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管理職育成の罰ゲーム化を攻略する鍵。「健全なえこひいき」とは

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近年、話題を呼んでいる管理職の「罰ゲーム化」。解決に必要な取り組みの1つが、管理職候補を早期に選抜し、計画的に育成する「健全なえこひいき」です。今回は『罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法』の著者であり、パーソル総合研究所の上席主任研究員の小林祐児さんに、その定義や重要性、実践のポイントを聞きました。

小林祐児さん 

パーソル総合研究所上席主任研究員

上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。専門分野は人的資源管理論・理論社会学。著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)、『残業学』(光文社)『転職学』(KADOKAWA)など多数。パーソル総合研究所(https://rc.persol-group.co.jp/

近年、日本企業における管理職の立場が大きく変化しています。プレイングマネジャーの増加、賃金の低下、部下育成の複雑化など、管理職を取り巻く環境は厳しさを増す一方。その結果、後継者不足やイノベーションの停滞、さらには管理職自身の心身の状態悪化など、さまざまな課題が浮き彫りになっています。

こうした状況を定量的なデータをもとに分析、解決策のヒントを示して話題を呼んだのが、パーソル総研の小林祐児さん著『罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法』です。

本著のなかで、罰ゲーム化を防ぐアプローチの1つに挙げられたのが、昇進構造や選抜の仕組みそのものを見直す「キャリアアプローチ」。なかでも「次世代のリーダー候補の早期絞り込みや少数向けの特別な育成やトレーニングの計画的な実施」いわゆる「健全なえこひいき」の必要性が指摘されています。

管理職に課題を感じている企業において「根本的なものである一方、あまり検討されづらい」というキャリアアプローチや健全なえこひいき。小林さんに重要性や実践のポイント、陥りがちな罠を避けるための考え方を聞きました。

管理職不足問題の根っこにある「不健全な平等主義」

はじめに、キャリアアプローチや健全なえこひいきについて教えてください。

キャリアアプローチとは、組織における管理職育成の課題を解決するため、昇進構造や選抜の仕組みそのものを見直すアプローチです。罰ゲーム化をただ「緩和」させるだけでは、次世代リーダーは育ちにくい。「育てる人を早期に見極めて、きちんと機会を与える」考え方です。一方で、これは研修やトレーニングを公平に全員に行ってスキルアップを目指す「筋トレ発想」から脱却し、より根本的なキャリア構造の改革を目指すものです。

具体的には、大きく以下2つに取り組みます。

  • 「次世代リーダー育成」の候補層の早期絞り込み、少数向けの特別な育成やトレーニングを計画的に実施​
  • それ以外の管理職に対しては、広いジョブ・ローテーションを廃止、キャリアの職域を限定的にし、一定の専門領域でのポータブル・スキルを蓄積できるトレーニングを実施

前者では、優秀な若手を早期に見出し、特別な教育機会を与え、将来の経営人材を確実に育てる、いわゆる「健全なえこひいき」を実施します。後者では職務範囲を限定し、その分野のプロフェッショナルとしての管理職を育てていきます。

これまでの「全員を同じように扱う」平等主義的なやり方を脱却し、能力や適性、志向に合わせた育成の仕組みをつくるアプローチです。

(引用)小林祐児(2024)『罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法』 (集英社インターナショナル)

なぜ、管理職の罰ゲーム化を解消するうえで、キャリアアプローチや健全なえこひいきが必要なのでしょうか?

小林さん

「管理職が育たない」「管理職に上がりたがる人材がいない」といった課題の大きな原因として、日本企業に蔓延する「不健全な平等主義」的な思想があるからです。

不健全な平等主義が機能する組織では、「オプト・イン(≒なりたい人が管理職のコースに選ばれる権利をもつ)」ではなく、「オプト・アウト(≒全員が管理職のコースに組み込まれ、そこから離脱するのに意思表示が必要)」の人事システムになります。

こうしたある意味「公平」な仕組みでは、諸外国よりも10年ほど選抜期間が長くなっています。すると、女性は管理職選抜の時期よりも出産などのライフイベントが先行し、育児期間がまるまるキャリアにとっての不利になるため、出世したいという希望が育ちません。その一方で、管理職をもともと希望していなくても、結婚した男性側は「覚悟」を決め始めます。

こうした「遅い選抜」が女性活躍を妨げていることは、先行研究や我々の研究でも頑強に示されている事実です。

不健全な平等主義が「いつの間にか管理職プールに男性しかいない」という歪(いびつ)な状況を生み出しているのですね。

小林さん

さらに不健全な平等主義の組織では、大きく3つの課題が起きやすくなります。

まずは「育成計画の不在」です。管理職は高度な専門スキルと相応の実務経験が必要なポジションです。そもそも計画的に育成しようとしなければ、優れた担い手が自然と増えることはないと考えるべきです。日本は、現場を放置しておけば自然に優秀な人材が育つ・目立ってくると思い込んでしまっているのです。

次に挙げられるのは「範囲が広すぎるジョブ・ローテーション」。多くの企業は事業の都合で、無計画に人材のポジションを動かしすぎています。経営層候補でもない人材が穴埋め的にまったく経験のない部署の部長・課長ポストに任命されます。そんな状況下では、特定の専門性は育ちません。

加えて「長すぎる選抜期間」が足かせになります。課長ポジションでその上には上がれないことを認識するころには、40歳を超え、転職もしにくければ、専門性も育っていない。結果的に「働かないおじさん」などと揶揄されるようなベテラン層が増える結果を生みます。

そして、こうした課題を抱えていても「自分たちが世界的に見れば極めて平等主義的である」という自覚がない人事・経営が多いのも大きな問題だと認識しています。

「健全なえこひいき」と「属人的なえこひいき」の違いって?

「健全なえこひいき」を組織内で成り立たせるには、どんな条件が必要になってくるのでしょうか?

小林さん

3つの重要な要素があります。まず1つ目は「早期であること」。選抜時期は、特に女性の活躍推進を推し進めていきたいのであれば、20代後半までの取り組みが不可欠です。先ほど言ったような結婚・出産というライフイベントが、就業意識の男女差がでる分岐点だからです。

2つ目は「育成であること」。管理職育成とは、単なる“役職への登用”によって、自然と達成されるものではありません。ポストの空き状況は組織状況によって異なりますが、優秀な若手から継続的に管理職を担える人材を育成していく機会が重要なのです。

3つ目は「計画的であること」。単なる思いつきではなく、組織的かつ戦略的に練られた人事計画に則った選抜・育成の実行が求められます。こういった施策が思いつきのように見えてしまうと、「属人的なえこひいき」として反感を買いやすくなってしまいます。

「健全なえこひいき」を組織内で成り立たせる条件について本文中の内容をまとめた図

「健全なえこひいき」と「属人的なえこひいき」の差は、どのようなポイントに出てくるのでしょうか?

小林さん

最大の違いは、選抜基準の透明性にあります。どのような基準で人材を選んだかを、可能な限りオープンに共有することが大切です。こうした情報を開示することは「この基準をクリアすれば、まだチャンスがあるかもしれない」という希望につながるので、選ばれなかった人へのケアとしても機能します。人材ポリシーや等級・役職要件がクリアに明文化されていれば、そうしたことも容易になります。

ただし、組織の性質によっては慎重に開示する情報を調整するべきケースもあります。たとえば老舗企業などで、新しい選抜方法に強い反発が予想される場合は、どんな基準を示しても火に油を注ぐような状況になり得るので、戦略的に隠すことも必要になってくるでしょう。

「選ばれなかった人」へのマネジメント、どうしたらよい?

先ほど、「選ばれなかった人へのケア」という言葉が出てきました。管理職の早期選抜を実施するにあたって「選ばれなかった人へのマネジメントをどうしたらよいか?」と心配する声は、一定数出てきそうです。

小林さん

そういう悩みは、私も人事担当者からよく聞かれるポイントです。懸念は理解できるものの、厳しい言い方にはなりますが、それは近視眼的な発想だといえるでしょう。

まず第一に、女性はこれまでずっと「選ばれなかった人」でした。男性が選ばれないようになるときだけ、そのケアを気にし始めるのは、認知が歪みすぎています。女性が家庭を選んでいくのは「個人の自由な選択」のように見えるからでしょう。まさに先ほど言った構造的な「オプト・アウト」のキャリア構造が理解されていません。

また、「選ばれなかった人へのケア」に過度に気を取られると、組織にとって不可欠なはずの「選んで育成する」という健全なえこひいきに踏み込めなくなります。日本の人事には、明確な意思決定を避け、自然と優秀な人材を選びたがる傾向があると感じます。しかし、重要なのは「誰を後継者として育てるかを明確に意思決定すること」です。現状の管理職不足に課題を感じているのであれば、そこは気にしすぎないことが重要なのです。

経営層や現場に、「健全なえこひいき」の必要性をどう伝えたらよいのでしょうか?

小林さん

経営層には「次世代リーダーが育っていない」という点を伝えましょう。経営層自身がそう感じていることも多いので、議論は比較的進みやすい話題です。「このままでは近い将来、組織の担い手がいなくなって事業が立ち行かなくなりますよ」という危機感を明確に伝えます。

現場に対しては「計画的に選抜・育成してことで、期待している若手の流出を防ぎ、次の管理職候補のプールを充実させる」という実務的なメリットを打ち出します。組織全体にとって有益なアプローチであることを双方に説明するとよいでしょう。

「健全なえこひいき」の必要性の伝え方を本文の内容についてまとめた図

それでもなお、「選ばれなかった人へのケア」について懸念があがるでしょう。そんな時には、先ほど提案したキャリアアプローチの2つ目「スペシャリスト型管理職の育成」を解決策として提示できるとよいかもしれません。

管理職コース以外の社員に対して、30代から特定領域のスペシャリスト寄りのキャリアパスを用意することは、「出世コースに乗らなくても専門性を高めるという先の道がある」というモチベーションにつながります

市場でも高く評価される専門性のある社員を育てることは、会社と社員双方に大きなメリットがあります。この転換は40代になってからでは遅いので、やはり早期から分岐のルートを示しておくことが重要です。

次世代リーダーの選抜育成、どう進めていったらよい?

「えこひいき型」の選抜育成は、具体的にどのようなフローで進めるべきでしょうか?

小林さん

まずは各部署で「リーダーの見込みがある」と判断した幹部候補者のリストを、対象者が20代のうちに作成することから始めます。そして、その候補者たちに選抜的な教育訓練の機会を提供します。具体的には、年間で数人から数十人程度を「若手向けの特別研修」という形で召集し、定例的に育成カリキュラムを組んでいくとよいでしょう。

選別するときの基準は、どの程度明確に具体化すべきですか?

小林さん

企業によって状況は異なるので、具体的な言及は難しいところですが、基本的には「抽象的でありながら一定の基準を設ける」という方針が有効です。

というのも、現場から出てくるリーダー候補者は、大抵なんらかの「数字」を上げている人間になりがちです。しかし、現場で輝く「ハイパフォーマー」と管理職適性のある「リーダー候補」が完全に一致するとは限らないんですよね。

「じゃあどういう適性があればよいの?」となるのですが、それについてきちんと測れる客観的な尺度があるわけではありません。なので、職群ごとに“挑戦する姿勢”とか“人間的な成長力”といった粒度の抽象度で、選抜の方向性に一定の遊びをもたせておくとよいと思います。いくらアセスメントツールが発達しても、人が未来に発揮する能力を正確に測定することはできませんので。

リーダー教育の手法として、小林さんが注目している事例はありますか?

小林さん

基本的な教育カリキュラムはすでに実践のなかで確立されているものがあるので、各社での実施内容はある程度共通しています。最近新しい潮流として注目しているのは「クロスカンパニー・メンタリング」です。

クロスカンパニーメンタリングとは、異なる企業間で次世代リーダー候補生とメンターをマッチングし、相互に学び合う仕組みです。2023年に経済産業省が主催した「女性リーダー確保のためのクロスカンパニーメンタリングの実施環境整備に向けた課題調査事業」では、実際に参加者のキャリア意欲が顕著に向上したという成果も出ているので、今後こうした取り組みは増えていくのではと思っています。

(参考)女性リーダー確保のためのクロスカンパニーメンタリングの実施環境整備に向けた課題調査事業

「選ばれた」という実感が、人の成長をブーストさせる

ここまでのお話を踏まえながら、最後にあらためて、これから組織内で「健全なえこひいき」を推し進めていくために、忘れてはいけないポイントを教えてください。

小林さん

実は、健全なえこひいきの効果として最も重要なのは「選ばれた感」です。先ほども言及したとおり、現状は「選ばれなかった人へのケア」を考えすぎて、肝心の「選ぶこと、選んだ人」へのリソース投入が不十分な組織がほとんどです。リーダー候補である社員に対して、「最終的には君が選んでくださいね」と機会を一方的に投げるのではなく、「あなたを選びました!期待しています!しっかり育てます!」という明確な意思表示をしてあげましょう。そうして期待をかけることが、リーダーとしての成長を促します。

他方で「選ばれなかった人」が永続的に選択肢から外れるわけではない、という可能性も合わせて伝えておきたいです。大事なのは「オプトアウト」ではなく、「オプトイン」であること。意欲さえあれば年齢に関係なくチャンスが得られる仕組みを整えていくことで、すこやかに「健全なえこひいき」が機能する組織に近づいていくでしょう。

(執筆:西山 武志)

(執筆:西山 武志)

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