人的資本開示は、何から始めるべき?メリット・開示方法を解説

こんにちは。社会保険労務士法人名南経営の大津です。2022年8月に内閣官房が「人的資本可視化指針」を公表しました。2024年からは法整備も検討されており、大企業を中心に人的資本開示の準備を進める段階となっています。

今回は、「人的資本開示」のメリットや開示内容、開示までのステップなどを解説します。

人的資本開示とは?

「人的資本」の概略

最近、人的資本経営というキーワードを耳にすることが多くなりました。

「ヒト・モノ・カネ・情報」という経営資源のうち、「モノ・カネ・情報」があふれる時代となっており、企業の競争優位の源泉や持続的な企業価値向上の推進力が、人的資本や知的資本の量や質、ビジネスモデルなどの無形資産にあるとの認識が広がっています。

先日(2022年9月22日)、岸田総理もニューヨーク証券取引所で「デジタル化・グリーン化は経済を大きく変えた。これから、大きな付加価値を生み出す源泉となるのは、有形資産ではなく無形資産。なかでも、人的資本だ。だから、人的資本を重視する社会を作り上げていく」とのスピーチを行っています。

(出典)ニューヨーク証券取引所における岸田内閣総理大臣スピーチ(2022年9月22日) – 首相官邸

とりわけ人的資本への投資は、競合他社に対する参入障壁を高め、競争優位を形成する中核要素であり、成長や企業価値向上に直結する戦略投資であると考えられるようになっています。

そもそも「人的資本」とは、人材が教育や研修、日々の業務などを通じて、自己の能力や経験、意欲を向上・蓄積することで付加価値創造に資する存在であり、価値を創造する源泉である「資本」としての性質を有することに着目した表現です。

政府の人的資本可視化指針

2022年8月に公表された「人的資本可視化指針」

このように人的資本への関心が高まるなか、2022年8月30日、内閣官房非財務情報可視化研究会は「人的資本可視化指針(以下、「本指針」)」を公表しました。

これまでも人的資本への投資や無形資産投資については、国内外でさまざまな基準やガイドラインが作成されています。本指針は、とくに「人的資本に関する情報開示のあり方」に焦点を当てて、既存の基準やガイドラインの活用方法を含めた対応の方向性についての「手引き」として編纂されたものです。

その内容は以下のような構成となっています。

  • 人的資本の可視化を通じた人的投資の推進に向けて(背景と指針の役割)
  • 人的資本の可視化の方法
    • 可視化において企業・経営者に期待されること
    • 人的資本への投資と競争力のつながりの明確化
    • 4つの要素(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標)に沿った開示
    • 開示事項の類型(2類型)に応じた個別事項の具体的内容の検討
    • 具体的な開示事項(定性的事項・指標・目標)の検討に際しての留意点
  • 可視化に向けたステップ
    • 可視化に向けた準備(例)
    • 有価証券報告書における対応
    • 任意開示の戦略的活用

(出典)人的資本可視化指針 – 内閣官房 非財務情報可視化研究会

今後、人的資本の可視化を進めるにあたっては、本指針で示されている効果的な人的資本の可視化に向けた基本的な考え方を理解したうえで、具体的な準備の例示や開示媒体への対応し、さらには「付録」として示されている開示指標や事例、関連情報を参考にして、人的資本開示の検討を行うとよいでしょう。以下では本指針のポイントについて取り上げていきます。

4つの要素に沿った人的資本開示

本指針においては、人的資本への投資とその可視化を効果的に進めていくためには、まずは自社の経営戦略と人的資本への投資や人材戦略の関係性(統合的なストーリー)を検討したうえで、以下の4つの要素をベースに、具体的な開示事項の検討を勧められています。

  1. ガバナンス
  2. 戦略
  3. リスク管理
  4. 指標と目標

人的資本可視化指針で例示された4つの要素

(出典)人的資本可視化指針 – 内閣官房 非財務情報可視化研究会(p.13)

そのうえで具体的開示事項については、大きく以下の2つの類型に整理されています。

  1. 自社固有の戦略やビジネスモデルに沿った独自性のある取り組み・指標・目標の開示
  2. 比較可能性の観点から開示が期待される事項

このうち、「1」については、自社が重視する開示事項を選定し、ビジネスモデルや経営戦略との関連性などを説明することになりますが、「2」については、本指針で開示事項(例)が示されています。流動性についての例を見ると、以下のように具体的な事項が例として挙げられています。

開示が期待される事項の例

(出典)人的資本可視化指針 – 内閣官房 非財務情報可視化研究会(p.22)

さらに、「付録① 人的資本:開示事項・指標参考集」では、代表的な開示基準などにおける開示事項が例示的に紹介されています。開示事項の検討などを行う際の参考資料として活用できるので、適切なものを選定し、開示・管理していくとよいでしょう。

人的資本開示のメリット

本指針のなかで、人的資本を可視化する目的は下記とされています。

人的資本を可視化する目的は、自社の人的資本への投資のインプット、アウトプット、アウトカムを分かりやすく伝えることを通じ、投資家をはじめとするステークホルダーによる自社の人材戦略への理解を深め、経営者・従業員・投資家等による相互理解の中で、戦略的な人的資本形成、ひいては中長期的な競争力強化や企業価値向上を実現することにある」

(引用)人的資本可視化指針 – 内閣官房 非財務情報可視化研究会(p.2)

人的資本の可視化は、このように競争力強化や企業価値の向上を目指したものではありますが、いうまでもなく、人的資本開示を行うだけでそれが実現されることはありません。

この人的資本開示の本質的なメリットは、その可視化のプロセスのなかで、競争優位に向けたビジネスモデルや経営戦略の明確化、経営戦略に合致する人材像の特定、そうした人材を獲得・育成する方策の実施、成果をモニタリングする指標・目標の設定などが行われることにあると考えられます。その結果として、企業価値の向上が実現されるわけです。

人的投資・経営戦略・資本効率・企業価値のつながりのイメージ

(参考)人的資本可視化指針 – 内閣官房 非財務情報可視化研究会(p.6)

人的資本開示の手順

それでは、この人的資本開示に当たっての手順を見ていきましょう。

  • Step1:まずは自社の人的資本、人材戦略を整理する
  • Step2:制度開示に対応しつつ、人的資本、人材戦略についてできるところから開示する
  • Step3:開示へのフィードバックを受け止める
  • Step4:フィードバックを踏まえ、人材戦略を見直す
  • Step5:見直した人材戦略を踏まえ、人的資本への投資を実践
  • Step6:目標・指標の定量把握・分析に継続的に取り組みながら、人的資本への投資とその可視化をサイクルとして実施していく

ここにおいて最も重要なのはStep1となります。まずは自社のパーパス(使命・存在意義)を明確にし、それにもとづくビジョン(自社の将来の姿)を描くこと。これがあって初めてストラテジー(事業戦略)が策定され、そこで必要な人材戦略が明確になるのです。

このプロセスを経ずして、開示事項を決めたところで、単なる開示のための作業になるだけであり、企業価値の向上にはつながらないでしょう。よってこれからの人事は、より企業経営の本丸に入っていくことが求められます。

開示事項については、上場企業であれば有価証券報告書に記載することになりますが、非上場企業の場合には、中期経営計画に盛り込むなど、自社の経営改善の指標として活用するとよいでしょう。

人的資本開示のステップ例

(参考)人的資本可視化指針 – 内閣官房 非財務情報可視化研究会(p.7)

人的資本開示をパーパス・経営戦略検討のきっかけに

人的資本への投資などについての情報開示は、2021年6月に改定された「コーポレートガバナンス・コード」でその実施が求められていることから、大企業・上場企業の課題であり、中朝企業には関係ないと考えられることが少なくありません。

しかし今後の企業経営において、人の重要性が高まる点については、企業規模による違いはありません。2020年2月に公表された「人材版伊藤レポート」を見ると、以下の記述があります。

持続的な企業価値の向上を実現するためには、ビジネスモデル、経営戦略と人材戦略が連動していることが不可欠である。一方、企業や個人を取り巻く変革のスピードが増す中で、目指すべきビジネスモデルや経営戦略と、足下の人材及び人材戦略のギャップが大きくなってきている。このギャップをどのような時間軸でいかに適合させていくかが、大きな経営課題となっている。(中略)企業の人材戦略には、このギャップを適合させ、新たなビジネスモデルや経営戦略を展開させ、持続的な企業価値の向上につなげていくことが求められる。

(引用)持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~人材版伊藤レポート〜 – 経済産業省(p.4)

深刻な人材不足時代を迎える今だからこそ、人的資本の議論のなかから、自社のパーパスや経営戦略についても考えるきっかけとされてはいかがでしょうか。

従業員と企業の双方が「この会社で良かった」と思える環境を実現する人事労務コンサルタント。企業の人事制度整備・ワークルール策定など人事労務環境整備が専門。中でも社会保険労務士としての労働関係法令の知識を活かし、労働時間制度など最適な制度設計を実施した上で、それを前提とした人事制度の設計を得意とする。また実務だけではなく、2015年度から3年間、南山大学ビジネス研究科ビジネス専攻(専門職大学院)で講師(人事評価と制度設計)を務める。講演や執筆も積極的に行っており、「中小企業の「人事評価・賃金制度」つくり方・見直し方(日本実業出版社)」など18冊の著書を持つ。
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