人事が“主役の時代”。人事給与基幹システムが形づくる会社の未来
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ビジネス環境が大きく変わり、人事部門の重要性はこれまで以上に高まっています。優秀な人材の確保が難しくなり、報酬制度の見直しも迫られるなか、人事は組織の未来を左右する“戦略の中心”として注目されています。一方で現場では、問い合わせ対応や資料作成など日々の業務が依然として多く、十分に人事戦略に時間を割けないという課題も。
こうした転換期に、人事はどのように変わるべきなのか。そして、人事給与基幹システムはどう活用され、会社をどこへ導いていくのか。業務ソフトエンジニア出身で、人事給与基幹システムの第一人者であるパトスロゴス CEOの牧野正幸さんと、SmartHR CEOの芹澤雅人さんの二人が「人事が今すべきこと」と「今後の人事システム」について多角的に語り合いました。
牧野 正幸さん株式会社パトスロゴス 代表取締役CEO
1996年株式会社ワークスアプリケーションズを創業。自ら日本の大企業向け人事システムパッケージを設計・開発。当時、大企業向けのパッケージは絶対にうまくいかないと言われるなか、設立5年で大企業100社の導入実績を得て、2001年に上場。ERP時代における業務効率化を実現。退任後の2020年、株式会社パトスロゴスを創業。優れた領域特化型SaaSを接続してデータを一元化するHR共創プラットフォーム「PathosLogos」や、大企業向け人事・給与計算SaaS「Combosite人事給与」を提供する。
芹澤 雅人さん株式会社SmartHR 代表取締役CEO
2016年同社へ入社。2017年に技術部門の責任者VPoEとしてエンジニア組織の立ち上げとマネジメントを担い、2019年からは技術戦略の最高責任者CTOとしてプロダクト開発・運用に関わる全チームの最適化や、ビジネスサイドとの調整を統括した。2020年に取締役就任。D&I推進管掌役員を兼任し、多様性を活かす組織づくりを牽引。2022年1月より現職。
本対談企画は映像でもご覧いただけます。
人事が“主役の時代”がようやく来た
芹澤さん
人的資本経営による「人への投資」や、急速なAI技術の進化など、今、企業を取り巻く環境は激変しています。
私たちSmartHRも「人事給与基幹システム」への進化を事業戦略として掲げ、給与や勤怠といった基幹業務もカバーできるプロダクトへの進化を目指しています。
今回は、これから人事給与基幹システムは今後どのようにあるべきか、経営者としてもエンジニアとしても大先輩である牧野さんと議論できればと思います。まず、現在の人事部門の役割をどう見ていますか?
牧野さん
バブル崩壊以降(1992年以降)の厳しい30年を経て、人事が“主役の時代”がようやく来たと思っています。
銀行の方ともよく話題にするのですが、バブル崩壊後の銀行は、新しい融資ではなくひたすら債権回収をしてきました。じつは人事部門もこの30年間、同じような状態だったんです。
賃上げができないなかで、優秀な人の報酬は上げたい。するとどうしても、その他の人の賃金を据え置くしかありませんでした。しかも、日本企業はリストラがしづらいので、人を補充せず、時間をかけて“自然減”で人を減らすというやり方でしのいできた。つまり、攻めに転じられない時代が続いていたわけです。

芹澤さん
そうして人が減った結果、ここ最近は、採用は売り手市場になっていますよね。
牧野さん
はい。人の取り合いになっているから、企業は報酬制度を変えざるを得ない。これは人事が中心となる仕事であると同時に、人事部門が転換期を迎えたことを示しています。
昔は、大企業の賃金がデフォルトで最も高く、大学を出たらまず大企業へ、というのが当たり前でした。それが最近では、ベンチャーなど新興企業が優秀な人材を高い報酬で獲得する例が増え、状況が一変しました。新興企業への転職も、昔なら「あんな会社に転職して大丈夫か?」と言われました。しかし、いまでは企業の情報公開も進み、転職がキャリアを伸ばす選択肢として一般的になったため、大企業からも優秀な人が抜けていっています。
そうなると、年功序列ベースの古い賃金制度のままでは太刀打ちできず、多くの企業が制度を見直しています。ただし、制度を変えるのは大仕事で、根幹の賃金テーブルが旧来のままの会社も少なくありません。賃金テーブルは“聖域”で、誰も文句を言わなかった部分でしたが、今やそこも見直しの対象なんです。
さらに制度を変えただけでは不十分で、人事はマーケットプライスを常に確認しながら、報酬をアップデートし続けなければならなくなりました。
リテンション戦略も人事の重要な役割に
芹澤さん
そうですよね、同感です。
牧野さん
報酬制度の改革と並行して、人事部門は、人材を引き留めるリテンションにも懸命に取り組まなければならなくなりました。しかし、リテンション施策は本当に難しい。とくに、優秀な人材をいかに定着させるかは非常に重要な問題です。
芹澤さん
そのためにも、適所適材を実現するためのタレントマネジメントは欠かせなくなっています。
牧野さん
昔の大企業なら、「不満があっても我慢しろ」で済んでいました。でも、今はもう通用しない。入社した人に適切な業務を任せなければ、すぐに辞めてしまいます。
大企業だと、かつては人材に余裕がありましたが、長年のリストラや採用抑制でマンパワーは減り、優秀な人材は外に流出し、新卒の採用も難しくなっています。だからこそ、これからは人事部が本気で、どう人材を活かし定着させるかを考えないと、企業が立ち行かなくなると思います。
芹澤さん
人事部門が、報酬の見直しとリテンションを同時に迫られている背景がよく理解できます。
牧野さん
しかしそれだけ大きな役割を担っているにもかかわらず、人事部門は非常に少人数で運営されているのが実情です。リーマンショック期に間接部門から直接部門への異動が進み、人事部門の採用が抑制された影響が続いているためです。
だから、まず生産性をしっかり引き上げること。そのうえで、報酬戦略やリテンション戦略、人事制度、タレントマネジメントといった、人事が本来担うべき重要な業務に集中できる状態を作ることが強く求められています。
必要なのは人事部門の生産性を上げるシステム
芹澤さん
私たちは「生産性の向上には、人事部門を含めたDX化、AI活用などが欠かせない」と訴えてきています。そのうちの一つとして、HRシステムは非常に有効だと考えています。
人事給与の基幹システムは、人事部門をしっかりサポートする“土台”であるべきだと思っています。これまでは名前のとおり、人事の基本データを管理したうえでの給与計算が主な役割でした。
でもお話を伺っていると、もっと広い領域に踏み込んで、人事の戦略的な取り組みを支援できるシステムへと進化していく必要があると感じました。

牧野さん
御社のようなサービスも含め、HRシステムのクラウド化によって、人事部門の生産性は相当上がってきています。では、次にどんな波が来るかといえば、自律型AIエージェントを使った仕組みだと思うんです。
これにより「大革命を起こす」という話ではなく、やはり人事部の生産性をさらに高めることに集中すべきだと考えています。
海外ではすでにAIが人材配置まで担っています。でも正直、日本ではまだそこまで到達していません。
芹澤さん
理由は、スキルデータや職務情報、評価データなどの人事データが十分に蓄積されていない点。AIは学習するデータがあって初めて力を発揮するものですからね。
データが蓄積されれば、誰がどんなスキルや経験をもっているかを正確に把握できるようになり、それが人材配置や育成の意思決定の根拠になります。さらに、AIを活用すれば、大量のデータから最適な人材配置やチーム編成のパターンを見つけ出し、リアルタイムでの判断も可能になります。
海外のAIの先行事例を見ていると、つい派手なことをやりたくなります。でも、データをしっかり蓄積して足元を固めないと、その先にはいけない。そのことをしっかり理解しておく必要があると感じています。
問い合わせ対応と情報開示こそAIの得意領域
牧野さん
そうなんです。AIで人材配置を自動化したくでも、今の日本企業のデータ量では難しい。
ただし、業務効率を上げるためのAIなら、すぐにでも役に立つものが山ほどあります。たとえば、多くの人事部は問い合わせ対応に忙殺されて、1日が潰れてしまうことがあるでしょう。この業務の多くはAIで自動化できます。
さらに、人的資本経営の面でも活用できます。最近は人的資本の情報は社内外に開示されていますが、人的資本情報だけを見ても経営戦略には使えない部分が多いんです。
しかし人事の現場には、経営層から「この指標どうなってる?」と問い合わせが次々と来る。そのたびに人事がデータを集め、資料作成の作業に追われて、“考える仕事”から離れてしまっている状況なんです。
こうした業務もAIエージェントで代替できます。AIならさまざまな角度から自動で分析までしてくれますしね。
芹澤さん
おっしゃるとおり、人事の現場は問い合わせ対応に追われていますね。とくに名前がつく仕事でもないので注目されにくいのですが、AIエージェント(※)でこうした業務を効率化するだけでも、人事が“考える時間”をかなり取り戻せると思います。
(※)SmartHRでは問い合わせ対応軽減を目的として、自身のパソコン・スマホから問い合わせができる「AIアシスタント」を2025年6月にリリース

牧野さん
人事部の誰もが、「人事戦略にもっと力を入れなければ」とは思っているんです。わかってはいるけど、目の前の業務に忙殺されて何もできない。この状況がいかによくないかを、経営層に理解してもらう必要があります。
必要があれば私が経営トップの方にお話ししに行ってもよいと思っています。人事部が日々の業務に追われ、戦略に時間を割けない状態は、それくらい企業にとって大きなマイナスなんです。
芹澤さん
企業規模が大きくなるほど、人事の現場と経営層との距離が広がり、何に忙しいのかという解像度がどんどん下がってしまいますよね。
牧野さん
そうなんです。どう時間を捻出するか、それが現場のリアルです。だからこそ、テクノロジー、とくにAIによって効率化していきたいですよね。
今後の人事給与基幹システムに求められるのは、まさにそれではないでしょうか。システムの役割が単なる“人事給与の仕組み”から、“人事の生産性を最大化する存在”へと変わっていくのかもしれません。
タレントマネジメントは“人事データの民主化”へ
芹澤さん
私もそう思います。枠組み自体がそのように変わっていくほうがよいですね。
時代やテクノロジーの変化のことから、人事の働き方、さらには経営のあり方まで話が広がりましたが、日本企業がより良くなるために、人事部門やそれを支えるシステムはこれから先、どう変化すべきだと考えますか?
牧野さん
次のフェーズでは、タレントマネジメントを、“人事だけが見ている仕組み”から脱却させることが求められると思います。
芹澤さん
脱却とは、具体的にどういうことでしょうか?
牧野さん
今は従業員の人事データが人事部に集まり、人事が人員配置を判断していますが、それは本来のタレントマネジメントではありません。たとえば、プロジェクトに適した人を探すときに、人事部ではなく、現場のマネージャーやメンバーが自分たちで調べられる——。そんな環境を整えることが理想です。
芹澤さん
そのためには、どのような環境が必要なのでしょうか?

牧野さん
スキルや希望といった自己申告のデータだけでなく、上司や同僚など周囲のリコメンドなど多面的な情報が自然に蓄積・可視化される仕組みが欠かせません。そうなれば、最適な配置がスムーズに進み、人事の負担も減ります。
御社が進めているように、これまで人事が処理していた労務や勤怠などの情報を、今は社員自身がユーザーフレンドリーな画面で直接情報を入力できる仕組みが広がっています。
タレントマネジメントも同じ発想で、“人事部だけが管理するもの”から、“社員が入力し、関係者が適切に閲覧できるもの”へと開かれていくべきです。いわば、 人事データの“民主化”が求められています。そしてそれは、クラウド上で動くことを前提に設計されたクラウドネイティブなシステムなら実現できるはずです。
芹澤さん
私たちSmartHRもクラウドネイティブですが、ここ10年間強みとして注目してきたのは、“管理者だけじゃなく従業員もみんなが普通に使える”という、ユーザーインターフェイス(UI)のフレンドリーさです。
そして今後は、クラウド化やAI化がさらに進むことで、タレントマネジメントは人事だけのものではなくなる。互いのスキルを見合って、気づき合いながら、プロジェクトに必要な人材を探す——。牧野さんがおっしゃるのも、このレベルでの民主化ですよね。
それが実現すれば、人事部の生産性向上だけでなく、働きがいを高めることにも直結するのかなと思っています。
牧野さん
そのとおりだと思います。クラウドネイティブの出現によって、“発生場所入力”という概念が広がりましたよね。
以前はすべてが紙で、紙がどさっと届き人事がそれを処理して、場合によってはアウトソーシングして、最後にまた紙で返す。年末調整も給与明細も、なにもかも紙でした。それが今では、社員が直接データベースに入力できるようになりました。この延長線上に、次のタレントマネジメントの形があると考えています。
芹澤さん
非常に共感します。

牧野さん
ベンチャー企業が優秀な人材を比較的安定して引きつけられるのは、人材に目が届いているからなんです。これは、組織の規模が小さいため、人事部ではなく経営者自身が直接現場を見て、人材を配置しているイメージです。
大企業は逆に、きめ細かく人材を配置することが苦手でした。しかし、人事データを民主化する仕組みを整えることができ、タレントマネジメントが進化すれば、従業員が何万人規模になっても目が届くようになると思います。
芹澤さん
繰り返しになりますが、それを実現するにはテクノロジーやAIの力が不可欠で、現段階ではデータを蓄積することが重要です。
一方で、私たちはクラウドベンダーとして、人事業務のあり方を進化させるシステムを提供し続けていく必要があり、その使命感を改めて強く感じています。
世の中が変化しているのに、従来の業務システムと同じ機能をクラウド版として提供していても意味がありません。これからのSmartHRは定型業務の効率化・自動化は前提として、その先にある「タレントマネジメントの民主化」を実現していく。これによって組織の生産性を高めていくことを、「新しい人給基幹システム」として実現していきたいと考えています。
牧野さん
生産性を高めるという観点で、その流れの口火を切ったのは、間違いなく御社だと思っています。
私たちパトスロゴスとしても、御社のシステムをはじめ、多様な人事領域のシステムをつなぐプラットフォームを提供することで、“人事が主役”のこの時代に、人事業務の変革に貢献していきたいと考えます。
(取材・文/POWER NEWS編集部、写真/横関一浩)





