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鍵は“自律型人材育成”と“キャリアエージェント”にあり。サイバーエージェント流「人的資本経営」実践術

公開日

この記事でわかること

  • 適材適所の実現に向けたエンゲージメントサーベイ活用法
  • カルチャーの維持と各種施策をやり切るためのポイント
  • 自律型人材を育成する注意点と具体的施策
目次

エンゲージメントサーベイで87%の社員が「働きがいがある」と回答するなど、社内外から「選ばれる会社」として注目を集めている株式会社サイバーエージェント。早くから人的資本経営に取り組み、実施しているさまざまな人事施策は、多くの企業からも注目されています。

同社が多くの人材から選ばれる理由を探るため、「自律人材を育てるポイントとエンゲージメントサーベイの活用」について、同社の専務執行役員・石田 裕子さんに伺いました。

石田 裕子さん

株式会社サイバーエージェント 専務執行役員

2004年に新卒入社後、広告事業部門で営業局長、営業統括を歴任。2013年から2社の100%子会社代表取締役社長を務めたのち、2020年10月に株式会社サイバーエージェントの専務執行役員に就任。人事管轄採用戦略本部長も兼任している。

人材戦略の立案・実行の基点は「エンゲージメントサーベイ」

人的資本経営推進の鍵になるのは、経営戦略と結びついた人事戦略にもとづいた施策の実施だと思います。御社の取り組みでとくに効果がある施策は何でしょうか。

石田さん

1つの施策だけですべてが解決するとか、これに取り組めば経営戦略と人材戦略が連動して、ストーリーのある合致したアクションを実行できるわけではありません。

人的資本経営の推進は、細かい施策の積み重ねによって、大きな成果が生まれます。そのなかで1つ挙げるとすれば、月次報告の略である「GEPPO」という、エンゲージメントサーベイの役割が大きいと感じています。

エンゲージメントサーベイ運用のポイントと注意点をお教えください。

石田さん

ポイントの1つは、社員のコンディションを的確に月次で把握しておくことです。月報という形で社員アンケートを実施し、コンディションを定期的、かつ定量的に追っています。また、以下のような内容についてもすべてデータベースに取り込んでいます。

  • 業務を進めるうえで困っていること
  • 感じている経営課題
  • 成果を出すために障害になっていること
  • 今後チャレンジしていきたい領域
  • 自分の強み

たとえば社員情報については、コンディションを毎月の推移で追っていくだけではありません。「リスキリングによって新しい能力を身につけた」「具体的にチャレンジしたい内容」まで、網羅的に社員の情報を多面的に把握しています。これが適材適所に効いています。

社内ヘッドハンター「キャリアエージェント」が適材適所を実現

エンゲージメントサーベイ運用は、「キャリアエージェント」というポジションが鍵を握っていると思います。「キャリアエージェント」の役割についてお教えください。

石田さん

エンゲージメントサーベイを運営しているのが、キャリアエージェントの部署です。社内ヘッドハンターといわれていますが、フラットに部署も利害関係もなく、一人ひとりの社員のキャリアに寄り添って、適切なポジションや機会を提供しています。また、キャリアエージェントは、サーベイを介して社員一人ひとりの悩みや課題感を吸い上げて、改善していくアクションまで介入していきます。

キャリアエージェントは、サーベイを介して社員一人ひとりの悩みや課題感を吸い上げて、改善していくアクションまで介入している。

石田さん

社内ヘッドハンターというと、社内の人材をスカウトして他部署への異動を促すように見えてしまうかもしれません。しかしキャリアエージェントの特徴は、社員が抱えている課題に個別に介入していったり、細かく意見や要望を吸い上げたりして、強みや課題も含めた網羅的な情報の蓄積と、適切なポジションの提供にあります。

2010年にキャリアエージェントを発足してから、現在では5名の体制を敷いています。決して多い人数ではありませんが、社員の声に一つひとつ回答するなど丁寧に運用を積み重ねています。

キャリアエージェントが機能するために、現場のマネージャーとはどのように連携しているのでしょうか。

石田さん

たとえば、ある社員が「直属の上司には言えないけれど、ネクストパス、キャリアチャレンジを考えている」という例があったとします。この場合、その部署の上司は、留まってほしいと思っているケースが多いので、情報を共有しすぎず、しなさすぎずとしています。

トラブルやリスクの火種になりそうな内容に関しては、マネージャーと密に連携していきますが、そうでない場合は一定の距離感を保っています。社内ヘッドハンターなので、あまりにも現場のマネージャーと連携してしまうと、「面談内容が漏れてしまう」「言っていることが筒抜けで心理的安全性が担保できない」可能性も否定できません。そのため、適度に情報を共有・連携しています。

心理的安全性を担保するためにも、キャリアエージェントがメンター的な役割を担っているのでしょうか。

石田さん

フラットに自分のキャリアについて相談できる先として、キャリアエージェントは機能しています。膨大な人材情報のデータベースは随時更新していますし、一人ひとりの状況を網羅的に把握して、誰が見ても最新のコンディションと本人の意思がわかるようになっています。蓄積されたあらゆる情報をもとに、適材適所を実行しています。

各事業部門が人材戦略にもとづき施策のPDCAを展開

エンゲージメントサーベイだけでなく、階層別の研修をはじめ、さまざまな人事戦略の施策を推進していらっしゃいます。人材戦略の立案・施策実行から、PDCAの展開まで、どのようなサイクルで運用しているのでしょうか。

石田さん

基本的には、キーマンや人事のボードメンバーに対して、役員会で議論した決定事項をしっかり伝達します。議論内容の意図や背景、ゴールを伝えるとともに、具体的な人事施策の方向性まで共有することが多いです。

そこからのアクションは、全社の人事部門がトップダウンですべての道筋を示していくのではなく、各事業部門の人事担当者が推進しています。

各事業部署の人事担当者が全社方針やゴールをぶらさず、各部署の担当役員と連携しながら、それぞれの状況や課題に沿って自由に施策を設計し、事業戦略と人事施策とを連動させています。

若手の成長イコール事業の成長というスタンスも、御社の大きな特徴だと感じています。20代社員の成長を目的とした「YMCA」という組織をはじめ、若手人材の育成について、どのような取り組みを実施しているのでしょうか。

石田さん

若手社員を中心とした部署横断の組織を作り、自主的に必要な施策を多岐に渡って実行してもらっています。施策内容は、組織課題を解決するための取り組みや、役員と若手社員の接点づくりなどさまざまです。

代表的な例としては、若手版の「あした会議」という取り組みを年に1回開催しています。「あした会議」とは、役員が社員をドラフトしてチームを組成し、全社の組織課題解決案や新規事業案を提案していく取り組みですが、非常に機能していることもあり、若手版、エンジニア版、部署版と発展したものも定期的に開催されています。

「あした会議」という全社の組織課題解決案や新規事業案を提案していく取り組みで若手人材を継続的に育成している。

石田さん

そのほかにも、「ピカログ」という若手社員の才能発掘のためのプロジェクトもあります。「ピカログ」は、若手人材の強みや得意なこと、これからチャレンジしたいことなどを役員向けにプレゼンしてもらう機会となっています。これもYMCAで運営している1つの施策です。

自走人材が競争力を生む。リスキリングも「自由と自己責任」で実施

御社は社外からの人材も積極的に採用して、スキルを吸収していらっしゃいます。2023年現在のスキルアップやリスキリングに関する具体的な施策をお教えください。

石田さん

とくに技術者に関しては、「リスキリングセンター」という組織を新設し、最新技術や高度専門知識を学ぶ機会を支援しています。全員必須で受講するというよりは、希望者がいつでもスキルアップに取り組める場を設けています。

サイバーエージェントの根本的な考え方に、「自由と自己責任」というカルチャーがあります。たとえば、「DXに関してこういう講座を受講してください」とか、「このスキルをいつまでに習得してください」というような、会社が方針を出してスキルアップを促すことはしていません。当社では、人材が自走できる組織こそコアな競争力だと思っているので、「リスキリングをいつまでにやってください」というような、指示型の育成施策はほぼありません。

それは創業以来の御社のカルチャーでしょうか。

石田さん

そうです。リスキリングも、新しい知識、経験、スキルの習得は当然必要だと思っています。誰かに指示されるのではなく、業務に連動するものや、成果を上げるために学ぶべきスキルを自分自身が考えて、トライしていくという環境自体が当社には根付いています。

会社が成長するに従って、カルチャーが薄まる可能性もあるかと思います。カルチャー継承についての具体的な取り組みをお教えください。

石田さん

具体的な施策ではありませんが、当社ではベンチャースピリット、チャレンジ精神、チームワーク、一体感を大切にしています。事業が多岐にわたりながらも、「チーム・サイバーエージェント」の意識をもつ重要性は、常々発信していますし、会社のキーマンから新しい人材への伝達も大事にしています。当社のカルチャーが失われてきて、競争力が低下していると感じたことは今のところはありません。

日ごろの積み重ねが重要であるわけですね。

石田さん

そうですね。企業カルチャーは一朝一夕で醸成できるものではないので、それだけ会社の発展に直結するカルチャーの浸透や維持は重要です。当社のカルチャーに合った人事施策や活性化施策を多くの社員が自発的に考えて積極的に取り組んでいるのも、カルチャーが薄れない理由でもあるかと思います。

それは採用時のスクリーニングを厳密に実施していることも理由にあるのでしょうか。

石田さん

それもあると思います。転職が当たり前の時代において、採用の段階で「サイバーエージェントで長く活躍したい」という、帰属意識が高い人材の採用は容易ではありません。ただ、採用の選考段階から入社後のオンボーディング施策などを実行していく過程で、より組織への貢献意欲や帰属意識が高まるような工夫をしています。

いかに会社の目標と個人の目標をリンクさせられるかが重要で、誰もが会社が向かう先や方向性を理解し、納得したうえで当事者意識をもって日々の仕事に取り組めるような状態を構築することが大事だと思っています。

MBOが共通認識をもつ人材育成に効果的

オンボーディングをはじめとした取り組みは、継続が鍵になるかと思います。なぜ御社は、各種施策をやり切れているのでしょうか。

石田さん

たとえば「パーパス経営」もそうですが、「継続すること」が一番のポイントだと思います。ビジョンやパーパスを策定して掲げている会社は増えていますし、目指す姿を明示化・共通言語化して、全員で取り組んでいる会社がほとんどだと思います。

大事なのは、「掲げて終わっていないか」です。私は、ビジョンを策定した後に実践まで踏み込めていない会社も多いと感じています。共感から行動を生み、自分事として捉えられるような仕掛けや仕組みを継続していかなければ、成功には結びつきません。

会社と自分のパーパスとを照らし合わせて、「会社のあるべき姿」の共通認識をもつ人材の育成が、何より大事なポイントだと思います。

共通認識をもつ人材を増やすために、どのような施策を実施しているのでしょうか。

石田さん

当社ではMBO(Management by Objectives)を導入しています。目標管理をMBOで展開しているので、月次目標や自己評価、上司の評価とのギャップなどを具体的に提示しているのが前提にあります。個人が設定する目標が会社の方向とズレていないかを確認したうえで、毎月上司との評価のズレをすり合わせしているので、「間違った方向に頑張る」ということは起こりません。

さらに、個人主義の会社ではないので、自分の目標だけ達成していればいいというわけではなく、何か困っている社員がいたり、プロジェクトがなかなか進まないという状態があれば、お互いにカバーし合ってチームで助け合えるような文化もあります。

また、定量的な個人の成果の追求だけではなく、採用・育成・活性化など、会社全体への貢献への自発的な取り組みもミッションとして評価しています。ミッション目標の設定によって、チームワークを高め、チーム視点、全社視点をもつことにつながっています。目標設定においても「大きな成果をあげるために必要なことは何か」を自分で見つけて、自律的な行動を取ることを推奨しています。

さまざまな取り組みについて、社員全員が自律的に行動できる要因は、どこにあるのでしょうか。

石田さん

社員一人ひとりに寄り添って理解・共感しながら、社員のモチベーションを最大限引き出すマネジメントが重要です。社員の自発性ややる気を引き出すには、メンバーに業務を指示するだけではなく、意思決定事項の背景や意図、会社が描く未来を的確に伝えるのも人事担当者や管理職の重要な役割になります。

当社では、管理職を抜擢する際に、実績だけではなく、人格も重視していることもオープンにしています。「人を動かすのは人である」という考え方をもとに、「いかに社員のやる気を引き出して、成果を最大化させるか」と考えられる人材の育成が基点になっているのではないかと思います。

「フラットなコミュニケーション」と「巻き込み力」が人事トップに必要

その鍵になるのが、経営トップの方と現場をつなぐ人事担当者の行動だと思います。石田さんは、経営戦略と人材戦略を結びつけるために、どのように行動しているのでしょうか。

石田さん

非常にシンプルです。経営トップの言葉を包み隠さず、できるだけそのまま伝えるようにしています。情報を隠して一部だけ伝えると、さまざまな解釈が生まれ、結局方向性がブレていってしまいます。基本的には、フラットにオープンに話をして、情報格差をあまり生まないようにすることが重要だと思っています。

また、私の意見だけが正解ではないので、全員で考えていくスタイルも大切です。さまざまな部署の人材を巻き込んでいるのもポイントです。

現場と経営をつなぐ人事担当者や人事トップは、その役割をより担っていかなければいけません。たとえば、「社長がこう言ったから、こうやって」というフィードバックの仕方は一切していません。「こういうことが決まって、こういう方向で進もうと思っているのだけれど、どうすればより良くなるかな?」と、より多くの人を巻き込んで議論しています。意思決定のプロセスに、多様な人材を巻き込むことを強く意識しています。

議論に多くの人材を巻き込むのは、創業時から変わっていないスタンスでしょうか。

石田さん

昔の方が少しクローズドだった気がします。創業期はとにかくスピードが大事でしたから。もちろんスピードは今でも大事なのですが、会社の規模が大きくなってきたからこそ、あらゆる人に対しての説明責任を果たすことの重要性が増しました。100人のときのサイバーエージェントと、今の1万人のサイバーエージェントでは、あらゆる面で異なります。

藤田は以前はブログを書いて積極的に発信をしていましたが、今も社内に向けた動画やコンテンツをとおしてメッセージを発信しています。経営のメッセージを自分の言葉でしっかり伝え、社員の理解や共感を促すことを意識しています。

施策のブラッシュアップと逆算で人的資本経営を牽引

今後も「選ばれる会社」であり続けるための課題をお教えください。

石田さん

すでに、数年後に社長の藤田が会長になり、新社長が就任すると対外的に発表していますが、これから先何年経っても、企業価値を向上し続けられる会社にしていくことが重要だと考えています。そのために今できることは何なのか、日々向き合っているところです。

藤田は創業以来、全社の経営はもちろん、新規事業の立ち上げや推進、広報や人事制度の設計など細かいポイントまで全て意思決定をしてきています。経営トップがあらゆる施策立案や浸透のさせ方など細かい部分にまで関わることは、ポジティブな要素です。ただ、新体制に移行後は、クオリティ担保や遂行力が低下する可能性もあります。

大事な点は、「10年先を見据えて未来から逆算した人事戦略の立案」をすることです。現在直面している課題解決のための人事戦略を描くのではなく、未来のあるべき理想状態に向けて必要な要素を定義し、トライアンドエラーで施策を遂行し続けることが重要だと思います。

御社をはじめ、これからの人事担当者には、どのような行動が求められるのでしょうか。

石田さん

人事戦略の設計を例に取っても、それは人事責任者だけが考えればいいわけではありません。人事部門のマネージャー陣も考えなければいけませんし、マネージャーでなくても、自分ができることは何か、自分が生み出せる価値は何かを常に考える必要があります。

また人事部が主導となって、入社年次や職種を問わず、多様な考え方やスキル・経験をもった人材が能力を発揮できる環境を構築しなければいけません。

サイバーエージェントはまだまだ発展途上です。今後もさらに成長し続けていくためには、全員であるべき姿を考えて実践していく。そのための旗振り役が人事部門だと考えています。

お役立ち資料

Q&Aですぐわかる!人的資本開示完全ガイド

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