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“人”を削り、管理する発想から脱せよ。カゴメ流人的資本経営

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SmartHRでは経営層の方々を対象に、ゲストスピーカーを招いた講演と情報交換の場を提供する少人数制のオフライン交流会を開催しています。

今回は、カゴメ株式会社の常務執行役員の有沢正人氏を迎え、全3回のイベントを開催。初回は「人的資本経営」をテーマに講演いただきました。カゴメの人事制度改革を牽引してきた有沢氏が語る人的資本経営の本質とポイントをお届けします。

有沢 正人 氏

カゴメ株式会社 常務執行役員、カゴメアクシス株式会社 代表取締役社長

1984年に新卒で協和銀行(現・りそな銀行)に入行し人事、経営企画を担当後、2004年にHOYA、08年にAIU保険(現・AIG損保)とそれぞれ人事責任者として人事制度改革(グローバルな職務等級制度の導入など)を行う。18年よりカゴメのCHOとして人事制度改革を推進。23年10月よりカゴメ株式会社常務執行役員、カゴメアクシス株式会社代表取締役社長 兼 経営管理部長に就任。

人的資本経営の本質は、引き抜かれるくらい優秀な人材育成

2020年に『人材版伊藤レポート』が公開され、人的資本経営という言葉が広まりました。既存の考え方との決定的な違いは何だったのでしょうか。

それは人材を「資産」ではなく「資本」と捉えることです。資産で捉える限り、人材にかかる費用は人件費という「コスト」です。しかし資本で捉えるなら、人材にかける費用は「投資」になります。この考えを徹底するため、カゴメでは会議でも「人件費」ではなく「人材投資」と呼ぶよう徹底しています。

人的資本経営を端的に言葉で表すなら「人材育成」だと捉えています。人材育成とは、従業員の市場価値を高めること。どの会社でも通用する、他社から引き抜かれるくらいの人材を育てることが目標です。よく「我が社は引き抜きが多い」と嘆く方がいますが、むしろ喜ぶべきでしょう。それだけ優秀な人材を育てられた証拠ですから。

従業員のエンゲージメント向上につながる3つの要件

人材育成には従業員の挑戦が重要です。そこで人的資本経営について詳しく触れる前に「人が挑戦するために必要な3つの要件」についてお話します。

1つ目は「心理的安全性」。次につながる失敗であれば「ナイストライ」と評価する環境が必要です。たとえばカゴメでは商品企画会議で売れそうにない商品案が出ても、案を通すことがあります。なぜならお客様に受け入れられなかったとしても、貴重な検証結果が得られるからです。

2つ目は「モチベーション」。他者に命令されるのではなく、自分自身でやりたいと思って、意思決定してもらうことが重要になります。

3つ目が「コミットメント」。自らやったことの結果に対して責任をもつことです。

3つの要素が揃ってサイクルが回ってはじめて、従業員のエンゲージメントは向上します。エンゲージメントが向上すると、組織に変革が起こり、新しいカルチャーが生まれます。新しいカルチャーのなかで人材を育成していくことが、人的資本経営の実現の第一歩になるのです。

サイクルを回すには「多様性」も重要な概念です。さまざまな価値観の人材が集まる状態でこそ健全な衝突が生まれ、イノベーションにつながります。カゴメでも、私が入社してから採用担当者が「カゴメっぽい」と定義する社員だけではなく、個性的な人材を採用するよう取り組んできました。

壇上でお話する有沢さんのご様子

人は資産ではなく資本。人的資本経営推進の3つの文脈

人的資本経営を推進するうえでは、3つの重要な文脈があると考えています。

1つ目は「コーポレートガバナンス」の文脈です。経営会議で人材に関する議論を継続的に実施し、ガバナンスを効かせなければいけません。社長の一声で重要なポストが決まる、明確な基準がなく選抜されるといった状況は避ける必要があります。

たとえばカゴメでは、報酬指名諮問委員会を設置し、人事戦略や人的資本、人事制度、タレントマネジメント、サクセッションプランなどを議論します。委員会の構成は、社長とCHO、4名の社外委員です。社外委員がダメと言えば、執行役員の昇進・昇格、取締役への就任、異動さえも組めません。これがガバナンスの効いた状態です。

2つ目は「持続的企業価値創造」の文脈です。現代の企業価値を決定する主な要因は「人材」という無形資産です。在庫や貯蔵品といった「有形資産」ではありません。日本企業の企業価値低下の一因は、無形資産である人的資本を扱う人材戦略の軽視にあります。経営戦略と結びついた人材戦略が必要です。

人事戦略と経営戦略は別々ではなく、並列で存在します。事業戦略、人材戦略、経営戦略の3つが相互に絡み合って、会社全体の戦略になるべきです。

3つ目は「投資家目線」の文脈です。近年、投資家は人事・人材戦略に注目しています。先進的な企業では、投資家とCHROが直接対話するケースも増えています。「人材育成のKPIを何に求めるか」といった議論が重要になっているのです。

カゴメでも、IRの場で人的資本に関する質問が増えていますし、私自身が答えるようにしています。人事が投資家と話さない、話せないのは“アウト”とすら思っています。

壇上でお話する有沢さんのご様子

こうした文脈を踏まえ、人的資本経営を進めていくことが重要です。とくにコーポレートガバナンスの文脈を重視するのは、上場企業の企業統治のガイドラインであるコーポレートガバナンス・コードに「CEOの後継者計画が適切に策定・運用され、後継者候補の育成(必要に応じ、社外の人材を選定することも含む)が、十分な時間と資源をかけて計画的に行われているか」と明記されており、必達事項であるためです。つまり人的資本経営は、「コーポレートガバナンスコード遵守のためのフレームワーク」と捉えるとよいのではないでしょうか。

人を“頭数”で捉えてないか。人材戦略と経営戦略が連動できない理由

人的資本経営においては「人材戦略と経営戦略の連動」が重要ですが、多くの企業で難航している現実があります。背景には複数の要因があると考えています。

1つ目は、日本企業の人材の捉え方です。多くの日本企業はメンバーシップ型雇用を採用しています。職能資格制度や年功序列、終身雇用といった日本型の雇用システムです。もちろんシステム自体が全面的に悪いと言っているわけではありませんが、システムのもとで人材をどう見てきたかに問題があると考えています。

多くの日本企業では、人材を「頭数」つまりヘッドカウントでしか考えてきませんでした。「部署Aの適正人員は4人だからあと1人採用が必要」といった考え方です。こういった見方では個々の人材の能力や個性はあまり考慮されません。

また「人材管理」という言葉が示すとおり、人材を効率的に管理する対象として捉えてきました。新事業を始めるとき「どこかの部署に余っている人材がいないか」とか「営業なら営業に戻せばいいだろう」といった発想で人材を動かしてきたわけです。

ですが「将来この人にどういう経験を積み、どういうポジションで活躍してもらうのか」といった発想がなければ、将来の経営戦略と人事戦略を連動させるのは難しいでしょう。

2つ目に、組織の縦割り構造も問題です。特に製造業に多いのですが、生産・営業・開発といった部門ごとの壁が厚くて人材の流動性が低い。これでは会社全体として最適な人材配置は難しくなります。

関連して、経営企画部門と人事部門のコミュニケーションも不足しています。経営企画が勝手に戦略を立案し、人事部門は戦略にあわせて人を動かすだけ。こんな状態では人材戦略と経営戦略が噛み合うはずがありません。

最後に、CEOとCHROのコミュニケーション不足も大きな問題です。「人事のことは人事部門に任せておけばよい」と考えている経営者はまだまだ多い現実があります。

人材を見える化し、“感性にもとづく楽観主義”を脱せよ 

こういった難しさを踏まえ、人的資本経営を推進するにはどのような考え方が必要なのでしょうか。

まず大事なのは、繰り返しになりますが、人材を「資源」ではなく「資本」として捉えることです。人的資源管理から人的資本経営への転換です。人を単なる労働力ではなく、価値を生み出す源泉として捉えなければいけません。

そのためには、人材の見える化も必要です。ここでHRテックの活用が重要になってきます。どこにどういう人材がいて、どういうスキルをもっているのかをデータで把握できるようにするのです。経営戦略に対して、今の人材の状況はどうか、どういったギャップがあるのかを定量的に把握できないと、戦略的な人材活用は難しいでしょう。社長が感覚的に「今の人材は“いまひとつ”だよね」というような議論からは脱しなければいけません。

加えて、タレントマネジメントの考え方も重要です。個々の社員の能力や適性を把握し、それを最大限に活かす配置や育成を実施することです。多くの日本企業には、これまで「感性にもとづく楽観主義」がありました。何となく仕事をして、何となく昇進して、何となく定年を迎える。こういった雰囲気が蔓延していたのではないでしょうか。

でも、これからの時代はそうはいきません。とくに問題なのは降格・降職の運用がない人事体系です。これがあると、社員のモチベーションが下がり、最悪の場合、ハラスメントなどの問題行動につながります。

だからといって、単に厳しくすればいいというものでもありません。大事なのは、会社と社員の関係を「選ぶ・選ばれる関係」に変えていくこと。社員が自立的にキャリアを築き、会社はそれをサポートするといった関係性の構築です。

有沢さんとお話を聞く参加者の様子

削る発想から増やす発想へ。人的資本マネジメントの要諦

人的資本経営において大切なのは「エフィシエント(効率)」ではなく「エフェクティブ(効果)」の重視です。効率を追求するだけではなく、どれだけ効果的に価値を生み出せるかを考える。人を効率的に管理するのではなく、個々の社員の潜在力と特性を見出すことが大切です。

そして、「ファーストペンギン」の奨励も重要です。ファーストペンギンとは、勇気をもって、集団のなかで一番先に氷から海へ飛び込むペンギンです。つまり、新しいことにチャレンジする人を評価し、応援する。そういった組織文化をつくることが人的資本経営には欠かせないのです。

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