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ダイナミックケイパビリティ(企業変革力)を促す人材マネジメント

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今回は、afterコロナ時代に思いを馳せてみたいと思います。

日本政府は、現在「Society5.0」というコンセプトを提唱しています。「サイバー空間とフィジカル空間の融合」という手段と、「人間中心の社会」という価値観でICTを最大限活用して社会課題を解決し、国民一人ひとりの多様な幸せ(well-being;ウェルビーイング)を実現していく、というものです。

このコンセプトを実現させるために2021年4月に「科学技術・イノベーション基本法」を改正し、イノベーションの創出を目指しています。このコンセプトは、デジタルトランスフォーメーション(以下DX)により実現する未来像とも一致しており、Society5.0の実現のイノベーションは、DXの実現と言ってもよいと思います。

このイノベーションを具現化するのに必要な能力が「ダイナミック・ケイパビリティ」と言われています。今回は、「ダイナミック・ケイパビリティ」を持つ人材の素質や育成に関して話を進めてきたいと思います。

ダイナミック・ケイパビリティについて

イノベーションを具現化する力「ダイナミック・ケイパビリティ」

Society5.0を実現する人材とは、DXでイノベーションを起こす能力が求められます。イノベーションにまつわる代表的な研究として、以下が挙げられます。

  • 野中郁次郎教授の「知識創造」研究
  • クレイトン・クリステンセン教授の「イノベーションのジレンマ」研究
  • ヘンリー・チェスブロウ教授の「オープン・イノベーション」研究

これらの研究を私なりに解釈すると以下のようになります。

■(前提)イノベーションが起こりにくい企業の状況

企業は成功していれば成功しているほどイノベーションのジレンマに陥っていて、イノベーションを起こしにくい。

■イノベーションを起こす流れ

このジレンマを打破するために、企業の境界を超えて場をつくる

場の参加者それぞれが、暗黙知(技術やアイデア)を話し合いによって流動させ、お互いを刺激し合いながら形式知としてコンセプトを明確化していく

明確化されたコンセプトを具体化するために知識の体系化を行う

場の参加者の暗黙知が高まり、イノベーションへのモチベーションを高める

体系化された知識を使ってそれぞれの役割を果たしてイノベーションを具現化する

しかし、これらの研究ではまだイノベーションの具現化をどのように進めていけばよいのかが不明確です。これを埋める能力の研究が、デイビット・ティース教授が展開している「ダイナミック・ケイパビリティ」研究だと考えられます。

このダイナミック・ケイパビリティは、「変化対応的な自己変革能力」と訳されます。具体的には、外部環境の変化を感知しつつ新ビジネスの機会を見出し、企業内の様々な既存の経営資源(既存の知識、人材、資産など)を再構成する、そしてそれらを相互に組み合わせることで持続的な競争優位性をつくり上げる能力です。

そして、必要とあれば、他企業の資産や知識も巻き込んでいくことができます。自身・自社の既知の範囲を越えて、遠くに認知を拡げていこうとする「知の探索」により、進化適合力を高めることにつながります。

このダイナミック・ケイパビリティと対になる能力が、「オーディナリー・ケイパビリティ」と呼ばれるものです。こちらは、与えられた経営資源を利益最大化のために徹底的に効率化(コスト削減/行動効率化)していく能力です。自身・自社の持つ一定分野の知を継続して深堀りし、磨きこんでいくことで「知を深化」させ、技術適合力を高めることにつながります。

イノベーションを具現化する力「ダイナミック・ケイパビリティ」

ダイナミック・ケイパビリティとオーディナリー・ケイパビリティは、組織の能力として捉えられることが多いですが、その組織にいる人材が持つべき能力として考えることが必要です。

従来のような、環境が比較的安定的で順次変化していけばよい世界では、ダイナミック・ケイパビリティとオーディナリー・ケイパビリティこれら2つの能力を、企業の成長ステージによって使い分ければ問題がありませんでした。しかし次代においては、オライリー教授によって『両利きの経営』で提言されているように、2つの能力を同時に使うことが求められています

「ダイナミック・ケイパビリティ」を構成する3つの要素

ここでダイナミック・ケイパビリティの3つの要素である「感知」・「捕捉」・「変容」についてより詳しく見ていきたいと思います。

一つ目は「感知」です。これは、事業が直面する変化や機会、脅威(技術、消費者行動、政府の規制における潜在的変化)などから企業の競争的状況を把握する能力です。この能力をさらに分解すると、問題を発見するスキル、情報を収集するスキル、情報から本質を理解するスキルに分けられます。

二つ目は「捕捉」です。これは、感知した機会を活かしつつ、脅威をかわすように、必要に応じて既存の事業や資源、知識を大胆に再構成する能力です。この能力をさらに分解すると、本質からビジネス機会を発見してコンセプト化するスキル、そのコンセプトの具現化のための構想を立案するスキルに分けられます。

最後は「変容」です。これは、持続的な競争優位性を維持するために、企業内外の資産や知識などをアイデア実現のために合理的かつ効果的に活用し、ビジネス・エコシステムを形成する能力です。この能力をさらに分解すると、ステークホルダーを巻き込むコミュニケーションスキル、そのステークホルダーとコラボレーション(チームワーク)するスキル、実現するまで粘り強く経験学習するスキルに分けられます。

3つの要素が、ダイナミック・ケイパビリティを構成

これら3つの要素が、ダイナミック・ケイパビリティを構成しています。

変革力を持ちやすい企業の特徴

世界を席巻した日本企業に学ぶ、ダイナミック・ケイパビリティを持つための企業文化

ここでは、ダイナミック・ケイパビリティを持つ企業について考えます。

皆さんは、スティーブ・ジョブズが憧れ、孫正義を見出した伝説の日本人エンジニア 佐々木正さんをご存知でしょうか。佐々木正さんは、戦後のデジタル産業の黎明期、シャープの技術トップとして半導体開発競争を仕掛け、世界の最先端を突っ走りました。

代表的な製品は、電子レンジ、電卓、液晶、太陽電池です。特に電卓においては、シャープが1964年に初のオールトランジスタ電卓を発売してからわずか13年で、電卓の重さを384分の1、価格を63分の1にしました。松下電器もソニーも途中で降りてしまった電卓戦争でカシオともに佐々木正さんのシャープがやり切れた理由は、覚悟を持って次から次へと新機軸を打ち出し、技術開発と企画の両輪を回し続けたからです。

さらに佐々木正さんは、その裏側の半導体開発でアポロ計画にも影響を与えていました。そのような佐々木正さんの信条は、“共創”でした。その精神は以下となります。

■佐々木正さんの共創精神

  • 異質なものでも工夫すれば接ぐことができて、そこから新しい価値を産み出せる
  • わからなければ聞けばよい、聞かれたら教えればよい
  • 先人の功績を活用して新しいアイデアを発想し、他者と連携して一緒に開発していく
  • 常識に囚われずに現実の捉え方を違う視点で見ることでリフレームして行動しながら構想していく
  • 「技術は人類の進歩のためにある」といった企業の枠を超えた大義をもって行動する

上記の精神から佐々木正さんは、ダイナミック・ケイパビリティを持った人材だったと考えらえます。

そして、その佐々木正さんのような人材を活かせたシャープやソニーなど1980年代までに世界を席巻した企業には、以下の企業文化が共通しています。

  1. 常に正常な危機感を持たせて不安定な状態を自ら創りながら、社会をよりより方向に導こうというミッションを社員に意識させ、行動させている
  2. 常識に囚われずに新しいことに挑戦する共通のビジョンを掲げて、チームとその構想をチームメンバー全員で創っていく(常識を疑い、顧客の潜在ニーズにチーム全員で目を向けていく)
  3. 価値観の多様性を認め、異質な人材を排除せずに適所適材で活用していく
  4. 新しいことへの考え抜いた挑戦を奨励し、その中での失敗を許容し、そこからの学習を次に活用するマネジメントを行っている
  5. 企業の枠を超えて議論して知識を創造する場を作っている

このような「トライ&エラー、そしてラーニング」の企業文化が、従来以上に重要になってきます。

もともと日本企業はダイナミック・ケイパビリティのポテンシャルが高い

日本で行われていた「新製品開発のプロセス」をNASA等のアメリカ型のそれと比較して論じた1986年発表の竹内弘高氏・野中郁次郎氏の論文「The New New Product Development Games」から、当時アメリカを圧倒していた日本のイノベーションチームの特徴を見てみたいと思います。

論文の主旨は、「他社に負けない新製品開発というスピードと発想の柔軟さが求められる場面では、技術だけではなく幅広い様々な専門性を持った人がチームを組み、開発の最初から最後まで役割を変えながら一緒に働く。

人とチームを重視し、自律的に動ける環境を与えることでブレークスルーが起こりやすくなり、同時に競争に勝てる製品の発売までの時間が短くなる」というものでした。そのチームの特徴は、以下となります。

  • 不安定な状態を保つ
  • プロジェクトチームは自ら組織化(構想化)する
  • 開発フェーズを重複させる
  • マルチ学習
  • 柔らかなマネジメント
  • 学びを組織で共有する

これらの特徴は、ダイナミック・ケイパビリティ人材を活かせる企業文化に似ていると考えれます。この論文は、当時の成功している日本企業を分析していることから、1986年までは、ダイナミック・ケイパビリティ人材を活かせる企業文化を持っていたということです。

これが、日本企業は、ダイナミック・ケイパビリティのポテンシャルが高いと言われる所以です。

ダイナミック・ケイパビリティのスキル化・次世代リーダー育成

企業に『ダイナミック・ケイパビリティ』をもたらす人材をどう育てるのか

このような人材の育成方法について考えていきましょう。

企業の中で全員にダイナミック・ケイパビリティに関するスキルを身に着けさせる必要はありません。なぜならば、これからは、ダイナミック・ケイパビリティとオーディナリー・ケイパビリティの両利きで経営する必要があるからです。

両方のケイパビリティを持った人材を育てたいところですが、ヒトの特性上、両立することは大変難しいことです。よって以下のように育成をしていくことを提案します。

■『ダイナミック・ケイパビリティ』を持つ人材育成

全社員向けに定期的にダイナミック・ケイパビリティと『オーディナリー・ケイパビリティ』に関する知識をインプットする機会をつくる

対象層から人材を選抜し、ダイナミック・ケイパビリティが必要になる新しいプロジェクトを創って担当させる。ただしテーマは、いつも業務、いつもの人間関係、いつもの場所、といういつもの境界を越えた思考と行動が必要になるものに設定する。

プロジェクトメンバーに定期的に行動の結果(成功・失敗)から経験学習を行い、新しい知識を産み出させる(ここがダイナミック・ケイパビリティの育成の肝となります)

新しいプロジェクトから産み出された知識とそのプロセスを全社員に共有し、両利きの経営ができる企業文化を構築していく(企業文化が出来れば、その組織に入った人材は、OJTでダイナミック・ケイパビリティを身に着けていくことになります)

ダイナミック・ケイパビリティは、経験学習と越境的学習を設計し、対象者が自分で経験しないと身に着けることができない能力なので、このようなプロセスを踏むことが重要となります。

まとめ

Society5.0をDXで実現していくことがこれからの企業に求められています。そして、それを推進するための能力が、ダイナミック・ケイパビリティです。

このダイナミック・ケイパビリティは、一朝一夕で身に着けることができませんので、経営戦略と人事戦略をリンクさせながら、自社に必要な人材にダイナミック・ケイパビリティを身に着けさせる機会を戦略的に作っていってください。それが、これからの企業成長を決めるカギとなります。

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