変化できない組織からの脱却。イノベーションに必要な「知の探索」
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目次
“飛翔する企業への変革” をテーマに3日間にわたり開催されたカンファレンス「SmartHR Next 2023」では、さまざまなゲストをお招きし、経営戦略・組織戦略・人事戦略についてのセッションを開催しました。
「組織の未来図」をテーマに行なわれたDAY2のセッション『イノベーションを起こす組織、阻む組織』では、早稲田大学大学院早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄氏が登壇。これからの時代に求められる人事のあり方や組織戦略について語りました。
- 登壇者入山 章栄 氏
早稲田大学ビジネススクール教授
慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了後、三菱総合研究所を経て、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院より博士号(Ph.D.)を取得。同年、米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授に就任。2013年に早稲田大学ビジネススクール准教授、2019年4月から現職。専門は経営学。国際的な主要経営学術誌に多く論文を発表している。著書の『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』、『世界標準の経営理論』はベストセラーとなっている。
- モデレーター大熊 英司 氏
フリーアナウンサー
一橋大学経済学部卒業後、1987年にテレビ朝日に入社。数々のスポーツ実況、2006トリノ冬季オリンピック代表実況(カーリングなど)やANNニュースキャスターをこなす。一方で「『ぷっ』すま」のサブMCなどバラエティでも活躍。2020年6月にテレビ朝日を退社しフリーに転身。
ホワイトすぎて退職?人事と組織に変動が起きている
入山
普段から、私は「これからは完全に人事と組織の時代だ」と話しています。大きな転換期を迎えており、人事・組織を戦略的に時間をかけてつくりあげていける企業、そうでない企業で差がついている。今後さらに差がつくのは間違いありません。
今日はなぜ差がつくのか、変革を起こす組織と阻む組織の違いをお話ししたいと思います。
入山
そもそもなぜ人事と組織の時代なのか。それは事業環境の不確実性が高すぎるからです。
テレビ業界で例えるなら、地上波が苦戦する一方で、フリーランスのアナウンサーがデジタル関係の新しい仕事に挑戦できるというような。これまでの常識になかった発想の時代に変わっています。
さらに人事領域では雇用の流動化が進んでいます。昔の日本企業は終身雇用が前提でしたが、若い世代の多くは終身雇用を信じていません。某大手総合商社では20代の社員の約半分が転職するそうです。
入山
辞めた若手社員がどこに転職しているかというと、デジタル系の企業やコンサル企業など。なかでもとくにベンチャー企業に転職する人が多いと聞きます。
2022年の日経新聞でも報道されていましたが、大手企業の30代とベンチャー企業の30代の給料は、ベンチャー企業の方が上回るそうです。昔のベンチャーは「夢があっても金がない」というイメージでしたが、今は夢もお金もあるので、ベンチャー企業に転職する。私は早稲田大学ビジネススクールという社会人対象の大学院の教授をしており、学生のほとんどが大手企業勤務の30代半の方です。その方々の多くがベンチャーに転職しています。
雇用の流動性に関する課題としては「ホワイト離職」も挙げられます。離職防止には変革が大事ですが、コンプライアンス遵守を意識しすぎるあまり、大手企業が若手社員をどのように扱っていいかわからなくなっているようです。上司は怒らず注意せず、「5時になったら絶対に退社」という働き方に、若手は「物足りない」「この企業では成長できない」と感じているようです。
このように人事と組織について、今大きな変動が起きているのです。
価値を出せるCHROとは、社長と一緒に人と組織をつくりあげる人
入山
もうひとつ頭痛の種が、CHRO(Chief Human Resource Officer)つまり人事トップの不足です。誤解を恐れず言うと、
今、人事のトップには、価値を出せる人がほとんどいないと私は考えています。
大熊
価値を出せる人、というと?
入山
価値を出せるCHROとは、CEO(最高経営責任者)や社長と一緒に人と組織をつくりあげていく人です。CHROには「人と組織をつくりあげるのは戦略である」という認識のもと、ときには社長とガチンコで喧嘩してでも、徹底的に議論を主導権をもってリードしていくことが求められます。
本来、人事は戦略そのものです。ですが、終身雇用制で社員が辞めない状況ならば、人事は何もしなくてよかった。「終身雇用制は社員を甘やかす仕組みだ」と言う人がいますが、むしろ経営を甘やかす仕組みです。
「謎の転勤があってもいい」「育成しなくてもOJTで学んでくれたらいいよね」という時代があった。そうした終身雇用が崩壊したのですから、戦略的に人事を行なわなければ時代に合わなくて当然なのです。
もうひとつ、CHROには難しい問題があります。たとえば、ファイナンスの知識は汎用性があるので、A社の成功例をB社にも転用しやすい。しかし、人事やCHROは、人と組織によってバラバラ。企業ごとに条件が違うので、カスタマイズしないといけませんが、難易度が高く教科書通りいきません。それを戦略的にできるCHROが少ないのは大きな課題です。
CHROに求められるのは人と組織を戦略的につくる能力
大熊
それでは「求められるCHRO」には何が必要なのでしょう?
入山
先ほど申し上げたように、人事は戦略です。企業としての戦略に対して、人と組織を戦略的につくっていく必要があります。たとえばマクドナルドなら、標準化されたサービス・オペレーションを提供することが事業上の強みです。
だから人事領域でも、標準化のできる人材を育てています。これがスターバックスなら、個別の店舗での体験を重視していますから、現場で判断できる人材を育てる必要がある。事業の戦略によって全然違うわけですね。
入山
そのうえ今は変革の時代です。現状維持はあり得ません。どんどんイノベーションを起こしていくことが戦略になっている。
つまり、人事は戦略であり、戦略がイノベーションです。だから、これからの時代に求められる人事組織はイノベーション人事であり、イノベーション組織であるべきなのです。
このようなお話をすると「入山先生は学者の立場で変革が必要と言いますが、簡単ではありません」と批判をいただきます。実際に変革は大変で時間もかかります。
なぜ、時間がかかるのか?企業はいろいろなものが複雑に絡み合って成立しているからです。うまく噛み合っているからこそ、どこか一部が「時代に合っていない」といって、その中の一つだけを変えることは難しい。これは「経路依存性」とも呼ばれます。
よく例に挙げるのが「ダイバーシティ経営」です。ダイバーシティ経営が重要と言われる割に、日本企業ではあまり進んでいません。経路依存性があるからです。
入山
本当にダイバーシティを実施するなら、新卒一括採用や終身雇用から見直し、さまざまな人材を雇用したり、評価の仕方も多様でなければなりません。働き方もいろいろなバリエーションが必要です。そのためにデジタルの活用も不可欠です。
このようにどこか一部だけを変えるのは無理で、全体を変える必要がある。もちろん実践するのは大変です。だからこそ戦略が必要なのです。
既存の知と新しい知の組み合わせが「イノベーション」を創造する
入山
では、変革にどういう視点が重要になってくるのか。私はイノベーションに尽きると思います。
入山
イノベーションの最初の一歩は、既存の知と別の既存の知を組み合わせて「新しいイノベーション」をつくり出すこと。これは、経済学者のヨーゼフ・シュンペーターというイノベーションの父が「ニューコンビネーション」や「新結合」という言葉で90年ぐらい前から提唱し、いまだイノベーションの本質として知られています。
しかしながら、イノベーションで悩んでいる企業は歴史が長い大手・中堅の企業が多いです。そうした企業は、何十年も同じ業界にいて、同じ人に囲まれている。そんな時間軸の中で目の前の知と知の組み合わせをやり尽くしているんですね。なので、新しいイノベーションが生まれにくくなります。
それを脱却するために必要なのが「知の探索」です。
入山
イノベーションは基本、「知の探索」から生まれます。日本で生まれているイノベーションもすべてそうです。自分から離れた遠くの知も幅広く見て、自分がもっている知と新しく組み合わせることが重要です。これを世界の経営学ではExploration(探索)といい、僕は「知の探索」と呼んでいます。上のグラフでは縦軸で表しています。
グラフの横軸は、Exploitation(知の深化)です。たとえば「儲かりそう」と思ったら徹底的に深掘りして、磨き込んで、効率化して、お金を儲ける。それが横軸です。私はそれを「知の深化」と呼んでいます。
企業や組織が「知の深化」に偏りすぎる傾向を、Competency Trap(競争力の罠)と呼びます。日本の企業は「知の探索」が足りないと言われていますが、知の深化側に企業側が偏りすぎて経路依存性では変えられません。これを変えられるのは人事と組織であり、CHROの役割が重要です。
そして、早く「知の探索」を行なうには、自分自身を物理的に遠くに移動させることが必要です。成功している経営者はいつも移動しています。会ったことがない人に会うとか、知らなかった情報を持ち帰って、既存の知と組み合わせることが重要です。
しかし、日本の大手や中堅の企業は忙しく、目の前の知の深化的なことに終始する傾向が見られます。トップのみならず社員も移動できる職場環境を整備するために、SmartHRの導入も有効でしょう。
「知の探索」に重要なのは、失敗しても受け止められる組織であること
入山
Apple社のジョブズは、「成功者」と思われていますが、彼の本質は大失敗王です。彼は探索人間で、遠くの幅広いものをたくさん見て組み合わせます。IT業界は流行り廃りが早いので、とりあえず組み合わせたら製品化する。
上の図のPingっていうのは、昔Appleが出したSNSなんです。人気がなかったので、すぐなくなりましたが(笑)。失敗も多くありましたが、当たってヒットしたのがMacBookでありiPhoneです。
ジョブズの例を出しましたが、「知の探索」に重要なのは、いかに失敗を受け止められるかです。それは日本の企業が苦手なことでもあります。これからの時代、成功するためには「知の探索」が必要ですが、その副産物として失敗も発生します。それを受け止める組織になることが重要なのです。
評価制度も見直しが必要です。前・後期の区切りにパフォーマンスを5段階ぐらいで評価していると思いますが、人は成功か失敗の紋切り型で評価されることに恐怖を感じます。
大熊
失敗したら、「なし」みたいな感じになりますもんね。
入山
それでは失敗を避けるために、誰も「知の探索」に手を出しません。そこで重要なのが多様化です。「知の探索」は、なるべく遠くの知を組み合わせることです。そのためには、異なる考え方をもつ人が同じ組織にいる必要があります。ダイバーシティの導入が不可欠といえるでしょう。
組織変革と人事の最大のポイントは習慣化
入山
WiLというベンチャーキャピタルのトップの伊佐山元さん(※)を早稲田の授業に招いたときに、社会人大学院の学生が、「どうやったら伊佐山さんみたいになれるのですか」と質問しました。すると彼は「家に帰るときに降りる駅をひとつ変えてください」と返答しました。
(※)2013年、日本の大企業と日米ベンチャーの橋渡しをすることでオープンイノベーションを実現するWiLを創業。シリコンバレーにおけるネットワークの強さを生かし、海外進出を狙うベンチャー企業への出資、サポートのみならず、アメリカの有望ベンチャーにも多数出資している。
入山
イノベーションや変革、人事改革にチャレンジするのは勇気が必要です。
大熊
そうですね。変えるのって本当に億劫だし、今までやってきたことを順調にできればと考えてしまいます。
入山
しかし、伊佐山さんが言うように、降りる駅をひとつ変えるだけなら誰でもできます。組織変革と人事の最大のポイントは習慣化です。
文化は勝手に発生するものではなく、戦略的・意図的に狙ってつくり込まれます。すなわち行動規範です。たとえば、誰かが失敗しても責めずに褒める。無駄に見えてもやり続ける。
「知の探索」は人間でなくてはできません。横軸の無駄を省いて確実に行なう深化はデジタルが得意です。労務管理や伝票処理などはデジタルに任せて、人間にしかできない「知の探索」側にリソースを回してほしいと願っています。
人と組織はお城の石垣のよう。綿密に積まなくては崩れ落ちる
入山
例えるなら、人と組織はお城の石垣です。しかし、石を正確に積まなくては石垣になりません。強硬な石垣をつくるためには、時間をかけて人と組織をつくり込んでいくことが重要。それができる企業でなければ、生き残れないでしょう。
大熊
時間をかけて、変えていくということですね。
入山
そのとおりです.本日の話をまとめます。これからは人事組織の時代であり、人事とは戦略である。そして、変数の多い時代における重要な戦略がイノベーションを起こすことです。
イノベーションのために、企業は経路依存性を破壊して移動距離を考えなければいけません。失敗を受け止める。ダイバーシティを進める。戦略的に企業文化をつくる。デジタルはそのためのインフラだと認識する。
どれも達成するためには時間がかかります。ぜひ本日から始めてみてください。
“飛翔する企業への変革” をテーマに3日間にわたり開催されたカンファレンス「SmartHR Next 2023」。経営戦略から組織戦略、人事戦略まで、さまざまな企業の実践を知ることで、変革のヒントが得られます。各講演の模様は、イベントレポートにてお楽しみください。