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カルビー・双日の事例で学ぶ、組織に活力をもたらす人的資本経営の実践例

公開日
目次

"飛翔する企業への変革" をテーマに3日間にわたり開催されたカンファレンス「SmartHR Next 2023」。さまざまなゲストをお招きし、経営戦略・組織戦略・人事戦略についてのセッションを開催しました。

「組織の未来図」をテーマに行われたDAY2のセッション「人的資本経営実践から学ぶ、活力ある組織のつくり方」では、いち早く人的資本経営を実践し成果を出している企業の“今の姿”から、人的資本経営がもたらす活力ある組織のありかたを学びます。

  • 登壇者流郷 紀子 氏

    カルビー株式会社 人材戦略部 部長 

    体外診断用医薬品の開発に従事した後、教育サービス、電機メーカーにて人事労務、人事制度、採用、人材育成・組織開発、ダイバーシティ推進、グローバル人事戦略などに携わる。 2021年にカルビー人財・組織開発部長に着任。2022年より人財戦略部長として、人事全般を担当する。

  • 登壇者橋本 政和 氏

    双日株式会社 常務執行役員 人事担当本部長 

    1990年一橋大社会卒、日商岩井(現双日)入社。主に自動車関連事業、インフラ関連の事業開発を担当。米国駐在を経て、2011年環境・都市インフラ推進室長、17年執行役員環境・産業インフラ本部長、21年常務執行役員インフラ・ヘルスケア本部長を務め、22年4月より現職。

  • ファシリテーター入山 章栄 氏

    早稲田大学ビジネススクール教授

    慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了後、三菱総合研究所を経て、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院より博士号(Ph.D.)を取得。同年、米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授に就任。2013年に早稲田大学ビジネススクール准教授、2019年4月から現職。

「私たちのミッションって何だろう」全社改革と並行して実施された人事の意識改革

入山さん

本セッションのテーマは『人的資本経営実践から学ぶ、活力ある組織のつくり方』です。

女性総合職海外国内出向経験割合など、6つのKPIをもって成果を出してきた大手総合商社である双日。そして、全員活躍を実現するために管理職支援の1on1を実施して、エンゲージメントサーベイ結果の向上を実現してきたカルビー。この大手企業2社の事例を通じて、人的資本経営がもたらす活力ある組織のあり方を学んでいきます。

まず、流郷さんに伺います。カルビーは人と組織をつくることを徹底していることで有名ですが、現在カルビーで何が起きているかを教えていただけますか?

流郷さん

私たちは、多様性を尊重した「全員活躍」の推進を目指しています。一方で、これまで「全員活躍」の定義が不明確だったという課題があり、2021年に人事メンバーとともに「私たちのビジョンって何だろう?」をテーマにディスカッションを重ねました。

そしてたどり着いたビジョンが「会社と社員がお互いに魅力を感じてつながる」です。「全員活躍」に向けた全社改革と並行して、人事内での意識改革も同時に進めてきたという背景になります。

カルビー株式会社:人事ビジョン。会社と社員がお互いに魅力を感じてつながり、全員活躍につながる

入山さん

上の図の人事ビジョンのフレームワークをつくられ2年が経過していますが、手応えはありましたか?

流郷さん

徐々に効果が表れ始めている状況です。全員が一気に変わることはありませんが、現場を見ると実践している人たちは確実にいます。なかには課題認識をもって人事に提案してくれることもあります。そうした気持ちが芽生えていることを大切にしていきたいと思っています。

入山さん

こうしたテーマでは、IT業界やベンチャー企業が事例になることが多く、大規模な工場を稼働している製造業の事例が取り上げられることは少ないように思います。

製造業は生産の安定性が強く求められますし、会社の規模が大きいほど、1つの失敗によって社会に与える影響も大きい。したがって業務遂行は慎重になると思います。

しかし、現状のままでは変化が起きないから、やる気と変革の火種を芽生えさせる必要がある。いずれも安定や慎重さとぶつかる面もあり、難しいところですね。

流郷さん

従来型の人事マネジメントを否定するわけではありません。それを大切にしながらも、一方で新しい観点を取り入れなければ、いつまでも変わらない。生産は人員の確保が難しくなることから、これからは工場もDXなどを積極的に取り入れて変わっていく必要があります

試行錯誤を重ねてたどり着いた、1on1の新たなカタチ

入山さん

カルビーが力を入れている管理職の1on1についても教えてください。

流郷さん

弊社では2019年に1on1を導入しました。導入理由は3つあります。

1つ目は、社員のエンゲージメントの向上です2つ目が、新しい評価制度としてバリュー評価を取り入れるためですもちろん制度を入れただけではうまく運用できませんので、「上司とメンバーとの対話が大事」という課題解決も背景にありました。

そしてもっとも大事なのが3つ目、中計(中期経営計画)の実現です。大胆な成長と変革が求められるなかで、「やりなさい」と指示するだけではなく、メンバーから考えや意見をどんどん引き出してもらう。そのようなマネジメントスタイルに変えることが目的でした。

カルビー株式会社:1on1導入 3つの目的の図。社員エンゲージメントの向上、新評価制度の導入効果最大化、中計実現に向けたチームの進化

入山さん

取り組んでみて、いかがでしたか?

流郷さん

傾聴やコーチングなど1on1の研修を2年ほど実施しましたが、いいところもあれば、現場からは「1on1がつらい…」といった声もありました。

手前味噌ですが、弊社の社員は非常にまじめな方が多いように思います。ただ、まじめゆえに研修で言われたことを、そのまま実行してしまう傾向があります。傾聴だから自分は話してはいけない、メンバーの話を聞かないといけない。それによって「沈黙がつらい」との声も寄せられました。

カルビー株式会社:(1on1に対する従業員からの現実の声)しかし…現実の声は

入山さん

1on1の課題をどのように改善されたのですか?

流郷さん

1on1を開始した2年後に一律的にやる方法をやめて、各職場やメンバーに合わせたやり方にシフトしました。「正解はないので、あなたらしい1on1を実践してください」とお任せしました。「画一的にやってもうまくいくはずはない」ことを伝えたかったのです。

メンバーは上司のことを知りたいと思っています。上司がオープンになれば、メンバーもオープンになって喋ってくれるかもしれない。そこから関係づくりをスタートさせる職場もあれば、すでに関係性が構築されていて、メンバーの意見に耳を傾けることから始める部署もあります。

入山さん

双日も1on1を実施されていますか?

橋本さん

弊社でも1on1を取り入れていますが、やはり課題はあります。若干違うのは、弊社では上司と部下で対話をする際、本来傾聴に徹するべき上司が喋りだしたら止まらないことですね(笑)。現在は、1on1だけではなく座談会のような「1対N(複数人)」形式での対話も実施しています。

個人的には、対話を通じて、学びや気づきを得ることが重要だと思います。商社は縦のつながりが強い傾向にありますが、課長同士の座談会(情報交換会)の開催により、横の連携が強化され、風通しがよくなるなど、対話の促進は有効に働いていると感じています。

カルビー株式会社:心理的安全性の浸透。1対1のマネジメントから、1対Nのマネジメントに。メンバーが「経験・スキル」を惜しみなく職場に投下できる組織に

入山さん

別のセッションで意図的に雑談を増やしている企業もありました。そうした仕組みをつくっているのですね。流郷さん、今のお話について感想をお聞かせください。

流郷さん

おっしゃるとおりですよね。先ほどの1on1では、別の部署の課長や部長が一体どのように1on1をやっているのか知る術がないわけですよね。そのため、弊社では翌年から対話の場を設けることにしました。

インプット型の研修ではなく、対話型のプログラムに切り替えて、自分らしく、自分がいいと思えるやり方、その組織に合ったやり方を模索するプログラムに変更しました。

次第に「チームを高めることは、マネージャーだけの責任や役割ではなく、みんなの役割」と考えるようになりました。今は1on1を実施しながら、同時に心理的安全性の向上も図っています。

期待値に合わせて「褒める」「注意する」

流郷さん

先ほどの、「どんな変化がありましたか?」という質問の返答にもなりますが、1on1や心理的安全性を高める取り組みを進めているなかで、ある工場長が「MKMK(見つけてくれてマジ感謝)賞をやっています」と教えてくれました。

小さいことかもしれませんが、「すごい」とか「役に立った」ことを取り上げて、その工場内で称え合っています。工夫した人を称賛するだけではなく、それを取り上げた人も含めて称賛する取り組みです。

カルビー株式会社:MKMK(見つけてくれてマジ感謝)賞

入山さん

橋本さん、褒めるのはどうですか?

橋本さん

やはり褒めることは大事だと思います。ただし、褒められて「いいね」を何回もらったなどと設定すると、それが目的化するので、その点は考える必要はあると思います。最近の若手社員の感覚からすると、「褒められて育つ」人が多いので、その辺りは参考になりますね。

入山さん

昔は叱って人を育てていましたし、それでも会社を辞める人は少ない時代でした。しかし昨今では、コンプライアンスが厳しくなりパワハラを疑われることもあります。

現場の方や管理職がどのように対応していいかわからなくなり、褒めるより「おだてる」ようになっています。若手社員においては、物足りなくて辞める「ホワイト離職」が大手企業で発生しているという認識があります。

流郷さん

弊社でも管理職が萎縮する状況はあると思います。しかし、伝えるべきことを伝えないと、メンバーは成長しません。期待値があるから注意するという伝え方やマインドが大切です。ただし期待値を上げ過ぎると、ギャップが大きいほど管理職のもどかしさや、厳しすぎる指導につながってしまうので、期待値をどこに置くかが重要だと認識しています。

入山さん

大手企業人事、もしかしたらスタートアップもそうかもしれませんが、期待値設定の細かい調整が大きなポイントですね。

3つの柱で2030年を見据えた礎を築く、双日の戦略

入山さん

では次に、橋本さんに伺います。業績絶好調の大手総合商社・双日ではどのような人的資本経営を実践しているのでしょうか?

橋本さん

双日では、2030年の目指す姿を「事業や人材を創造し続ける総合商社」と掲げ、「必要なモ ノ・サービスを必要なところに提供する」という商社の使命にもとづき、さまざまな事業や人材創出に向けた体制を整えているところです。

目指す姿の実現に向けて競争優位性を強化すべく 「マーケットインの徹底」「共創と共有の実践」「スピードの追求」が必要と整理しています。

我々は他商社に比べると、資本力で勝負するのが難しいがゆえに、社員に対して先を見据えて挑戦することを促し、創意工夫しながら常に双日らしい機能と付加価値を磨き続けられるよう促しています。

当社にとって価値創造の中核は「人材」にほかなりません。多様性と自律性を備えた個の成長が、企業価値の向上につながると考え、人材戦略の3つの柱として「多様性を活かす」「挑戦を促す」「成長を実感できる」を掲げています。

人事部はこれまで管理中心の業務が多かったのですが、これからは戦略人事を目指します。多様性の部分は女性活躍を推進、挑戦に関しては、入山さんからご紹介いただいた新規事業創出に向けた「Hassojitz プロジェクト」を2019年より実施するなど、未来構想力や戦略的思考だけではなく、挑戦文化を浸透させるべく継続して取り組んでいます。

双日株式会社:双日の人材戦略

入山さん

商社では、担当部門が変わることが少ない印象ですが、双日はジョブローテーションを実施されているのですか?

橋本さん

はい。ローテーション頻度もかなり高くしておりますし、「キャリアの早回し」のような形で、 若い時から女性の海外派遣も実施しています。他社がひと回り成長するところ、弊社はふた回り成長できる経験機会を提供しています。

人材戦略を推進するために設定した「6つの人材KPI」

入山さん

双日さんは、KPIの設定を人材育成や組織にうまく取り込んでいくことで成果が出てきているとのことですが、この点について教えていただけますか?

橋本さん

対外公表も含めて、2021年に「女性活躍」「デジタル人材」「外国人人材」「挑戦・成長実感」「健康経営(二次健診の受診率)」「育児休暇」の6つを人材KPIに設定しており、すべて順調に推移しています。

双日株式会社:人材KPI(動的)作成の経緯

入山さん

なるほど、この6つをKPIとして追っているわけなんですね。

橋本さん

これらの人材KPIは外部環境や人事施策の浸透状況の変化に応じ、見直しができるよう柔軟性を 持たせた動的KPIとしています。女性総合職の海外・国内出向経験割合は、22年度末で42% と目標の40%を前倒しで超過達成し、KPIを50%に上方修正しました。

育児休暇は男性・女性問わず取得率100%を達成。達成できたからこそ、たとえば育児休暇については、本来の目的である男性社員の育児参画を考えると、取得率だけではなく「何日取得できているのか?」という目標に置き換えられます。実際に18年度の4日から39日へと大幅に増加しました。

入山さん

達成後に違う指標を入れるのですね。

橋本さん

達成できた場合は、KPIの目標値を見直します。2024年は中期経営計画を発表する予定です。掲げる人材KPIはなるべくシンプルにしたいので、あまり増やすつもりはありません。「質」を意識しながら進化させることを想定しています。

入山さん

流郷さん、この取り組みはいかがですか?

流郷さん

KPIを闇雲に追いかけるだけではなく、それが何につながっているのかアウトカムを確認するなど、しっかり結果につながっているところや、1回決めたら終わりではなく、最初から変えていく発想があるところが素晴らしいと思いました。

キャリアの前倒しで活躍の場を広げる

橋本さん

弊社では毎年社外取締役を含めた経営陣と各営業・職能本部長が参加し、不確実性が増す外部環境下、「双日がどのような価値を提供し続けていけるのか?」を徹底的に議論しています。

そのなかで、人材戦略を大きなテーマの1つとして取り上げ、課題の重要度を整理しながら、それぞれを定点観測。開示のためのKPIではなく、経営戦略実現のため、経営・事業・人材戦略が三位一体となって連動したKPIにしているのがポイントです。

当社は社員の声を吸い上げ、効果的な人材戦略の実現を目指しエンゲージメントサーベイを実施しており、より正確に当社の状況を把握すべく、外部専門家監修のもと、独自の設問に切り替えました。

サーベイ結果から、女性総合職は20代で海外勤務を希望する割合や成長意欲が相対的に高かった一方で、30代中盤になると大きく下がることがわかりました。

この結果をもとに、「キャリアの早回し」を促すだけではなく、女性が海外に駐在するにあたって、安心して挑戦し続けられるよう制度を拡充するなど、キャリアを止めずにパイプライン形成ができるよう工夫しています

双日株式会社:人材KPI(女性活躍)

入山さん

女性は20代のうちに海外で活躍して、その後に日本で家庭をもちたいと思う方がいるかもしれませんが、それを実現できる環境は少ないですよね。双日で、これが実現できているのはメッセージとして大きいのではないでしょうか。

橋本さん

このKPIは社内外で開示しているので、社内で「キャリアも家庭も両立させる」と意欲的に取り組む社員をさらに増やせるようなきっかけになっているのではないかと思っています。

入山さん

カルビーでもさまざまな工夫をされていますが、エンゲージメント施策としてどのようなことを実践されていますか?

流郷さん

私たちも毎年エンゲージメントサーベイを実施しています。それを踏まえて数字だけでなく、その背景にあるものを探ることを重視しています。毎年サーベイの結果が上がった段階で部門ごとにワークショップを実施して、何が課題なのか、あるいは、それに対して何を仕掛けていくのかを検討しています。

たとえば、「役職の上位者が会議の進行をするのを一切やめました。その代わりメンバーがすべての会議を自分たちで進行するように変えたら意見が言いやすくなりました」など、そういったことを実践している人もいます。

入山さん

KPIで組織改革を進めることで、結果に結びついているようですが、双日での今後のビジョンや課題はありますか?

橋本さん

課題として挙げられるのは生産性です。これまで1人当たりの当期利益を他商社と比較すると、あまり変わりませんでしたが、この5、6年で1人当たりの当期利益が2.5倍から4倍になっています。弊社も2倍に上がっていますが、まだまだ差が縮まっていないのが現状です。

必ずしも「他商社に追いつけ、追い越せ」と言うつもりはないですが、中計2023策定当初に掲げたKPIの1つであるPBRの向上(1倍超)を目指し、「Equity spread」と「非財務の取り組み・情報開示」の拡充を強化させていきます。

(PBR:株価純資産倍率(Price Book-value Ratio)の略。株価が直前の本決算期末の「1株当たり純資産」の何倍になっているかを示す指標で、 純資産から見た「株価の割安性」を示す)

双日株式会社:新・人事制度の検討(個と組織)

橋本さん

加えて、新中期経営計画の開始に合わせ、2024年から「新・人事制度」を導入します。2030年 の目指す姿である「事業や人材を創造し続ける総合商社」をつくるためには、個と組織を両輪で強化し、インプットの質を向上させることが必要です。

そのためには、1on1のような「人と人とが徹底的に向き合う」文化の浸透行動指針の徹底、そして自らの意思で挑戦し続ける姿勢が大切です。

また、建設的かつ具体的な議論を重ねるためには、データ活用が欠かせません。今後は、より 多様なデータの掛け合わせにより、多面的な分析と解像度の向上はもちろん、ヒアリングでデ ータの裏付け取ることも意識していきます。データを用いて、人材の力が会社の価値創造にどのように繋がっているのかを示していきたいと考えています。

入山さん

なるほど。「人的資本」について悩まれている方にとって、2社の例にはご覧の皆さんの会社で考えていただく際のヒントが数多くあったと思います。流郷さん、橋本さん、どうもありがとうございました。

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