中身は同じ。1%の違いは「経営会議前に忖度のないガチの議論が行われているかどうか」ということだそうです。予定調和型の会社では、経営会議での意思決定前に、スタッフがすべて事前調整して上申するため、経営会議では真剣な議論がされずに予定調和の結論しか出さない結果、経営陣の判断能力そのものが低下してしまうのです。

予定調和型の経営になる理由としては、企業内にある派閥の存在とその派閥を維持するための「スタッフワークとしての事前調整」があげられます。調整をうまくやるスタッフが次世代の役員として認められるのです。この一連の予定調和プロセスと人事が、企業衰退の理由です。

予定調和をみとめない、ガチの議論が可能な組織文化が、企業衰退を防ぐために最も大切なのです。

“このままでは衰退します”。忖度なしの議論から始動する、企業改革・DX

当時の味の素経営の問題点を社長に提起

当社代表取締役(当時の役職)の西井に対して忖度のない議論を行うために、「反省のない経営をしているから株式市場にも評価されない」「M&Aなどの設備投資を繰り返しているが、人財投資やマーケティング投資、研究開発を怠っていないか」「デジタルに転換しなければいけないと言いつつ、それに投資していない」など、辛辣とも思える上申を行いました。

(福士さん)

西井に理解してもらい、企業改革が始まりました。当初は株価が2,800円台から1,600円台まで下落。そのための改革として、「パーパス経営への転換」と「DX」の両軸展開に加え、働き方改革や人事諸制度の見直し、ダイバーシティの推進、組織再編、スマートコーポレートへの転換などもすぐに必要になったのです。

変革の道のり

最終的には役員制度の見直し、研究所や事業所の統合による効率向上。ほかにも、指名委員会等設置会社移行やサステナビリティ委員会発足など、XXの改革を推進。さらに、DX領域のデジタル投資により機能性、合理性を持たせることでパフォーマンスが向上し、一時は1,640円まで下がった株価が本日(2022年9月13日)は終値4,000円台です。V字回復以上の成長路線に戻ったと確信しています。

無形資産は可視化できる。DXの基礎となるビッグデータ解析

CDOとしてのDX設計

企業には、組織文化や組織資産(企業価値)などの5つの資産があり無形資産と有形資産から成り立ちます。企業価値の向上サイクルは、①人財資産、②顧客資産の無形資産から始まり、③物的資産、④金融資産に転化され、最終的に企業価値向上に帰着します。①人財資産、②顧客資産は目には見えませんが、ビッグデータとしては存在するはずと考え、社内の価値向上プロセスをビッグデータで可視化。そのプロセスを高速回転させることをDXの基本としました。

残念ながら、多くの企業では、人の行動様式や習慣、組織文化を変革する事の重要性に気が付いていません。年次計画に数字ばかりを並べて、プロジェクトを実行する計画を立て、最後に、「人財も大事」とプレゼンするのではダメなのです。最初から組織、人財、文化変革は変革プロジェクトの重要性の5割を占めるという覚悟を持って経営することが重要です。 

CDOは人とテクノロジーのインターフェイス

デジタル化は、機械やテクノロジーを単純に導入するだけでは成立しません。人はとてもアナログ的であり、多様な価値を持っています。倫理感や責任感がありつつも、ときには自分の価値観や待遇で仕事を選びます。

一方で、テクノロジーは高速かつ命令に忠実で、場所や時間などを選ばない特性がある。このように、まったく異なる特性を持った人とテクノロジーに親和性を持たせて、協働を誘発するのがCDOの大きな役割と認識し、推進しました。

企業価値向上を達成するメカニズムとKPI化

DXによる企業価値向上のメカニズムとKPI化

DXによって構造改革と成長モデルを樹立しましたが、KPIは無形資産の底上げと、明確かつシンプルに設定しました。たとえば、人財資産では従業員のエンゲージメントスコアの公表、顧客資産ではブランドバリューを数値化して公表。この内容を継続的に報告することをステークホルダーへ説明しました。

物的資産ではオーガニック成長率や事業重点化比率、キャッシュコンバージョンサイクルなど、常識的でシンプルな指標を選択しています。その結果としてKPIが達成されれば、図のボトムにあるWACC(加重平均資本コスト)よりROA(総資産利益率)が上昇し、営業利益率や組織文化も高くなる。このようにシンプルなKPIで企業改革をサイクルしました。

不安を払拭するパーパス経営で、企業改革を推進

社長の仕事 DXの重要性を内外に自ら 発信する

改革推進の過程では衝突や葛藤が必ず生じます。こういったときにこそ、改革の責任者であるCEOの覚悟が必要です。

西井社長(当時)が従業員へ改革実施を伝えると同時に、社外にも「これからはすべてがデジタルに変わります」とDX改革を宣言しました。

変革で蓄積する内部葛藤エネルギー、自分の能力が通用しなくなる不安をパーパス経営で、社会変革、外向きのエネルギーに転換

改革に直面した組織の人間心理は、まずは改革の合理性を疑います。合理性を疑う背景として、「本部が改革を悪用する」「キャリアに影響する」「自分の能力が通用しなくなる」といった不安です。これらの不安が掛け算となり、合理性を否定する構造が生まれます。

そこで重要なのが、パーパス経営です。改革の志(パーパス)をもとに、不安や社内組織と内向的に争うのではなく、従業員と組織が相乗効果を生み出し、社会的課題の解決へ立ち向かうという外向的な動きにつながります。

パーパス経営では売上や利益だけでなく、人財やR&Dマーケティングといった無形資産への投資効率を高めることで、同時にエンゲージメント向上も実現し、社会的課題を解決する企業への改革を実現しました。この取り組みは、当時極めて画期的だったように思います。

4ステップでDXを実現、エコシステムが叶える社会変革

DXn.0モデルの採用

味の素社のDXは、当社社外取締役兼、一橋ビジネススクール 名和高司教授が発案したDX n.0 モデルにならいます。その第1ステップ(DX1.0)として、デジタルも含めたオペレーションレベルを各拠点で世界最高水準まで上げることが目標です。それに続き、単独では解決不可能な社会的課題をパートナー企業や大学アカデミアとの協業で解決し、より大きなインパクトを生み出すエコシステム変革を目指しています(DX2.0)。

さらにDX3.0では、今までとはまったく異なる発想でデジタルを駆使した新しい事業モデルの構築。最終的には社会変革を実現するDX4.0が到達点です。

エンゲージメント向上の鍵を握る、マネジメントサイクル

エンゲージメントを高めるマネジメントサイクルを確立する

最後は、組織文化やエンゲージメントを高めるマネジメントサイクルについてです。全社共通で使える、以下の5つの施策からなる基盤を整備しました。

  • 施策① 社長含む本部長との対話集会
    • 従業員が、社長及び本部長との対話を経て、組織目標について理解、浸透を深める。
  • 施策② 個人目標のプレゼンテーション
    • 各部署でほかの部員に対して15分ほど、個人目標についてプレゼンテーションを実施。
  • 施策③  私が語るASV(Ajinomoto Group Shared Value)
    • 社員自身が取り組みを社内のイントラネットを通じて、世界中の全拠点へ発信。ほか社員からの反響や共感による情報のシェアが生まれる。
  • 施策④ ASVアワード
    • ASVを体現する優れた取り組みや大きな成果があった際に贈られる。
    • 社外審査員を招いた表彰式や対外発表を実施。
  • 施策⑤ 個人と組織のASV実現プロセス
    • ASV実現に向けた自分ごと化の指標として、世界各拠点を対象にエンゲージメントサーベイを実施。
    • 結果をモニタリング、改善。
福士さん

社会全体がデジタル変容のスピードを上げている現在、企業は躊躇せずに、この改革の大波に乗るべきです。機会を逃すと、この大波に飲み込まれてしまう危険性があるからです。企業におけるDXは単なるデジタル技術導入ではありません。企業成長の停滞を防ぎ、発展を促す企業文化、組織風土向上を実現する企業改革と捉えるべきです。

そのためには、個人と組織(企業)、そして社会が同心円となり、ともに“成長”を目指せる企業ならではのパーパスの設定が望まれます。

また、エンゲージメント向上は、組織の生産性向上に直結します。エンゲージメント向上のために、個人と企業が相互に関与可能なマネジメント手法の確立が必須なのです。こういった背景から企業成長においては、無形資産への投資がますます重要になってきています。

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