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意見のちがいを組織のちからに。“安定と挑戦”を両立する組織風土改革

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「社会インフラを支える使命」と「新たな価値創造」の両立。一見相反する課題に向き合い続ける関西電力株式会社。喫緊の課題対応と持続的な成長への基盤づくりとして「組織風土改革」に乗り出した2023年、初代室長に就任したのが、野地小百合さんです。

「ちがいは、ちから。」を旗印に掲げて、2011年より10年以上推進してきたダイバーシティ&インクルージョン(以下、D&I)推進の土壌にて組織風土改革へ取り組む現在。安定性が強く求められる電力インフラ企業の新たな挑戦にどう向き合い、多様な“ちがい”を“ちから”に変えようとしてきたのか。野地さんにお話を伺いました。

野地 小百合さん

関西電力株式会社 執行役常務 原子力事業本部長代理

1992年 関西電力株式会社入社。営業部門、地域共生・広報部門を経験し、その後、営業所係長、課長、本店マネージャー等を経て、新設された地域エネルギー部門マネージャーに。その後かんでんCSフォーラム社長、地域エネルギー部長等を経て、2021年7月より関西電力送配電株式会社大阪支社長就任。2023年7月より 執行役員 組織風土改革室長/経営企画室 グループ事業担当室長として、組織風土改革やグループ事業の総括担当というミッションに挑む。 2025年4月より現職。

※本インタビューは2025年3月、野地さんが「執行役員 組織風土改革室長 経営企画室 グループ事業担当室長」を務められている時期に実施したものです。

信頼回復へ、社長主導で新設された「組織風土改革室」

はじめに、野地さんが初代室長を務めた「組織風土改革室」の設立経緯を教えてください。

野地さん

関西電力では2023年4月に経済産業大臣から「電気事業法に基づく業務改善命令」を受領し、業務改善計画を提出しています。再発防止対策として内部統制の強化や監督・監査の強化とともに、組織風土改革に取り組むことを表明しており、後者を推進するために設立されたのが組織風土改革室です。

関西電力としても前例のない部署で、私自身も室長に任命されたときは「そんな部署ができるのか」と新鮮な驚きがありました。

組織風土改革室発足当初は、室メンバーだけでなく、各部門から選定された組織風土改革キーパーソンや、各職場から集まった改革推進メンバーとともに改革を検討してきました。現在は施策実行フェーズに入っており、組織風土改革室の8名のメンバーが主体となって各施策を進めています。

お話をする野地さんの様子

野地さんは組織風土改革室長として、どういった役割や業務を担われていたのですか?

野地さん

組織風土改革を進めるにあたっての課題の分析や特定、改革施策の立案、全社への展開や施策の統括等を担っていました。

任命されたとき、どのような心境でしたか?

野地さん

以前からやりたいと思っていた仕事に近しい部分もあり、チャンスだと感じていました。

というのも関西電力送配電(関西電力から分社化して作られた会社)の大阪支社長を務めていたとき、独自の取り組みとして心理的安全性に関する研修を実施し、手応えを感じていたからです。受講者から部下とのコミュニケーションにおける行動や考え、意識が変わったとの声があって全社にも展開したいと考えていました。

安定と挑戦。部門ごとの“ちがい”を尊重するアプローチ

組織風土改革の取り組みは、具体的に何からスタートしましたか?

野地さん

まずは自分たちの組織を客観的に見つめ直そうと考え、特徴の洗い出しからはじめました。

するとネガティブな共通項として「多様性があまりない」「主体性が低い」「失敗を恐れがち」などが浮かび上がってきたのです。さらに「なぜそのような特徴をもつ組織になったのか」という真因を掘り下げていくと「業務に忙殺され熟考の余裕がない」「チャレンジによる失敗を許容する風土がない」といった約10個の組織課題がみえてきました。

出典:組織風土改革の取組み

続いてこれらの課題がなくなった状態、つまり「関西電力の“ありたい姿”」を具体的に描き、その理想と現実のギャップを埋めるための施策を立案。約半年をかけて会社への提言にまとめました。

検討の過程では、社長が議長を務め常務以上の役員総勢25名が参加する「組織風土改革会議」を当時は月に2度実施。経営層とも意見交換を実施しながらアイデアを磨きました。

検討のプロセスではどのような壁がありましたか?

野地さん

前提として、関西電力の場合は先ほど申し上げたようにトップの強い意志のもとで改革が始動しました。最初から会社全体で改革への意思とコミットメントがあったため、改革の素地はできあがっていたと思います。

ただ具体的な改革の方向性に関しては多様な意見があったため、役員層と共通認識を形成し一丸となって進めていくには難しさがありました。

どのような難しさがありましたか?

野地さん

たとえば「挑戦や失敗を恐れない文化を醸成する必要がある」という提言に対して、技術領域の役員から「『挑戦』や『失敗』といった言葉は注意して使ってほしい」と言われたことがありました。「我々の使命は電力の安定供給であり、もしも安易な挑戦が失敗して、停電を引き起こしたらどうするのだ」と。

たしかに発電や送配電を担う部門はエネルギーの安定供給が大事で、それに誇りと使命感をもって業務に取り組んでいます。ですから「『挑戦や失敗をしないのは悪い』と受け取られるメッセージは困る」という意見は一理あるなと思いました。

お話をする野地さんの様子

部門ごと、事業ごとに置かれている立場や価値観は異なります。ですから、全社一律に同じ“ありたい姿”を当てはめようとしても、どうしても具体性に欠けた、ふんわりとしたものになってしまうのです。

このような気づきから、全社一律ではなく、発電部門ではこういう姿を、営業部門はこういう姿を目指す、というように部門ごとに“ありたい姿”を考えてもらい、部門主体で実現に取り組んでもらった方がよいと方針を転換しました。

関西電力がD&I推進の旗印に掲げる「ちがいは、ちから。」へと通じますね。

野地さん

おっしゃるとおりです。「ちがいは、ちから。」には性別や年齢など属性はもちろん、意見の多様性も大切であるという思いが込められています。

関西電力のダイバーシティ&インクルージョン推進のシンボルマーク

組織風土の改善という複雑な課題に対して、柔軟かつ包括的な解決策を生み出すには、多様な背景や視点が不可欠です。発電のように安定供給を“守る”ことが収益につながる部門と、営業のように“攻める”ことが収益につながる部門とでは、求められる姿勢は異なります。

各部門がもつ多様な意見をぶつけ合うからこそ、イノベーションが生まれるのです。この組織風土改革の取り組みにも「ちがいは、ちから。」が体現されていると感じます。

関西電力の「ちがいは、ちから」を体現するダイバーシティ&インクルージョン推進の狙いを示す図

関西電力グループにおけるダイバーシティ&インクルージョン推進』をもとに弊社作成

このように部門ごとの違いを尊重し、多様な意見を活かすためには、全部門での心理的安全性の醸成が欠かせません。その推進も組織風土改革室長として注力してきました。

改革の鍵は、意見の多様性を引き出す“心理的安全性”

どのように心理的安全性の醸成に取り組んできましたか?

野地さん

組織風土改革のために定着させたい行動として「気づく、言える、行動する」を掲げました。これらの土台に心理的安全性が位置づけられています。

  • 気づく:リスクやチャンスに対する高い感度をもつ
  • 言える:心理的安全性が高く風通しが良い状態をつくる
  • 行動する:気づき、声を上げたことを踏まえ、自ら主体的に動く(受け止めて組織として対応する)

出典:組織風土改革の取組

具体的な施策としては

  • トップによる対話活動や役員向け研修
  • 他部門などへの短期間滞在
  • 女性従業員同士の交流機会創出
  • その他に呼称として「さん」の浸透

なども取り組んでいます。

また、社内アンケートをもとに「気づく、言える、行動する」の実践状況に関する指数を算定し、開示もしています。2025年度目標が実践状況70%以上に対して、2023年度実績は58%でした。

さらに大阪支社長時代から実施していた心理的安全性の研修は、全役職者に展開しました。研修では正解のない時代に対応するには多様性が必要であり、多様性を組織の力とするためには心理的安全性が必要という前提を大切に伝えています。

タイムズ紙でコラムニストを務めるマシュー・サイド氏の『多様性の科学』によると「近しい考え方しかもたない集団では解決すべき問題の全体のうちのごく一部分しか捉えられない」と、されています。一方で多様な視点があっても本質から外れた意見ばかりでは議論の収拾がつかなくなる、と。

目指すべきは問題空間*のあらゆる場所から意見や知恵が出せる「賢い集団」。そして賢い集団をつくるために必要なのが心理的安全性です。よい意見をもっていたとしても心理的安全性が担保されていなければ口に出せず、宝の持ち腐れになってしまうからです。

ただ、多様な意見を尊重し、丁寧に取り入れようとすれば、意思決定のスピードはどうしても遅くなります。緊急時は迅速な判断と指示を優先するなど場面に応じた適切な使い分けも組織運営において重要なのだと思います。

※問題空間:マシュー・サイド(2021)『多様性の科学』によると「問題解決やゴール達成に必要な洞察力、視点、経験、物事の考え方など問題解決のために有効な概念や知識を表す領域」を指す

誰もが安心して意見を言える環境づくりには何が必要でしょうか?

野地さん

研修では、まず上司に失敗談の開示を推奨しています。誰にでも“やらかしてしまった経験”はあるはずです。そうした経験を上司が先に話すと部下は「上司も失敗をするんだ」「失敗したと言っていいんだ」と感じられ発言しやすい空気が生まれます。

それから部下への問いかけにはオープンクエスチョンを活用するなど問いかけのスキルも研修で紹介し、習得を推奨しています。

お話をする野地さまの様子

研修を経て参加者からどのような声が聞かれましたか?

野地さん

支社長時代の、ある部門の課長クラスの役職の方の話が印象的でした。彼はその部門一筋でキャリアを積んできたプロフェッショナルです。「この業務について自分が一番よく知っているし、誰よりも深く考えている」と自負していました。

そんな彼が心理的安全性の研修を受けて行動を変えてくれました。会議でいつもなら自分から口出ししてしまうところをこらえ、部下たちが何を言うのか黙って聞いてみたそうです。

すると、それまで受け身だった部下たちが、次々と自分から意見を話しはじめたといいます。

彼はその理由について「部下たちはどうせ自分が決めてしまうと思っていたから発言しなかったが、傾聴する姿勢を見せたことで聞いてもらえると感じ、意見を出すようになったのでは」と分析していました。

心理的安全性の研修が、現場の意識や行動を変えるきっかけになることを示しており、私にとっても大きな学びでした。

実は、こうした取り組みは各部署でも独自に始めており、特にIT戦略室は2024年に『心理的安全性 AWARD 2024』にて『シルバーリング賞』を受賞しています。

現場の小さな声、意見の多様性から生まれる組織改革

改革においてはトップの覚悟はもちろん、現場の部下の声に耳を傾けるのも重要ですね。

野地さん

現場から上がる「小さな声」が組織に変化を生み出すことも多々あると思います。

たとえば私が大阪支社長を務めていたとき。女性従業員との懇談会で「送配電部門の訓練所には女性専用のトイレがない」という声を聞きました。私は訓練所へ行った経験がなかったので驚いたのを覚えています。支社長会議で設置を提起したら、翌年度にすぐ予算がついて女性専用トイレが設置されました。

このように従来の価値観のなかで偶然見過ごされている声は多くあると思います。だからこそ組織のために改善が必要だと思ったら、まずは声を上げられる環境が大事だと思います。

その声は他の誰かを救うアイデアにもつながります。たとえば「工具が大きすぎて女性の手では扱いづらい」という声がきっかけで小型化を検討した際「小型化したら年配の従業員にも使いやすいね」という気づきがありました。そこから実際の開発につながった事例もあります。

まさに意見の多様性から変化が生まれていますね。

野地さん

関西電力が2011年にダイバーシティ推進の専任組織を設置した際、最初の取り組みとして始まったのが「ファシリテーション研修」でした。

多様な意見を引き出し、まとめ上げていくファシリテーションのスキルをダイバーシティ推進の第一歩として実施したのです。今でも階層別研修のプログラムにファシリテーションスキルが組み込まれていて10年以上続いています。

この十数年でD&Iに対する従業員の意識はどのように変わりましたか?

野地さん

取り組みが始まった当初は「ダイバーシティ推進といえば女性活躍推進」という認識も強かったと思います。

もちろん女性の活躍がD&Iの重要なテーマであり、今も関西電力として注力しています。育児休業等を取得しながら働き続ける人、管理職としてリーダーシップを発揮する人も増えました。今の若い世代の従業員は、女性が活躍する姿を当たり前に感じられているのではないでしょうか。

このように女性活躍推進にも取り組むと同時に、昨年には、人事部長が全従業員へ向けて「なぜ今、ダイバーシティを推進するのか」を説明するメッセージを発しました。「女性に“下駄”を履かせているという声があるが、むしろ『この仕事は女性には難しいだろう』といったアンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)によっても女性から無意識のうちに機会が奪われてきたのだ」と。この不公平を是正して初めて、ようやくスタートラインが揃うという問いかけでした。

こうした「なぜダイバーシティを推進するのか」への理解促進も含め、D&I推進の取り組みが10年以上続いているのは非常に意義深いと思います。

お話をする野地さんの様子

組織と個人、多様な“ありたい姿”をつなぐ

組織風土改革において野地さんが目指したい組織を教えてください。

野地さん

現状の課題として、まずは組織や部署のありたい姿と目の前の目標や仕事の接続を強化したいと考えています。目標設定などを通じて、一人ひとりが自分の仕事と組織の目標とのつながりを実感できる状態にしたいです。

加えて、従業員のキャリアパスに対する主体性の向上や支援の促進です。特に技術系の職種ではある程度キャリアパスが固定化されがちで、それ以外の道を歩む先輩が少ないと、他に選択肢が想像できず主体性をもちにくくなってしまう側面があります。上司が部下のキャリア志向をしっかりと聞き、向き合うのはもちろん、会社としても多様なキャリアの選択肢やロールモデルを積極的に伝えていく必要があると感じています。

目指したいのは、従業員一人ひとりが自身のキャリアを前向きに描き、それぞれの多様な個性が尊重される組織です。「ちがいは、ちから。」という理念をさらに高いレベルで実現したいです。

 組織風土改革に終わりはありません。これからも全役職員が「気づく、言える、行動する」を自然に実践できる組織を目指し、粘り強く取り組みを推進していきます。

(文/藤森ユウワ、取材・編集協力/高柳真希、写真/其田有輝也)

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