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社員の自律と挑戦を促す評価制度「Connect」とビジョンの存在 - 富士通平松氏から学ぶ「パーパス」実現に向けた評価の仕組み

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目次

ビジネス環境が複雑かつ急速に変化する不確実な時代の中、強い組織をつくるには、社員一人ひとりが自律的に動き、積極的にチャレンジする仕組みが必要である。富士通では2020年、「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていくこと」をパーパスと定め、それに合わせて行動の原理原則である「Fujitsu Way」を刷新した。さらに2021年には新しい評価制度「Connect」を導入し、パーパスドリブン経営に向けた体制を整えた。

今回は、富士通株式会社 執行役員EVP CHRO 平松 浩樹氏をお招きし、株式会社SmartHR プロダクトマーケティングマネージャー 佐野 稔文氏が、パーパス実現のための評価制度について話を伺った。

※HRプロと株式会社SmartHRが共同で制作した資料、『社員の自律と挑戦を促す評価制度「Connect」とビジョンの存在 – 富士通平松氏から学ぶ「パーパス」実現に向けた評価の仕組み』から抜粋。許諾を得て転載しています。

  • 平松 浩樹 氏

    富士通株式会社 執行役員EVP CHRO

    1989年、富士通株式会社に入社。主に営業部門の人事担当として、目標管理制度の運用、ローテーション制度、組合対応等を担当。2009年より、役員人事の担当部長として、指名報酬委員会の立ち上げに参画。2015年より営業部門の人事部長として、営業部門の働き方改革を推進。2018年より人事本部人事部長として、タレントマネジメントや幹部社員人事制度企画、ジョブ型人事制度の企画を主導。2020年より執行役員常務として、ジョブ型人事制度やニューノーマル時代の働き方・オフィス改革に取り組んでいる。 2021年より現職。

  • 佐野 稔文 氏  

    株式会社SmartHR プロダクトマーケティングマネージャー

    京都大学大学院修了後、ITベンチャー企業に入社。webマーケティングのコンサルティングに従事。2021年にSmartHRへ入社し、クラウド人事労務ソフト「SmartHR」の人事データベース構築に関する機能と蓄積された人事データの活用を実現する人材マネジメント機能の企画や仕組み作りに注力する。

パーパス策定と共に、既存の行動規範「Fujitsu Way」も刷新

佐野氏

富士通様は、2020年にパーパスを制定し、同時に全社員の行動の原理原則となる「Fujitsu Way」を刷新されていると思います。その背景について教えていただけますでしょうか。

平松氏

富士通では2019年に時田隆仁が代表取締役社長就任以来、「IT企業からDX企業への変革」を、社内外に発信してきました。そのためには、会社のカルチャーやビジネスモデル、求める人材、関連する仕組みやプロセスも含めた変革が必要ですし、富士通はどのような姿を目指すのか、社員に何を求めるのか、改めて社員が共有・共感できるものがなければなりません。

そこで、2020年に会社の存在意義としてのパーパスを策定し、それを社員の意識や行動レベルにまで落とし込んだものとして、従来の「Fujitsu Way」を刷新しました。

佐野氏

時田様の代表取締役社長就任がひとつのきっかけだったのですね。どういった経緯で「イノベーションによって社会に信頼をもたらし世界をより持続可能にしていくこと」というパーパスに決まったのでしょうか。

平松氏

1つは、これまでの富士通の歴史の中で大切にしてきた「夢をかたちに」「信頼と創造の富士通」といったコーポレートスローガンに込められた想いを引き続き大切にすることです。

もう1つは、これから社会が大きく変わる中で、富士通が社会に対してどのような価値を提供する存在でありたいか、もしくはどのような期待をされているかという観点です。この2つを軸に、社内外の意見も聞きながらパーパスを策定する専門チームによって明文化されました。

佐野氏

過去から大切にしてきたスローガンとこれからの想いの2つを軸にパーパスを策定されたのですね。以前からあった「Fujitsu Way」はどのように変えられたのでしょうか。

平松氏

以前の「Fujitsu Way」は、行動規範としての側面が強かったと思います。そうではなく、新たに策定したパーパスを実現するための意識や行動の原理原則といった位置付けとして、パーパスとのつながりを意識しながら見直しました。例えば、評価制度や育成について考える時も、「Fujitsu Way」に照らし合わせて落とし込んでいくなど、社員にとっての位置付けも明確になったのです。

平松氏

佐野氏

パーパスや新たな「Fujitsu Way」を策定された後、社内にどう浸透させているかすごく気になります。

平松氏

まずは、トップメッセージでの発信や、動画を作るなどしてパーパス策定について社内に知らせました。大切なのはそれ以降で、例えばビジネスプランを策定する時、新しい組織をつくる時、評価制度を考える時など、様々な意思決定の場面において「これはパーパスを実現するために、このような理由で必要な制度だ」という説明をしっかりと行いました。

それを繰り返すことで、社内の各レイヤーでもパーパスを念頭に置いて考えることが定着していったと思います。

パーパス実現に向けて誕生した評価制度「Connect」

佐野氏

パーパス策定の翌年、2021年に評価制度を改定されていますが、こちらはどういった経緯だったのでしょうか。

平松氏

富士通では、「社内外の多才な人材が俊敏に集い、社会の至るところでイノベーションを創出する企業へ」というHRビジョンを掲げています。このビジョンを実現するために、人事制度はジョブ型を中心にフルモデルチェンジしました。その一環で、評価制度も見直したのです。

当社は、短期的かつ定量的な目標を重視する目標管理制度を長らく運用してきました。しかし私は、パーパスドリブン企業を標榜するうえで、このままの評価制度ではいけないと直感的に思っていたのです。なぜなら、変化の激しい時代の中で、年初に決めた目標が期の途中でずれてくることがあるからです。しかし目標管理制度では、期初に決めていないことを途中で盛り込むと矛盾が生じてしまいます。

そこで、環境変化に俊敏に対応して、新たな目標を決めることが必要だと考えました。また、環境変化に対応し色んなテーマにチャレンジする際、一人ひとりの社員がパーパスやビジョン実現のためにどのように価値を最大化するか、主体的に考える仕組みにすることが必要です。

そう考えた時、従来の評価制度の枠組みだけでは表現しきれないと思い、「Connect」という評価制度を策定しました。これは、会社、組織、個人のパーパスやビジョンを結びつけるというコンセプトで、個人と組織の成長のベクトルを合わせ、一人ひとりが自ら考え挑戦する行動を促し、一貫性をもってパーパス実現に向かっていくためのものです。

佐野氏

具体的には、どのような仕組みで評価を行うのでしょうか。

平松氏

「impact」、「learning & growth」、「behavior」の3つを評価項目としました。「impact」は、社会・お客様・組織に対する影響の大きさと個人の貢献度です。「learning & growth」は、本人の成長度合い。「behavior」は、Fujitsu Wayで掲げている挑戦・信頼・共感に対して、いかに高レベルで体現しているかです。これら3つを総合的に評価するのですが、単にランク付けをして給与・賞与に反映するだけではありません。

パーパスドリブン経営におけるビジョン実現に向けて大きく貢献をした人には、より大きなチャレンジの機会や職責、つまり成長の機会を与えることとしています。すると、高い評価を得た人はより大きな仕事にチャレンジし、さらに大きなインパクトを生むという好循環が発生します。

また、以前の評価制度では期初に目標を設定して、期が終わったらレビューをして評価結果を伝えるという仕組みでした。しかし「Connect」では毎月の1on1でタイムリーにフィードバックをしたり、成長に向けたアドバイスをしたり、新たなチャレンジを一緒に考えるなどして、本人の成長やモチベーション向上につなげていきます。

評価では客観より「主観」、公平性より「納得性」を重視

佐野氏

「Connect」は3つの観点で評価するというお話しでしたが、組織を横断した最終的な評価の調整はどのように行っているのでしょうか。

平松氏

目標管理制度では、最終的な決定は評価委員会を各組織で行い、それぞれの評価者による評価が妥当かという調整をしていました。それを「Connect」では評価委員会から「ピープルディスカッション」という呼称に変更しました。

大切なのは、大きなインパクトを生み出した人に、より能力を発揮できるチャレンジの機会を与えることです。そうではない人には、どうやってスキルや能力を向上することができるのか、あるいはアサインメントを変えるのか、そういったディスカッションをしなければなりません。これについては、各本部にHRBPを配置し、「Connect」の浸透に励んでもらっています。

佐野氏

評価委員会から「ピープルディスカッション」という名称に変え、その名の通り、報酬や評価の全体調整はもちろんですが、「人」に目を向けてその人の成長やチャレンジの機会についての議論もしているのですね。

平松氏

目標管理の世界から「Connect」の世界に変わることをあえて極端にいうと、客観的に評価することが目標管理だとすると、「Connect」は主観が大切なのです。どういうビジョンに向けて、どういうインパクトを評価するのか、評価者の主観をしっかりと部下に対して伝えるのです。そのコミュニケーションこそが、納得する上で重要だと思います。

また、以前は公平性を追求するがために、できるだけ広い範囲で評価委員会を組成し、統括部など大きな組織のなかで評価の甘辛を調整していました。しかし、範囲が広がれば、一人ひとりの顔も知らない人がジャッジをしなければなりません。そうなると、評価のフィードバックが「私はあなたを高く評価したのだけど、評価委員会で全体のバランスを見て下げられた」ということになってしまいます。公平性を追求するあまり、納得性の低いフィードバックになってしまったということですね。

大切なのは、公平性より「納得性」です。上司が何を評価するのか1on1で話し合い、期中にもフィードバックをして成長の支援をしながら、自分の言葉で評価を伝える。それを積み重ねると、部下も「上司はちゃんと見てくれている」と、納得できると思います。

佐野氏

これまでは、公平性の先に納得性があるのかと思っていましたが、今のお話を伺って、必ずしもそうではないのだと気が付きました。特に富士通様の場合は、パーパスや「Fujitsu Way」が浸透しているからこそ、主観で話し合うことができ、評価、チャレンジへとつながっていくのですね。

佐野氏

パーパスを浸透させるうえで重要な「ビジョン」の存在

佐野氏

変化の激しい時代のなかで、パーパスやビジョン、評価制度を見直したいという企業が増えてきていると感じます。そのような企業は、どのようなことから着手すれば良いでしょうか。

平松氏

本気でパーパスドリブンな経営をするとはどういうことなのか、経営で議論した上で、それを言語化する専門チームを作り、検討するというステップが大切だと思います。

富士通では2019年に時田が社長に就任した後、外部から採用された主要ポジションのメンバーも含め、2泊3日の役員合宿をしました。そこで富士通がどのような存在となり成長していくべきか、集中的にディスカッションを行ったのです。それがあったからこそ、パーパスができた時に共感できましたし、大切にしたいと思いました。

また、パーパスを浸透させビジネスや行動変容につなげるためには、ビジョンが重要です。3年後5年後どのような組織でありたいのかを示し、そこからバックキャストして何をしていくべきかを考えていくと、今までのような過去からの延長線上の発想ではなくなります。

そして、パーパスは専門チームが策定するのがいいと思いますが、ビジョンについてはメンバーの挑戦をドライブするという意味で、組織の長、富士通では本部長や統括部長が作っていますが、出来上がったものをメンバーと共有するのがいいと思います。

佐野氏

経営でパーパスを策定したうえで、本部長の方々が、それぞれの組織のビジョンを作っているのですね。役員合宿のように、本部長の方々のための研修なども実施したのでしょうか。

平松氏

そうですね。私を含めてそういった経験がない人ばかりですから、本部長の「ビジョンピッチ」を行いました。本部長が5人ほどのグループを作り、パーパス実現のための3年後のビジョンと重点テーマを設定し、3~5分くらいでプレゼンテーションを行いました。

それを本部長同士で採点し合って、フィードバックをしたのです。さらには外部コンサルティング会社にもアドバイスをいただき、評価が高いものは全社員に公開しました。

佐野氏

「ピッチ」という手法は面白いですね。お互い採点やフィードバックをし合いながらブラッシュアップする取り組みは、富士通様ならではですね。

平松氏

似たような取り組みは、これまで行っていたんですよね。毎年本部で中期計画を策定して、本部全体会議の場で発表していました。ただ今回はパーパスを作ったことから、目線を上げて考えねばなりませんでした。

過去の延長線上ではなく、目線を上げた目標からバックキャストするというのは、これまでと違うところです。さらに、それを自組織のメンバーに本当の意味で共感してもらい、主体的なチャレンジにつなげていく。これは簡単なことではなく、本部長や幹部社員が真剣にビジョンを語り、社員の成長に向き合うことを常に意識しながら取り組むことが大事ですね。

平松氏

人材の流動化が「パーパス」や「ビジョン」を洗練させる

佐野氏

パーパスやビジョン浸透に向けて、富士通様では他にどのような取り組みをされているのでしょうか。

平松氏

大きな変化は、ジョブ型人材マネジメントの中でポスティングを大幅に拡大したことです。2021年の1年間では約7000人が手を挙げ、ポスティングによる人材の流動化も社内の至るところで見られるようになりました。

私は人材の流動化こそが、企業が変わる上で大切なことだと思います。同じ組織の中で人材が滞留してしまうと、他の選択肢を考えなくなってしまいます。しかし頻繁に人が入れ替わり、募集を掛けるようになると、「うちの組織はこういうことをしています」という紹介だけでは他部署に魅力は伝わりません。

人材獲得競争のなかで発するビジョンと、固定的なメンバーに向けて発するビジョンは、違うからです。社外・社内に対して組織の魅力やビジョン、そこにはどのような成長機会があるのか、しっかりと伝えなければなりません。人材の流動化が目の前で起こり始めており、明らかに本部長クラスの目の色が変わってきていますね。

佐野氏

その一方で、ジョブ型人材マネジメントを導入するとジョブディスクリプションに書いてあることしかしなくなり、横の連携が悪くなるのではないかという懸念の声も聞こえてきます。富士通様では何か工夫をしていらっしゃるのでしょうか。

平松氏

ジョブ型人材マネジメントが当たり前の外資系企業から富士通に入社した人からは、「富士通は横の連携が悪いね。外資はもっと連携しているよ」と言われることがあります。ですから、ジョブ型人材マネジメントにしたから連携しなくなるということはないと思います。むしろ、パーパスドリブン経営をするためには、横連携をしないと大きな成長は見込めません。

ビジョンを魅力的にするには、自組織だけのことを考えるだけではなく、自組織がリードしながら他の組織も巻き込んでいくことが不可欠です。例えば、人事でも定期的にサーベイを取るようになりましたが、そこで社員の様々な悩みや要望は、人事だけで解決できることではないことが分かりました。そうなると、課題解決のために総務や社内IT部門など、どんどん組織の連携が起こってくることになります。

佐野氏

最後になりますが、今後人材マネジメントを推進するにあたって、何が重要になってくると平松様はお考えですか。

平松氏

上司の指示に部下は従う、会社が社員のキャリアを決めるという上下関係から、「自律と信頼」の関係性に変わることが、これからますます重要だと思います。社員が自律的にやりがいを持って働き、挑戦することが大切です。そのためには、上司や会社は社員を信頼しなければなりません。

「あなたを信じているから、思い切って挑戦してくれ」といえる組織・上司・企業でなければ、社員は自律できないのです。この信頼というのは、“丸投げ”とは違います。信頼をするには、上司や組織が目指す方向を考え、社員にビジョンを共有したり、1on1を行ったり、質の高いコミュニケーションをしていく必要があります。それこそが、変化の激しいこの時代に必要な、会社と社員の関係性だと思います。

佐野氏

「自律」のためには、「信頼」が必要。「信頼」があるからこそ、「自律」できる。自律の本質に気づかされる言葉であり、非常に感銘を受けました。平松様、本日はありがとうございました。

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